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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-13.真実の後、嵐来る前
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13-(3) 皇という手札(カード)

 帰省──というよりもその中で知った多くのことによる疲労が溜まっていたのか、気が付

けばアルスは何時の間にか深い眠りの中に落ちていた。

 兄の「お前は残れ」という言葉。

 その理由も心情も分からなくはなかった。それでも、やはり兄弟として哀しかった。

「……」

 結局、異議を認めて貰えることなく夜が明けようとしている。

 部屋のカーテンから朝の光が漏れ注いで瞼の裏を、眠気の意識をじわじわと揺さ振ってく

る感覚がする。

 のそりと。アルスは寝惚け眼を擦りつつ寝間着の身体を起こした。

 隣の中空では、エトナがいつものように器用に浮かんだまま眠りこけている。

 いつも通りだった。

 ここに下宿を始めて三ヶ月ほどだというのに人の慣れというのは妙なもので、そんな外の

活気が遠くから耳に届いてくる、朝のゆったりとしたこの静けさが普通に思えるのが何だか

微笑ましくなる。

「エトナ。朝だよ~?」

「うぅん? むにゃ……」

 今度は自分が相棒エトナを。

 しかし彼女はまだ夢の中で舟を漕いでいるらしい。もぞもぞと寝返りを打ち、ただでさえ

薄着な衣装がだらしなく肌蹴る。

(昔はもっとお姉さんって感じだったと思うんだけど……。僕がそれだけ成長したって事な

のかなぁ?)

