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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-12.レノヴィンの系譜
60/434

12-(4) 護皇六華

(…………母さんが、皇女さま?)

 たっぷりと唖然とした間が過ぎ、アルスはごくりと息を呑んでじっとドアの隙間から見え

るそのやり取りに目を見開いた。

 頭の理解はそう整理してくれたのだが、まだカラダがその事実に追いついていない感触が

ある。それは部屋の中のダンら三人も似たようなものであるしく、僅かな灯りの下、強烈な

衝撃に打ちひしがれて咄嗟の応答に窮しているようだった。

「これは、随分と予想の斜め上を行ってくれたね……」

「ああ……。だがよイセルナ、お前もそっち側に立ってるって事は……知ってたのか」

「……ごめんなさいね。リンから極力この事は内密にしておいてくれと頼まれていたから」

 フッと苦笑と共に小首を傾げてみせたのが彼女の答えだった。

 欺いてたのか? そんなダンの、失望とは言わないまでもショックな気持ちをちゃんと理

解してからこその返答だったのだろう。

「……ま、黙ってたことは今更責める気はねぇ。起きねぇよ。こうして白状したんだしな」

「そうだね。むしろ、僕達が問うべきは……」

「何故このタイミングで? という点だね」

 三人が顔を見合わせてから投げ掛ける言葉。それは話の続きを促すのと同義で。

「……そうだな。順を追って話そうか」

 コクと頷き、リンファ達は告白を続ける。

「そもそもの始まりは二十年前──まだ先皇・皇妃両陛下が御存命で、私も近衛隊の一員と

して殿下の御側役を務めていた頃に遡る」

「二十年前の皇国トナンっつーと……」

「……クーデター、ですか」

 ハロルドが意図を悟り始めたのか苦々しく呟いた言葉に、リンファは無言で頷いた。

 今から二十年前、トナン皇国で勃発した大規模なクーデター。

 旧態依然なしがらみを打破し、同国をかつての強国に復活させしめんと掲げられたその武

装蜂起は王宮を制圧し、当時の国皇・皇妃夫妻を殺害。結果、クーデター側の長である皇妃

の実姉・アズサがその後の実権を握ることとなった。

 当時は随分と騒がれたものだが、結局各国は静観を貫いた。

 理由は内政不干渉──もとい、アマゾネスという良質の傭兵集団でもある彼女らとの関係

を干渉により壊す事が国益を損なうと判断した、時の権力者らの“保身”に他ならない。

「だが、当時の国王側は粛清されたって話じゃあ……?」

「それは半分は事実だが、半分はアズサ殿サイドの広報だ。現に先皇御夫妻の一人娘であら

れるシノ様は、殿下はこうしてこの場におられる」

 つまりは、亡命に近い歳月を過ごしたというのか。

 ダン達、そしてドアの隙間からその告白をじっと目を見張って聞いていたアルスはそれぞ

れに息を呑んで黙り込む。

「……謀反の軍勢は王宮を一挙に攻め立てた。火をかけられたその中で、両陛下は私たち近

衛戦士団に殿下を逃がすように、最期の命令を下された。多くの同胞らが討たれていった。

私は必死になって殿下を御守りしながら皇都を脱出し、ひたすら逃げた……」

 言葉で話せばほんの数フレーズ。

 だがその過酷さは如何ほどのものだったか。ダン達は過去の辛酸を思い顔をしかめている

彼女を、シノブ──いや皇女シノ・スメラギを只々見遣ることしかできない。

「……だが救いもあった。逃亡の旅の中、私達に手を差し伸べてくれた者達がいたんだ」

「それがあの人達──コーダス・レノヴィンとその仲間の皆だったんです」

 繋がる経緯。

 リンファから言葉を継いだシノブの表情はふっと優しく緩み、ほんのりと思慕の気色で赤

く染まっているのが分かる。

「あの人達は、私達の身の上を知っても差し伸べた手を引っ込めることをしませんでした。

むしろ伯母様からの追っ手とも必死に戦い、反乱軍から『皇女誘拐犯』と謗られても私達を

守り続けてくれました」

「そういやそんなニュースもあったな。だが確かあれは……」

「ああ。程なくして誤報だとコーダス達が世に証明してくれたんだ。汚名を濯いだんだよ」

「……なるほど」

 ダンが呟いたのは、何もリンファの補足の言葉に対してだけではなかったのだろう。

 その後、現にシノブと名を変え、コーダス──後にレノヴィン兄弟の父となるその守り人

と恋に落ちたという旅の果ても、その全てを含めての。

「クーデターのごたごたが一通り済んだ後、私はコーダスと共にこの村にやって来ました。

それからはジークとアルスを産んで、旅の途中で得ていた魔導師の資格を使って村で医者を

始めたんです。……クラウスさんとリュカちゃんには、その時から色々手を回して貰ってい

たんですよ」

 ダンは片眉を上げてイセルナを見た。フッと肩をすくめた苦笑が返ってくる。

(……なるほどね。道理で突っ込んで訊いてみてもうんともすんとも言わなかった訳だ)

