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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-10.道程より見渡せば
48/434

10-(4) 再戦(リベンジマッチ)

「ちょっと、何言ってるのよ。まだ入学式の日のアレを根に持ってるわけ!?」

「チッ。さっきから黙ってりゃあしゃしゃり出やがって……」

 アルスへの宣戦布告。再戦の申し込み。

 ざわつく面々の中にあって、逸早くそう反抗の声を上げたのはエトナとフィデロだった。

「貴方達は引っ込んでいなさいな。これは私と彼との矜持の問題です」

「んだとぉ!?」

「関係ないことないじゃん! 私はアルスの持ち霊なのっ!」

「ま、まぁまぁ二人とも落ち着いて……。皆も先生もびっくりしてるし、ね?」

 それでもシンシアは強気な言葉と態度を返してきた。

 売り言葉に買い言葉。そんな表現がぴったりなような互いの間で散り始める火花。だが、

そんな仲間らの憤りを宥めたのは他ならぬアルス本人だった。

 流石に彼当人に言われたこともあり、それ以上の反論を吐くことは抑えていたが、二人の

様子は不服そうな気色を隠さない。やれやれと眉根を下げて苦笑すると、アルスは彼女に向

き直って訊ねる。

「あの。どうしても戦わないと駄目ですか?」

「拒否権があると思っていて? それにあの時とは違って、ここなら存分に戦っても問題は

ない筈ですもの。……そうでしょう、ユーディ先生?」

 正直言って気が進まない。

 だがそんなアルスのやんわりとした態度も、シンシアの先んじた強気の前にはあまり意味

を成さなかったようだ。更に彼女には何か算段もついていたらしく、返答の後にそう付け加

えると、先程から眉根を寄せて押し黙っていたエマにそんな言葉を投げ掛ける。

「……この機会を狙っていたという訳ですか。確かに、私は学院長室で貴方達に『互いの実

力を図りたいのならアリーナの模擬戦を利用しなさい』とは言いましたが……」

 彼女はぶつぶつと呟きながら、してやられたと静かな悔しさを漏らしていた。

 確かここならば周りに被害が及ぶこともなく、安全性も配慮されている。実習時間中とし

てきちんと(他ならぬ自分自身が)利用申請も済ませている。

「……。分かりました」

 そして暫し彼女自身の中で思考が戦った後、エマは嘆息ながら言った。

「その申し出、許可しましょう。予定とは違いますが、講義の後半は二人の模擬戦を皆さん

で観察するという態を採らせていただきます。成績優秀者同士の実戦は皆さんにとっても良

い勉強になるでしょう。……それで構いませんね?」

「えっ。せ、先生……?」

「ご英断、感謝致しますわ」

 戸惑ったままのアルスと、小さくほくそ笑むシンシア。

 そしてそうと決まれば早速と、エマらは他の生徒達の誘導を始める。

 どうしよう。話が進んでいっている……。

 むすっとしたエトナを伴ってアルスが立ち尽くしていると、ふと目の前にフィデロが腕組

みをしながら割って入ってきた。

「ならエイルフィード、俺も混ぜろよ。これでも武術やってるからな」

「ふむ。じゃあ僕は代わりに彼女の側につかせて貰おうかな? 一対二、いや二対三じゃあ

人数的に不公平だからね」

「フィデロ君……。それにルイス君まで……」

「な、何をいきなり。これは私達の──」

「分かりました。それではフィスター君とヴェルホーク君も参加という事で」

 申し出はフィデロとルイスからも出たのだった。

 ポキポキと拳を鳴らし、アルスの隣に立つフィデロと、公平の為にと言いつつ何処か楽し

むような底を隠した微笑でシンシア側についてみせるルイス。

 シンシアはあくまでアルスとの一騎打ちを望んだが、エマが容認する言葉を放ったため、

なし崩し的に三対三(エトナとカルヴィンを含む)の模擬戦という形式に決まった。

 暫くしてエマや職員、生徒らを含めた残りの面々はアリーナのピッチから通用口を経由す

ると、数段高い観客席へと移動を完了していた。

 ちなみに観客席とピッチの空間の境目──ずらりとフェンスが設けてある部分にも障壁が

展開されるようになっており、万が一流れ弾的に魔導が飛んで来たとしてもよほど強力な一

撃が叩き込まれない限りは大丈夫な設計になっている。

「うーん。気が進まないな……」

「……まだ言ってる。考えてもみてよ、ここであいつをやっつければ今度こそイチャモンを

つけられる謂れもなくなると思わない?」

「う~ん、どうなんだろう? 何だかあまり変わらなさそうな気がするんだけど……」

 ピッチ上にはアルス・エトナとフィデロのチームとシンシア・カルヴィンとルイスのチー

ムが距離を置いて向き合う形となっていた。

 エトナの“懲らしめてやろうぜ”的な発言に苦笑を隠せないでいながらも、アルスは戸惑

いの思考を巡らせていた。

 確かにあの時の決着はついていない。以前にキースさんとゲドさんから彼女なりの事情と

性分は聞き及んで理解はしたつもりだった。

 でも、無闇な戦いは好きにはなれない。誰かを守るといった理由ではないからだ。

(シンシアさん、僕の事がそんなに嫌いなのかなぁ……)