 家族、仲間。そんな親愛の情で以ってそっと目を逸らしつつふとそんなことを思う。

 時は確実に流れている。始めは故郷の近くに棲む精霊と近所の子供でしかなかった自分達

の関係も、兄と弟が歩み始めた道も。気付けば、もう「昔」は遠退いてしまっている。

 だというのに、兄さんはいつも僕のことを──。

「……兄さん。起きてる?」

 二段ベッドの上から覗き込んでみる。だが既にそこにジークの姿はなかった。

 もう起きているらしい。時間はまだ早朝だが、朝稽古などをこなしている兄にすれば別段

珍しいことという訳でもない。

「……。僕も起きなきゃ」

 むくと覗き込んだ身体を起こして、アルスは一人言い聞かせるように布団から抜け出す。

 身支度を済ませ、教材諸々を詰め込んだ鞄を手に部屋を出て手洗い場へ。

 だがそこにも兄の姿はなかった。

 そこで訊いてみると、居合わせた団員ら曰く。

「ああ。何だかいつにも増して早く出掛けてるみたいだよ」

「団長達もだぜ? 大方、皇国トナンに出発する準備を急いでるんだろうな。“結社”の連中は待

ってくれないし、早いとこ体勢を整えるべきなのは確かだしな」

「それにしたってジークもああまできつく言うことなかったろうに。ごめんな? 見かけた

ら俺達からも釘刺しとくから」

 既に兄ら出立組がトナンへ向けて動き始めていることを知って。

「……ありがとうございます」

 それでもアルスは気遣ってくれる団員──仲間の皆の優しさが嬉しかった。

 自分達兄弟が皇子だと知っても、たとえその場では戸惑いこそはしても、変わらぬ親交を

約束してくれる。振る舞ってくれる。その“壁”の無さに。

「でもお構いなく。僕らなら、大丈夫ですから」

 冷水で洗った顔をタオルで拭い終わった後で。

 エトナが横で「無理しちゃって……」と小声で呟くのを敢えて聞き流しつつ、アルスは彼

らに小さく頭を下げると手洗い場を後にする。

「──やぁ。おはよう、アルス君」

「おはようございます。ハロルドさん」

「昨夜は、眠れたかい?」

「ええ。旅の疲れがあったみたいで、結構ぐっすりと」

「……そうか。それはよかった」

 ホームの食堂を兼ねた酒場にはこれまたいつも通りに団員らが思い思いに席に着き、食事

を進め、談笑を交わしていた。

 宿舎側の裏口から足を踏み入れ、カウンターの中でいつものように料理を振る舞っている

ハロルドに微笑で挨拶を返して通り過ぎる。厨房内では当番の団員ら数名に加え、エプロン

姿のレナやステラまでもが動き回っており、束ねられた綺麗な金髪と銀髪が揺れている。

 今までは魔人メアであることに気兼ねして籠っていたのに……。

 皮肉な結果なのかもしれないが、彼女もまた“結社”との対峙の中で精神的な成長を遂げ

つつあるらしい。

「すぐに用意するよ。適当に座っていてくれ」

「はい。お願いします」

 そんなクランの“日常”を瞳に映して、アルスは安息を感じている自分に気付かされた。

 何処か似ているのだ。故郷サンフェルノの皆の、緩くもそれでいて密に結びついた仲間意識とでもいう

べきものが。

(何だか、僕まで嬉しくなっちゃうな……)

 これもまたいつものやり取り。

 アルスはハロルドと厨房の中の面々に肩越しで応えると、空きテーブルに腰掛ける。

「……おまたせ」

 すると程なくしてトレイ──二膳手にしているので、一方は彼女自身の分だろう──に乗

せた朝食をミアが運んで来てくれた。

「それと、お弁当……」

「あ、はい。いつもありがとうございます」

 そしてそっと一緒に差し出される彼女お手製の弁当。

 そういえば気付けばこれも“日常”になっていた。

 アルスがにこと微笑んでありがたく受け取ると、ミアはほうっと赤く頬を染めて若干俯き

加減になる。だがすぐに「相席、いい?」と呟くように訊いてきたため、当のアルス自身は

そうした挙動にさして注意もせずに勿論と頷いていた。

「いただきます」

「……ます」

 何ともなくミアとの相席で始まる朝食。

 礼儀正しく手を合わせてから、ちみっとパンを千切って口の中へ。

 向かい側に座るミアはそんなアルスの様子を時折ちらちらと見遣りつつ、静かに咀嚼を続

けていた。

 緊張。一見すると感情表現に乏しい筈の彼女が、何処かぎこちない。

 アルスは気付いていなかったが、傍らでふよふよと浮かぶエトナは僅かに眉間に皺を寄せ

むすっと唇を尖らせていた。そんな二人(と一体)の様子を、レナとステラがこっそりと厨

房の奥から覗いている。

「……その。アルスはボクの弁当を食べてて平気?」

 そうしていると、ふとミアがそんな事を訊ねてきた。

 その彼女の視線の先には、テーブルの脇に置かれたままの先程の弁当包み。

「? 平気も何も毎回美味しく頂いてますけど……?」

 何を妙なことを言っているのだろう? 

