12-(2) 小村の守護者
サンフェルノ村は地理的に少々寒冷な気候に分類されるとはいえ、周辺を豊かな緑の山野
に囲まれている。
街には無い、ゆったりとした時の流れと自然が醸し出す匂い。
静かな木漏れ日を浴び、小動物らの息遣いを聴覚に届けながら、サフレとマルタはじっと
そんな森の中に佇んでいた。
「……いい所だな」
「はい。精霊さん達もたくさんいますし、それだけ生命が豊富なのでしょうね。私の導力回
路もすこぶる良好です」
従者たるオートマタの少女とその主たる青年。
普段はそれ以上でもそれ以下でもない(とサフレ自身は言動に含めている)が、この場の
二人は何処かその言葉通りにしては少々齟齬を感じさせた。
言うなれば、主従を越えた親愛し合う様であるような。
心持ち視線を顔を上げて緑の枝葉が覆う空を眺めているサフレの手に、マルタがもじっと
数拍の躊躇の後、自身の手を伸ばそうとして──。
「マルタ」
「は、はいっ!?」
「……。彼らのこれまでの一件、どう思う?」
「えっ? ええと、ジークさん達……ですか?」
視線を変えないまま、サフレが不意に質問を投げかけてきた所為で、その動きは打ち止め
になった。一瞬ビクリとし、次の瞬間にはそろ~っと。マルタは伸ばしかけた手を引っ込め
ると数秒ぱちくりと思案顔になる。
「そうですね……。正直私には何が何だか。ジークさんの剣がアーティファクト級の魔導具
だとしても、それを“結社”が狙う肝心の理由はハッキリしませんし」
「だからこそこうして彼の故郷まで足を運んでいるんじゃないか」
「え、ええ……。でも気の毒ですよね。ジークさん、何度も“結社”の手の者に狙われ、仲
間も巻き込んでしまって……きっと凄く不安だと思います」
「……。かもしれないな」
随分とのんびりとした感想だな。僕らも一度は奴らに掴まったクチであるのに……。
ちらりと。そんなお人好しというか、もしかすると人間以上に優しい性格なのかもしれな
いこの従者をサフレは横目で見遣りながら思った。
外から見ている限りは無愛想にも取れる彼だったが、いざクランの一員となって行動を共
にしてみると本質はむしろ熱い滾りを秘めている人物であることはサフレ自身も薄々気が付
いてはいる。
一体、そんな彼の剣──いや魔導具にどんな理由があるというのだろう?
(こんな事なら、マグダレン氏の鑑定に僕らも同席すべきだったな……)
付け焼刃ながらもクランの一員として依頼をこなしていなければならなかったとはいえ、
サフレはどうにも悪い巡り合せに密かにため息をついていた。
「だけど、帰省して良かったのかもしれませんね。これだけ豊かな場所に滞在してれば少し
は心も落ち着くんじゃないでしょうか」
「…………」
そんな思考の隣で、マルタはぽつぽつと言う。
するとサフレは、何故かそれまでよりもはっきりと、意図的に睨むような眼で彼女の顔を
見遣っていた。
その視線の意図に、彼女はすぐに思い当たるような節を知っていたのだろう。
ややあって彼女はハッと「い、いけない……」とバツの悪そうな顔を浮かべる。
ごくりと息を呑んで仕切り直し、彼女はおずおずと、再確認するように言った。
「……あの。マスターはやはりご実家に戻るつもりはないのですか? ジークさんとアルス
さんのようには」
「その話はするなと言っている筈だぞ。あまりしつこいとたとえお前が相手でも──」
キッと向けられた眼は本気だった。完全に憎悪の眼だった。
