17-(5) 使徒、集結
「──よう。ジーヴァ、フェニリア。あとリュウゼンも」
ほの暗い闇の中だった。
石柱が等間隔に点々と並び壮麗でありながらも、彼ら以外の人気のない静けさがむしろ不
気味さに拍車を掛けている。
そこに並び立つのは白髪の剣士と緋色のローブの女、そして着流しの男。
そんな彼らに、暗闇の中から呼び掛ける声があった。
荒々しい風体の大男と青紫のマントを翻した青年、そして継ぎ接ぎだらけのパペットを胸
元に抱いた少女達──即ちバトナス、フェイアン、エクリレーヌら“使徒”の面々で。
「来たか……」
響いた声に振り向き、白髪の剣士・ジーヴァらは闇に潜めていた身を起こした。
周囲にはじっと黒衣の傀儡兵らが跪き周囲を円陣のようにして待機しており、この彼らの
合流の様を言葉少なげに見届けている。
「あまり首尾は良くなかったようね。トナン皇は先日からずっと苛立っているわよ?」
「知るかよ。そもそもあの街の周りですらどれだけ導きの塔があると思ってんだ? 何処を
使ったか捜すのだって結構大変だったんぞ。おまけに当たりは地図にない場所と来たもんだ
からな……。分断だけして足を止めただけでも、こっちは成果として貰いてぇ所だっての」
緋色のローブの女・フェニリアの淡々とした言葉に、バトナスは嘆息気味な声色で答えて
いた。ばさばさにツン立てた髪を掻きながら、そんな釈明を語りつつジト目を送る。
「バトちゃんも可哀相なの。あのおにーちゃん達、全然言う事聞いてくれないし……」
続いて、伏し目がちにエクリレーヌがパペットをぎゅっと抱き締めて呟く。
既に“教主”より連絡は受けていた。
レノヴィン一行への六華回収作戦が幾度となく彼らの抵抗──その時々に彼らに味方した
衆愚によって阻まれてきたこと。そんな彼らが、六華を取り返す為にこの国へ乗り込んでき
ていること。
「最初に報告を聞いた時は愚かしいと思ったけどね。ようやく政争に破れた側の血脈と知っ
ても尚、この地に足を踏み入れるなんて。国内に混乱を招くであろうことは容易に予想でき
た筈だけど……」
「……知るかよ。別にこの国がどうなろうが知った事じゃねぇだろ? 六華とあのババアが
揃えば目的は果たせるんだ」
しかし厄介な、向こう見ずな相手だと一同が思う中で、着流しの男・リュウゼンだけはそ
うした状況への思索を詮無いものと一蹴する。
いや、そんな論理的なものではないのかもしれない。
「余計なことを考えるだけ、面倒臭いだけだろうがよ……ふぁ」
彼は懐越しに胸元をボリボリと掻くと、背を預けた柱で一度ぐっと身体を伸ばすと、そう
気だるげに欠伸をして勝手気ままに船を漕ぎ始めていたのだから。
「……それで? 貴方は確か今回の作戦メンバーにはカウントされなかった筈だけど」
するとそんな寸断を仕切り直すように、ふとフェニリアがフェイアン達の更に後ろの暗闇
の方へと視線を向けて問うた。
「確かにそうだがねェ。しかしこやつが連れてゆけと五月蝿くて敵わなかったのだよォ」
言われ現れたのは、撫で付けた金髪と白衣の男──ルギスだった。
彼は引き攣るような笑い声で答えて眼鏡の奥の瞳を光らせると。
「……」
その傍らに、一人の巨躯の者を侍らせている。
一言で表現するのなら、どす黒い鎧騎士だった。
軽く大人一人を超える大きな体躯の一切を閉じ込めた漆黒の鎧。その中から微かに、目出
しの隙間より鮮血のような赤い光が漏れているのが見える。
「そういえば皇国とは因縁があったのだっけ。……大丈夫? その“狂戦士”はまだ開発段階
じゃなかったかしら?」
「その通りィ。だがこの私がついているのだ、抜かりは無いのだよォ。既に教主様からの許
可は取ってある。今回の正念場で、この戦鬼の性能テストも併行させるというねェ……」
再び引き攣るような笑い声でルギスは笑った。
その傍らではヴェルセーク、そう呼ばれた鎧騎士が静かな狂気を全身に漂わせながら言葉
一つなく立っているままだった。
「……教主の許可があるのなら問題ない。念の為の戦力補充と考えればいい」
そして暫く黙っていたジーヴァが、そう言って彼らの参加を容認する発言を呟いた。
口元に弧を描き眼鏡の奥の瞳を光らせるルギスと、言葉なき狂気のままそこに在るヴェル
セーク。フェイアンもバトナスも、エクリレーヌも話は纏まったかと各々に静かな威圧感の
下に佇んでいる。
「ところでフェイアン」
そうしていると、フェニリアは再び問うた。
「頼まれていた任務、貴方はちゃんとこなしてきたんでしょうね?」
「勿論さ、姉さん」
すると返ってきたのは、そんなフェイアンの不敵な笑みと返答で。
「ついさっき報告が上がって来てね。実に盛大な花火になってくれたよ」
紳士然と振る舞うその口元に、ニタリと陰湿な嗜虐心が滲み出る。
「──すみません。また遅くなっちゃって」
「いいんだよ。僕も皆も、アルス君が毎日遅くまで頑張ってることは知っているしね」
アウルベルツの街もすっかりと日が暮れていた。
茜色から夜の黒へ。街の空は気付けばとっぷり塗り変わり、あちこちの家々から照明の灯
りが漏れている。
アルスとシフォン(そしてエトナ)は、学院からの遅めな帰宅の路に就いていた。
皆の力になる。そう決心し夢見て、自ら居残っては座学に実践にと鍛錬を重ねる日々。
そしてこの日も、暗くなってからようやくホームの近くまで帰って来ていたのだが……。
「号外! 号外~ッ!」
少し離れた先に、人だかりができていた。
近所の住人や同じく帰宅途中の人々、或いは騒ぎを聞きつけた野次馬の類。
アルス達は思わず立ち止まり、その普段と何かが違う様子に眉根を寄せる。
「……何だろ? こんな時間に新聞屋さんなんて」
「分からない。でも、号外か……」
「ふむ……。僕らも試しに貰っておこうか?」
それでも三人は──号外を配っている売り子が順路の途上にいた事もあり──ややあって
その人だかりへと近付いて行った。
そして通りすがり、売り子から受け取った紙面とその宣伝の言葉に……驚愕する。
「“楽園の眼”がまたやらかしやがった! 皇国行きの飛行艇が爆破されたぞー!!」




