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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-10.道程より見渡せば
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10-(5) けじめの為に

『──チッ。やっぱ駄目かぁ』

 開幕後最初の一撃をルイスの風の壁に阻まれて、フィデロはのそっと地面から起き上がっ

ていた。そんな彼に、アルスとエトナは駆け寄ってくる。

『大丈夫、フィデロ君?』

『あんた達、魔導具使いだったんだねぇ』

『まぁな。しっかし参った。この風結界は面倒なんだよなぁ……。一応マナをガッツリ込め

てぶん殴れば壊せない事はないんだが』

『良く知ってるんだね』

『そりゃあな。あいつとはガキんちょの頃からの付き合いなんだ。使える魔導も、戦い方も

お互い知り尽くしてるぜ。俺がパワー型なら、あいつは小技で翻弄していくタイプだな』

『…………』

 どうしたものかと風の防壁を見上げながらフィデロは言う。

『じゃあルイス君はフィデロ君に任せてもいいかな?』

『ああ、別に構わねぇけど。でもそうなるとあのタカビー女はお前が相手するって事になる

よな? いいのかよ? せっかく加勢の為に俺が入ったってのにさぁ……』

『……うん。いいんだ』

 すると、そんな言葉を聞いてじっと何やら考え込んだ後、

『彼女と決着をつけなきゃいけないのは、僕なんだから』

 アルスはフッとやや陰のある微笑を浮かべて──。


(そうだ。初めから、狙いはエイルフィード一本だったんだ……)

