16-(2) 女傑国の今昔
「──という感じでな。すまん、早々奴らの妨害に遭っちまったよ」
丘を下り、ダン達は皇都の門をくぐっていた。
土地の人間であるリンファを先頭に城下町を行き、用心のために少し奥まった路地の途中
に居を構える宿を当面の活動拠点とする。
アウルベルツを出発して実時間は半日弱。
ジーク達と逸れてしまうというアクシデントを経たものの、ようやく一段落をついた所で
ダンはホームのイセルナへと報告の導話をかけていた。
『仕方ないわよ。遅かれ早かれ奴らからの妨害は想定していたのだし。それに貴方の事だか
ら、もうジーク達の捜索は始めているんでしょう?』
それでもクランの長として、仲間を信じている一人として、イセルナの声色は思っていた
以上にはブレていなかった。
代わりにと、彼女は既に動き出しているであろうダン達にその進捗状況を訊いてくる。
「ああ。ステラと先生さんがさっきから精霊達から情報収集をしてるよ」
言って、ダンは耳元に当てた受話筒を目一杯に引き伸ばすと、部屋のベランダから隣室の
それへと目を遣った。
自分のような中年親父と同室は嫌だろうと、娘ら四人は隣室を追加で取ってある。
そのベランダ上で、リュカとステラはじっと薄目を瞑り精霊達の声に耳を澄ませていた。
「ただあいつらが皇都の近所にいる可能性はそう高くないみたいだぜ? 先生さんの話じゃ
あ、ある程度の距離内ならすぐにでも居場所を把握できる筈なんだとさ」
『でしょうね。さっき言っていた通りレナちゃんの魔導具で転移空間から脱出できていると
は思うけど、その脱出口が何処に繋がっているかは分からないし。……最悪全く違う場所、
トナン国外に出てしまっているかもしれない』
「ああ。でもあいつらだって皇都自体は知ってるんだ、何処に出たとしても何とかしてこっち
には来るだろうさ」
『ええ……』
導話越しに心配と楽観論に包んだ慰みを返し合うクランの団長と副団長。
しかし、姿こそ今はなくとも迫ってくるリスクは否めない。
この皇都の拠点に腰を下ろし、ジーク達が追いついてくるのを待つのは確実な手ではある
のだろう。だがそれだと時間が掛かり過ぎるし、身動きが制限される。
何よりも合流できるまでの間に“結社”から見つかり、追撃を受けるリスクが経過と共に
増してしまうという点が手痛い。
「だがまぁ、このままジッとしてるのも性に合わねえ。能率は落ちるかもしれねぇが、これ
から当面はジーク達の居場所と六華、両方の情報収集をするつもりだ。そっちにも定期的に
連絡は送る」
『それが一番現実的かしらね……。お願いするわ』
「おうよ。そっちも油断なく、だぜ?」
だからこそダンはこちらからも動いていこうと考えていた。
イセルナも導話越しに頷き、一先ずホームへの報告が終わろうとする。
「ダン、まだイセルナと話しているか?」
部屋のドアをノックしリンファが顔を出してきたのは、ちょうどそんな時だった。
「ちょうどざっと報告をした所さ。何かお前も話しておくことがあるのか?」
「ああ。今の皇国について少々、な……」
言いながらダンその傍までやって来ながらリンファは言うと、そのままダンから受話筒を
受け取った。心なしかその横顔は、哀しみのような悔しさのような、複雑に入り混じった陰
鬱さを封じ込めたかのようにしかめられている。
「イセルナ。替わった、私だ」
『リン……? どうかした? 報告ならさっきダンにして貰ったけど』