 頭をガシガシと掻き、はぁと大きく嘆息。

 要は自分達はこいつらの掌の上でジタバタしていただけってことじゃねぇか……。

「話は、分かりました。まだ驚きで心臓はバクバクいっていますけど」

 そんな彼を横目に、今度はシフォンとハロルドが質問役に代わる。

「ですがそれは、今回ジークと共にこの村に来た理由とは違うように思うのですが……」

「いや。そんな事はないんだ。……これまでの話はあくまで前振りだよ」

 一度シノブを見遣り、その首肯を得てからリンファは言った。

「結論から言おう。ジーク──いやジーク様の持っているあの六本の刀はただの刀ではない

し、単なる魔導具でもない」

 自分達の過去を打ち明け、少し楽になっていた気を引き締めるように次なる告白をする。

「あれらの名は“護皇六華ごこうりっか”──六振り一組の聖浄器にして、我が国の正統な皇位継承者が

代々受け継ぐ“王器おうき”だ」

 その言葉に、ダン達は先程以上の衝撃を受けたようだった。

 バッと顔を上げて。或いは目を見開き、眼鏡の奥の瞳を静かに光らせて。

「おまっ、知ってたのかよ……!?」

「聖浄器だったのか。しかも王器だなんて……」

「ふむ。別に珍しくはないですよ。各国とも詳細を公表していないだけで、聖浄器といった

アーティファクトを王器──国家の象徴としているケースはよくあることですから」

「ああ。そうだ。護皇六華もその一つになる」

「……皆さんをこうして呼んだのは、このことも含めて全てをお話しする為なんです」

 そう少し申し訳なさそうに言い、両手を行儀よくお腹の前で組むシノブ。

 少なからず動揺していた面々だったが、そんな彼女の静かな声色に宥められたのか、やや

あって居住いを正すと「じゃあ……」と話題を核心へと向け始める。

「ジークにそのゴコーリッカを与えたのは、あんただと聞いてるんだが」

「はい。村を出るあの子を護ってくれるように。以前はコーダスに預かって貰っていたので

すけどもう今はいませんし、私が持っていてもろくに使えませんから……」

「だから正直焦ったよ。サフレと戦った時に、一時的とはいえその封印が解けたのだから。

あれはおそらく、ジーク様自身の身の危険に護皇六華が反応したからなのだろう」

「そっか。知ってたんだな……。でもうっかり話しちまうと色々バレちまう、と……」

「そういう事だ。だが、もうここまで来ては隠し通せない。そう殿下は判断した」

「ですからリンと相談して、先ずは皆さんにだけにでもお話を通しておこうと思いまして。

黙っていて、すみませんでした」

 恥も外聞もない。ただシノブは、リンファは深く頭を下げていた。

 今まで黙っていた一種の裏切りに対して。そして今まで息子達を守ってくれていた感謝も

同時に込めて。

「あ、いや……。そんな、頭を上げてくださいよ。一国のお姫さんにそんなことされちゃあ

敵わねぇッスから」

 ダンは慌てて応えていた。いくら肝が据わっているとはいえ、流石に畏れ多いのだろう。

「……で、イセルナ。お前はいつからこの事を?」

 だからか、彼は話の矛先を変えるようにそう静かにシノブ側に立っていた盟友に問う。

「五年前、ちょうどジークがうちのクランに身を寄せるようになった頃よ。リンがこっそり

打ち明けてくれたの。自身の正体も含めて、色々とね」

「……驚いたよ。殿下にご子息がおられるとは聞き及んでいたが、まさか私が世俗に身を隠

しているその懐に現れてくるとは。皆にはすまないと思ったが、少なくともクランの長であ

るイセルナには話を通しておかないと色々裏で手が回し辛いだろうと思ったんだ」

 眼を見る。二人とも嘘は言っていない。少なくとも彼女達の密かな協定はその頃から始ま

っていたことになるのだろう。

「……水臭ぇじゃねぇか。言ってくれりゃあ俺達だって協力は惜しまなかったぜ?」

「そうだね。でも、始めから聞かされていたら、僕はジークと友人いまのような関係を築けていなかった

かもしれないなぁ」

「すみません。できる限り、あの子達には普通の人生を送って貰いたかったから……」

 そうシノブが再び頭を下げようとしたので、ダンらは慌ててそれを止めていた。

 気持ちは分からなくもない。いくら皇族といっても一人の母親には変わりないのだ。自分

が出自故に苦労した分、子供たちには幸せになって欲しい。それくらい願ってもバチは当た

らない筈だ。

 そう……信じたかった。

「……。念の為ですが、このことを当の本人達には?」

「いいえ。今の段階で知ってるのはこの場にいる皆さんとクラウスさん、リュカちゃんだけ

です。息子達が訊いてくるのは……もう、時間の問題なのでしょうけど」

 ハロルドが確認の為にそう問う。シノブは小さく首を振りつつも、覚悟を決めているよう

だった。だからこそ、先ずは“外堀”から埋めようと考えたのだろう。

 しんと、一同が黙り込む。

(────……そん、な)

 胸の動悸が止まらなかった。アルスはぎゅっと胸元を片手で押さえながら、そのやり取り

の全容を確かに記憶に焼き付けていた。

 母さんがトナンの皇女さま。という事は、僕と兄さんは──皇子さま?

