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14-(2) 若輩の統治者

 学院は、アルス達の味方になってくれた。

 しかしそれでもまだレノヴィン兄弟へと迫る魔の手は止んだ訳ではない。

(う~む……)

 街の路地裏の一角からこっそりと表通りを覗いてみる。

 学院長室にて話を聞いていたので予想はしていたが、やはりそこには領主の配下と思われ

る準正装姿の役人や更に軽い武装を携えた兵士までが辺りをうろついていた。間違いなく、

自分達を捕らえる為に寄越された者達なのだろう。

「どう……? 兄さん?」

「ああ。案の定、わんさかいやがる。こいつは早くしないとマズいかもな」

 ジークは後ろに控えるアルス達五人に振り返ると、厄介だなと片眉を上げつつぼやいた。

 実はというと、ミレーユからあのまま学院内に匿って貰える提案も受けていた。

 しかし、その好意は他ならぬアルス自身が丁重に断わっていた。

『すみません……。そのお気持ちだけ、ありがたく受け取らせて頂きます』

 その言葉に甘えていては、本当に学院側と領主側が自分の所為で衝突しかねない。

 だからこそ弟は受け入れの言葉を辞退し、表向きは早退という形でこうして一先ず学院を

後にしたのである。

 だがこの自分達への包囲網。

 一旦ホームに戻ろうという話になったジーク達だったが、どうやら相手はそう簡単に目的

地へと行かせてくれるつもりはないらしい。

「にしたって領主ともあろう奴がホイホイと脅迫なんかに屈するものなのか? 仮に俺達を

引き渡した所で、相手が素直に引き下がる保障なんてねぇだろうに」

「それはそうだろうけど……。保身、なのかのかなぁ」

「だとしたら最低じゃない。アルスとジークを生贄にしようって事でしょ?」

 ジークが、そしてアルスとエトナがそれぞれに自分達の置かれた状況──その切欠となっ

たこの街の領主についての思いを漏らした。

 それは嘆きであったり苦笑であったり、或いは憤りで。

「ああ……。そうか、ジーク達は知らないのか」

「? 何がだよ」

 するとそんな兄弟達の様子を見ていたシフォンが呟いた。

 サフレらも小さな疑問符を浮かべて見遣ってくる。ジークも同じような反応で促してくるのを

見て、彼は表通りの追っ手達の挙動に引き続き注意を配りつつ話してくれた。

「アウルベ伯は七年前に代替わりをしているんだ。先代から家督を引き継いでね。先代はあ

の頃既に結構な老齢だったし、隠居という形のようだけど」

「それじゃあ、今の領主さんは……?」

「ええ。現アウルベ伯は、その息子になるんです」

 つまり自分がアウルベルツに来るよりも少し前に首が挿げ変わっていたことになる。

 それでは知らないのも無理もないか。ジークはなるほどと小さくと頷く。

「一応、現伯爵は政治経済などの学問は一通り修めているんですが……何分、若輩者と言っ

てしまっていい。座学では優秀でも、現実の政務となるとどうしても経験不足が目立ってし

まうんですよ。実際、今のアウツベルツの実権は伯爵ではなく、その周りの有力商人や近隣

諸侯にあると言われて久しいですからね」

「そうなんですか……」

「何だか、釈然としませんね」

「……。そう驚くことじゃない。リーダーが“飾り”になっているなんてケースは別にこの

街に限った事じゃないさ。元より権力なんてものは魑魅魍魎の巣窟だからな」

 街の暮らしが長いシフォンの説明を聞いて、リュカとマルタが納得と一抹の後味の悪さを

覚えていた。だがその一方で、サフレは何処か冷めた眼をしてあらぬ方向を仰ぎながら、そ

う誰にともなく呟いている。

「まぁその側面はあるだろうね。これは僕の推測だけど、向こうがここまで荒っぽい手に出