「知っている。私の方は、それとは違うよ」
椅子の背もたれに身体を預け、片目でそう語り始める彼女を見遣るダン。
そんな彼を──いや、というよりも他に誰も近づいて来ていない事を確かめるかのように
一瞥すると、
「今の皇国の状態について、実際に戻って来てみて分かった事を伝えたい。長い間、身内に
すら私の素性を伏せていてくれた貴方には知っておいて欲しい。巻き込んできた身としての、
勝手ながらの責任感だと思ってくれ」
『……。分かったわ、聞かせて?』
リンファは一度大きく息をついてから、ゆっくりと話し出す。
「現在の皇都はあの頃からすれば見違えるほどに堅固に大きくなっている。それはアズサ殿
の掲げる“強い皇国”の政の成果で、実際に豊かさと人口を増やしたからなのだろうが……
それ以上に、都を囲む城砦の規模もまた大きくなっているのが目を引く」
『……それは、強くなったからこそ“敵”もまた尽きないからだと言いたいのかしら?』
「ああ」
やはり、イセルナは事の内実をよく見ている。
リンファは短く頷きつつもそう思った。
終始落ち着いた声色と気配。導話の向こうの仲間にふとそんな親愛の情を覚えて僅かに
頬が緩むも、次の瞬間には再び真剣な面持ちが心身をあまねく覆い直す。
「少し城下を歩いて回ってみたんだ。あの日以来ろくに帰っていないし、歳月の所為だとも
言えるのかもしれないが、皇都は──この国は随分と変わってしまっているらしい。昔は自
由に緩々と立ち並んでいた家屋も今は碁盤目状に整備し直されているし、雑多に点在してい
た商店も分野ごとにきっちりと区分けされている。……何よりも、富む者と富まざる者の差
が明確にされている。城下の内壁を境に、富裕層や中間層、貧困層と人々の領域が隔たれて
いたんだ」
淡々と語る彼女に、傍らのダンも導話の向こうのイセルナもそっと眉根を寄せていた。
二十年前とは違う大きな点。それはスラム街と一般市街という物質的精神的な隔絶。
当時はまだ今ほど国力自体が豊かではなく、謂わば“皆がそこそこ貧乏で同じ”という状
態であったとリンファは語る。
だが、今の皇国は違う。
国としては豊かになっているが、個々のレベルでみれば以前のような均衡は崩れている。
都市計画の段階での恣意的なものか、或いは人々自身の貧富の格差を理由とした心理故な
のか、そこには明確な峻別が現れているのだと。
「かつて宮仕えをしていた一人として、格差自体を一概に悪だとは言えないのだが、どうに
もアズサ殿は目に見える形でこういった形態を採っているかのように私には思える。推測で
しかないが、頑張り次第でもっと上を目指せるのだというメッセージなのかもしれない」
『……だけど私には、耳に挟んでいる話の限りでは、それは到底』
「ああ。お世辞にもそう皆が皆奮起しているとは言い難いな。試しに隔てる内壁を自分で行
き来してもみたよ。……まるで違っていた。豊かになった暮らしを謳歌する者がいる一方、
貧しさの側に成った者達から送られた眼差しは怨嗟や嘆きばかりに思えた」
──尤も、そんな感想自体、かつて敗れた者としての先入観からなのかもしれないが。
心なしか自嘲するように声のトーンを落とし、リンファはぽつりとそう付け加えていた。
椅子にもたれたままダンは黙ってそのやり取りを見守っており、導話の向こうのイセルナ
も曖昧な苦笑で応えてやることしかできない。
暫しの、間があった。
このかつての近衛隊士は一体何を思っているのだろう……?