 どうにも重く張り付く気鬱を落ち着けるように、そっと胸を撫でて大きく深呼吸を一つ。

「心配すんなって。前衛は俺が張ってやる。お前はあのタカビー女に手痛い一発をぶち込ん

でくれればいい。簡単だろ?」

「う、うん……」

 だがそんなアルスの思案など知る由もなく、傍らのフィデロは手足首を回して準備運動を

しながらそんな言葉を掛けてくると、はたと手首に琥珀色をした腕輪型の魔導具を装着して

起動させた。

「来い、迅雷手甲ヴォティックス!」

 次の瞬間、黄色──鳴属性の魔法陣と共にフィデロの両腕に装備されたのは、盾と拳を組

み合わせたかのような大型の手甲。手首、盾の頭部分には核となる琥珀色の宝珠が嵌ってお

り、意気揚々とした使い手に合わせて静かに光を反射していた。

 どうやらこれが彼の主装であるようだ。

 何度か拳を突き出したりして感触を確かめてから、彼は「準備オッケーです!」と観客席

に陣取ったエマらに合図を送る。

『分かりました。では、全員構え──』

 エマは傍の無線拡声器でアルス達にそう指示を送った。

 持ち霊付きの魔導師ともう一人、それが二組。それぞれに臨戦体勢で持って互いを見る。

『──始め!』

 ギリッと絞り放つように、次の瞬間開戦の合図が飛んだ。

 するとフィデロが急激な加速で飛び出したのは、それとほぼ同時。

 両手甲から電撃のエネルギーが噴射され、鉄砲玉よろしく彼自身をいの一番に特攻させた

のである。

「うぉらぁぁぁッ!」

 基本的に、魔導師は呪文を唱える時間が取れなければ無力に等しい。

 それは持ち霊を持っていても中々変えられぬ欠点でもある。シンシアはそのあまりに直線

的に過ぎる初手に驚き、対応に遅れを生じさせていた。だが……。

「──風繰りの杖ゲイルスタッフ

 その隣で、今度はルイスが指輪型の魔導具を起動させていた。

 白色──天属性の魔法陣と共に出現し、彼の手に握られたのは端に真っ白な飾り布が付い

た一本の杖。

 するとどうだろう。ルイスがその杖を軽く一振りした瞬間に、周囲の大気が揺らめき突如

として巨大な風の防壁を作ってフィデロの突撃を受け止めていたのである。

 渦巻く風の壁に、バチバチと電撃のエネルギーが迸る。

 だがそんな風圧にやがて押し返され、フィデロはその威力と共に背後のアルスの方へと弾

き飛ばされた。

「大丈夫?」

「え、えぇ。一体何ですの? 魔導師がいきなり単身で突っ込んで来るなんて……」

「うーん、魔導師っていうかフィデロは職人志望だからねぇ。まぁ全力馬鹿だからああいう

戦い方が性に合っているとも言えるのだけど」

 自分達の周囲を囲む風の防壁を見上げて、シンシアは問うた。

 洗練さの欠片もない、荒削りな戦い方。それだけでもシンシアにとっては異質であるのに

ルイスはすっかり慣れたよと言わんばかりに笑って余裕すら浮かべている。

「……それに、貴方達の魔導具。まさか」

「ああ、断っておくけど違法改造チューニングじゃないよ? 僕らの魔導具はちゃんと営業許可を取って

いる魔導具職人──フィデロのおじさんに改造チューニングして貰ったものだから。まぁ市販の魔導具

より遥かに威力が上げられているのは否定しないけどね」

