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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-13.真実の後、嵐来る前
63/434

13-(1) 帰還、そして出立

 初め、皆が見せた反応は紛れもない驚愕や当惑のそれだった。

 無理もない。まさか帰省から戻ってきた冒険者仲間の兄弟が一国の皇子だったなんて土産

を誰が予想していただろう。

「……ほ、ほほ、本当に本当なのか?」

「お前らがお、王子様だなんて……」

 サンフェルノを発ってほぼ一日。ジーク達はアウルベルツのホームに帰還すると、すぐに

全団員を宿舎のロビーに集めて明らかになった事実の全てを話して聞かせていた。

「……ああ。わざわざホラを吹く為に呼び出すと思うか?」

 予想できていた反応とはいえ、どうにも恥ずかしいというか申し訳ないというか……。

 おずおずと仲間達から問い返され、当のジークはそう何処か他人事のようにぶっきらぼう

に呟きつつ、ポリポリと頬を掻いて視線をそれとなく逸らしてしまっている。

「そ、それもそうだよなぁ。いやぁ……びっくりだぜ。まさかジークが」

「おいおい。この場合“ジーク様”とか皇子とかなんじゃね? タメ呼びしていいのか?」

 そんな当人の態度もあって、団員らは互いにあれこれと言い合いつつ困惑を多く混じらせ

表情かおを見せる者が殆どだった。

「あ、その事なんですけど。僕達のことは今まで通りに接して下さるとありがたいです。正

直言って僕達もまだ全然実感がなくて……」

 とはいえ、このままではお互い恐縮し合うままになってしまう。

 アルスは苦笑交じりで、そう皆の緊張を解すように微笑んでペコと頭を下げて言った。

「そうだな。私からも頼む。皆には協力して欲しくて打ち明けたということもある。周囲の

他の者達に不審がられない為にも、今後ともこれまで通りにしてくれると助かる」

「……まぁ、そういう事なら」

「りょ、了解ッス」

 加えてリンファ──元・皇国近衛隊の隊士からもそう請われれば否とは言えない。

 団員らはまだぎこちなさが抜け切れなかったものの、互いに顔を見合わせると小さく頷い

てくれた。それに併せて皆の真剣な表情も少しずついつもの“仲間”に対する気安さへと変

わっていく見える。

「んじゃあ、ま。改めて。お帰りなさいです。団長、皆」

「こっちは特段異常はありませんでしたよ」

「そう……。ありがとう。ご苦労さま」

 神妙な話はここまで、とでもいった所か。

 場の空気を切り替えるように団員の一人が言うと、一同がビシッと即席の敬礼で以ってそ

う留守中の報告へと代えた。

 イセルナがフッと笑い、ダン以下クランの中核メンバーらも互いに顔を見合わせてようや

く人心地といった感じで静かな安堵の息をついている。

「……ふふっ。貴方達もいい仲間おともだちを持ったじゃない」

 そんな中でまた一人、ジーク達に新たな仲間が増えていた。

 サンフェルノ村の教練場の教師にして、レノヴィン兄弟とは家族ぐるみの付き合い、更に

アルスにとっては魔導の師でもある竜族ドラグネスの女性・リュカである。

 少々弄くるように静かに微笑んでみせる彼女。

 だが、対するジークの表情はむすっとした、気の進まない表情のままだ。

「……なぁ、本当に俺達について来るつもりかよ? まぁホームにまでこうして来てるんだ

からその気なんだろうけど」

「分かっているならよろしい。嫌だって言っても駄目よ? シノブさんやお父さん、皆から

頼まれてるんだから。これから色々大変だろうから、二人の事宜しくねって」

「でもなぁ。旅行じゃねぇんだぞ? 冒険者でもねぇリュカ姉を連れてくのは……」

「兄さんは先生が苦手なだけじゃない。それに僕だって厳密には冒険者じゃないよ?」

「……」

 要するにお目付け役といった所か。

 村の代表として同行する。そう自分達に言って来たのはまだ村の修復作業が途中だった頃

だった。夕食の席に珍しく厭世的なクラウス──リュカの父であり、ジークの剣の師からの

招待があったと思えばそんな申し出がついてきたのである。

 確かに幼い頃から勉学や諸々のことを教えて貰ってきた相手だ。何より魔導師としての力

量は確かなものがある。これからの旅の中、戦力としては申し分ない……のだが。

(リュカ姉は俺の事を何かにつけガキ扱いするからなぁ。なんつーか、やりにくい……)