流石にそれを実行することはせずとも、マルタは「す、すみません……っ」と半ば反射的
に平謝りするしかない。
瞳を潤ませた、一見しただけでは普通の少女と変わらないオートマタの少女。
その姿にチクリと罪悪感を刺激されたのか、サフレはふんと小さく息をつくと軽く身動ぎ
をし、再び枝葉が点々と遮る空を見上げていた。
「……僕の事はいい。それよりも今は彼らの事だ。迂遠ではあるが、この旅は僕らのけじめ
の為にもなる。このまま“結社”にやられたままというのは僕のプライドが許さないんだ」
時折間を置いて整理しながら呟く彼に、マルタは「はい」と小さな追随を示していた。
しかし同時に、内心ではホコホコと嬉しさを感じずにはいられなかった。
彼自身が“結社”に手駒にされたことへの当てつけもあるだろう。だが同時に、そこには
十中八九“自分が人質に取られたことへの憤り”があるとも思えたから。
それだけ私は──マスターに大切に想われている。
ちょっぴりの依存的な心理。だけどやっぱりこの気持ちは、作り物の生命でしかない筈の
自分の胸の内を温かく包んでくれるものでもあって……。
「……僕はまだ戻るつもりはない。暫くは彼らと行動を共にしよう」
「……はい。マスターの仰せのままに」
森の微風にスカーフを靡かせて呟いたこの主の言葉に、彼女は微笑と共に是として従う。
結局、午前中は肝心の母への問い質しは果たせずじまいだった。
墓前への報告を済ませて家に帰って来て間もなく、顔見せに入れ代わり立ち代わりで村の
皆がやって来ていたからだ。
そうしている内に、朝食の折に言っていたようにシノブは往診へと出掛けてしまい、彼女
がそれらを済ませて帰宅した頃には時刻は正午を少し回っていた。
『あらあら。お客さんがいっぱいね~。ついでだから皆、お昼食べていく?』
しかし問われるべきシノブ自身はそう至ってマイペースで。
ジークやアルス、訪れていた数人の村人──特にその中に混じっていたシフォンや、往診
の途中で合流したらしいリンファも加わって、昼食はちょっとした食事会の様相となった。
彼女の厚意に甘んじた会食の一時。
やがて村人らは「じゃあ、また今夜にな」と帰っていったが、シフォンとリンファはまだ
その場に居残っていた。二人は元よりジークとアルスが予定していた午後の外出の話を聞く
と、同行することを申し出てくる。そしてそれを拒む理由も特にない。
──かくして、予定より多く四人(エトナも含めて五人)の小集団となって、ジーク達は
暫しの食後の休憩を挟んだ後、再び外出をするのだった。
「そうか。じゃあ、まだシノブさんには」
「ああ……。どうにもタイミングが合わなくてな。正直、もしかしなくても本当に知らない
んじゃねぇかとも思ってたりするんだよな……」
家を出て先ずは村の中央へ向けて歩く。
昨夜からの成果を訊ねられ、ジークは正直にそう詰まり気味であることを白状していた。
もし訊いて何かが壊れるのではないか? そういったおそれが内心あるのも否定はできな
かった。そんな胸の内の揺らぎを知ってか知らずか、シフォンはふむと口元に手を当てて少
しばかり思案顔になる。
「可能性はない訳じゃないな。彼女はジークのように剣を扱える人ではないのだよね?」
「ああ。父さんは冒険者だったらしいけど、母さんは見ての通り医者だからな」
「でも母さんは魔導医──魔導の心得があるんだよ? 本当に何も知らないのかなぁ……」
「さぁねぇ。だけどさ、大体私やイセルナ達だってごく最近まで気付けなかったんだよ?