 樹木の触手に捕らわれたまま、ルイスは頭の中でパズルのピースが綺麗に嵌っていくのを

感じていた。

 思えばおかしな点が多かった。

 全力を出さずに“地面ばかりを壊して回る”フィデロ。

 アルスとエトナの一見すると無駄撃ちばかりの初級呪文の連発。

 だが……それらは全て布石だったのだ。

 これから放つ、彼の一撃をより確実にする為の。

「樹を司りし緑霊よ。汝、その姿顕現し給え。我はその地に芽生え潤し、覆い尽くす魄たる

全てを力に借りんと望む者……」

 片手を胸元に、もう一方の片手を地面に向けてかざして行われるアルスの詠唱。

 しかしその様子は他の魔導とは明らかに異なっていた。

 先ず足元に展開された緑の魔法陣の大きさが尋常ではなかった。既にその面積はピッチ全

体をも軽くカバーしており、何より全身に不思議と寒気が走るほどの強烈なマナの蠢きが感

じられる。

「……まさか」

 何事かとざわめく観客席。

 その中で唯一、エマだけが眼鏡越しに目を見開いてこの詠唱が何なのかを逸早く悟った。

「盟約の下、我に示せ──樹司霊招来サモン・ザ・ドリアード

 次の瞬間、顕れたのは“とてつもなく巨大な大木”だった。

 数え切れないほどの強靭な枝葉。そして幹に点々と浮かび上がる仮面のような顔。

 アルスの展開した魔法陣の中から飛び出すように、その巨木──樹の大精霊ドリアードは

アリーナのピッチ、その地面の全てを剥ぎ飛ばすようにその場に生えてくる。

『…………』

 流石にシンシアも、一同も絶句していた。

 人一人など簡単に握り潰せる。そんな巨体から無数の枝葉が伸びシンシアの身体を雁字搦

めに捕縛すると、彼女はあっという間に上空へと持ち上げられる。

「がっ、ぁッ……!?」

 ギチギチと締め上げられるシンシア。

 腕輪の障壁は自動作動しているものの、そんなものは意味を成さないと言わんばかりに枝

葉らは軽々とその防御を砕いて彼女を“落とし”にかかる。

「ね、ねえ……。あれってまさか“属司霊召喚”じゃない?」

「えぇっ!? ま、マジか?」

「おいおい……。そんなの、応用過程の生徒ですらまともに扱える奴がいないっていう高等

術式じゃねぇかよ……」

 全ては、この一撃の為の布石だった。

 フィデロが地面ばかりを壊していたのは、魄の大精霊を呼び寄せる土地を確保するべく、

石畳や固められたピッチを“耕していた”ため。

 アルスが水撃の魔導ばかりを放っていたのは、シンシアを攻撃するのではなく、その土地

に充分な水を与え“植物が育つ環境を整える”ため。

 そして何よりも強力な魔導を使わなかったのは、この大規模術式の発動に備えて“マナを

温存していた”ため。

 生徒達がピッチの中の皆がようやくそれに気付いて驚き、言葉を失う中、アルスは驚愕で

真っ青になった顔で自分を見下ろしてくるシンシアに告げた。

「……これが、僕の全力全開だよ」

 そして次の瞬間、ついにシンシアの耐久力は限界を迎えた。

 完全に粉砕されて飛び散る障壁の欠片。そんな圧倒的な力と共に、シンシアはガクリと意

識を失ってしまう。

 観客席が、場の皆が大きくざわめいていた。

 ドリアードが力尽きたシンシアを、そっと枝葉で包んで地面に降ろしている。

 そして役目を終えたと言わんばかりに新緑色の光に包まれて静かに姿を消したのとほぼ同

時に、アルスは倒れ込むように膝をついて、激しく肩で息をし始めたのだ。

「アルス!」「おい、大丈夫か!?」

 そんな彼に、エトナとフィデロが駆け寄って来た。既にシンシアがやられてもう戦う理由

もないと諦めたのか、後ろから足止めと拘束を解かれたカルヴィンとルイスも追って来る。

「……僕は、だ、大丈夫。それよりもエトナ、シンシアさんの治癒をお願い」

「え? あ。うん……」

 流石にこれだけの大魔導には相当の消耗を伴うのは避けられなかったようだった。

 アルスはその場で息を荒げて呼吸を整えつつも、心配そうに顔を覗き込んでくる相棒にそ

う頼みを告げた。

 一瞬、彼女は「なんでよ?」と言いたげな表情かおをしたが、ここまで消耗している彼の言葉

を無碍にはできず、渋々といった様子でシンシアに近付くと治癒の奇蹟を彼女に放ち始める。

「……んぅ?」

「おぉ。無事か、シンシア?」

 ややあってシンシアは静かに目を覚ました。

「……。私、負けたのね」

 術式の効果が途絶え、解けて消えた樹木らを目を瞬いて確認してから、ぼんやりとした思

考力でようやくその事実に理解が及ぶ。

 自身を取り囲んで見下ろしているカルヴィンや面々。

 その中に、ようやくフラフラになりながらもアルスが合流してきた。

「あの。だ、大丈夫でしたか?」

「一応ね。貴方、本気過ぎよ……」

 憎まれ口を叩かれて、アルスは思わず苦笑していた。

 それでも消耗の大きさは隠しきれておらず、その表情にはまだ強い疲労が見える。

「……どうして」

 そんな彼の表情かおを見つめて、シンシアは問うた。

 頭に疑問符を浮かべて小首を傾げるアルスに、彼女はぎゅっと唇を噛む。

「これだけの力があるのに、どうして……」

 言葉は途切れ途切れだったが、アルスは何となく予想できていた。

 何故、これだけの力があるのにその力を出し惜しむような、戦うことを躊躇うのか。

「簡単なことですよ」

 アルスは答えた。フッと微笑んで。

「僕は、皆を守りたいんです。自分が得をしたいからとか、そういうつもりで魔導を習って

きた訳じゃないから。……皆のために、僕は生きてきたから」

 とても優しく、穏やかな笑顔で。

「──ッ!?」

 すると何故かシンシアが硬直していた。いや……紅潮していた。

 まるで何かに中てられたかのように、ぼ~っとした目でアルスの微笑みを見遣っている。

「シンシアさん?」

「!? な、何でもありませんわ! 何でもありませんの!」

「? はい……」

 アルスが頭により大きな疑問符を浮かべていた。

 エトナが何故かむすっとした顔になり、ルイスが何か面白いものを見つけたと言わんばか

りにほくそ笑み、カルヴィンとフィデロが何事だと互いの顔を見合わせている。

「……」

 ざわめき、色めき立つ生徒達の傍らでエマはそんな様子をじっと見つめていた。

 どうやらようやく彼らの中で“決着”がついたようですね……。

 彼女はフッと小さく密か笑うと、無線拡声器を手に取ってコールする。

「──そこまで! この模擬戦、レノヴィンチームの勝利です!」


 消耗の回復を待たざるを得なかった事もあり、結局アルスは実習の後のコマに控えていた

講義には出られなかった。

 医務室でたっぷりと休養を取らせて貰い、見舞ってくれた友人達やエマ、そして何故か頬

を赤く染めてカチコチだったシンシアとその従者二人らへの応対が一通り済んだ頃には、辺

りはすっかり茜色に染まっていた。

(……ふぅ。今日は色々と疲れたなぁ)

 この日の講義予定が過ぎ去ってしまった為、仕方なくとぼとぼと帰宅の路に就く。

 ホームの勝手口から宿舎に帰って来て部屋のドアを開けると、アルスはどっと疲れが改め

て押し寄せてきたように思えた。

「アルス……。本当に大丈夫?」

「うん。平気平気」

「……その割にはたっぷり寝てたじゃん?」

 まだ少々心配そうなエトナに指摘され、思わず苦笑する。

 流石に、力を使い過ぎた。残りの講義も出れずじまいだったし……。

(今日の分の講義ノート、誰かに頼まないとなぁ)

 ルイス君やフィデロ君と被っている講義はいいとして、そうではないものは顔見知りな誰

かにお願いしないといけないだろう。

 生来の謙虚、いや大人しさが早くも不平不満の声を上げている。

「……兄さん、いないみたいだね」

「依頼に出てるんじゃない?」

 鞄を机の上に置いて室内を見渡す。自分とエトナ以外の姿は見えない。彼女が何の気なく

そう言うのを聞きながら、アルスは差し込む夕陽を背にぼんやりとしている。

(ん……?)

 そうしていると、ふと耳に何やら声が遠くに聞こえてきた。

 誰だろう? アルスはおもむろに歩き出すと廊下に出ていた。エトナもふよふよと宙に浮

かんだまま後をついてくる。

「──お願いします。団長、副団長」

 そしてややあって、そのやり取りの主をロビーに見つけた。

 そこには兄・ジークと、イセルナやダンらクランの主要メンバーが揃っていた。

 アルスとエトナは離れた距離からその様子を見遣って小さな怪訝を浮かべる。

 どうやら、兄が何かを頼んでいるように見えるが……。

 するとジークは、

「俺に、何日か暇を下さい」

 そう目の前の皆に深く頭を下げて言っていたのだった。

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