 個人的には幼い頃からの諸々を知られている故のそんな苦手意識じみたものがある。

 もどかしいような、こそばゆいような。

「……。ったく、分かった。好きにしろよ……」

 ジークはついそうぞんざいな言い方で呟くと、ため息混じりに髪を掻く。

「ええと、それでジーク。今度はその」

「ゴコーリッカだっけ? お前の持ってたあの剣。あれを取り返しに行くんだよな?」

「ああ。このままやられっ放しじゃいられねぇからな」

 そうしていると、団員らが話を次の段階に振ってきた。

 その声色や様子は先程よりもずっと気楽──いつも通り“仲間”に接するそれに変わって

いる。

「連中の目的が何かは知らねぇが、あれは母さん達の刀だ。何が何でも取り戻す」

 理解ある仲間達でよかった。

 そんな事は恥ずかしくてとても口にできないが、ジークは代わりにこれからの方針につい

て、そう“結社”への対抗心を吐露するとギリッと拳を握り締めた。

「にしても皇国トナンねぇ。現状、東方随一の強国だな」

「で、ジークやリンさんみたいな女傑族アマゾネスの国でもある、と」

 次なる目的地、トナン皇国。

 東方のトナン大陸群一帯を領有し、豊かな水と緑を湛えるアマゾネスの民族国家である。

 古くから良質の傭兵である彼女らの出稼ぎを主な収益源としていたが、アズサ皇──レノ

ヴィン兄弟の大伯母の代になってからは、所謂“開拓派”──開放改革的な政治手腕で以っ

てその国力を強化していると聞く。

 ロビーのテーブルの上に地図を広げて、ジーク達は各々がそんな一般的な今日の皇国につ

いての概要を脳裏に再生しつつ、暫し黙り込んだ。

 “結社”に奪われた残り三本の護皇六華ごこうりっか

 少なくとも出元である此処なら何か分かるのではないか? そう踏んでいるのだが……。

「でも、大挙して皆で潜入するのは拙いでしょうね」

「だろうな。“結社”の方も俺達がこう来ることは予想の範囲内だろうしな」

 イセルナとダン。クランの代表二人が最初に口を開いた。

 リンファやハロルド、シフォン、中核メンバー以下面々もその見立てには賛成のようだ。

皆一様にコクリと首を縦に振って二人を見遣っている。

「何より、連中はこっちの情報はとっくに把握してる筈だ。ホームを丸裸にしたらそれこそ

奴らに攻め込まれちまう可能性が高い。……だから向こうには、人数を絞って向かう」

「賢明な判断だね。じゃあその振り分けはどうする?」

「ん。イセルナ、お前は残って皆を指揮しててくれるか? あっちでの代表は俺が務める。

で、連れて行くのはジークに先生さん──」

「あ、あのっ。僕も行きます!」

 結社てきの動きも気になる。

 だが早速メンバーの選定をダンを中心に話し合い始めると、不意にアルスが己の内気を振

り払うように声を張り上げ手を挙げた。

 その挙手に、ダンら一同は思わず目を遣ったのだが。

「……駄目だ。お前はここに残れ」

 代わりに答えた──その志願を却下したのは、他ならぬジークだった。

「どうして!? 僕だって兄さんと同じトナンの血を……」

 堪らずアルスは両手を握り締めて叫んでいた。

 少なくとも彼自身は同行するものだとばかり思っていたのかもしれない。

「足手まといだ。俺達は旅行に行くんじゃねぇんだぞ」

 しかしジークの眼は一切の妥協を許さない拒絶だった。

 その鬼気迫る様子は左右にいた団員らをビクリと心持ち退かせるほど。

 それでも尚「でも……!」と食い下がろうとするアルスと、背後で漂いつつ眉根を寄せて

いるエトナを睨むように見返すと、ジークは言い放つ。

「これからの旅は間違いなく“結社”が邪魔をしてくる筈だ。自分の身を守れなきゃきっと