ジークの刀が実は魔導具だってこと自体、気付いていないかもしれないじゃない?」
「そうだけど……。うぅん……」
わしゃっと頭を掻いて、アルスは言いかけていた言葉を引っ込めていた。
兄弟とその友と、持ち霊。四人の“あくまで可能性”の話が方々に右往左往する。
「……」
その様子静かに見守るように、リンファは一歩下がって歩いている。
「どのみち、一度きちんと膝を詰めて訊かないことには始まらないよ。こう推測で議論して
もどうにもならないしね。そう焦らなくてもいいんじゃないか? ここに来てまだ昨日の今
日なんだ。機会はいくらでもあるさ」
「……まぁ、そうなんだけどなあ」
暫しあーだこーだと意見を交わすも、結局はぶつかってみる。その一点に向かう他ない。
ジークとアルス、そしてエトナは苦笑を漏らしつつ互いの顔を見合わせる。
やがて、五人は村の中心に位置する集会場(広場)に差し掛かった。
シノブの言っていた通り、既に集会場一帯は今夜の宴に備えての準備が着々と進められて
いた。集会場の小屋の中だけでは収まらず、その外周りにもテーブルが運び込まれ、茣蓙が
敷かれている。
その周りでは準備に当たっている村人らがトタトタと動き回っており、小屋の中、その奥
には『お帰りなさい!』の文字が書かれた即席の看板が、村人らによって取り付けられ始め
ているのも窺える。
「……ったく、一々大袈裟なんだよ。団長達を迎えるのも兼ねてるにしても、アルスはまだ
下宿を始めて三ヶ月だぞ?」
「はは……。それだけ喜んでくれてるんだよ。兄さんの帰省を、ね」
「どうだかな。ただ飲んで騒いでしたいだけじゃねぇのかね……」
ぶっきらぼうに悪態をついてみせる兄に、アルスはくすっと笑っていた。
実弟だからか、或いは自身が浮かれている部分があるからか、そんな兄の言葉はどうにも
素直じゃないように気がして逆に微笑ましかったのだ。
「……?」
そうしていると、ふとジークの視線がそれまでとは違う方向に向いた。
見遣ってみるとそこ──皆が準備に走り回っている集会所の裏手を覗き込むように、黒い
フード姿の少女が一人立っているのが見える。
「……。何やってんだよ、ステラ」
「ふわっ!? あ……。な、なんだ、ジークか。それに皆も」
「何だじゃねぇよ。何してんだ、こんな所でこそこそと。レナやミアはどうしたよ?」
ビクッと一瞬驚いた顔をみせたのは他ならぬ魔人の少女・ステラだった。
アルスらを伴い、近付いて声を掛けたジークが少々訝しげに問うと、彼女はその視線を再
び集会所の裏手──ちょっとした空き地になっている──へと遣る。
「あわわっ……。は、羽は取っちゃ駄目ぇ~!」
「……耳、触るな。しっ、尻尾も……」
その視線の向こうでは、レナとミアが村の子供たちのオモチャになっていた。
背中の白い翼を撫で回されたり、猫耳や尻尾をもふもふされたり。
涙目と諦観の顔と。なまじ相手が幼い子供たちということもあって、二人とも安易に手を
出せず、なすがままになっているようだ。一応保護者役として傍にハロルドが立っていたが
彼自身そんな様をニコニコと眺めているだけで、すぐに止める気はなさそうだった。
「……遊ばれてるな」
「うん……。遊ばれてるね」
ジークとアルスは呆れ顔と苦笑でそんな呟きをシンクロ、
「いいのか、ステラ? ダチがガキどもに弄られまくってるが」
そして横目でジークが問うと、ステラは心持ち一歩後退りしたように見えた。
「だ、だって私……。メアだから……」
「……」
返答はたどたどしかったが、それだけで彼女が何を言わんとしているのかは分かった。
──自分が魔人だとバレたら、どうなるか分からない。
大方、そんな心配が、躊躇いが彼女を先刻からずっと物陰に潜ませ続けていたのだろう。
「あのな。ステラ」
呆れ顔だったジークの表情が、サッと真剣なそれに変わっていた。
数拍の沈黙の直後、はたとその手がステラが被っていたフードに伸び、彼女の白系の銀髪
が顕わになる。少々ビクリと肩を震わせた彼女の目線に合わせ、ジークは言った。
