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18-(0) 揺らぎ出すセカイ

 その日、世界が震えた。

 実際“結社”の凶行は何も今に始まった事ではなかったが、それでも自分達の「信仰」で

以ってすれば数多の犠牲をも厭わないその思想──からくる行動能力は、何度ともなく人々

を震え上がらせるには十二分過ぎたと言える。

 特に皇国トナンを内包する東方の盟主『レスズ都市連合』や、爆破された飛行艇が離陸をした

空港ポートの出元である北方の大国『アトス連邦朝』の被った物質的・精神的ダメージは大きく、

事件の後暫くはメディアや市井間で“結社”に対する報道合戦が繰り広げられることとなった。

 だがそれでも……事態はすぐには動かなかった。

 西方の軍事大国『ヴァルドー王国』はかねてより“結社”よりセカイ開拓の有力パトロン

としてマークされており、既に領外への戦線を広げるだけの余裕はなく。

 南方の豊穣大国『サムトリア共和国』は指導者が代わって間もなかったが故──未だ内政

の地盤固めが不十分で他国への干渉をできるだけの余裕はなく。

 世界最大の信徒勢力たる『クリシェンヌ教団』も、遺憾の意を示しはしたが武力介入など

は取る筈もなく。

 反開拓派の諸勢力『リストン保守同盟』に至っては、今回の凶行を革新化の進むトナンへ

の牽制になると歓迎する声すら上がるような状態で──。


「……どうにもきな臭い感じになってきたわね」

 ホームのロビーに皆を集めて、イセルナは心苦しさを隠せないしかめ面で呟いていた。

 先刻、アルス達が表通りで貰ってきた号外の紙面。そこに書かれた、皇国トナン行きの飛行艇

が“結社”によって爆破テロに遭ったという旨の速報。

 誰が強制する訳でもなく、面々は重苦しい空気の中にあった。

「これは、どういうつもりなのかしらね……」

 数日前にダンから直接、向こうに着いたとの連絡があった。

 途中の導きの塔にて“結社”の妨害にあった──面子を寸断されたことから考えても、奴

らが直接ジーク達を狙った訳ではない筈だ。

「……おそらくは」

「揺さ振り、だろうね」

 呟きかけた推測を、シフォンとハロルドが継いで言葉にしてくれる。

 イセルナ達は十中八九そうだろうと、黙したまま頷いていた。

 ──奴らには、この街アウツベルツを襲ってきた先例がある。奴らなら、自分達の目的の為なら何だって

やってのける。

 ある意味最も敵に回すべきではない、予想の付かない相手だ。

「このニュース、やっぱりシノブさんにも……?」

「だろうなぁ。今夜はともかく、何日かすれば伝わっちまうと思う」

「……」

 いや、それ自体は──ジークやアルス達には堪えない筈はないのだが──言っては何だが

随分と慣れてきている。

 少なくとも自分はこのクランの代表を務めている。皆を徒に不安にする訳にはいかない。

 だからこそなのかもしれないが、イセルナの胸中はむしろ別の方面に傾いていた。

 即ち、シノブの苦悩に対する心痛に。

 団員達がひそひそと心配げに語るように、彼女は今、非常に不安になっている筈だ。

 先日ダン達がトナンに着いたことは導話で伝えたので、今回のテロにジーク達が巻き込ま

れた訳ではないと気付けているだろう。それでも祖国へ向かおうとした人々が犠牲になって

しまった事実を重く圧し掛かるように感じているといった姿は容易に想像できる。

 何せ、あのジークとアルスの母親なのだ。

 数日だけとはいえ、実際に会った彼女は間違いなく……己を殺してでも誰かを助けたいと

願っている、そんな類の人間だと思うから。

(……やっぱり、そう円満には解決できないのかしらね)

 予想は、覚悟はしていたけれど、やはり気が塞ぐ思いは拭えない。

 だからこそ、これだけ多くの人々を苦しめる“結社”への憤りも鋭角を描くように比例し

てくる。当然の感情なのだろうが、一方でそれすらも奴らの策略に乗ってしまっているかの

ようで正直おもしろくはない。

 夜の街は、一見すると普段と変わらないように見えた。

 日没に替わって、点々と灯る家々の照明が街の姿をほんのりと浮かび上がらせている。

「とにかく、情報収集を始めましょう。少なくともダン達にも奴らからの圧力が掛かってい

る可能性があるわ。それと……ハロルド」

「何かな?」

「皆を代表して件の空港ポートへ献花をお願いできるかしら? 犠牲者と遺族の皆さんに聖職者あなたの祈りを。

……私達の所為で、犠牲になったようなものだから」

「……分かった。私のような不良神官はぐれもので良いのなら」

 そう、自分を責めるな。

 少し間を置いて頷いたハロルドや、周りの団員らもそんなニュアンスの返答と優しい眼を

送ってくれる。

 団員らは、ややあって動き出した。

 夜は深くなり始めているが、もう事態は待ってくれそうにはない。

 ただ仲間の帰還を待つのではなく、自分達もできうる事を惜しまず採るべきだとイセルナ

達は強く思う。

「…………」

 そう、にわかに場がざわつく中。

 アルスが独り、ふらふらと部屋へと向かっていることに、誰一人気付く事もなく。

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