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16-(1) 反皇勢力(レジスタンス)

「……反皇活動レジスタンス?」

 その言葉が耳に届いた瞬間、ジークは半ば無意識に眉根を寄せていた。

 生まれも育ちも北方サンフェルノであって、皇国トナン自体にさほど前知識があるわけでもない。

 だが、その言葉尻から読み取れるきな臭さは、ジークにそんな内心の第一印象を抱かせる

のに充分であった。

 そもそも、彼らのピンチに割って入る格好になったとはいえ、初対面である自分達に対し

いきなりこのような名乗りをしてしまっていいものなのか?

 続いて脳裏に過ぎったのはそんな怪訝でもあって。

「それにしてはやけに脇が甘いじゃないですか。もしかしたら僕らが敵対勢力のスパイかも

しれないんですよ?」

 そして、そういった思考は何もジークだけではなかったらしい。

 ジークと向き合う男性サジとその仲間達の間を遮るように、サフレはさっと身を割り込ま

せてくると、敢えて彼らを試すような物言いでそう口を開き、流し目を寄越したのである。

 マルタとレナもにわかに緊張した面持ちで互いの顔を見合わせている。

 だが、当のサジは微笑のまま、冷静さを欠く事なく言う。

「もしそうだとしたらそんな質問はしてこないさ。それに私も一人の武人として、警戒の念

で以って恩を無碍にするような不義はしたくない主義でね」

「……そうかよ」

 サフレとちらと視線を合わせ、ジークは片手で髪をガシガシと掻きつつ呟いていた。

 いきなり気を許さない方がいいかもしれないが、少なくともこの時点で彼らが“敵”だと

みなす必要はないだろう。

「じゃあよ、おっさん。ここは何処なんだ? 俺達はこの辺りには不案内でさ」

 故にジークは代わりに、話題を変えるように、そんな質問を投げてみた。

 見た所、彼らは自分と同じく女傑族アマゾネスの一団。

 せめて今自分達が何処でどういう状況に置かれているのか、それを把握しておくことが何

よりも先決であったから。

「不案内? ……そうか。ここはアサド、皇都から見て西の山岳地帯に区分される」

「見ての通り、此処にはあちこちに石窟があってな。今はろくに人も来ない辺鄙な所だが、

俺達にとっては中々の隠れ家ぶっけんってわけさ」

「兄ちゃん達は、旅人か何かかい?」

「ん……。まぁそんなとこだ。見た目はあんたらと同じアマゾネスでも、俺自身は生まれも育ちもトナン

じゃねぇからさ」

「そうだったか。ならばようこそと言うべきだろうな。歓迎しよう、同胞よ」

 言ってから、サジは面々を代表してそう手を差し伸べてきた。

 なるほど。これが同族意識という奴か。

 幼い頃から多種族の中で育ってきたジークにはあまり馴染みのなかった感覚だったが、こ

うした結束意識は他の種族などにおいても例はごまんとある。サフレが互いを仲介するよう

に立ったまま、二人はやがてはしっと握手を交わす。

(とりあえずトナン本土に出る事はできたか。あとはリュカ姉や副団長達とどう合流するか

だが……)

