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11-(4) 車中にて僕らは想う

 アウルベルツ駅から周辺各地に連絡する鉄道網。

 ジーク達はその内の一つ、北域へと向かう特急列車の中にいた。

 庶民にとってまだまだ鉄道は安い移動手段であるとは言えないのだが、それでも車内は多

くの乗客で混雑をみせている。商売人らしき風体の者や自分達と同じく冒険者の類の一団、

或いは旅行と思しき家族連れなど。緩急に揺れるリズムに合わせながら、面々はそれぞれに

旅の一時を過ごしていた。

「本当に、何から何まで……すみません」

 当のジーク達が陣取ったのは、通路の左右に寝台が設けられた車両だった。

 鉄道での旅は数日がかりになる事も、それ故にこうして就寝場所としての設備があるのは

決して珍しい訳ではないのだが……。

「いいのよ、気にしないで。座席で互いが見えるよりも、こっちの方がステラちゃんも少し

は緊張しなくて済むでしょうしね」

 事前に自分達の指定席を予約してくれていたイセルナの意図は、もう少し先の部分に向け

られていたのだった。

 座席がズラリと並ぶ一般の相席よりも、カーテンで間仕切りもでき、他人の視線を和らげ

られるであろう寝台席を。全ては未だ人への怖れを残すステラを、緊張の中での旅路であろ

うジークやアルスを労わっての配慮。

「……本当に、ありがとうございます」

「ふふっ。だから、そんなに畏まらなくたっていいのに」

 だからこそ、ジークは深々とイセルナに対面して頭を下げていた。

 柔和で女性的な微笑を漏らす我らが団長。そんな二人のやり取りを、ステラがこっそりと

寝台の中、カーテンの隙間から覗いているのも気配で確認できる。

「ところで。サンフェルノにはどの位で着くのかしら?」

「……直通な道はないですよ。こいつに乗るのは最寄駅までです。後は乗合馬車と徒歩で村

まで行くつもりです。途中の街道が混んでさえいなければ、日暮れ前までには着きますよ」

「そう。じゃあそれまで貴方もゆっくり休んでおいて? 肝心なのは着いてからよ?」

「……そうッスね。そうさせて貰います」

 軽く彼女からの補足質問に答えると、ジークはそっと踵を返してその場を辞した。

 団長かのじょの言う通りなのだろう。本題は村に着いてからなのだ。

 なのに、自分は既に自身を臨戦という名の緊張の糸で雁字搦めにしてはいないか? だか

らこそ彼女は敢えてゆっくり休め──頭を冷やせと言ったのではないか?

(どうして。何であんた達はそんなに落ち着いてられるんだよ……。そもそもは、俺が)