てきているという事は、伯爵自身というよりも彼の側近達が保身に走って焦っている証では

ないかと思う」

「その為に俺達は捨て石ってか? チッ……。これだから貴族ってのは」

「……兄さん。僕らも一応同じなんだけど」

 あからさまに舌打ちをして一言。しかしそんな悪態を、アルスが苦笑混じりにやんわりと

諫めてツッコミを入れる。

 そういえばそうだった……。弟に言われて思い出したのか、ジークは頬を掻きつつ出しか

けた言葉を引っ込めると暫し黙り込んだ。そしてコホンとわざとらしく咳払いをしてから、

話題を本来の方向へと引っ張り直そうとする。

「なぁリュカ姉。ホームまで魔導でひとっ飛びとかできねぇのか?」

「そうだな。どうでしょう? 空間結界が張れるのなら空間転移の術式も扱えませんか?」

「そうねぇ……。向こうに終点指定の陣を描いてあればできるけど、まさかこんな事になる

なんて思っていなかったから……」

「ま、空門は光門や闇門以上に制御が難しいからねぇ。余程の手練じゃないと補助機構なし

での転移は危な過ぎるよ。下手したら狭間に呑み込まれて永遠に出て来れなくなるし」

「かといって飛行の魔導で飛んだら、下から狙い撃ちに遭っちゃうよね……」

「……。そっか」

 リュカにエトナにアルス。魔導に詳しい三人の言葉からそのリスクを取った先の末路を想

像してジークは心なしか青ざめていた。

 身を隠しながらがそのまま出られないなんて冗談じゃ済まない。

「仕方ねぇ。時間は掛かるが回り道だな」

 そして言葉少なげに髪を掻いた後、仲間達を肩越しに見遣って言う。

「大丈夫? あれだけ兵隊さんがいるけれど」

「なぁに。その辺は何とかなるって」

 リュカの懸念にジークはニッと不敵に笑ってみせた。

 思う所は同じなのか、シフォンもまた静かに微笑を浮かべて余裕の面持ちを見せている。

「何せ僕達はこの街を拠点に活動してる冒険者ですから」

「綺麗所ばっかり浚う貴族連中よりかはずっと、街の裏の裏まで知ってる。地の利ってやつ

はこっちにある」


 二人の言葉と案内の通り、一行はアウルベルツの裏路地の中をぐるぐると通り抜け領主の

手の者たちからの追跡を逃れることができた。ジークとシフォンを先頭にこっそりと物陰か

ら覗き込み、黒服や兵の姿があるとそっと引き返して頭の中の地図から新たにルートを組み

立て直す。

 そうしてジーク達は、少なからず遠回りになってしまってこそいたが、何とか無闇な衝突

を避けてホームに戻ることができていた。

「早く出すんだ。伯爵様からの直々の命であるのだぞ」

 しかし──辿り着くのが少々遅かったのかもしれない。

 ホームの入口、酒場『蒼染の鳥』の前には既にアウルベ伯の部下達が徒党を組んで押し掛

けていたのだ。そんな彼らに、ハロルドと他数名の団員らが対応しているのが見える。

「そう言われましてもね。不在の者を寄越せといわれても無理な話ですよ」

「大体、ジークやアルスが何をしたって言うんだよ?」

「そうだぜ。俺達が伯爵家そっちに何か手を上げた覚えはないぞ?」

 ジーク達は咄嗟に物陰に隠れると、その様子を見遣った。

 手の者達はざっと二十人程。内十人弱が兵士といった所だろうか。しかしジーク達が対応

に戸惑っている間にも、一人また一人と黒服や兵士が合流して状況は徐々にきな臭い方向に

向かっているように見える。

「これは、マズいな」

「うん……。ハロルドさん達もあのままじゃあ」

 このままこっそりと裏口へと駆けていけばホームに入る事はできなくないだろう。しかし

その事を優先して、クランの仲間達を囮にしてしまう格好になるのは気が進まなくもある。

(どうするか。ここまで乗り込んできたなら一度ボコって追い払った方が……)