 ひゅんと杖を掌の上で一回転させて、ルイスはそう訝しむ彼女に補足を加えた。

 それでも視線は目の前の風の防壁、その向こう側にいるであろうアルス達への警戒を続け

ている。

「さて……。そろそろエイルフィードさん達も構えておいてね? さっきは防いだけど、僕

の防壁だけじゃフィデロの拳はそう何度も耐えられないから」

「えっ。じゃあ──」

 シンシアが嫌な予感と共に口にしようとする。

 だがその言葉は、予感の的中──風の防壁を打ち破って再び電撃の拳と共に突っ込んでき

たフィデロの出現によって遮られていた。

 中空からの、迸る雷光の右ストレート。

 シンシアに向けられたそれは、確実に彼女へと迫り……。

「ぬぅんッ!」

 次の瞬間、カルヴィンが代わりにその一撃を自身の拳で受け止めていた。

「ほう。中々良い拳をしておる。良き戦士になれるぞ、お主」

「ハハッ、そりゃどう……もっ!」

 拳で語り合うように。カルヴィンとフィデロは、鈍色と雷光色の迸りの中で暫しギリギリ

と鍔迫り合い──もとい拳迫り合いをしていた。

 だがややあって、フィデロが今度は左拳を振り出し、雷光の一撃を放つ。

 その動きを読んで身を捻るカルヴィン。すると勢い余ったフィデロの一撃はそのままあら

ぬ方向へ飛んでいき、辺りの地面を吹き飛ばしていた。

「も、もうっ。貴方無茶し過ぎですわ!」

「ハハハッ! 良きかな良きかな。戦いこそ我が糧なり!」

 巻き上がる土埃にシンシアはきゃんきゃんと喚いていた。それでもカルヴィンは嬉々とし

た様子で高らかに笑いながらそんな相棒を担ぎ上げると、大きく跳躍して距離を取り直す。

(……さて)

 一方でルイスは、土埃でシンシアらと分断された中で皆の気配を探っていた。

 その杖先にはいつでも対応できるように徐々に風が渦を巻いて集まり始めている。

(どう来る? フィデロの開幕直後、全力突撃は予想通りだけど──)

 すると、ルイスに向かって土埃と何枚もの風の層を突き破って、フィデロが雷の拳を向け

てくるのが見えた。

「──ッ。風紡の靴ウィンドウォーカー

 咄嗟に今度は風を自身の両脚に集め、浮遊しながらの高速移動でその一撃をかわす。

 ルイスは正直、内心驚いていた。

(僕にフィデロをぶつけてきた? アルス君も僕らがお互い手の内を知っていると予想でき

ていた筈だけど……)

 予想とは違う展開。

 その時、土煙の向こうでドンと大きな爆発音がした。魔導を撃ち合う音だ。

「やっと私と決着をつける気になりましたのね?」

「……。そんな所ですね」

 互いに地面に大穴を開けた土埃の中、アルスとシンシア(とエトナ、カルヴィン)は対峙

していた。獲物を狙うかのように瞳が爛となる彼女に、アルスは言葉少なげな肯定を呟く。

「殊勝な心掛けですわ。ならもう一つ、貴方に提案がありましてよ」

「何ですか?」

「私が勝てば何でも一つ、こちらの言う事を聞いて貰いますわ」

「……?」「何それ?」

 そしてシンシアが次に告げた言葉に、アルスもエトナも小首を傾げていた。

 何を要求するのか、見当がつかないけれど。

 数秒思案したが、アルスは分かったと小さく頷いてみせた。

 今はそんな事は気にしている場合ではない。今は──。

(……なるほど)

