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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-13.真実の後、嵐来る前
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13-(2) セオドア伯

「──とまぁ、自分達が聞き耳を立てた分はそんな具合です」

 梟響の街アウルベルツの一角にあるエイルフィード家の別邸。

 その地下室で、伯爵令嬢の護衛──お目付け役を任されている従者二人組はそう専用回線

を用いた導話越しに雇い主への報告を行っていた。

 人族ヒューネスの密偵・キースは憶音器(ボイスレコーダーのようなもの)を片手に受話筒からブルート

バードの面々が話していた内容を伝え、隣で覗き込んできている相方で巨人族トロルの戦士・ゲドと

ちらと顔を見合わせる。

 ブルートバードの面々が遠出していた事は既に把握していた。

 しかしその理由と持ち帰ってきたという成果には正直、キースも驚かざるを得なかった。

(まさか、あの兄ちゃんと弟クンがトナンの皇子さまだとはねぇ……。お嬢も色々ややっこ

しい相手をライバル視しちゃったもんだぜ……)

 ただ彼自身、その事実に驚くというよりはむしろ、自分の周りによからぬ事が起きるらし

いという危惧──いや面倒臭さの念が強かったのだろう。

 だからこそ彼は、小さく嘆息をつきながらも淡々と報告を済ませられたのだとも言える。

『……そうか。あいつらがトナンに。血は、争えないんだな……』

 対して導話の向こう、エイルフィード伯爵・セドの声色は硬かった。

 まるで望まない予想が的中してしまったかのような、そんなじわりとした嘆きがそこから

は読み取れる。

「……伯爵。いい加減、そろそろ自分達にも話してくれませんかね?」

 そして互いにそんな心持ちの温度差があったからこそ、

「何でまたブルートバードの連中──いや、レノヴィン兄弟の事をそこまで自分らに追わせ

るんです? お嬢が弟の方を目の仇にというか、勝手にライバル視しているからって訳でも

ないんでしょう?」

「やはり“結社”との関わりですかな……? 私どもがクラン近くの夜闇であの時のオート

マタ達を見つけたのも、奴らが彼らを狙っているからに他なりますまい」

 キースとゲドは問い質せていた。

 以前より──シンシアがアルスと私闘を演じてみせた旨を報告をしてから──この雇い主

が折に触れ、彼ら兄弟とその仲間達の同行を自分達に調べさせ、報告させる、その訳を。

『……』

 暫くセドは黙っていた。

 躊躇いか、或いはそれよりも先の算段か。

「……まぁこちとら雇われの身です。答えたくないと仰るのならば無理強いはしませんが。

ただ申し付けられたこと以上の“始末”もやる羽目になった分、それ相応の対価を貰ったと

してもいいんじゃないかなと。そう思うんですけどねぇ……」

 受話筒をずらしゲドの発言も届けられるようにしながら、キースはそう彼の応答を待つ。

『……シンシアには気付かれてないな?』

「ええ。お嬢なら今風呂に入ってますよ。女中たちにもそれとなく時間を稼いでおいてくれ

と言ってありますし、暫くは戻ってこないかと』

『そうか』

 最初、セドが訊いてきたのはそんな確認だった。

 それは即ち娘に聞かれるのは宜しくない事情なのだろう。しかしそれは予想できていた事

でもある。だからこそ自分もホーさんも細心の注意を払って、今までこっそりと密命をこな

してきたのだ。

『……簡単な事さ。シノブの言う“仲間”達の中には、俺も含まれてるんだよ』

 受話筒を手にしたキースが、隣で聞き耳を立てるゲドが静かに目を見開いていた。

 次いでゆっくりと互いの顔を見遣り、返す言葉のない驚きのままこの雇い主の告白の続き

に耳を傾ける。

『まだ爵位を継ぐ前の話だ。俺は冒険者をやっていた。社会勉強っていう口実だったが、実

際は堅苦しい貴族の社交界が嫌で出奔していた。まぁそれでも柵や何やらがあるのは何処に

行っても同じではあるんだがな。それに気付くにはまだ青かったってことさ。……で、ガキ

の頃から教え込まれた魔導の力で気の向くまま魔獣やらならず者やらをぶっ飛ばし、依頼を

こなす、そんな毎日を送っていた中で出会ったのがコーダス・レノヴィン──シノブの後の

夫に、ジークとアルスの父親になる男との出会いだった』

 導話越しに、部下二人が黙して耳を傾ける気配が分かる。