 そう、ジークは迷いという天秤の上で揺れる心理の中、腰の刀に手を掛けつつ思案する。

 ちょうど、そんな時だった。

「あら? 随分と騒がしいわね」

 ハロルド達、そして物陰からジーク達が向けた視線の先には、肩にブルートを乗せたイセ

ルナとダン、そして兵士らを見据えて腰の長太刀に軽く手を掛けているリンファら四人の姿

があった。

「団長……! ダンさん、リンさん!」

「ちょうどいい所に。さっきから領主の手下達が」

「ええ。分かってるわ」

 救いが来た。そう言わんばかりに団員らがにわかにざわめき立った。

 そんな皆の声を静かな首肯で受け止めて進み出てゆくと、手の者達の矛先は自然と彼女達

へと向いてゆく。

「団長──お前がブルートバード代表のイセルナ・カートンか?」

「ええ。私達のクランに何か御用でも?」

 あくまで冷静に沈着に。だが彼女のそんな振る舞い方すら、彼ら役人連中には反抗的な態

度の類と映っていたらしい。

「とぼけるなよ。お前達が楽園エデンの眼と騒動を起こしていることは把握している。此処所属の

ジーク・レノヴィンとアルス・レノヴィンをこちらに引き渡して貰おう」

「……あら? どうしてでしょう?」

「二度も言わせる気か? その兄弟は今回の件の重要参考人だそうだ。もしお前達が拒むと

いうのならば……」

 黒服らの合図で、傍らに控えていた兵士らが脇に抱えていた長銃──軍用ライフルを無言

のまま構える。

 抵抗すれば撃つ用意があると言いたいのだろう。

 ダンがあからさまに彼らを睨み付けている。だがそれでもイセルナの態度は冷静で、そし

て何よりも堂々としたものだった。

「令状は?」

「え?」

「令状は、持参していますか?」

 短く二度。彼女はそう役人達に訊ねていた。

 まさか“庶民”がそこまで理論武装してくるとは思っていなかったのか、完全に虚を衝か

れたような格好になる。彼らがお互いに「ないのか?」と眼で確認し合っているのを細めた

目で見つめながら、イセルナは言った。

「王貴統務院第六〇六号令──通称『冒険者条約』には、冒険者はその職務の遂行の為、本

籍国政府からの執行令状を始めとした規定手続きを経ない如何なる介入にも従う法的義務は

ないといった条文があります。お持ちでないというなら、貴方たちの行為は冒険者条約違反

となりますよ。それでも……権力者の論理で私達の“家族”を弾圧しようとしますか?」

 黒服達は小さく唸りつつ、心持ちたじろいでいた。

 この女、知恵が回りやがる。大方そんな自分達の優越感を傷付けられた不快感も同居して

いたのだろう。そんな彼らの様子を見て、兵士らもすぐに引き金を引けずにいる。

「何だ何だ?」

「おいおい、今度は役人どもがやりたい放題かよ?」

 するとどうだろう。

 ふとそれまで時折通り過ぎていた往来の中から、如何にも冒険者どうぎょうしゃといった風体の男達が

一人また一人とこちらに向かって集まり始めたのである。

 戸惑う役人達。しかしその間にもぞろぞろとその人数は増え、あっという間にホームの前

には大勢の冒険者の大群が役人らを取り囲むという構図が出来上がっていた。

「な……何だお前らは!?」

「み、見世物じゃないぞ。ほら、さっさと失せるんだ!」

「はん。そうあっさりと言う事を聞くかと思ってんのか?」

「俺達は冒険者だぜ? お前さん達が“荒くれ者”と見下してる人種だぜ? なあ?」

「おうよ。聞いてたぜ。おめぇら“蒼鳥”のクランにいちゃもんつける気なんだって?」

「どういう了見だよ? いつからこの街の領主さまはそんなに横暴になったのかねぇ……」

 じりじりと。突如として集まってきた冒険者による「徒党」のやり返し。

 役人達、そして物陰からそんな一部始終を見ていたジーク達も思わず目を見張って困惑の

表情を見せている。

「……」

 そうしていると、ジーク達の方をふとリンファがそれとなく装って見遣ってきた。そして

送ってきたのは小さな頷きを伴ったアイコンタンクト。

(リンさん? え。じゃあこれは……)