死ぬぞ? お前に、他人を殺す用意があるのか?」

「ッ……。ぼ、僕は……」

 アルスの声色が震え始めていた。

 それは何も覚悟を問われて戸惑っているからではないのだろう。その言葉がかつて兄が犯

さざるを得なかったあの日のことを指していると、すぐに気付いたからだった。

 お前は“こっち”に来るんじゃねぇよ──。

 兄はそう自身の古傷を抉りながらも自分の同行を諫めようとしている。その、目の前の大

きな心の壁に震えて。

「お前はホームに残ってろ。お前は勉強さえしておけばいいんだ。……いいな?」

「……。うん……」

 暫し睨み合った(実際は一方的にジークが、だったのだが)後、アルスは折れていた。

 しゅんと大きく気落ちしたように肩を落とし、横目で強い眼差しを向け続けている兄を一

瞥すると、とぼとぼとその場を後にしていってしまう。

 そんな兄弟の、言い争いじみたやり取りに視線を往復させていたエトナも、少し遅れてそ

の後についてゆく。

「……。ジーク、少し言い過ぎじゃないか?」

「そうだぜ。いくらアルスを巻き込みたくないからといってもよぉ……」

 後ろ姿がロビーの向こうに消えてしまってから、シフォンやダン、団員らは少々気まずい

と、おずおずとした声色で遠回しな諫めの言葉を掛けていた。

「……あいつは、あくまで学生なんだよ。俺達みたいに危ない橋を渡せられるかっての」 

 だがジークはそんな仲間達の言葉を素直に聞くことはしなかった。

 ふんと小さく息をつくと、あらぬ方向を向いて上着のポケットに両手を突っ込むと呟く。

「もしあいつの“理由”が俺の予想通りなら、尚の事だろうが……」

 殆ど彼自身にしか聞こえない程の、小さな声で。


「…………」

 ふらふらと部屋に戻ったアルスはどうっとベッドに身を投げた。

 仰向けから見える天井の模様をぼんやりと見つめながら、アルスはじわじわと込み上げて

くる悔しさのような、哀しさのような想いに胸を締め付けられる気がした。

「アルス、大丈夫……?」

 そんな彼の様子を心配して、エトナはふよふよと傍らで漂っている。

「……うん。僕なら、平気」

 正直言うとそんな事はないのだが、それでもアルスはフッと無理に彼女に微笑んでみせる

と答える。いや、むしろ自分を鎮める為の言葉だったのかもしれない。

「嘘。そんなにぐったりした顔してよく言うよ」

 だが、対するエトナの方はそんな相棒ほど相手ジークへの気遣いを払うつもりはなさそうだった。ずいっと心なし至近距離に詰め寄ると、彼女は苛立ちを吐くように言う。

「ジークもあんな言い方することないじゃない。いくらアルスを巻き込みたくないからって

あんまりだよ」

「……。でも兄さんの言っていたことは間違ってないよ。僕はあくまでアカデミーの学生で

あって冒険者じゃない。魔導は使えても、僕らは誰かを傷付ける為に学んでいるんじゃない

んだから」

「それはそうだけど……。ぬぅぅ、釈然としないなぁ」

 アルスはあくまで冷静に──諦観気味に淡々と言い聞かせたが、それでもエトナは不服な

表情かおのままだった。

 自分の気持ちに素直であれる彼女に少なからぬ羨ましさを覚えながらも、アルスは同時に

理屈が優先しがちな自分には中々真似のできないことだという理解も持ち合わせていた。

 同時併行的な思考、或いは感情。

 そんな諸々をひっくるめて押し込めるようにもう一度フッと苦笑交じりの微笑を浮かべる

と、アルスはぼんやりと仰向けの視線を真っ直ぐに遣り直す。

(エトナの言うように、間違いなく兄さんは僕らを巻き込みたくないんだろうな……)

