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14-(3) 獣姫襲来(前編)

 ジークは半ば反射的に部屋を飛び出していた。

 激しく脈打ち始める心臓。後からざわめきつつ付いて出てくる仲間達と共に、ジーク達は

宿舎の廊下窓から街の様子に目を凝らす。

 既に同じように情報が伝わりつつあるのか、街の人々も混乱の中にあるようだった。

 領主の私兵の隊伍が通りを駆けてゆく。そんな中で人々は互いに戸惑いの顔で口伝えの情

報収集に奔ったり、或いは既に家財をまとめて逃げ出す準備を始めている者も幾人か見受け

られた。

「……その話、間違いないんだな?」

「ああ。今さっき、見張り部屋からも確認してきた。凄ぇ数だ、ありゃあ自然に集まったよ

うな群れなんかじゃない」

 ということは、やはり“結社”の……。

 ジークは小さく舌打ちをして眉間に皺を寄せると、一人そのまま廊下を駆けていった。

 向かったのは宿舎の階段、その普段自分達が寝泊りしているスペースよりも更に上階にあ

る屋根裏部屋だった。

「ん? おう、ジークか」

「魔獣の大群が出たって聞いたんだが」

「ああ。そうなんだ。お前も見てみろよ」

 そこは備品の倉庫も兼ねた見張り部屋。

 横長の窓際には複数の望遠鏡がセットされており、先程様子を見に行った団員の何人かが

レンズ越しに街の外を覗いている。

 こちらの姿を認め、振り返ってきた彼らがどいてくれる。

 ジークは頷くと早足で飛び付き、レンズ越しにその光景を目に焼き付ける。

 ──その様は、一言でいうと大地を覆う一面の黒だった。

 緩やかな丘陵やその上に延びている街道を踏み倒して進む魔獣の群れ。ここからでは距離

があるので詳細な姿形までははっきりとしないが、相当数の魔獣らが一つの巨大なうねりと

なって群れを成しているのが分かる。

 そしてレンズの向ける先を何度か往復させてその大群の進行方向を確認すれば、この魔性

の大群がアウルベルツの正面門へと進軍を続けているのは明らかだった。

「兄さん!」「ジーク」

 すると梯子越しにアルスとリンファが顔を出してきた。

 階下では団員らが走り回る足音と気配がしている。

「イセルナが指示を出した。三班に分かれる。イセルナとダンの班は他のクランと一緒に魔

獣達を食い止めに。シフォンたち遊撃隊の班は街の皆の避難誘導を、ハロルドたち支援隊の

班は万一に備えてホームの家財をまとめる作業を担当する。私達も動くぞ」

「ああ……分かった!」

 見張り部屋にいた団員らとも頷き合い、ジーク達は梯子を降りた。

 イセルナの判断もあるが、伊達に一個の軍勢でもあるクランの面々の対応は早かった。

 既に皆は三班に分かれて行動を開始しており、外のざわめきと併せてその物音は戸惑いや

思案から決断の下のそれに変わっている。

「に、兄さん。僕も──」

 そしてジークもその中に加わろうと足を進めようとすると、アルスが皆の立ち回りに少々

ついていきかねながら言葉を漏らそうとする。

「駄目だ。お前はリュカ姉と避難してろ」

「でも……」

 ジークは当然ながらその申し出を諫めたが、弟が唇を結んで見上げてくるのを見てつい先

刻の特訓の中でリュカが言っていた言葉を思い出してしまっていた。

 ──貴方はあの子の意思を認めないの? それは、エゴよ……。

 思わず、数拍黙り込む。

 こいつだって皆を救いたいと力を求めている。自分と同じように。

「……。何も俺と同じことをしなきゃいけねぇって訳じゃあないだろ」

「えっ?」

「お前まで表立って魔獣とドンパチしなくてもいいだろって言ってんだよ。お前の魔導は誰

かをボコる為のものなのか? 剣を振り回すだけじゃ救えないものも、お前だったら救える

んじゃないのかよ?」

 だからこそ、ジークは声色を落とし気味に言った。

 アルスが少し驚いたように目を見開いている。傍らで浮いているエトナも似たような反応

をしている。