 よく見てみれば他の冒険者やイセルナらもこっそりと肩越しなどでこちらに眼をやってい

るのに気付いた。

 つまり、これは彼女達が仕掛けてくれた作戦だったのだ。

 何処でこんな準備をしてきてくれたのかは知らないが、これなら……。

「ジーク」

「ああ。どうやら上手い具合に助けられてるらしいな」

 シフォンと、面々も彼女達の意図に気付いて促してくる。

「だったら躊躇うこたぁねぇ。今の内にホームに戻ろう」

 ジークはそう皆に頷いて言うと、こっそりと忍び足でその騒ぎの裏をかいて、早速裏口か

らホームの中に滑り込んでゆく。


「──そう。学院側はアルス君を護ってくれると約束してくれたのね」

 宿舎に戻って、ジーク達は残りの全団員らと合流していた。

 既に精霊を介した伝令でホームに戻ってくるようイセルナが計らってくれていたようで、

暫くは宿舎の談話室に集まって一同は表の騒動が収まるのを待っていた。

「しかし、それもあくまで現状での判断で口約束だろ? そこで安心はできねぇぜ?」

「だが、今の内に事情を打ち明けておくのは英断だったと私は思う。不用意に巻き込むのは

後ろめたくはあるが、私達クラン単体だけでは“敵”になりうる勢力が多過ぎる」

 そして何とか役人達を追い払ったらしいイセルナ達が戻って来た今、ジーク達クランの皆

はこれからの対応を話し合っていた。

 ジーク達が学院側に呼び出された一件も報告し、皆はそれぞれに頭を抱える。

 現在、自分達の「味方」は学院側というよりもミレーユとイセルナ達が取り付けてき

たというこの街の主立った冒険者クランら。

 しかし、ダンが言ったように共に状況次第では同盟関係を切られる可能性は充分にある。

「当面の問題はアウルベ伯だね。イセルナ、念の為だけどさっきの話は」

「ええ。見てきたというのは精霊達だけど間違いないと思うわ」

「……案の定“結社”からの脅迫、か。実際うちは僕の件で彼らとやり合ってるからね。当

然この街一帯を治めている伯爵にも情報は届いている。不安材料としては充分過ぎるという

ことか」

 イセルナ達が持ち帰ってきた情報曰く、アウルベ伯の下に“結社”からの脅迫状が届いて

いたらしい。

 その内容は『我らに逆らう者、レノヴィン兄弟を差し出せ。さもなくば彼の者が住むこの

梟響の街アウツベルツ自体を我らが敵とみなす』といったもの。

「それだけはと思ってたけど、やっぱり狙いをそう向けてきたんだな……。でも変じゃない

か? 俺やアルスが狙いだってわざわざ領主を脅さなくても、直接ここに攻めてくる事くら

いあいつらならできるだろうに」

「そうでしょうね。でもねジーク、相手はその選択はしなかった。つまり奴らは……力押し

で“外側”から攻めるよりも街全体を標的にして“内側”から崩していく、貴方達の居場所

を奪って炙り出すという手を打とうとしているって事なのよ」

「だろうな。悪質極まりない。まさに外道の所業だ」

「…………」

 そうした整理された事実の言の葉を聞き、思わずジークは唇を噛んだ。

 “結社”の悪意ある戦法にという面もある。だがそれ以上にとことん自分の所為で周りの

皆を巻き込んでいるという事実が何よりも胸を痛め、心苦しくて堪らなかった。

 そんな兄の横顔を心情を、アルスも同じ思いで察しているらしく、安易な言葉すら掛けること

もできずに、ただ心配そうに目を遣って優しさ故の困惑を滲ませている。

「しかしこれじゃあ、早く出発すれば巻き添えもっていう目論みは完全に潰れちまった訳だ

よなぁ……。かといって長居しててもどうにもならねぇし」

「だね。こうなった以上、先ずはアウルベ伯からの敵意──保身の念をどうにかして取り除

かせないといけないのは間違いない」

「……何つーか、面倒臭ぇな」

 とはいえ、自分達のできることから事態を収拾していく他ない。

 もどかしく片手で髪を掻き毟るジークに、隠せぬ不安で心持ち俯き加減になるアルス。

 それでも、一先ずの対処すべき相手は見定められた。

 そう、皆が言葉少なげな中で合意を成そうとしていた──そんな時だった。

「? なぁ、何だか外が騒がしくないか?」

「……そういえば。何だろ?」

「じゃあ、ちょっと見てくるよ」

 ふと遠くから聞こえる騒音。しかし普段の喧騒ともまた違う。

 怪訝な表情かおをし始める皆を代表して、団員らが何人か談話室を出て行く。

 しかし……ややあって戻ってきた彼らは、まるで地獄でも見てきたかのように酷く慌てた

様子でジーク達に叫んできたのである。

「た、たたた、大変だ!」

「ま……魔獣が、魔獣の大群がこっちに向かって来てる!」

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