 アルスはツナ和えのサラダを口の中で咀嚼して飲み込んでから、そう頭に疑問符を浮かべ

て小首を傾げながら答える。

「なら、いいんだけど。アルスが皇子さまなら下手な料理は出せなくなると思って」

「あ~……」

 少し恥ずかしそうな逡巡を経て、ぽつりと一言。

 その言葉でアルスはようやく彼女の意図に合点がいった。

 心持ちは分からなくはない。いくら今まで通り接してくれと言われても、そういう所で気

を遣わせてしまっていたらしい。

「それは大丈夫ですよ。僕も兄さんも生まれてから今までずっと庶民の暮らしをしてきた訳

ですし。今更貴族ぽい生活を~とか言われても合わない気がするんですよねぇ。兄さんなら

きっと『堅苦しくてやってらんねぇ』とか言って放り投げちゃいます」

 だからこそアルスはふふっと穏やかな笑顔で笑っていた。

「それに……僕はミアさんみたいな味付けの方がずっと好みですから。何というかオフクロ

さんの味みたいな感じがして」 

 本当に気を遣うことなんてないんです。そう心から言いたくて。

「……。ありがと……」

 ミアは先程よりも一層ボッと顔を赤くして俯いていた。

 アルスは「照れなくてもいいのに」とニコニコ。背後ではエトナが半眼を。

 故に、当の彼は彼女の赤面するその本心を悟ることはなくて。

「……」

 しかし暫しの沈黙の後、ミアは羞恥以外の感情に目を向けたらしかった。

 再び食事に戻ってから長く間を置いて、彼女は再びぽつと切り出す。

「ジークのことは、ごめん」

 小さくぺこりと下げられた頭。

 アルスが静かに目を丸くしたのにも構わず、彼女は戦友ともが彼に向けた邪険さを代わって詫

びていたのだった。

 アルスもまたその意図を数拍の後に理解すると、あたふたと両手を振って言う。

「い、いいえ。ミアさんが謝ることじゃないですよ。頭を上げて下さい。ね?」

「……でも、あれはボクも言い過ぎだと思う。皆もぼやいていた」

 手洗い場での団員らの言葉が蘇った。皆、自分のことを気に掛けてくれている。

 でもそれが守られているようで嬉しくて……申し訳なくて。

 だからアルスはもぞっと居住いを正すと、そっと顔を上げた彼女の目を見て言った。

「兄さんが不器用なのは昔からですから。別に僕は怒ってませんよ。……でも、哀しかった

かな。もっと頼ってくれてもいいのになって。そんなことは思いましたけど」

 苦笑いの中に微笑みを残そうとするアルスに、ミアは一瞬押し黙っていた。

 それでも彼の吐露に何か思う所があったのだろう。

 暫し目を細めた後、彼女は少し焦点をぼかすような眼をしつつ口を開いていた。

「……ジークは、アルスを失うのが怖いんだと思う」

「僕を、ですか?」

 反芻された言葉に、コクリと首肯。彼女は心持ち落とした視線のまま続ける。

「ジークにとってアルスはかけがえのない弟、肉親だから。だからトナンについて行きたい

と言ってきても止めさせようとしたんだと思う。頼られるのが嫌だとかじゃなくて、心配の

気持ちが強いんだとボクは思う」

「それは……。ええ……そうですね。兄さんは昔から僕のことになると心配性でした」

「……ジークは、ボクに似てるから」

「えっ?」

 だが途中でその推測は、ミア自身の吐露に変わっていた。

 アルスが思わず聞き返す。彼女は一度ちらと彼を見返すと数拍間を置いてから言った。

「ボクのお母さんは、ボクが小さい頃にお父さんと離婚した」

「……。そういえば奥さんの話は聞いたことなかったです」

「元々一般人だったから。冒険者このぎょうかいが肌に合わなかったんだと思う。だけど、お母さんが家を

出て行くって言って離婚が決まるまでの間、お父さん、凄く悲しそうに見えた」

 話の繋がりを問う事もできず、アルスはただ耳を傾けることしかできなかった。

 淡々と彼女は語るが、幼い頃の彼女自身にとってはとても大きな出来事だったに違いない

と思った。自分だって父や村の仲間達があの日、魔獣によって失われて、それで──。

「……だからボクはお父さんと一緒にいる事にした。あんな哀しい背中は嫌だった。少なく