 そんなアルス達の様子を中空に浮かびながら、ルイスは一人合点を得ていた。

 彼が新入生主席=ロジカルな人間だとばかり思っていた。だからこそ自分は先ず自分を三

人掛かりで潰しにかかるか、フィデロとは手の内を知り合っている自分に彼自身が向かって

くるのではと予想していたのだ。

 しかし、実際はそうではなかった。あくまで彼はシンシアと対面することを選んだ。

 それはつまり戦略的な有効性ではなく“彼女との決着をつける”という心意気の側の選択

をしたということでもある。

(……ふふ。君は思っていたよりも情熱家なんだね、アルス君)

 ちょっぴりそんな友の一面を見直し、同時にシニカル気味な自分を内心で哂って。

 次の瞬間にはルイスは向き直り、雷光を纏いながら飛び掛ってくるフィデロを迎え撃つ。


 一方、そんな様子を観客席から眺めていた生徒達は言葉を失っていた。

 驚愕と自分達との圧倒的な実力差。同じ年度の入学生だというのに、その主席・次席上位

二人の本気はこれほどに違うものなのか。

 舞い上がる土埃と、爆発音。

 呆然としている生徒達のその横で、エマもまた眼鏡にブリッジに指を当てたままじっと無

言の思案顔をみせている。

「あちゃ~……。やりやがった、あのじゃじゃ馬お嬢」

「ふむ? これはこれは……。あんなに暴れて大丈夫なものだろうか」

 そうしていると、ふと通用口の方から近付いて来る足音があった。

 エマ達が振り返ってみると、そこにはヒューネスとトロルの二人組の男性の姿。

「大丈夫ですよ。利用後はアリーナの職員によって修復されますので。……貴方達は確か」

「あぁどうも。自分はお嬢──シンシア・エイルフィードの護衛と目付け役を任されている

キース・マクレガーといいます」

「同じくゲド・ホーキンスと申す。ユーディ女史ですな? シンシア様が毎度毎度ご迷惑を

掛けておるようで。従者としてお詫びいたす」

「……いえ、お気になさらず。彼女は私の研究室ラボの所属生でもありますから」

 見覚えがある。エマが眉根を寄せると、この二人──キースとゲドはそれぞれに自己紹介

をしながら、懐からカードを取り出してみせた。

 レギオンカードと学院内への出入りを認められた者に発行されている通行証だった。

 数拍目を瞬いてから、エマは半ば社交辞令的にそう答えると、観客席に混じる二人の姿を

黙して視線で追う。

 ピッチ内では先程からずっとアルスとシンシア達の交戦が続いていた。

 ルイスは風で防ぎ、フィデロは雷で打ち破っては地面を砕き爆ぜさせている。

 シンシアとカルヴィンの銕と焔の魔導の乱打に、アルスは障壁を張り、時には撃ち返して

相殺しながらしのいでる。

「……良かったんですか? 模擬戦とはいえ、お嬢はアレなんで加減なんてしてないと思う

んですけど」

「ええ。まぁ今回は以前の私の発言を逆手に取られましたからね……。それに成績上位者の

実戦を見せるのも、生徒達にはいい勉強になります」

「かもしれませんな。他の席にも観客が来ておるようですし」

「ま、俺達も生徒達が『模擬戦をやってるらしい』と話してるのを聞いて、まさかと思って

駆けつけて来たクチなんですがね。でも、参考になりますかねぇ……? お嬢がガチで戦っ

てるからとはいえ、コレ冒険者じぶんらでも正直裸足で逃げ出すレベルですよ?」

「……。やはりそうですか」

 そんな模擬戦(という態の私闘第二ラウンド)を見物しながら言うキースとゲドに、エマ

は静かにため息をつきながら呟いていた。

 彼女もまた、いくら何でも(主にシンシアが)飛ばし過ぎではと思っていたのだろう。

(やっぱり、どう考えてもアレが原因だよなぁ……)