「怪我を治したり、安全な場所に連れて行ったり作ったり……そういう裏方もれっきとした

人助けだと思うぜ? お前は、お前ができることで皆の力になってやればいい」

 それでもアルスは兄の言葉を、想いをちゃんと受け取ってくれたようだった。

 少しばかり目を瞬いた後で「……うん!」と力強く首肯を一つ。エトナが何だか生温かい

眼でこちらを見てきているが今はざっくり無視しておくことにする。


「気を付けてね、兄さん」

「ああ。お前もな。リュカ姉や皆とはぐれんじゃねぇぞ」

 走り回る皆の中を駆け抜け、ジークはリンファを伴って外に飛び出ていった。

 見渡す限り、他のクランも同じように対応を始めているらしい。

 そんな彼らと逃げ惑う人々、或いは警戒態勢を整えようと奔走する伯爵家の兵らの間をく

ぐり抜けて、二人は急ぎ街の正面門へと向かおうとする。だが……。

「ひゃあぁ~ッ!」

「ま、魔獣だー!!」

 ジーク達の目の前に、それらは姿を見せた。

 人の頭ほどはあろう大きな眼球に無数の触手が生えた、いかにも気味が悪い外見。そんな

目玉型の魔獣が十数体単位でふよふよと街中に浮かんでいたのである。

「あいつは……」

「ヴィグルだな。触手と目からの魔導に注意しろ」

 ジークとリンファは同時に得物を抜き放った。その交戦の意思を感じ取ったのか、この目

玉達・ヴィグルらは一斉にこちらに視線を注いでくる。

「どど、どうして街の中にまで魔獣が来てるんだよ! あんたらの仕事じゃないのか!?」

「は、早く片付けてくれ!」

「……分かってんよ。いいからさっさと逃げな」

 魔獣などとうに見慣れている。

 だがそれでも、一般人達の動揺は更に拍車が掛かってしまったらしい。

 背後に隠れ、或いは走り去りながらそんな言葉を投げてくる街の人々。

 所詮は魔獣や冒険者というのはこういう反応かと内心嘆息をつきつつも、ジークは二刀を

構えて彼らを逃がした。隣でリンファも長太刀を正眼に構えてヴィグル達を見据えている。

『──!!』

 数秒の沈黙。そして一斉にヴィグルらが目を見開いた。

 飛んできたのは、リング状の黒い光。魔導に近い力、波動の類と思われる。ジークはそれ

らを駆け抜け身を捻りながらかわし、リンファは錬氣の一閃で打ち消すと、

『せいっ!』

 ほぼ同時に地面を蹴って、彼らを中空にて斬り伏せる。

 それでも仲間(?)のピンチに気付いたのか、或いはジークがいるからなのか、二人が斬

り捨てて屍骸となって地面に散ってゆくヴィグル達を補完するようにゆらゆらと新たなヴィ

グル達が姿を見せた。

 暫く寄って来るこの不気味な魔獣の群れを、ジークとリンファは斬り捨て捌いてゆく。

「チッ……。何かわらわら湧いてきやがったな」

「早く前線に合流したいが……。しかし放置して街の者に被害が出るのは見過ごせない」

 だが徐々に淡々とした数の力と、魔獣の亡骸から漂い始める瘴気に、二人は思わず顔をし

かめ始める。

 そんなヴィグルの群れを矢と銃弾の乱打が薙ぎ払ったのは、ちょうどそんな時だった。

「ジーク、リンファ。無事か?」

「シフォンか。サンキュ……助かった」

 姿を見せたのはシフォンら遊撃隊の一団だった。

 銃器を構えた団員らを従え、錬氣の余韻を残して長弓を握る彼に、ジーク達は助力の礼を

述べるとヴィグルが一通り一掃できたのを確認する。

「街の者達の避難は?」

「今の所順調だよ。こうして魔獣も入り込んで来て危機意識を煽られてるんだろうね……。

ここは僕らが引き受ける。二人とも早くイセルナ達と合流するといい」

「おう!」「ああ。任せたぞ」

 どうやら後方は思う以上にしっかりとフォローが回っているようだ。確かに耳を澄ませて

みれば、方々で交戦の音がする。自分達以外にも先遣的に入り込んで来た魔獣に対応してく

れている冒険者達がいるのだろう。

 だが、本命は今まさに押し寄せてきている最中。

 ジークとリンファはシフォン達にその場を任せると再び駆け出してゆく。

「──団長!」