ダンとイセルナはそれぞれにそんな感情を、イメージを抱いていた。
悔しさか、或いは既に諦観なのか。しかし当の本人は、真剣な表情こそすれど、感情は漏
らさぬよう静かに内へと抑え込んでいるかのようにみえる。
「……ただ、皆が皆諦めて黙り込んでいる訳ではないらしい。こうした人々の苦境や今の皇
権が謀反で得られたという指弾を以って、打倒アズサ殿を掲げる反皇勢力が存在していると
も耳に挟めたんだ。本国の情報はアウルベルツにいる頃から私もそれとなく収集をしていたが、
予想以上にこの“先皇派”と“現皇派”の対立は根深いらしい。特にレジスタンスは、もう十数年
も皇国軍を相手にいたちごっこを続けているんだそうだ」
「ふぅん……? 俗に言う新旧各派の対立って奴か。今のご時世そう珍しい事でもねぇが、
皇国でもそういう争いってのはあるもんなんだな……」
眉根を上げて、ダンが少なからぬ嘆息と共にごちた。
冒険者自体が争い事に隣接しているとはいえ、無闇に争い合わないに越した事はないのは
言うまでもなく。
「イセルナ。もしかしたら、私は暫くそちらに戻らないかもしれない」
するとコクと見遣りのない首肯をしつつも、次の瞬間、リンファははたと導話の向こうの
イセルナに言ったのだった。
『……それは、同胞の対立をどうにかしたいということ?』
「そういう事に、なるのだろうな。勿論、彼らに争いを止めるよう働きかけるなどにしても
ジーク達や六華の件が落ち着いてからになるが……。この国で生まれ育った一人として、用
事が済んだではさようならとは、しっくりと来ない気持ちがある」
導話の向こうのイセルナが、窓際に片肘を乗せたダンが押し黙っていた。
もしかしたら自分達は、この国に来る前に彼女がこうした思いに駆られることを予想して
いたのかもしれない。
彼女は、シノブは、そもそも自らの意思でこの国を離れた訳ではないのだから。
暫く三人は黙っていた。遠巻きに、都の往来と営みの雑音が耳に届いてくる。
「ま、その件に関してはぶっちゃけ俺達は外野だからな。お前に偉そうに能書きを垂れる資
格はねぇよ。……ただ下手に感情に惑わされるな? ジークもアルスもシノブさんも、今は
一介の庶民として暮らしてる。なまじお前の経歴が経歴だしな。いざ争いの渦中に飛び込ん
だ時にどう影響するかくらいは、お前だって分かってるんだろう?」
「ああ……。勿論だ」
予防線を張りつつも、ダンはそう遠回しに混戦する自身の視野を諫めてくれる。
リンファは短い返答ながらも深く静かな頷きを返していた。
そもそも今までろくに国に帰らなかったのは、ひとえに主が今というささやかな幸せを望
み、選んだからに他ならない。
愛する人と結ばれ、二人の子供にも恵まれた。
それは皇女という立場からの「逃げ」とも言えなくはないが、自分が今更国に戻ることで
民達の生活を更に掻き乱すことはしたくない。──そんな、今まで何度となく繰り返してき
た主への定期報告の中で彼女自身が語っていた思い、王座から身を退くという意思表示。
だがそれでも、とリンファは今苦悩していた。
主の優しさやそんな彼女への自身の忠義。
なのに、そんな願いとは裏腹にアズサ皇の治世は少なからぬ功罪──民同士の隔絶を拡げ
ているようで居た堪れなく思えるのもまた事実だったから。
『……そんなにすぐに答えを出さなくてもいいんじゃない? その件はせめてジーク達と六
華の、今回の旅の目的が果たせた後にしましょう? その時は、できる限り私達も協力する
から。私達は、仲間だもの』
「イセルナ……」
そんな迷いを導話越しに読み取っていたのだろうか。
駆け荒ぶるリンファの思考を、そっとイセルナは包み込むように慰めていた。
皇家ゆかりの者か否か、先皇派か現皇派かなどではなく、長く寝食と戦いを友にしてきた
盟友として。イセルナはそう優しく語り掛けてくる。
「……ありがとう。少し、落ち着いたよ」
だからこそリンファは苦悩で眉間に寄せていた皺を緩め、僅かに笑った。