 しかしジークは、今後当面の行動指針に並び気になったことができていた。

 交わしてみた握手。だが一方でその相手、サジ・キサラギ──反皇活動レジスタンスに関わっていると語る

この男を、一見すると微笑に見えるその表情かおを、ジークは何となく額面通りに受け入れること

ができなかったのだ。

「……もう一つ、聞いていいか?」

「何かな?」

「そもそも何でレジスタンスなんてモンがあるんだよ? 二十年前のクーデターは収まった

筈じゃねぇのか?」

 だからこそ問うたその言葉。

 だがその選択は、結論から言えば両者の溝を更に深めることになる。

「そうか……。君は外育ちでよく知らないんだな」

 握手を解き、フッと哀しそうな表情。

 サジはそれまでの微笑をにわかに顔の奥へと収めるようにして呟くと、レジスタンスの仲

間達をちらりと見遣ってから言った。

「確かに二十年前のあの日、クーデター自体は“成功”した。当時の主要各国の指導者らが

我々傭兵民族アマゾネスを敵に回す事になりかねないと判断し、追認の対応を取ったという

周辺事情が大きかったからとはいえな」

 ジーク達は頷く。その辺りの大人の事情とやらは、この冒険者という業界にいることで少

なからず耳にしてきた話ではある。

 しかし、対するサジらの表情はあきらかに承服せずといったそれであった。

 眉根を寄せ、そんな過去を辛酸として受け止めている、反皇勢力レジスタンスのそれであった。

「……だが、いくら各国──統務院によって追認されたとしても、それは結局、簒奪されて

得られた王位だ。かつて両陛下に仕えた一人として、私はその首謀者……アズサ殿を認める

わけにはいかない」

「アズサ……。確か今の皇だっけか」

「ああ。アズサ・スメラギ。先皇アカネ様の双子の姉に当たる。アカネ様は穏やかで優しい

方だったが、アズサ殿は」

「厳し過ぎるんだよな。色々と」

 つまり自分達兄弟にとって祖母であるアカネを殺害し権力を握ったのは、実の大伯母。

 そのような武力に訴えた権力交替だったことは小耳に挟んでいた筈だったのだが、ジーク

は急にその事実が重く自身に圧し掛かってくるような気がして胸糞が悪かった。

 そんな様子にレナが逸早く気付き、そっと手を眼を向けてくれるが、ジークはやんわりと

それを押し止めた。

 同じく眼だけで返す「大丈夫だって」な強がり。

 心配、様子見、同情。三者三様の仲間達の反応を背にしたまま、ジークは無言のまま続き

をサジらに促して片眉を上げた視線を送る。

「外育ちの君も少なからず知っているだろう。アズサ殿が皇となってからは確かにこの国は

豊かになった。それまでの伝統的な生活を守り、武芸を修めた者達からの出稼ぎで糊口をし

のいできた生活からすれば、生活水準それ自体は上がっている」

「だけどさ……。それはあくまで“国”としてみた場合なんだよ。確かに国として昔よりも

は強くなった。アズサ殿の政治手腕は確かなものだ。でも……あの人は厳し過ぎる」

「要は“富める者から富め”。富がなければ国も豊かになれないって理屈でさ。それまでの

伝統──彼女の言う旧態依然のしがらみを壊して、そこからの改革開放の中で実力を発揮し

てくる人間を出自に関係なく評価する。そういう実力主義者なんだよ」

「確かにそれはデキる人間にはこれとない立身出世の時世になる。だがな、正直言って凡才

な大部分の連中にはそんな世の中は単に息苦しいだけなんだよ」

「……まぁ、そうかもな」

 伝統的な社会を皆にとって居心地の良いコミュニティと取るか、或いはしがらみといった

悪しき因習の温床と取るのか。少なくとも、アズサ皇という人間は後者に依って立つ人物で

あるらしい。

「だから、俺達は戦っているんだ」

「皇に擦り寄って儲けている一部の連中が幅を利かせる今の皇国を正す。その為に俺達レジ

スタンスいるんだよ」

「少なくとも、今の皇国は皆が望んだ変革じゃない。それは間違いないんだ」

 レジスタンスの面々は少々熱っぽく語り始めていたが、対するジーク自身は曖昧に応答す

るに留まっていた。

 話が分からない訳ではない。

 武力で奪われた正当な筈の王位。弱者を切り捨てるかの如き政治。そうした人々の不満を

梃子にしているらしい彼らレジスタンスという反・現皇勢力の存在も。

 だが、そうしたレジスタンスのような「先皇派」と、アズサ皇に認められた者達の集団で

あろう「現皇派」という二項対立で語ることが事の本質なのだろうか。

 ジークはそこまで言語化して考える頭こそ持たなかったが、漠然とそんな安易な二分法的

な対立にあまり良い印象を持てなかった。

 そもそも、自身が生計を立てている冒険者業自体が基本的に実力主義社会なのだ。