 爆音が断続的に続くピッチを眺めながら、キースは内心で苦笑いを漏らしていた。


『──何ですって!? お父様が……どうして』

 それは先日の事。街の郊外にあるエイルフィード家の別邸に、伯爵からの使者がやって来

たのである。

『数日前にゲドとキースからの報告書が届きました。シンシア様。これはセド様からのお言

葉でもあります。危険に首を突っ込むようならば、エイルヴァロに戻って来いと』

 応接室でシンシアと対面しているのは、精悍な顔つきをした壮年の男性。

 キースとゲドも、従者の一人として知らない筈はなかった。

 彼こそがエイルフィード家の従者衆の頂点、執事長アラドルンだったのだから。

『嫌よッ!』

 しかしゲドと共にその対面に同席していたキースの五感に、シンシアの反射的なまでの拒

絶の返事が響き渡る。

『私は……二度もアカデミーの試験に落ちたのよ? もう地元でなんて学べないわ』

『……はい。ですがしかし』

『報告書がどうであれ、私はちゃんと無事にここにいますわ。アラン、わざわざ来て貰って

申し訳ないけれど、その言い付けを受け入れることはできなくてよ』

 キッと彼女が自分達を睨んできた。

 確かに名義はホーさんと一緒にだが、実質こうした定期報告書を書いているのは自分だ。

 その睨みだけで萎縮するほど小さくまとまっているつもりはないが、正直心苦しい。

 キースは苦笑いをこの強気一辺倒な主に返すと、とりあえず続けて下さいと眼で促す。

『……予想はしておりましたが。ですが、セド様のご心配もどうか理解を下さい。こちらへ

は魔導の修行を名目に滞在しておられるのです。決して“火遊び”の為ではありません』

 シンシアはあくまで淡々と諭されて押し黙っていた。むすっとむくれ面をみせてわざとら

しくアラドルンから視線を逸らしている。

『……。では、私が魔導師として成長していると証明できれば文句はないのね?』

 だがそんな沈黙の暫し後。

 ふと彼女は何かを思い付いたように訊ね返す。

『そうですね……抗弁としては理に適っているとは思います。ですが、定期試験などはまだ

先の予定だと聞いておりますが?』

 アラドルンは、そんな彼女の言葉に肯定しながらも疑問を呈していたが、

『ええ。でも証明の場なら他にもありましてよ? 待っていなさいな』

 シンシア自身は口角を吊り上げて、そう自信たっぷりに応じていたのだった……。


 つまりこの実習という時間、アリーナという周囲への安全性が担保された場所で自分より

も格上であるとされたアルスを破る。それによって自分が入学当初から成長したと証明する

つもりなのだろう。

(……全く。世話の焼ける嬢ちゃんだぜ……)