「今までも散々言ってきたろ? お前が皆に何かしたのか? 違うだろ? お前はただ瘴気
に巻き込まれた、だけど生き残った。それだけだろ」
それは、彼女を孤独の中から引きずり出したあの日以来、何度となく掛けてきた筈の言葉
に他ならなくて。
分からない訳ではない筈だ。だがそれだけ、この少女の心の傷が深いのだろうとも思う。
「……お前が縮こまらなきゃいけない理由なんざねぇんだ。もっと胸張ってろ。仮に誤解を
受けたら全力で俺達がそれを解いてやる。お前は、生きていい。……瘴気に中てられたら生
きてちゃいけないなんて理屈、俺は絶対に認めねぇ。全部……ぶっ壊してやんよ」
だったらその傷が疼く度に慰めよう。その度に共に闘おう。
ジークは言い放っていた。それは同時に自分自身がずっと胸の内に点している誓いの火で
もあって……。
「……うん。ありがと……」
俯き加減で胸元に手を、頬をほうっと赤く染めて。
ステラはこくんと頷いていた。その密かに熱っぽい瞳の意味は実はもう少し別の所にある
のだが、ジークは今も昔もそれに気付くことはなく、
「気にすんな。ほら、行って来いって。ハロルドさんもいるし、フォローもあるだろ」
フッと苦笑に口角を上げてポンと彼女の背を押してやると、視線の向こうの彼女の友人ら
の方へと促す。
ステラはもう一度頷き、ゆっくりと友人らの下に歩いていった。
左右の耳元で結わった銀髪が揺れる。子供たちが「銀色のおねーちゃんだ~」と三人目の
オモチャを見つけたと言わんばかりに群がり始める。レナやミアは多少解放された事にホッ
としたのも束の間、やはり変わらず弄られ続け出すことに苦笑を禁じえない。
──ここは大丈夫だよ。私に任せておいてくれ。
ジーク達に向けて、ハロルドがそう言ってくるかのようにそっと片手を上げてみせた。
レナやミアもまたその動作に気付き、こちらを見て同じようにジェスチャーで「大丈夫」
を伝えてくれる。
レナ、ミア、ステラの三人娘と彼女達に群がる無邪気な村の子供たち。そしてハロルド。
「おーいガキども~。あんまりねーちゃん達を泣かせるような真似はすんなよ~! 特にそ
の猫のねーちゃんはキレると恐」
「…………」
「あ、いや。何でもないです、ハイ……」
子供たちにちょっと余計な事を付け加えようとして、ミアから物凄く睨まれた。
ジークは乾いた苦笑いを浮かべてひらひらと手を振ると、
「……じゃ、俺達もそろそろ行こうか」
半ば逃げるように踵を返しアルス達を促しながら歩き出す。
ジークを先頭に足を運んだ先は、一軒の小さな家──庵とでも言うべき家屋だった。
建てられた場所は村の外れの一角。しかし小さな石囲いの庭を挟んで、ぐるりと村の敷地
全体を見渡すことができる立地でもあるらしい。
板状の石を敷いた土の上を渡り、ジーク達は硝子と木枠の表戸越しに来訪を告げる。
「あら? いらっしゃい」
応対してきたのは、セミロングの紺髪をサラリと肩に流した一人の竜族の女性──
リュカ・ヴァレンティノだった。
「こんにちは。お久しぶりです、先生」
「よぅ……リュカ姉。師匠居るか?」
「ええ。ちょうどいい所に来たわね。ささ、上がって頂戴」
言って彼女はジーク達を家の中へと促した。
どういう意味だろう。少なからず頭に疑問符を浮かべつつも、一同は早速ヴァレンティノ
家の敷居をくぐらせて貰うことにする。
「あら……?」
「おう。なんだお前らか」
その意味、先客──イセルナとダンは客間にいた。
リュカと共に部屋に入ってきたジーク達が少し驚いた顔をしていると、二人とテーブルを
挟んで座っていた壮年の男性が静かにこちらを見上げて口を開く。
「……久しぶりだな、ジーク。アルスにエトナも」
「ええ……。久しぶりです、師匠」
「こんにちは、クラウスさん」
「うん、元気そうで何よりだね。その無骨な感じも前のまま」
「……言葉が一々浅はかなのはお前も変わらんな、エトナ」
老練。その一言がしっくりとくるがっしりとした体躯と顔立ち。歳相応に短めの髪は白く
なりつつあるが、左眼から頬にかけての傷跡という目立つものもあってか、その威厳の類は