「面白い奴だったよ。剣の腕は立つ癖に、他は信じられないくらいすっからかんでさ。人の

言うことを簡単に信じ過ぎて何度も痛い目に遭って。それでも絶対挫けない変な奴で。終い

には『騙されたのが僕でよかったよ』なんてのたまう、お人好しの大バカ野郎だったんだ。

……だけどもう、その時には俺はあいつを見捨てるなんて考えなくなってた。何だかんだで

あいつのフォローをして、だけど同時に色んな大事なことを教わって……俺達は間違いなく

親友マブダチになっていたんだ」

 普段の回線とは別の受話筒を引っ張り出して耳に当てつつ、セドは一人執務室のデスクに

ゆたりと腰掛け、そう在りし日々をしみじみと思い出していた。

「暫く、俺達は面白おかしくやってたよ。でもある時、転機が訪れた」

『……それがシノ皇女との出会い、ですか』

「そうだ。たまたま俺達は故郷をクーデターで追われたシノブ達と知り合ったんだよ」

 つながる過去の記憶。

 キースが呟くとセドは静かに頷き、先刻までの懐かしむ声色を神妙なそれに変える。

「その時既に追っ手に何度も襲われて護衛はリン──ホウ・リンファを含めて数人って状態

にまで追い詰められていた。ま、そんな状況を見て普通は分が悪いと退いちまうもんなんだ

ろうが……そこはお人好しのコーダスだ。あいつは迷うことなく彼女達に手を差し伸べる道

を選んでいた」

『……』

「その後、何が──政治表面的に起こったのかは情報通のお前なら俺よりも詳しいかもな。

俺達仲間は紆余曲折の後、シノブの身分を偽らせることにした。それはあいつ自身の望みで

もあったんだがな。力のない自分が国に舞い戻って政情を掻き混ぜるよりも、早く政権を落

ち着かせ民の暮らしにできるだけ傷跡を残さないようにしたい……そんなことを言って」

 それは。キースは口を開きかけたが、反論をすることはできなかった。

 もうあのクーデターからは二十年の歳月が経っている。今更自分が「それは逃げだ」と責

めた所でどうにもならないし、そもそもその言葉を向ける相手も違う。

 何よりも、導話の向こうの伯爵──かつての当事者の一人が声色の端に漏らす悔しさの念

は、外野の自分の一朝一夕の言葉で慰められるものではないからで……。

「結局、シノブは権謀術数に立ち向かうよりも、愛する人コーダスとの平穏を選んだ。その選択が正しい

かどうかは……俺も分からないし、俺が語るべきことじゃない。それでもあいつらの望んだ平穏を

認めない奴らはごまんといる。……自分の欲の為に、他人を平気で陥れて当然だとするような、

下衆どもだ」

 セドが空いた片方の拳をギリッと握っていた。

 導話越しのキース達にも、その音は微かながら耳に届いてくる。

『……これが俺の理由だよ。どんなに理想があっても、夢があっても、力がなきゃ有象無象

の悪意に簡単に潰されちまう。だから俺はこうして爵位を継いだ。地道に人脈を築いて味方

と呼べる力も蓄えてきた。……全てはあいつらの為だ。コーダス、シノブ、リン、ハルトや

サラにアイナ、それとクラウスのおっさん。俺はこの権力ちからを仲間達の為に使うと誓って今此

処にいる──』

 暫くの間、セドもキースもゲドも、お互いがじっと黙り込んでいた。

 一方は遠い昔に結んだ誓いを、もう一方はその秘め続けた想いをしっかりと受け取るよう

にして。

 重いと思った。だが、それでも。

「……そうですか。まぁただ単にくだけた方じゃないとは思ってましたがね」

「ガハハ! 何という仁義! 私、感服致しましたぞ!」

 一つだけ確かなことが──この人には、忠節を尽くすべき価値がある。それは間違いない

と思えた。

 二人なりの賛辞がこそばゆいのだろう。導話の向こうのセドは暫し返す言葉を口にしあぐ

ねているようだった。

『そんな誇ることでもねぇさ。ただ俺は俺なりの考えで動いてる。それだけだ』

 それでも暫し、ポリポリと頬を掻いてから彼は言う。

『……で、だ。これで心置きなく頼める。シンシアのついでって形でも構わねぇ。これから

はお前らのその眼を力をあの兄弟にも向けてやってくれ。あいつらは戦友ダチの大事な忘れ形見、

俺にとっても息子みたいなもんなんだ。……頼めるか?』

 だからこそ。

「勿論! その任、喜んでお受け致しましょうぞ!」

「断わる選択肢があると思ってんですか? ま、しっかりその分の報酬は貰いますけどね」

 請われて、キースとゲドは互いに顔を見合わせて笑って──。

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