ともボクが一緒にいれば、お父さんは一人ぼっちじゃないと思った」

「ミアさん……」

 つまり失いたくない肉親がいる。その点がジークと自分が似ていると言いたいのだろう。

 なるほどとアルスは思った。今まで話してくれなかったから知らなかったとはいえ、彼女

が何だかんだで兄と戦友ともとして共闘している理由がおぼろげだが分かったような気がした。

「皇子さまにお説教なんてとんでもないかもしれないけど。でも覚えておいて欲しい。絶対

に守りたい誰かがいるって、強いけど、弱いの」

「……。はい」

 心を支える理由にもなれば、逆に衝かれると大きな弱点にもなるということ。

 アルスは頭の中で整理してそう解釈を整えていた。

 だからこそ、ただジークを邪険だと子ども扱いばかりする奴だと反発しないでやって欲しい。

そう彼女は言いたかったのだろう。

「ミアさん」

 故にアルスは言った。

「トナンに行っても、兄さんの事を宜しくお願いします。勿論、ダンさん達も」

 フッと笑い、不満を吐くのではなく、小さく頭を垂れて仲間に託す言の葉を。

「……うん」

 故に対するミアもまた、

「ボクも、ずっと初めからそのつもり」

 猫耳をピクリと、数度目を瞬かせて、ややあって口元に僅かな笑みを描くとそう応える。


 ──その場に居合わせた者全てが驚愕と震撼の中にいた。

 場所は貸切られたとある酒場。そこに集まっていたのはアウルベルツを拠点とする冒険者

クランの代表的な頭目、ないし幹部クラスといった面々ばかり。

 本来、一度束になれば怠惰な官製の衛兵くらいは軽く圧倒できる彼らの視線が、眼差しが

この時ばかりは大きく見開かれ、或いは凝視の類で細められ、ある一点に集まっている。

「それは本当、なのか……?」

「ええ。嘘を吐く為にこれだけの人数にわざわざ来て貰ったと思う?」

 そこに立っていたのはイセルナだった。左右にはダンとリンファも控えている。

 面々の動揺は尤もなことでもあった。

 何故なら、わざわざイセルナらに大事な話があると呼び出され何事かと集まってみれば、

彼女達ブルートバードがあの“楽園エデンの眼”と対立関係になっているというのだ。

 それですら──触らぬ神に祟りなしとでもいうべき余計な真似をと思うのに、加えてその

そもそもの対立化の原因が、彼女らが『とある王族を仲間として護り、匿っている』という

ものであった事から、驚きは容赦なく二段重ねに襲ってくる。

「偽りではないことは私が保証しよう。かつての近衛隊の一人としてな」

 言って、リンファが改めて皆にかざして見せたのは革のホルダーに収められたとある一枚

紋章エムブレム。トナン皇国王宮近衛隊のものであるという。

 冒険者という職業柄故に各国の国旗・文様には皆、多少なりとも知識がある。

 ざわざわと小さく、しかし明らかに動揺の気色を濃く滲ませて、この場に集まった冒険者

らは互いの顔を見合わせて戸惑いの様子を隠せない。

「……確かに以前にお前らが“結社”のアジトを叩いたって話は聞いてたが。まさかなあ」

「しかし、何故俺達にそこまで詳しく話す? 一体何が目的なんだ?」

「分からねぇか? 薄々勘付いてるとは思うんだがな」

「簡単なことよ。皆にも、いざという時には協力して欲しいの。同盟要請って所かしら」

 ダンが、イセルナが戸惑いの中で打ち明けた要請。

 だが出席した多くの同業者達は、そのざわめきを強く批難的に変えてぶつけてきた。

「なっ……! 俺達まで巻き込むつもりか!?」

「今まではそっちの揉め事として手を出さなかったんだぞ? 相手は“結社”だぞ? どれ

だけリスクが高いか分かってんのか!?」

 当然といえば当然の反応だったのかもしれない。

 たとえ冒険者、荒くれの最前線に立っているといえる彼らにとっても“結社”の持つ異常

性と謎多きしかし確実に強大な力は周知の事であった。そんな連中と誰が好き好んで巻き込

まれたいと思うのか。

 一言でいってしまえば、保身。

 そもそもお前達ブルートバードの起こした揉め事だろう……?