普通に話しているだけでも相当なものがある。
クラウス・ヴァレンティノ。
リュカの父にしてジークの剣の師でもある、物静かな村のご意見番だ。
言葉こそ少なかったが、師らもまた大事には至っていないようだ。
ジークとアルス、エトナは密かに胸を撫で下ろし、互いの顔をを見合わせる。
「お前らもクラウスさんに挨拶か?」
「ええ。午前中は父さん達に報告をしてたので。副団長たちも?」
「おうよ。聞いたぜ? 何でも村のリーダー格で、お前らの師匠らしいじゃねぇか」
「だから私達もクランの代表としてご挨拶をしておこうと思ってね」
「……そうッスか」
思わぬ先客だったが、思いの外、皆先手に村の面々と交流をしてくれているようだ。
ジークは色々と間に回らずに済んだとホッとしたような、しかし下手に皆と関わりが深く
なってしまって大丈夫なのだろうかという、漠然とした自分でも分からない不安もまた顔を
出してくるようで複雑な表情で応えるに留まっていた。
(……そうだ。師匠なら)
そこでふと思いつく。自身の愛刀達についてだ。
ヴァレンティノ父娘は母や父とも交友が長いと又聞きだが記憶している。元冒険者と魔導
師。もしかしたら何か情報が得られるかもしれない。
「あのさ、師──」
「ねぇ。ジーク、アルス、エトナ」
だがその言葉は不意に掛けられたリュカの声に上塗りされるように止められてしまった。
振り向いてみると、彼女はいつの間にか四人分(エトナは精霊なので別に要らない筈のだ
が、彼女はしっかり“一人分”と数えているらしい)の茶を淹れた湯のみを盆に乗せて再び
部屋に足を踏み入れて来ている。
「立ち話もなんだし、向こうでお茶にしない? アウルベルツでの生活とかも色々聞きたい
しね。お父さん、団長さん達は任せていい?」
「……ああ」
「はーい。じゃあ行こっか。居間でいいわよね」
タイミングを奪われたように突っ立っていた間も、リュカはクラウスにそう一言掛けて返
事を受け取り、ややあって今度は了承の矛先をジークとアルスに向けてくる。
「あ、あぁ……」
ジークは少々急な勢いに押されてこくと頷くしかできなかった。
間が悪い。だが教え子(元教練場の、という意味では自分も含め)との再会に機嫌が良さ
そうなリュカの様子を見てしまっている以上、そんなことは中々言えたものではない。
ちらと横目で見遣ってみると、アルスも小さく頷いてくる。
考えることは同じであったらしい。
そして、まぁ仕方ないかと、ジークとアルス、そしてエトナは彼女の後について行くと廊
下の奥を曲がって姿を消してしまう。
『…………』
客間にはクラウスと、四人の経験豊富な戦士らが残された。
ジーク達の後ろ姿が見えなくなったのを見届けてから引き戸を閉め、リンファもシフォン
もそっとイセルナ達の座る席の左右へと腰掛ける。
暫く、誰も言葉を発さなかった。
それはクラウス自身の無言の威圧感に起因していた部分もあったのだろうが、それ以上に
レノヴィン兄弟が退席したこの場で、ダンを中心としたクランの代表らが何かを計るように
してこの壮年の竜族の様子を窺っていたからという点も大きかった。
「さて……」
長い沈黙の後、口を開いたのはダンだった。
隣でそっと眉を細めているイセルナと薄らとその肩に顕現し様子を窺っているブルート。
反対側の隣ではシフォンが何かが引っ掛かり始めたかのようにクラウスの顔をしげしげと見
つめ、心持ち間を置いて正座するリンファはじっと黙ったまま事態を静観している。
「世話話はこれくらいにしておこうか。あんたも分かってるんだろう? ただ俺達が挨拶に
来ただけじゃないって事くらい」
心持ちずいっと。
「聞かせて貰いたんだがね。俺達はともかく、あんた程の手練なら気付いていてもおかしく
はない。話はジークやアルスからも小耳に挟んでる。あいつらとはガキの頃以前からの付き
合いだそうだしな。何も気付いていないとは思えねぇ」
ダンはテーブルの上に片肘をついて身を乗り出してクラウスに問うた。
「……だろう? “竜帝”クラウス」