 分からない訳ではない。

 これまでは仕掛けられる側だったが、ある意味今後はこちらから“結社”との接点を作っ

ていくことになる。奴らの目的──そもそも聖浄器を手に入れることが彼らにって何の得に

なるのか──がはっきりしないとはいえ、兄達は護皇六華を奪い合う関係になろうとしてい

るのだ。だとすれば、少なからず“結社”との対立は今後避けられなくなるだろう。

 そんな時、果たして自分にどれだけの事ができるのか。

 サンフェルノで彼らが襲撃を掛けてきた時ですら、自分はただ皆が追い詰められていくの

を見ていることしかできなかった。幸いクラウスさんや先生が加勢に来てくれて難を逃れた

とはいえ、二度目三度目の保障はない。

 ──足手まとい。

 兄は自分を押し留める為に敢えてああいった強い言い方をしたのだろうが、少なくともそ

の指摘は否めない事実でもある。

 “皆を救う為に魔導を身につける”──目標自体は合致しているが、お世辞にも自分がそ

の理想に到達できているとは思えない。だからこそあの場で自分は反論できなかったのだ。

(でも……)

 もぞもぞと。アルスは大きくため息をつきながら数度身をよじらせた。

 視界は天井からベッドの横の壁に変わる。心配そうに漂って見守ってくれているエトナの

視線を背中にひしひしと感じる。

(そうやって、兄さんはまた一人で全部を背負い込もうとするつもりなの……?)

 意識するとまたギリッと痛むかのような胸元を掻き抱いて。

 アルスはそのまま静かに目を閉じ、暫しの眠りに就き始める。


「──よし。それじゃあ、このメンバーでいいな?」

 一方、ロビーのジーク達は皇国トナンに赴くメンバーの選定を終えようとしていた。

 当地への代表役を買って出たダンを筆頭にして、彼は皆に了承を取りつけている。

 話し合いの結果、トナンに向かうと決まったのはジーク、リンファ、リュカ、マーフィ父

娘、サフレとマルタ、レナ、ステラの九人。

 イセルナ達残りの面々はホームに残り、適宜──サンフェルノ(厳密にはシノブら)への

連絡役などをこなして留守を守ることになった。

 既にダンが述べている通り、クランを“結社”を襲ってくるかもしれない。その備え。

 そしてこの街に居を構えている冒険者クランの一つとして、長く営業を疎かにする訳にも

いかないという事情もあったりもする。

(九人、か……)