 一挙に批判の声をぶつけてきた面々の抱いた思いは、おおよそそんな内容だった。

「ごちゃごちゃうるせぇぞ、てめぇら。それでも冒険者プロか」

 どよめく面々。

 だがそんな彼らをそう一喝の下に鎮めたのは、同じく出席していた蛇尾族ラミアスの男性、バラク・

ノイマンその人だった。

「サンドゴディマの“毒蛇”……」

「何でそんなに落ち着いてんだ。こいつらは俺達を巻き添えにしようとしてるんだぞ?」

 キリエ、ロスタム、ヒューイの腹心三人と共に場の席の一角に陣取っていたバラクへ面々

の視線が集中する。

 その威圧感ある丈夫に大半の者らは押し黙ったが、それでも何人かはいい顔をせずに心持

ち食ってかかろうとする。

 だがバラクはふんと口角を吊り上げると、眼をイセルナらに向けて言った。

「ここでイセルナ達を批難して何が変わるってんだよ。分からねぇか? 呼び出されて応じ

た時点で俺達は一蓮托生なんだよ。こいつらの隠してたでっかい事実を知っちまったんだか

らな。……だろう?」

「流石ね、バラク。話が早くて助かるわ」

「はん。そこで褒められてもちっとも嬉しくもねぇや」

 彼の言う通り、敢えてイセルナらがこの街の同業者らを呼び出したのはその時点で策だっ

たのである。秘密の共有。それは言い換えれば“共犯”関係であるとも言える。

「それに、たとえ私達が皆にこのことを話さなくても“結社”の魔の手はそう遠くない先に

伸びていた筈よ。……これまで私達は四度、奴らとの交戦をしている。内後半二度は向こう

側からの奇襲だった」

「いい加減分かるよな? もう奴らは確実に俺達を狙いに定めてる。既にホームの場所も、

この街のことも把握済みだろう。次は、直接ここに攻め込んでくる可能性が高い」

 イセルナから引継ぎ、ダンが言い切ったその言葉に面々が再び大きくざわめいた。

 中には現状にまで引き摺った彼女達を詰る声や、その王族とやらを摘まみ出さないのかと

いった言葉も飛んだが、それでも結局は不毛な言い分に他無からなかった。

 仮にその“王族”を爪弾きにしても彼の者を知ってしまった以上、それ以前の状態には戻

れないし、そもそも“結社”が攻撃の矛先を引っ込める保証とはならない。

 根本的解決では──ないのだ。

「ここまで至った不徳についてならいくらでも誹りは受けよう。だがそれを繰り返すだけで

は何も変える事はできないとも思う。……あの方々を護り抜く為にも、どうか皆の力を貸し

て欲しい」

 それでもリンファは誠意を尽くした。

 深々と頭を下げて場の面々に助力を求めようとする。ワンテンポ遅れてイセルナとダンも

そっと頭を垂れる。

『…………』

 先程よりは過激ではなくなってきたものの、それでも面々は戸惑っていた。ざわざわと互

いのクラン、その反応を窺いつつ即座に返答に詰まっている。

 限定された選択だったのだ。

 協力を拒み、トナン皇国という東方の強国を遠回しに敵に回すか。

 協力を受け入れ、徒党を組んで“結社”の魔の手に対抗するのか。

 だとすれば、どちらにせよ絶対の「安全策」はないようにも思える。だとすれば後者とい

う選択で大きな徒党を組めさえすれば、個々のリスクという面では前者よりもずっと軽減で

きるかもしれない。だけども、好き好んで“結社”を刺激したくもない。

 そんな内心の打算の中で面々は揺れていたのだ。

「ふん……。面白いじゃねぇか」

 だが次の瞬間、そんな皆の戸惑いを取りまとめるように呟いたのはまたもバラクだった。

 テーブルの上に片肘を突き、哄笑。

 面々の視線が集まってくる中で、彼は言った。

「どのみち“結社”が何かしらお前らを狙ってくるのは間違いないんだろう? 今は関係な

いと俺達が関わらずとも、長引けばそれだけ奴らの矛先は周りの俺達や、或いは街の一般人

にも飛び火しかねない訳だ。それなら早くに体勢を固めておいた方が憂いも断てる」

 正論というよりも、個々の利を揺さ振るニュアンスでの言葉。

 それ故に面々への説得力は大きかったようだ。彼の言葉を受け、クランが一つまた一つと

頷き、協力関係の受諾を示し始める。

(やられたぜ、イセルナ。お前は王族あのきょうだいすら手札カードにした訳だ)

 哄笑の後、バラクは内心で思う。

 既に自分達は乗せられた後なのだ。現実的といえば聞こえはいいが、彼女は置かれた状況

を逆に利用して自分達に有利な状態を作ろうと街中の同業者らを集めたのである。

「それに、以前から“結社”の暴れっぷりは尋常じゃない。ここいらで奴らに一泡吹かせら

れれば冒険者としての株もぐっと上がるだろうよ」

 先程よりも頷くクランの面々がぐっと増えている。

 誘導はこんなものか。バラクがちらとイセルナの方へと眼を向けてみると、彼女が小さく

こちらに頷いてみせているのが確認できた。

 ──ありがとう。ご苦労さま。

 大方そんな感じの、労いという態の隠したほくそ笑みを。

(はん。やっぱり食えねぇ女だぜ、お前はよ……)

 バラクはどかっと椅子に座り直して皆を見渡すと、彼らから承諾の首肯を取り付ける。

「……決まりだな。だがよイセルナ。報酬もらえるものはしっかり貰うぜ?」

 そして静かに口角を吊り上げてみせると、彼はそう不敵な表情と共に言った。

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