全くの無関係ではいられない。だけど、自分達でできることは限られていて、手近なもの
からしか届かないのもまた事実で。
どういたしましてとイセルナも導話の向こうで微笑んでいる。
リンファも薄目を瞑って佇んでいた。そんなやり取りを眺めつつ、ダンもやれやれと大き
な深呼吸をつく。
そして──突然外から何やら大きな物音が響いてきたのは、ちょうどそんな時だった。
「? 何だ?」
窓に近いダンがくいっと心持ち身を乗り出し、リンファも受話筒を握ったまま窓の外へと
視線を向ける。
そこにいたのは、軍隊だった。
城下の表通りをずらりと、刀や槍ではなく銃剣を担いだ兵士らが隊伍を組んで長々と往来
を引き裂くように歩いていく様子が遠巻きに確認できる。
「制服も着てるし、トナンの国軍って所か。物々しいな」
「ああ。だが私の記憶では、往来のど真ん中を軍が行進するような街ではないのだが……」
二人は暫し眼下の皇国軍が通ってゆくのを眺めていた。
皇都に入る際、簡単な身体検査しか受けていないが、まさか自分達を討ちに現れたという
訳でもないだろう。何処かへの遠征の帰り、と考えるのが妥当だろうか。
やがて、遠ざかり小さくなっていく隊伍。
そうして半ば威圧で分けられていた往来が再び元に戻っていく経過を眺めながら、
「……この国は、随分と変わってしまったんだな」
かつて親衛隊士を務めた女剣士はそう小さく呟いていた。
山々の稜線にゆっくりと日が沈んでゆく。
暮れなずみの空は眩しいくらいの茜色からどよんとした黒へと徐々にそのグラデーション
を塗り替えつつある。
ジーク達はサジらレジスタンスの面々の案内で、半ば成り行きのまま彼らのアジトに身を
寄せる形となっていた。……とはいっても、周辺の石窟寺院を(十中八九無断で)隠れ家と
して利用していると表現した方が正確なのだが。
そんな石造りの内部の一室を宛がわれ、ジークは独りそのバルコニー上から、静かに終わ
ろうとする今日という日をぼんやりと眺めていた。
「そろそろ、頭は冷えたか?」
すると背後から声がした。
僅かに半身を返し、肩越しにその声の主を──宛がわれた室内から顔を出してくるサフレ
を一瞥する。山から吹き下りて来る風が時折、彼のスカーフを靡かせている。
「……レナは?」
「中でウトウトと舟を漕いでいるよ。いきなり色々あって疲れたんだろう。今はマルタが傍
に付いてくれている」
質問には答えず、ジークは仲間の少女の様子を訊ねていた。
自分やサフレはともかく、冒険者クランの一員といっても彼女は普通の女の子だ。
サンフェルノ行きの列車上での加勢もそうだったが、どうにも最近、彼女は皆に追い付こ
うと少々無理をしているような感じがしていたのだ。
「そっか」
だがそんな事、一々口には出せない。
思い込みかもしれないし、何よりこっ恥ずかしくて喋れる気がしない。
「……それで? あの時彼らに言っていた話は君の意見だったのか? それともシノブさん
の意思か何かだったのか?」
一方でサフレはそうしたジークの内心を知ってや知らずか、軒下の石柱に片肘をつくと、
ふと今度はそんな質問を投げてくる。
「どっちも、だろうな。サンフェルノを出発する前に母さんからああいう連中がいたらそれ
となく説得してくれって頼まれてたし。俺も……“猿山のボス”を誰にするかで延々揉めて
るなんて馬鹿げてると思うしさ」
「そうか……。だが随分な言い草じゃないか。君は正真正銘、この国の皇子だろうに」
少なからずムッとして、ジークは今度こそサフレに振り返っていた。
治めるとは血ではなく人徳のようなものだ。誰がではなく何をするかだ。
しかしサフレの表情は言葉ほど自分を笑っているようなそれではなく、むしろ真剣さを宿
しているように見える。
「俺は、王座に就く為にここに来たんじゃない」
「分かっているさ。ただあの最中にカッとなって君の素性がバレてしまわないかと、僕は内
心冷や汗を掻いていたんだぞ?」
「ぬぅ……。わ、悪かったよ……」
そう言われるとぐうの音も出ない。熱くなりかけていたのは否めなかったのだから。