 正直言えば、自分達が束になってもあの魔人メアの連中に歯が立たないかもしれないのに戦力

を分散させてしまうのはどうなのだろうという思いはあった。

 しかし実際問題として、サンフェルノでイセルナとダンというクランの二強が彼らに押し

負けた姿を目の当たりにした手前、ジークの心の中の天秤は『できるだけ危ない目に遭う仲

間は連れて行かない』という方向へと大きく振れている。

「……なぁ。レナ、ステラ。お前ら本当に来るつもりかよ」

 だからこそ、ジークは気乗りしないといった表情かおで振り返っていた。

 私達もメンバーに加わる。

 そう志願してきた鳥翼族ウィング・レイス眞法族ウィザードの少女達。

 正直言えば二人は今まで多くが裏方だった。

 だからこそ、ジークは彼女達は弟と同じくホームという拠点の中で守られていて欲しいと

思ったのだが……。

「うん。一緒に行くよ。私達もジークの力になるって決めたんだから」

「……だ、駄目ですか?」

 二人の意気込みはどうやら思いの外固いようで。

 何だかすっかり肝の据わってきたメアのステラと、断われば今にもしくしくと泣きそうな

顔で上目遣いに見上げてくるレナ。

 ジークは「うっ」と小さな声を漏らし動揺をひた隠しにしようとしつつ、どうにもバツが

悪く視線を逸らしてしまう。

「ア、アルスにも言ったろ? 間違いなくこの旅は危ないものになるんだ。そんな所に女を

ホイホイ連れてくのはなぁ……」

「大丈夫。身を守るくらいの力なら持ってるつもりだよ。それに魔人メアの私がいれば途中で魔

獣に出くわしても無駄に戦わずに済むし」

「危ないからこそです。皆さんがもし怪我をしても、私がいればすぐ治療もできます」

「……。でもなあ」

 それでも二人はそれぞれにそうアピール(?)をしてくるものだから余計に扱いづらい。

 途中で耳に「あれ? これってもしかして女の子扱い?」とはたと気付いて呟くステラや

「ボクだって女なのに……」とぼやくミアの声が届いていたが、殆ど直感に近い判断でその

辺りには突っ込まないことにする。

「いいんじゃないかな? 実際あの“結社”のメア達と再び戦う事になるかもしれないし、

二人の力があって損することはないだろう。……それに、こう見えてうちの娘は一度決めた

ら結構頑固だしね」

「……養父ちちおやらしからぬ放任ッスね」

 結局、ハロルドのその一言で二人の同行は容認される形となっていた。

 ジークは苦笑交じりにため息をついたが、父親公認とされれば口を挟む訳にもいかない。

 少しだけむくれたレナだったが、次の瞬間には普段の穏やかさを取り戻し、ステラと共に

ハロルドに小さく頷いている。

「……。ジーク」

 そうしていると、今度はシフォン──留守番側に回ることになった友が口を開いてきた。

「やっぱり僕も同行した方がいいんじゃないか? ハロルドの言うように“結社”の手の者

と出くわす可能性は高い訳だし、そっちの戦力を集中させた方がまだ」

「いや、お前は団長達と残っててくれ。奴らは俺達じゃなくここを狙ってくる可能性だって

あるんだ。その時……俺が戻ってくるまで、アルスを誰が守るんだ?」

 思案顔になっていた彼に、ジークは向き直るとそう言う。

 敢えてクランの中核メンバーであるこの友を残して貰うように頼んだのは他でもない。自

分が不在の間の弟の身を案じてこそだったからだ。

「改めて頼む。俺達がトナンに行ってる間、アルスとエトナを護ってやってくれ。別に絶対

隠れないといけないってことはねぇけど、できるだけこっそりと」

 静かに頭を下げて、再度の懇願。

 始めから護衛ですと言ってしまえば、いくら面識のある仲間相手でもアルスが気を揉むで

あろうことは目に見えている。あいつはそういう奴だ。

 だからこそ信頼のおける友にそのポストに居て貰いたかった。……随分と、手前勝手な頼

みではあるとの自覚はあっても。それでも。

「……分かった。アルス君とエトナの事は任せておいてくれ」

「ああ。……ありがとよ」

 そんな友の姿を見て、シフォンは頷いてくれた。

 物腰穏やかな友の声色。ジークもまた礼を言うと小さく苦笑して真面目な己を濁す。

「話はまとまったみたいだな」

「ええ。ホームは私達に任せておいて。ダン?」

「おうよ。じゃあ次は具体的な日程だな」