 通り過ぎ向けられる乗客らの視線。

 ギリッと静かに握り締めた己の両拳。

 ジークは爆ぜそうな内なる感情を堪えつつも、一人車両の中を歩き去っていく。

 一方で、同伴する仲間達は思い思いに旅の一時を過ごしていた。

 ダンとハロルドは向き合って駅弁と麦酒ビール缶を開け、少し早めの昼食を。

 レナとマルタは吊革で筋トレをしていたミアや寝台の中でじっとしていたステラを回収す

ると、寝台の中とその足元に持って来た椅子に着き、女子四人の談笑と洒落込んでいて。

 サフレはじっと静かに読書を。

 向かいのシフォンは得物たる弓の手入れに余念がなく。

 リンファは一人、流れてゆく車窓の風景を眺めつつ何やら物思いに耽っている。

「──こんな所にいたんだ?」

 そんな時間がどれだけ流れた頃だっただろうか。

 車内を歩いていたアルスとエトナは、ようやくジークの姿を見つけていた。

 場所は、車両同士の繋ぎに当たるトイレ以外何もない空きスペース。

 ジークはその一角の壁に背を預けて、ぼうっと長方形なガラス窓越しに景色を眺めるよう

に佇んでいたのだった。

「……何だよ。まだ村までは長いぞ? 休んでろよ」

「僕達なら大丈夫。それに、それはこっちの台詞だよ?」

「そそ。何一人でたそがれてんのさ? そんなに村に帰るのが嫌なわけ?」

「……別に」

 二人がそう声を掛けるも、ジークは曖昧な返事ばかりだった。

 だが、何ともないと答える割には明らかに機嫌が悪いようにも見える。

 エトナが「むぅ」と唇を尖らせているのを苦笑して見遣ると、アルスはゆっくりと口を開

いていた。

「……自分の刀が聖浄器だって知って、やっぱり迷ってるの?」

 即答はなかったが、その言葉は効果てきめんだった。

 それまでぼうっと窓の外を向いていた兄が、はたと目を見開いて自分を見遣ってくる。

「ブレア先生から聞いたんだ。先生自身もマグダレン先生から問い詰められたらしいんだけ

どね。……兄さんのことだから、専門用語だし、忘れてたんでしょ?」

「……あ、ああ。そうだ。そっか……セージョーキ、だったな」

 アルスは静かに苦笑していた。

 やっぱり。エトナがジト目になっているが、アルス自身は別段責めるつもりはなかった。

むしろこのフレーズを兄が忘れていて助かったとさえ、今では思っていた。

 もし皆にこの事実が知れていれば、今ほど皆はリラックスした旅を満喫できていなかった

だろうからだ。遅かれ早かれこの事も知れる所となると予想はできていたが、同じだった。

 ──兄さんのように、僕も皆に過大な心配を掛けたくはなかったから。

「兄さんは……抱え込み過ぎなんだよ」

 ぽつりと。アルスは呟いていた。

 静かに兄が眉根を寄せている。何か反論されるか、或いはお前には関係ないと突っ撥ねら

れるか。しかしそれでも退くつもりはない。

「皆も言ってくれてるように、今までの“結社”との一件は兄さんだけの所為じゃないんだ

よ? そんなに負い目で自分を責め続けないで」

「……お前らには、関係ねぇよ」

「ッ! あのねぇ──!」

「エトナ。いいんだ」

 そして案の定、自分をあくまで巻き込むまいと避けようとする兄の応答。そんな彼を叱咤

しようと声を上げるエトナ。だがアルスは彼女を片手で制すると続けた。

「聞こえなかった? 僕は兄さんの“だけ”のせいじゃないって言ったんだよ?」

「……?」

 怒る訳でもない、だが確かな意思。

 今度は、僕の番──。アルスはふぅっと一度大きく深呼吸をしてから言う。

「ねぇ、多分気付いてるよね? 兄さんは今、昔の僕らを重ねてる。自分の所為でマーロウ

おじさん達を守れなかったあの日みたいに。……恐いんだよね? また自分の所為で仲間や

大切な誰かが失われてしまうのが」

 眉根をぎゅっと寄せていたが、ジークは何も言い返さなかった。

 それは図星だからか、或いは向き合う自分の弟があまりにも強い眼をしていたからか。

「でもさ……。それは僕だって同じなんだよ? そもそもあの日、僕が精霊たちの声を聞い

て無理に飛び出して行かなかったら、もっと違った結末があったのかもしれない」

「……。アルス……」

「責任があるのは、僕なんだ。同じなんだよ……。兄さんがそう思ったように、僕も、力が

欲しいと思った。もう同じ思いをしないように、誰も傷付けないように、皆を救うことので

きる力が欲しかった。だから僕は魔導を学んできた。だからアカデミーにも入学したんだ」

 ジークは口を半開きにして黙っていた。

 単にそれは驚きだけではない。普段大人しい性格の弟が抱いていた決意が自分のそれとま

るで瓜二つであり、そして自分の所へ下宿してきた意味も……。

「だから、兄さんだけが背負うなんてさせない。兄さんの苦しみは……僕も一緒に背負う」

「……アルス。まさか、お前が魔導を学んでる理由って──」

 だが、ジークのその言葉は最後まで紡がれることはなかった。

 次の瞬間、列車全体をそれまでにない激しい揺れが襲ったからである。

「な、何だ!?」

「分からない……。でも、これって……急ブレーキ?」

 数十秒の後、やがて揺れは収まった。前後の車両からは乗客達の戸惑いや混乱の声が重な

り合って聞こえてくる。

 だが、それまで続いていた前方への動きが感じられなくなっていた。どうやら列車が突然

止まってしまったらしかった。

「一体何が……?」

 いきなりの事で戸惑いを隠せるわけもなく。

 大きな疑問符と共に、三人はお互いの顔を見合わせていた。

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