 全速力で駆け抜けた先、アウルベルツの正面門の前。そこに出来た物々しい雰囲気の人だ

かり。その中にジークとリンファはイセルナ達の姿を認めた。

「良かった。二人とも無事ね? 途中で魔獣が何度か空から入り込んでいたから……」

「まぁその様子だと大丈夫そうだがな」

「ええ。シフォン達が引き受けてくれました」

「こっちに来ていない面々はあのヴィグルなどの迎撃にも当たっているみたいだ」

 彼女達もまた、二人が合流してきてくれたことで安堵の表情を見せる。

「……アルスは? レナとステラも、無事?」

「ん? ああ。俺は見張り部屋に顔を出してたから見てないんだが……」

「レナとステラならハロルドの傍にいる。大丈夫だ。アルスはリュカさんと一緒に怪我人の

救護に回っていたよ」

 するとダンの横に控えていたミアが淡々と、しかし心配そうに訊ねてきた。

 ジークは皆を把握していた訳ではないので言葉を濁しかけたが、代わりにリンファが彼女

の不安を払拭するように答えてくれる。

「……そう」

 感情の起伏が乏しいようなミアの反応。

 それでも長年の付き合いはしたもので、ジーク達には彼女がホッと胸を撫で下ろしている

のが分かるように思えた。

 仲間達なら、大丈夫。

 あとは迫ってくる魔獣の大群をどうにかする。そう思って集まってきたのだが……。

「おい、一体何してるんだ!?」

「いい加減ここを通せ。魔獣がそこまで迫ってるんだぞ!」

 何故か、街の門を固める兵士らは集まったジークら冒険者達が街の外壁へと陣を敷こうと

するのに非協力的なようだった。

「そう言われてもな……」

「う、上から門は開けるなと言われてるんだよ……」

 何度も武装も整えた面々が詰め寄っているが、対する兵士らは何だか困惑しているように

曖昧な返事を返すばかり。

「……? 何やってんだよ、兵士達あいつらは?」

 ジークはあからさまな怪訝と苛立ちの表情を浮かべ、イセルナ達を見た。

 すると彼女達は自分達も同じ思いだと言わんばかりに肩をすくめてみせる。

「これは推測だけど……。伯爵側はまだ貴方達兄弟を捜しているんじゃないかしら」

「脅迫の内容はお前達を差し出せ、だそうだからな」

「……何つー阿呆な。結社あいつらが約束通りに済ませると本気で思ってるのかよ」

「ま、うちの領主さまはまだまだ青いからな。大方、周りの保身に走ってる側近連中が何と

か自分達の所に被害を出さないように言い寄ってるんだろう」

「だから今、他の門から回り込めないか、何人か人を遣っているんだけど……」

「……」

 ジークは眉間に皺を寄せると、ガシガシと髪を掻いて頭を抱えた。

 領主とやらがどんな人物かは知らないが、とんだ大馬鹿者だ。街の皆が今まさにどんな思

いをして逃げ惑い、怯えているのか想像すらできないのか。

『──もしもし~? 領主さん、聞こえてる~?』

 そして突然、街全体に幼い少女の声が響いたのは、ちょうどそんな時だった。

 ジーク達、そして街中の人々がその声にハッと思わず声の方向──空を仰ぐ。

『お手紙通り皆を連れてきたよー。まだ連れて来ないのかなぁ?』

 よく見てみると、声がするのは中空に浮かんでいるヴィグル達だった。

 しかし魔獣は基本的に獣だ。人語を操る種は稀である。

「……この声」

「まさか。あん時の魔獣使いのガキんちょか!?」

 ややってジーク達は思い出す。

 この声の主があの時、サンフェルノを襲った“結社”の刺客の一人だという事を。


「お手紙で書いたよね~? この街に隠れてる悪いお兄ちゃん達を連れて来ないと皆で全部

壊しちゃうよって」

 大地を覆うほどの魔獣の大群。

 その軍勢を率いていたのは、継ぎ接ぎだらけのパペットを抱いた一人の少女だった。

 間違いなく、その人物はサンフェルノでフェイアン、バトナスと共にジーク達と対峙した

魔人メア──結社の「使徒」の一人・エクリレーヌで。

「えっと……」

 そんな彼女の周りに浮かんでいるのは、ヴィグル達。そして今にも人間など軽々と蹂躙し