 兄の刀についての真相も驚いたが、アルス自身はそれよりも自分達兄弟の出自に大きな衝

撃を隠せないでいた。

(ど、どどど、どうしょう!? こんなこと、兄さんにどうやって──)

「何やってんだ、アルス?」

「ひゃああァっ!?」

 このまま居たらマズい。

 だがそう思って動揺で震える身体を引き摺ってその場を去ろうとしたその瞬間、不意にぽ

すんと肩を叩かれ、アルスは思わず情けない悲鳴を上げてしまう。

「お、おい。大丈夫か? 俺だよ、俺」

「あ……。に、兄さん……? どうして」

「? 別になんてこたぁねぇよ。変に目が覚めちまったから、一回外の風にでも当たりに行

こうかと思ってさ。そしたらお前らがふらふら歩いていくのが見えたからよ。……つーか、

何だかお前“薄く”なってねぇか?」

 怪訝に眉根を寄せて、ジークは寝間着の上にいつもの上着を羽織った格好で二刀を腰に差

していた(おそらくは一介の剣士としての習慣でそうしていたのだろう)。

 だが、今はそれ所ではない。

「……その声、ジークにアルスか?」

 やはりバレていた。リンファがドアの向こうから緊迫した声で問い掛ける声が聞こえる。

「リンさん? 何でこんな時間に……」

「あ。に、兄さん! ちょ、ちょっと待っ」

 兄が頭に疑問符を浮かべてそのままドアを開けて入って行こうとする。

 アルスは慌ててそれを止めようとしたのだが、

『…………』

 目を見開いて一斉に自分達を見てくる面々の姿に晒され、時既に遅く。


「……」

 ジークは皆に囲まれるようにして、暫く難しそうに黙り込んでいた。

 無理もない。何の気なしに夜中に起きてきて、突然自分達兄弟の出生諸々の秘密を聞かさ

れたのだ。

(兄さんはどんな反応をするんだろう……)

 見咎められてしまい断氣を解いたアルスは、同じく顕現し直して傍らで漂っているエトナ

と共にそうじっとそんな兄の横顔をおずおずと窺っている。

「ん~……。そっか」

(割とあっさりだー!?)

 しかし当のジークは一見すると淡々とした言葉を漏らしていた。

 弟の内心のツッコミなど露知らず、彼はポリポリと寝癖のついた髪を掻きながら腰に下げ

た刀を一瞥して言う。

「俺やアルスが皇子で、国宝の刀なゴコーリッカねぇ……。すまん、正直いきなり過ぎて頭

が追いついてねぇや。……もしかしたら目的が果たせてホッとしてるのかもしれねぇけど」

「ジーク……」

「ったく、リンさんも団長も水臭ぇよ。知ってるなら言ってくれればいいのにさ」

「す、すみません。ですがこれはお二人の事を考えての──」

「だからさ。今更になってリンさんも敬語使わなくってもいいですって。そりゃあ血筋はそ

うでも、いきなり皇子だとか言われても自覚ねぇし。……それ以前に俺は俺だし、アルスは

アルスだし、母さんは母さんだ。必要以上に硬くなることなんてないでしょう?」

 リンファが、シノブが、アルスが、皆が唖然としていた。

 一番今回の一連の謎について悩んでいていただろうジークのその言葉に、思わず返す言の

葉を失う面々。

(……でも、兄さんらしいと言えば兄さんらしいのかな……)

 それでもと。アルスはふっと何だか可笑しくなった。

 良い意味でも悪い意味でも、彼は自然体なのだ。自分は皇族だと言われて狼狽してしまっ

たけれど、兄はそんな事実を告げられても「肩書き」には興味がないのだろう。

 だからむしろここに至るまでの懸案が解決した、その安堵感の方が強いのだと思われる。

 尤も、この真実に緊張した皆を解すという意図があったのかもしれないが……。

「そうか……」

 リンファはふっと苦笑してシノブ──忠誠を誓う主と顔を見合わせていた。

 そして向き直りつつ零れる「ありがとう」の言葉。

 しかし、その視線はふとジークの腰へと向かって……。

「ところで。ジーク、護皇六華の残りは……?」

「え? ああ、何となく起きて来ただけだからこの二本だけだけど──」

 そんな時だった。急に村全体にけたたましい鐘の音が鳴り響き始めたのは。

 ジーク達はハッとなってその音の方向、外へと一斉に視線を向ける。

「これって……」

「村の警報だよ。一体、何があったんだ……?」

 にわかに夜闇の中の村が騒ぎ始めていた。

 ジーク達も、何事かとその場を移動しようとする。

「──ッ!? 待て、ジーク」

 だが、その時リンファが何かに気付いた。眉を顰め、慌てて声を張り上げる。

結社やつらだ! 部屋に戻れ! 六華が危ない!」

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