 そしてイセルナ達も頷く中で、ダンは再び皆に語り出した。

「サンフェルノから帰って来てすぐにこう言うのもなんだが、トナンへの出発は極力早い方

がいいだろう。既に村の修復作業を手伝ってた分、奴らは体勢を整え直している筈だ」

「そうですね。だとすれば、明日にでも飛行艇の予約を取らないと……」

 だがリュカがその言葉に頷きそう返すと、ジーク達は思わず押し黙ってしまった。

 リュカは知らないのだ。ジーク達がサンフェルノへ向かう鉄道を利用していた最中、他な

らぬ“結社”からの襲撃を受けたことを。

 ジークも、また仲間達も同じその時の映像ビジョンが脳裏に浮かんだのだろう。

 互いに顔を見合わせつつも、さて誰が話すかといった感じで暫しの躊躇いをみせている。

「……リュカ姉。その正攻法はマズいんだ」

「? でも大陸を渡るっていうと普通飛行艇に乗るものでしょう?」

「まぁそうなんだけどな……。あのさ、これは母さん達を心配させたくないから言わなかっ

たんだけど、実は俺達、サンフェルノに行く途中の列車ごと“結社”に襲われてんだよ」

 結局その空気の理由を説明する役目はジークが負った。

 そもそも奴らは自分(の持つ六華)を狙っていたのだから。

 そう内心で、チクチクと自責の言葉を己に投げながら。

「だから、流石に同じような方法で動くのはマズいと思うんだ。列車は地面の上だったから

こうして生きて戻って来れてるけど、空中で襲われたらそれこそお終いだろ?」

「……。ええ、確かに危険過ぎるわね……」

 髪をガシガシと掻きつつの弁。

 リュカは最初その告白に驚いたようだったが、すぐに平素の知性で以って状況を把握して

くれたようだった。そっと口元に手を当てながら、彼女は思案をしつつ呟く。

「だとすると、もっと別な方法を採らないといけないけれど……」

「大丈夫。それなら代替案は用意してありますよ。“導きの塔”を使います」

「ミチビキ……? ああ、あのよく分かんねぇ塔か」

 しかし既に策は練っていてくれたらしい。

 リュカが呟くのに応えるようにして、ダンが言った。ジークもまた、おぼろげなその記憶

を辿りつつも何とか話について来ている。

 ──導きの塔。

 その起源は遥か太古『神竜王朝』時代に遡り、当時自由に大陸同士を渡る術を持っていな

かった人々を見た時の王の命により、世界各地に建立されたという塔型の神殿である。

 内部は大規模な空間転移術の設備が整えられており、これにより人々や物資の行き来が可

能となった。更に王朝直々の命による建造物という点も相まって地域の祭礼場としても機能

していたらしい。

 しかし王朝の消滅とその後の帝国時代に飛行艇が発明された事で、その存在価値は大きく

削ぎ落とされてしまっており、今日では歴史を物語る遺跡として保存されるかどうか程度の

存在というのが現状だ。

「この辺りにもいくつか残っている所があるからな。あそこの転移機能でトナンに飛ぼうと

思う。古いからちと不安だが、掛かる時間だけを見れば実際飛行艇よりも早い」

「そうですね。でも大丈夫でしょうか? 飛行艇を使わずにというのは“結社”側も予想し

ているかもしれません。だとすれば主だった塔はマークされてる可能性が高いですよ?」

 それでもリュカはあくまで冷静な分析だった。

 数秒目を瞑ってから開き、そうダン達に同じくリスクがある旨を問い返してくる。

「流石は先生さんだ。頭がよく回りなさる。でも、その点は俺達も対策は考えてますよ」

 しかし、ダンは既にその点も折り込み済みであったようだ。

 リュカの聡明さにほぅと感心の表情をみせながらも、ニッと口元に孤を描いて言う。

「そもそもこの話は帰りの列車の中で考えてたことでもあるんですがね。そしたらシフォン

が解決策を持ってたんですよ」

「シフォンが?」「それは一体……?」

 ジークとリュカが、他の仲間達も顔を見合わせていた。

 そんな中で、ダンに促されるようにしてシフォンはコクと頷くと、

「簡単なことだよ。導きの塔は、何も一般に知られている場所ばかりじゃないってことさ」

 そう、何処か遠い眼差しを中空に投げつつ答えたのだった。

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