てみせようと荒い吐息を漏らしている様々な姿の異形──魔獣達。

 自分と街に這わせたヴィグルを媒介として自身の声を届けるエクリレーヌは、更に纏って

いるワンピースのポケットからメモらしき紙切れを取り出すと、

「うぉっほん。ええと『我らに歯向かう信仰の敵を差し出せ。さもなくばこれより汝らに無

慈悲な罰が下るであろう』……だよ?」

 拙い棒読みでそんな台詞を唱えてから小首を傾げ、無邪気に笑う。

「──何という事だ」

 勿論、その声は街の領主・アウルベ伯にも届いていた。

 周りには難しい顔をした側近──先代より仕える街の有力者(その多くが議員経験者や有

力商人である)が控え、ちらと互いに顔を見合わせつつも絶望的な現状に言葉も出ない。

「一体、何処にいるんだ。レノヴィン兄弟は何処に……!」

 若き領主は慌て、苛立っていた。

 私の街を守らなければ。その為には奴らの要求を呑む他ない……。

 それは実際には私財を壊されたくない側近達の「生贄的戦略」を採用した形であったのだ

が、既に彼にそんな思考は残っていなかった。

 ただ、悪名高い“楽園エデンの眼”が直接牙を向こうとしている。

 その事実が何よりもこの年若い統治者をパニック状態に陥られせていたのだった。

「捜せ! 早く差し出すんだ! この街をこんな目に遭わせようとしている元凶を!」

 最早それは命令というよりは感情的な叫びに近くて。

 アウルベ伯は片腕を振り払い、まごついている衛兵らを無理やり動かそうとする。


「…………」

 ジークは静かに息を吐いていた。

 俯き加減な前髪に隠したその表情。一度収めた刀を一本、ざらりと抜く。

 このままじゃあ、埒が明かない。奴らが攻め込んでくるのを受け入れちまうだけだ……。

「ジーク?」

 イセルナ達がその様子の気付いて僅かに眉間に皺を寄せた。

 まさか。はたと思ったが、もう一同は彼を止める術などなかった。

「……どいてくれ」

 ポツリと、しかし異様なまでに殺気立った声色で。

 イセルナ達も、そして集まっていた冒険者や兵士らも思わず身じろいでいた。

 自然とジークを通すべく人だかりが左右に割れる。その中をゆっくりと踏み締めて進み、

ジークは顔を引き攣らせた兵士らの封鎖する街の門の前に立った。

「お、おい」

「待て。何をす──」

「ぶっ壊せ。紅梅」

 瞬間、ジークの刀から紅い光が迸った。

 護皇六華の一つ・紅梅。増幅する斬撃の太刀。

 それをゆっくりと振り上げ、殆ど本能的に慌てて逃げる兵士達、その背後の街の出入りを

守る閉ざされた巨大な門に──。

『……!?』

 勢いよく振り下ろされたのは、大上段からの紅い一閃。

 そして真っ二つに斬り裂かれ、ズドンと大きな音を立てて地面に倒れた金属製の門。

 面々が、驚愕で目を丸くしていた。

 しかしそれでもジークが一人、まるで何事もなかったかのように歩き出すのを見て、よう

やく我に返ると彼らは一斉に開けた視界の先に目を凝らす。

「あ……。来た来た♪」

 視界一杯に広がるのは、大地を覆う魔獣の群れ。

 その中にちょこんと座して無邪気に笑いかけてくるのは、使徒・エクリレーヌ。

「……。いい加減にしろよ、ガキんちょ」

 紅い光の刀を手にしたままで、ジークはゆらりとその切っ先を魔獣の大群に、彼女に向け

て殺気の籠った眼を向ける。

「ジーク・レノヴィンたぁ俺の事だ!」

 キッと怒りに満ちた顔を上げて怒号の名乗り口上を。

「覚悟しやがれ。てめぇら全部まとめて……ぶった斬るッ!」

 しかしその叫びは、蛮勇というよりも皆の心を捉える作用を果たしていた。

 イセルナ達が呆れ顔の後、フッと苦笑いで得物を手に彼へと歩み寄っていく。

 ──そうだ。このまま奴らに蹂躙されてなるものか。

 瞬間、冒険者達の重なった叫びがジークに応えるように大きく響き渡っていた。

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