ジークは思わず目を逸らすと、ポリポリと髪を掻く。
「まぁあのリーダー格の男──サジも抑えてくれたお蔭で一先ず大事にはならずに済んで良
かったといった所だな。ジーク、それと」
するとサフレはふと名を呼んでくると、不意にこちらに何かを投げて寄越してきた。
反射的に顔上げて受け取り、視線を掌に落とす。
それは一枚の大きな麻布だった。
「さっき部屋の隅の資材の中から拝借してきた。今の内に得物をそれで包んでおくといい」
ジークは頭に疑問符を浮かべて再びサフレを見遣る。柱についていた肘を除けて立ちの姿
勢を正すと、彼は一層神妙な顔つきになって言った。
「……ジーク。君は暫く六華を抜かない方がいい」
頭に浮かべた疑問符が一瞬濃くなり、ややあって霧散する。
ジークは腰に下げた三本の護皇六華と麻布をちらと見遣った。
「彼──サジ・キサラギは名乗ったろう? 元皇国の親衛隊長だと。君だって分からなくは
ない筈だ。彼のような王家に縁のある人間と鉢合わせになれば、その得物を梃子に僕らの潜
入がバレてしまうリスクが高い。さっき君も言ったように、僕らの目的は何よりも六華の奪
還なんだ。王家やその周囲の勢力に睨まれては動き辛くなる。色々と拙い」
「そう、だな……。でもいいのかよ? すぐに抜けないといざって時困るんじゃ?」
「僕を甘く見ないで欲しいな。これでも三年近くマルタと二人で旅をしてきたんだぞ」
言われた通りに麻布に三振りを包みながら懸念を伝えてくるジークに、サフレは少し演技
ぽく余裕をみせるように応えていた。
ジーク一人で全ての“敵”を倒せる訳ではないというある種の警句。
そして得物を封印する格好となる彼への、不安を和らげる慰みや励ましとして。
夕陽の光が静かにサフレの──指輪や腕輪といった形状の──魔導具に弾かれて一瞬だけ
茜を反射する。
「君たち兄弟、或いはシノブさん自身に王座への関心がなくとも、もしこの国の人々が君達
の素性を知ってしまえばきっとそうした距離感自体が認められなくなるだろう。権力という
のは良くも悪くも人の心理に大きな影響及ぼすものなんだ。元々その傍らに近しい人間であ
ればある程に」
「……」
こいつは、どうしてそこまで言い切れるんだ?
何処か達観したような、自嘲しているかのような。
サフレが不意に語り始めたその言葉に、ジークは不思議な疑心を覚え始めていた。
(そういや、こいつも東の出だったっけ……)
彼自身もまた、故郷で何か憂き目に遭ったことがあるのかもしれない。
ジークは漠然とそう推論をすると、フッと視線を外の景色に向ける。
二人は暫くの間、暮れなずみの空と山々を眺めていた。
いざしんと言葉を途絶えさせると、部屋の向こう、アジトの内部からは忙しなく動き回っ
ているレジスタンスらの足音が耳に届いてくる。
何でも、近い内に一旦このアジトを引き揚げるのだそうだ。
一度皇国軍(成り行きでジーク達が追い払ってしまった彼らだ)に居所を探し当てられた
以上、ここに長居はできないという事らしい。他にも点々と国内外にアジトがあるらしく、
移転準備が整えばすぐにでも出発するのだという。
そしてご丁寧にも、その際に自分達を最寄の町まで送ってくれるとも申し出があり、結果
こうして宛がわれた部屋で待機している状態なのである。
だが……正直、このままじっと彼らの返礼に甘んじるのを待つのは気が進まなかった。
あの男、サジに議論負けした負けん気がそうさせているのかもしれない。だがそれ以上に
ジークの中ではレジスタンスという、他ならぬ母の意思を無視して争う存在に自分が加担し
ているかのようでおもしろくなく、後ろめたかった。
それに、サフレが言ったようにこのまま彼らと接触を続けていれば六華や自分達の素性が
バレてしまうおそれがある。
「……サフレ」
だからジークは長い沈黙の後で決断をした。
そして傍らの冷静な、何処か妙に達観したこの仲間に呼び掛け振り向かせると、
「今夜にでも、此処を出よう」
冷たくなってきた風に服を髪を靡かせながら、そう言う。