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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-12.レノヴィンの系譜
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12-(0) 忠義の士、静穏の君

 息子達が、帰って来た。

 特に上の息子は成人の儀を済ませるとすぐに家を出て行ってしまったから……正直、心配

でならなかった。

 理由は、分かっていた。マーロウさんやあの人の事なのだろう。

 いつもツンとして強がってはいても、根はあの人と同じく真っ直ぐで優しいから。力が及

ばず救えなかったことをずっと悔やんでいたのだろう。だからこそあの子達はクラウスさん

とリュカちゃん、それぞれに剣の、魔導の教えを請うたのだと。

 あの父娘おやこにならば安心して任せられる。

 そう思ってあの子達の修行に対しては静かに見守っていたのだけど……。

(まさかこんな事になるなんてね……)

 折に触れて息子を任せていた彼女からの連絡。その中に、事態の急転が含まれていた。

 驚いた。しかしやはりかとも思った。

 それは驚愕というよりも、一種の長く待ち構えていたかのような諦観と嘆息で。

 結局、何処へ逃げようとも私の“血”は変えられないのだと──。


「──夜分失礼します。まだ起きておられますか?」

 コンコンと、部屋の外からドアをノックする音が聞こえた。

 時刻は深夜。すっかり村全体が寝静まっていた。

 一人じっと居間のテーブルに着いていたシノブはハッと意識を現実に揺り戻されるように

顔を上げる。

 警戒する理由などなかった。その声はずっと信頼を寄せてきた相手の声だったから。

「ええ。入って」

 フッと微笑んで静かに応えると、そっと極力物音を立てないようにして一人のアマゾネス

の女性──リンファが神妙な面持ち入ってきた。

 他の部屋は既に消灯されている。開いて閉められる、その数十秒間だけ居間の灯りが外の

廊下に一条の白となって漏れていた。

「……申し訳ありません。このような時間になってしまい」

「いいのよ。遅れるって話は聞いていたのだし」

「そういう意味では、ないのですが……」

 改めてスッと頭を垂れて言うと、シノブはくすと笑って寛大に微笑んでいる。

 だがそうではないのだ。単に到着が遅れただけではなく、今日の道中で“結社”の刺客が

自分達の乗った列車を丸ごと襲ってきたこと。

 そして何より“彼らが核心に迫ろうと帰ってきた”──それを止められなかったことが。

 黙して眉根を寄せたリンファ。だが対するシノブは何も責めはしなかった。もしかしたら

自分が考えていることすら勘付いているのかもしれない。

 すると低頭のままのそんな彼女を、シノブはやんわりと許した。

「とりあえず頭を上げて、ね?」

「……。はい」

「念の為に確認しておくけど、まだ息子達には?」

「大丈夫です。まだ知られてはいません。……今はお二人ともお部屋に?」

「ええ。長旅で疲れたのねぇ、二人寄り添ってぐっすり」

 ふふっと、とても微笑ましく嬉しそうに。

 上品に口元に手を当てて笑っているシノブだったが、対するリンファはそれにつられる事

はなく言葉少なげだった。

「……ねぇリン。貴女の言いたい事は分かってるわ。あの子達が気付いてしまいつつある、

それが私達には都合が悪い。それは確かよ。でも……せめてあの子達自身が問い質してくる

までは、久しぶりの再会を喜ぶべきだと思うの」

「……」

「勿論、リンにもね」

 付け加えてウインクしてみせる彼女に、リンファはハッとなった。

 驚きというよりは気恥ずかしさとでも言うべきなのだろう。しかしほっこりと緩もうとし

た自身の表情を改めて引き締め直すと、彼女は小さく一度わざとらしく咳払いをする。

「そう、ですね。私もこうして直接お会いできたのは暫くぶりになりますから」

 部屋を照らすのは天井から下がった導力灯のみ。

 周りは夜の闇に沈殿していても、二人の相対するその場だけは何処か神々しく、凛とさえ

しているかのような錯覚。

 するとリンファは、

「……では、改めて」

 片膝をつき胸元に手を当て、最上級の臣下の礼で以って。

「──お久しぶりでございます。殿下」

 深く恭しく、彼女はその低頭を目の前の『主』に捧げていた。

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