 キースは隣で純粋に一介の戦士として観戦している(ように見える)ゲドを横目で一瞥し

ながら、ずずんと押し寄せてくる心労にため息を隠せなかった。

「盟約の下、我に示せ──烈撃の鉄錐ディオヴァロン!」

「盟約の下、我に示せ──硬石の盾ストーンウォール!」

 一方、ピッチ上では変わらず魔導の撃ち合いが続いていた。

 銀色の魔法陣から射出された、螺旋する鋼の尖った弾丸。それに対抗してアルスは目の前

に分厚い岩盤の防壁を地面から呼び出した。

 しかし唸りを上げて突っ込んでくる弾丸の威力は防ぎ切れず、ややあって岩の盾はひび割

れて崩れ去ってしまう。上がる轟音と土煙。アルスは盾を捨てて横に駆け出す。

「んもぅ! しつこいんだから!」

 その頭上でエトナが両手をかざした。その動きに合わせて地面から多数の木の枝が触手の

ように飛び出していく。

「ふん……。無駄無駄ァ!」

 しかしそんな樹木の鎖を、カルヴィンはあっさりと退けていた。

 隆々とした鋼色の両腕とそこに纏われている鈍色の炎。為す術もなく、枝の触手は燃やさ

れて消し炭になって四散してしまう。

「むぅ。やっぱり私達じゃあ相性が悪いよぉ」

 何度目ともなく燃やされた樹木らを惜しむようにエトナが唇を尖らせている。

 その間も、シンシアらを挟んだ視線の向こうではルイスとフィデロが交戦を続けていた。

 自在に中空を飛ぶルイスに、手甲からエネルギーを噴出しては飛び出し殴りかかろうとし

ているフィデロ。それらが空振ったり弾かれたりする度に、下の地面が轟音と土煙を上げて

いるのが確認できる。

 元々はピッチの中央に三層構造で敷き詰められていた石畳も今は砕けて無残に吹き飛んで

おり、その周りの押し固められていた土の地面も、同じく彼らや自分達の攻防の中ですっか

り掘り起こされてぐちゃぐちゃな状態になっていた。

「……そうだね。でも相反属性同士なのはお互い様だよ。エトナ、もう一度攻撃をお願い」

「うん。オッケー」

 駆けていた足を止めてざっとそんな状況を確認するように見渡してから言うと、アルスは

再びエトナに援護を依頼した。

 今度こそ。彼女が手をかざして力を込め、再び樹の触手がシンシアらに襲い掛かる。

「何度も同じ手を……」

 シンシアは舌打ちしそうになっていた。

 戦う。そう言ったくせにこの有り様はなんだ。彼は防戦一方ではないか。

 もしかしてまだ戦うことに躊躇いがあるのだろうか。

 甘い。今日の魔導とは様々な「敵」と切っても切り離せないというのに。

 腕に炎を灯すカルヴィンを従えて、シンシアは対抗呪文の詠唱を始めようとする。

「時を駆ける紺霊よ。汝、その迅き流れを貸し与え給え。我は相対する全ての先を往くこと

を望む者……」

 だが、既に変化の予兆は始まっていた。

 アルスからも始まった詠唱。だがその足元に展開され始めたのは──紺色の魔法陣。

「盟約の下、我に示せ──時の車輪クロックアップ

 次の瞬間、アルスとエトナの身体を魔法陣が過ぎ去って消えていった。

 それとほぼ同時にエトナからの攻撃を消し炭にして放った筈のカルヴィンの鈍色の炎。

 しかし、その反撃は当たることはなかった。

 何故ならその時には既に、アルス達は“姿を消していた”からである。

「え? 何……?」

「なぁ、さっきの詠唱って」

「ああ……だよな。刻魔導だよな?」

 観客席の生徒達は、どよめいていた。

 扱いが難しい筈の空門の魔導。アルスはそれをあっさりと使ってみせたのだから。

「驚くことはないわ。レノヴィン君の先天属性──魄属性と刻属性は準親和関係にある。彼

の力量なら使えても不思議ではありません」

 それでも、エマはあくまで冷静にそう言うと眼鏡越しに再び戦いの続きを見遣る。

「くっ……! これは、時間加速の魔導!?」

 シンシアとカルヴィンはきょろきょろと辺りを見渡していた。

 僅かに、一瞬間だけアルスが移動しているのが辛うじて分かる。だがそれ以上の追随は叶

わなかった。相手の位置を突き止めようとする中で、今度は方々から水流撃や樹木の触手が

飛んでき始める。

「らぁッ!」「……っと」

 そんな交戦の更に外周で、ルイスとフィデロの交戦もまた続いていた。

 電撃を纏った拳を何度も放ってくるフィデロ。その攻撃を、風を纏った機動力でかわしな

がら、時折風の刃を放って牽制しつつ、ルイスはそんな状況の変化に密かに目を配る。

(刻魔導か。まぁそれ自体はそう驚くことでもないんだろうけど……)

 再び、フィデロの拳をかわす。

 再び、勢い余って地面が砕けて爆ぜる。

 だがルイスは先程から続くそんな応酬に、徐々に疑問を持ち始めていた。

(おかしい。全力馬鹿のフィデロが力をセーブして戦ってきている。こいつも学習している

という事か? いや……)

 やがてもう一度横目にシンシアらと、その周りを高速で立ち回りながら何度も突付くよう

に弱い攻撃魔導を放ってはかわされているアルスらを見て、彼は疑問を確信に変えた。

(おそらくはアルス君の指示、か……)

 一体彼は何をするつもりなんだ?