 足りぬ力量を補い合うクランという互助集団は点在するが、それでも与えられる糧が均等

でないことに憤るのは、何処か方向が違う。そう感じていたのである。

「……正当な王位継承ならまだしも、アズサ殿のそれは奪って得た権力だ。だからこそ私達

は認める訳にはいかない。人々に代わって、多くの弱者を切り捨てて構わないとするような

彼女とそのまつりごとを討ち除く。それが私達に残された、亡き両陛下への手向けになるとも信じて

いるんだ」

「…………」

 だからこそ、少なからぬ歳月の闘争を続ける彼らに、ジークは賛同できなかった。

 キュッと唇を噛み締めて結び、先皇夫妻──祖父母への忠節を語る彼らを見据える。


 ──それは、ジーク達がサンフェルノでの“使徒”襲撃を何とかしのぎ切り、帰路の旅支

度を始めていた頃のことだった。

「ジーク、アルス。入っていい?」

 襲撃から数日後の夜、ジークとアルスがいよいよ明日の朝となった出立に備えていると、

ふとドア越しに軽いノックの音と共にシノブの呼び声が聞こえてくる。

 ひょいと顔を上げたアルスが、逸早くドアの前へ駆け寄って出迎えていた。

「遅くまでご苦労さま。冷えるでしょう? 飲み物、持ってきたわよ」

「お、おう……」

「うん。ありがと」

 そんな彼女がトレイの上に載せて持ってきたのは、ほわんと湯気の立つホットミルク。

 兄弟共用な木製の丸テーブルの上に置かれたカップをそれぞれ手に取り、ジークとアルス

は暫しその優しい温もりでそっと喉を潤した。

 ゆったりと夜の時間が過ぎていく。部屋の片隅で舟を漕いでいたエトナがようやく気付い

てふよふよと近寄ってくる。

「……いよいよ明日ね。もうじき日付も変わってしまうけれど」

 シノブが同じくカップを手にそんな事を呟いたのは、そうした最中のことだった。

 エトナも加わって、三人は誰からともなく互いに顔を見合わせる。

 寂しさ、哀しさ、いやきっと憂い。

 丸テーブルを囲んで座る母の表情は、微笑を取り繕うとしていたものの、やはり浮かない

気色に思える。

 無理もないだろう。今までずっと黙っていた自分達の出自の秘密が明らかになり、同時に

六華を狙う刺客も姿を見せたのだ。

 それだけでも冷や汗ものだというのに、自分達息子はそんな連中と対決しようとすらして

いる。一人の母親として、皇家の直系として、心配の種は尽きない筈だ。

「まぁ大丈夫だって。母さんとリュカ姉のおかげで六華こいつらの本来の力ってのも引き出せるよう

になったんだろ? 今回みたいにやられっ放しで済ませてやるもんかってな」

「そう……だね。相手が魔人メアなら、聖浄器は凄く有効だと思う。だからこそあいつらは兄さん

から六華を奪おうとしたのかもしれない」

「うーん。だけど、それだけが理由なのかなぁ? 仮に狙いが聖浄器だとしても、それは何

も六華だけの話じゃないじゃない? 他の場所でも似たようなことやってるのかな?」

「かもな。だったら尚の事このままやられっ放しじゃいられねぇよ。残りの六華を取り戻し

て、それから奴らもぶっ飛ばす。悩む事なんざねぇさ」

 だからこそ、ジーク達は努めて強気に元気に振る舞っていた。

 彼女を心配させたくない。優しく笑っていて欲しい。

 上の息子、下の息子、そしてその持ち霊と立場はそれぞれに違っていたが、長らくこの村

で寝食を共にしてきた家族として、その願いはブレることなく一つだった。

 弟とその持ち霊にニッと不敵に笑いかけながら、ジークは足元に立て掛けていた三本のま

まの愛刀らに手を伸ばすと、意気込みの中に憤りを隠しぎゅっと握り締めてみせる。

「……」

 だがそれでも、シノブの憂いはそう簡単には晴れないらしかった。

「ねぇ。一つだけ……聞いて貰えるかしら」

 一瞬だけ見えた苦笑。

 しかし次の瞬間には静かに居住いを正すと、彼女はしっかりと息子達の眼を見据えてから

言ってくる。

皇国むこうでもし、貴方達や私のことがバレてしまっても、国の皆には私が復権するつもりはない

ことを伝えて欲しいの」

「へ?」「……王様には、ならないってこと?」

 ジークとアルスは頭に疑問符を浮かべてから、互いの顔を見合わせていた。

 確かに今度の旅はあくまでも六華の奪還が目的だ。少なくとも現皇アズサと対決し二十年

前の仇を取ることではない。

 しかし、その意思を他ならぬ母が──アズサ皇によって故郷を追われた筈の当人が口にし

たことにジーク達は少なからず驚いていた。

「考えてもみて? もうあの日から二十年も経っているわ。今更私がトナンに戻っても国内

をバラバラにしてしまうだけだもの。確かに叔母様はお父様とお母様を、城の皆に手を掛け