 次の瞬間、再三のフィデロの拳を風の盾で受け止めてルイスは戦いながらも思考する。

「盟約の下、我に示せ──流水の撃ウォーターシュート!」

「盟約の下、我に示せ──撓の樹手ジュロム!」

 その間も加速効果を受けて立ち回るアルスの四方八方からの攻撃を、シンシアらはいなし

続けていた。

 カルヴィンの鈍色の炎と自身の障壁で掻き消しては、弾く。

 だがシンシアはその緩い攻撃の乱発に、徐々に苛立ちを濃くしている。

「どういうつもりですの!? こんな初級呪文ばかりでは、私は倒せませんわよ!」

 アルスの残像が過ぎる。シンシアが片手を振るって詠唱を始める。

「盟約の下、我に示せ──爆炎の鞭ブレイズウィップ!」

 掌に展開された赤色の魔法陣。そこからにゅるっと伸びた長い炎の塊を、シンシアは相変

わらず駆け回るアルスに向かって振り下ろした。

 炎の鞭。形を成した炎がしなって地面に叩きつけられるその度に地面が爆ぜる。

 それでもアルスはそんな炎の鞭の動きすらも加速の動きの中で次々とかわしてみせて、尚

緩い水流をあさっての方向に放ち、また一層シンシアを苛つかせていた。

「……うむ。これでは埒が明かぬな」

「全くですわ。だったら……」

 そして今度の彼女の詠唱、赤い魔法陣は先程とは違い足元の広範囲へと広がっていた。

 赤い光の円がアルス達の駆け回る周囲を網羅する。

「盟約の下、我に示せ──炎熱の獄ファイアウォール!」

 するとどうだろう。その魔法陣の外周をなぞるようにして、高々と高密度の炎の壁が噴き

上がったのである。

 そしてそれまで駆けていたアルス達を、その内側へと閉じ込めることに成功していた。

 良しとほくそ笑むシンシア。

「カルヴィン。集中砲火、いきますわよ!」

「……ふむ。承知した!」

 加速効果は確かに厄介だ。だが、術式の効果はいつかは切れる。そこを狙えば──。

「……」

 だが、結果的にシンシアの読みは先刻からの苛立ちによって鈍っていたと言わざるを得な

いのだろう。

「フィデロ君、お願い!」

 ニコと。まるでそんな状態になるのを待っていたかのように微笑み、アルスは叫んだ。

「おぅよ!」

 それが合図だった。

 アルスのその呼び掛けに応じ、それまでルイスとひたすら戦っているように見えたフィデ

ロが、はたとルイスから逆噴射で距離を取りながら詠唱を始めたのである。

「──ッ!?」

 ざわっと。ルイスは嫌な予感を感じた。

 思えばお互い、それまで連携らしい連携すらなかった。いや、彼らの突撃でそんな経路を

寸断されていたのだ。

 なのに、今まさに二人はそれを先んじて取ろうとしている。

(何か、仕掛けてくる……!?)

 ルイスは半ば直感でそう判断し、正面のフィデロに構わずシンシアに叫んでいた。

「二人とも、避けて! 何かやる気だ!」

「……もう遅い!」

 目を見開いてこちらを見てくるシンシアとカルヴィン。

 だがフィデロはそれと同時に詠唱を完成させていた。

「盟約の下、我に示せ──雷剣の閃サンダーブレイドォッ!!」

 掌の魔法陣から出現した巨大な電撃の剣。

 それをフィデロは、ルイスやシンシアらに向けて思い切り横薙ぎにスイングしてくる。

 デカい。その雷剣の大きさは先刻の訓練の比ではなかった。

 ルイスもシンシアも、咄嗟に中空へ逃げ、カルヴィンに抱えられて跳躍し、回避するだけ

で精一杯だった。

 アリーナが……震えた。

 アルス達を囲い込もうとしていた炎の壁も、雷剣の威力と共に消し去られてしまった。

 抱えられた跳躍の途中で、シンシアが唖然とした顔で呟く。

「どういう事なの? これじゃあまるで……自滅覚悟じゃない」

 しかし結論から言うと、そうではなかった。

 次の瞬間、猛烈なスピードで伸びてきた何かが、彼女をカルヴィンの腕から突き除けてし

まったのだから。

「ぐぅっ!?」

 短い悲鳴を上げて、彼女がアリーナの地面の一角に叩きつけられる。

 そんな彼女を捉えていたのは──樹木の触手だった。

「シンシア!?」

 速い。それはカルヴィンですら反応できないほどの高速の一撃だった。

 だがあの触手はもう何度も迎え撃ってきた筈……。

 急いで地面に降りながら、カルヴィンは焦りの中にそんな疑問を抱く。

「……ふう」

 しかしそんな疑問はすぐに氷解することになった。

 アルスと、その足元から生えて伸びていた先程の樹木の触手。

 その様子が先程と違っていたのは、加速効果のオーラが彼にではなく、その触手に掛かっ

ていたという点で……。

「まさか、術を掛け直したのか? では先程の雷剣は」

「らぁぁぁぁッ!!」

 ようやくアルスが何をしたのかを飲み込んだカルヴィン。

 だがその瞬間には、既に別方向からフィデロが電撃の拳を以って迫っていた。

 激しくぶつかって迸るエネルギー。そんな衝突に振り向いて、ルイスも加速度的に変化し

始めた状況の意図に気付き出す。

「しまった! そうか、始めから──ぬぁっ!?」

「ふふん。ぼやっとしてちゃ駄目だよ?」

 だが今度は、エトナからの樹木の触手が彼を捕らえていた。

「いよいよ連携か。だがお主の力量で我を押さえ切れるとでも?」

「多分無理だね。でも、押さえ切れなくてもいい。……ちょいと押さえてればいいんだ」

 その言葉を聞いて、カルヴィンは怪訝に眉根を寄せ、

「カルヴィンさん、早く彼女を! これはアルス君への時間稼ぎだ!」

 ルイスは確証を得たと言わんばかりに樹木の縄の中でもがきながらも叫んでいた。

「……ぬぅ」

 シンシアは樹木の触手でガッシリと身動きを封じられていた。

 カルヴィンもルイスも足止めを喰らっている。もがきながら唇を噛み締めていると、ゆっ

くりとアルスが近付いて来るのが見えた。

「シンシアさん」

 見下ろしてくるアルス。

 だがその表情は先刻までのなよっとした、自分と戦うことを躊躇い続けていたそれとは全

く違っていたもので。

「……入学式の日の件は、すみませんでした。あの日の夜、僕、キースさんとゲドさんから

シンシアさんの家庭の事情を聞いたんです」

「なっ!?」

 静かに頭を下げるアルスの言葉に、シンシアは思わず驚いていたようだった。

 やはり本当にお二人の独断でお話に来てくれたんだなぁ。アルスはそう思って続ける。

「僕は、後悔しました。いきなりの事だったとはいえ、自分の勝手な思いで貴女の必死さを

否定してしまった。……だから僕のこと、怒ってるんですよね?」

「……」

 虚を突かれたように、押し黙る。

 無茶に戦いを挑んだことくらいは流石に自分でも分かっていた。だからこそ、彼の方が逆

に謝ってきたことにシンシアは正直面食らっていた。

「だから今度は」

 そしてそんな中で、

「全力で、貴女を倒そうと思います。それが……僕なりのお詫びになると思うから」

 アルスは静かに、しかしはっきりと決心を彼女に告げる。

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