たわ。その事実は消えないし、恨んでいないと言えば嘘になっちゃうけれど……」

 でもすぐに、三人は察することができた。

「でもね? やられたからやり返す。それを権力者同士が繰り返した所で誰も──国に生き

る民は幸せにはならない。私達の勝手な争いに巻き込まれて不要な苦労を背負い込むだけ。

だったら……たとえその王位を手にした経緯が謀反でも、安定した政治の中で暮らしていけ

る方がよっぽど彼ら彼女らの為になると思うの」

 きっとそれは、優しさ。自分よりも民の行く末を憂う苦渋の論理で。

 だからこそジークは言い返せなかった。

 それが「逃げ」だとは決して言えなかった。自分と似ている。そう感じたから。

 だからこそアルスとエトナは押し黙るしかなかった。

 民にとって王はあくまで生活を担保してくれる存在に過ぎない。

 王が誰かよりも、王が自分達に如何してくれるかが、大部分の民衆にとっては関心事であ

ろう事は否定できなかったから。

「だからお願い。もしまだ皇を私か叔母様かで争っている人達に出会ったら、その争いをす

ぐに止めて、もっと自分自身と国に生きる人達の為に生きて欲しいと伝えて? ……私自身

はこの村、外野からそう頼むような卑怯者だけれど」

「卑……っ、そんなことっ……!」

「アルス」

 流石に哀しく笑う母にアルスはもらい泣いて叫び、否定しようとしたが、その出掛かった

言葉はそっとジークが制していた。

 ちらと兄の、母の顔を見て悔しそうに唇を結んで俯き加減になるアルス。

 そんな相棒へと心配そうに寄り添うエトナに一瞥を寄越してから、ジークは改めて母の静

かで、だけど長い長い苦悩を積み上げ来た表情かおを見る。

「……分かった。俺もそういう奴らを見つけたら説得してみるよ。俺達にとっても、トナン

は血筋上の故郷なんだしな」

「ええ。ありがとう……」

 温かかったミルクは少しずつ冷め始めていた。

 薄くなっていくカップからの湯気。

 シノブは一先ず何とか思いの丈を託せたと安堵の苦笑をみせると、

「……絶対無事に帰って来てね? 無茶だけは、しないで」

 今度は一人の母親として、そう息子達にそっと送る言葉を差し出してくる。


「──それは、本当にこの国皆の望みなのかよ?」

 瞳の奥から蘇ってきた記憶と、託された思い。

 ジークは何処か遠くを見ていたかのように長い沈黙を経ると、ふとそんな問い掛けをサジ

に投げ返していた。

 サジやレジスタンスの面々、そしてサフレ達もそれぞれに眉根を寄せたり、困惑の気色を

濃くしたりしているのが分かる。

「私達はそう信じている。アズサ殿は……討たねばならない。簒奪された王座を取り戻すこ

とも、弱者を切り捨てて憚らない政を正すことも、より多くの民の幸せの為だ」

 それでもサジは少し間を置いてから言い切っていた。

 或いはレジスタンスという闘争に身を投じる中で、己に言い聞かせてきた覚悟だったのか

もしれない。ジークにはそう思えた。

「民の幸せか。自分達の恨み辛みを上手いこと隠すにはもってこいの台詞だな」

「何だと!」「お前、いくら同胞でも……!」

「止さないか。彼らは今し方窮地を救ってくれた恩人なんだぞ?」

 だからこそジークは敢えて挑発的な言葉で以って彼らのエゴを引きずり出そうとしたのだ

が、そうした口撃も全てサジは受け入れているともで言わんばかりに、ピシャリと仲間達を

制していた。

 じわじわと、険悪な空気が場に流れてゆく。

 サフレは目を細めて様子見をし、マルタは不安そうなレナと共に両者を見比べていたが、

やがてサジは再びジークに向けていた視線をフッと逸らすと、

「外育ちという事もあるのだろう。不毛な争いだと言う理屈が分からない訳でもない」

 仲間達より先んじて踵を返し始める。

「だがな……。今の不当に始まった治世によって苦しんでいる人々が、少なからずこの国に

いるのも事実だ。その現実に、君はどう応える?」

「ッ。それは……」

 肩越しに今度はサジから問いが投げ返されていた。

 彼らのエゴを衝いたつもりだったのに、気付けばもっとリアルなこの国の人々という論点

がはたとジークを一層寄せる眉根と共に黙らせる。

「……さて、こうして立ち話ばかりしてもつまらないだろう。私達のアジトに案内しよう。

君達恩人をこのまま無碍に帰してしまっては、一介の武人としての徳義にも関わる」

 そしてジークのそんな苦虫を噛み潰したような反応に、サジは暫し静かな眼差しを遣ると

そう言ってきたのだった。

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