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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-10.道程より見渡せば
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10-(3) 七つの相反、七つの親和

 機巧技術が機械を繰る“物的技術”だとすれば、魔導は精霊達との関係性の上で初めて成

り立つ“人的技術”であると言えるだろう。

 勿論、魔導の知識は必要だ。だがそれだけで魔導の行使──精霊達の「奇蹟」を借り受け

られる訳ではない。

 呪文という共通言語こそあれ、最終的には術者が精霊達とどれだけ信頼関係を築けるか。

 魔導の成否はそこに大きく依っているが故に、術者個々人の人的要素が強いのである。

 そのため、ここ魔導学司校アカデミーでも座学の講義棟に加え、そうした実践訓練の場としての

演習場アリーナもまた何棟も設けられている。

 この日、アルス達は実習に出席する為、その内の一つへとやって来ていた。

「う~っし! 実習だ、腕が鳴るぜ!」

「上機嫌だね。フィデロ君」

「……まぁ、元々机に向かってじっとしてるようなタイプじゃないからね」

 ルイスとフィデロ、いつもの学友二人と連れ立ち土と石畳のピッチへと足を踏み入れる。

 アルスが微笑みながらついと目線を上げると、ドーム状の天井から何本もの照明ランプが

下がっているのが見えた。

 学院のアリーナに入るには、監視棟を兼ねた全棟共通の出入りゲートを通るしかない。

 事前の手続き(実習時は教員が済ませている)さえあれば、あとは学生証を提示してそこ

から延びる連絡通路を通って互いに繋がっているドーム状の各アリーナへと進める。ちなみ

に今アルス達がいるのは第六アリーナだ。

「そうだね。魔導は知識以上に実践も大事だし」

 笑顔で遠回りに毒気を吐くルイスに、アルスは優しい苦笑で小さく頷いていた。

 既にピッチ内に来ている者、後ろからやって来る者。講義開始の時間が近付いていること

もあり、他の受講生らが集まり始めている。

 拳を握って今にもどこかに殴り掛かりに行きそうなくらいに生き生きとしているフィデロ

の後ろ姿を見つめながら、アルスは思っていた。

(そうだよ……。僕に必要なのは、実践なんだ……)

 それは以前教官であるブレアから受けたこれからの指針。

 そして更に廃村での“結社”との対峙を経た今では、その言葉はより具体的な願望として

アルス自身を静かに、しかし確実に突き動かそうとしている。

 救い出せた仲間。一方で救えなかった──みすみす死なせてしまった、生き延びても魔獣

の姿故に死を望まざるを得なかった人々がいた。

 どれだけ知識を深めても、自分は目の前で苦しむ彼らを救い切れなかった。何よりも兄達

が、悔しさを堪えながら人の心を残したままの彼らに刃を振り下ろす後ろ姿が辛かった。

 もっと……もっと僕は、力をつけなくっちゃいけない。

 皆の為にも。何よりも自分自身の為にも。

 静かに悔しさと決意を反芻し、アルスは密かに拳を握り締める。

「ちょっと。ぼさっと突っ立ってないで下さいな?」

「えっ? ああ……ごめん」

 すると背後からどうにも不機嫌な、聞き覚えのある声がした。

 振り返るとそこにはシンシアと取り巻きらしき女子学生らの姿。アルスが思わず反射的に

謝るが、彼女はふんと小さく鼻を鳴らすと、すたすたとピッチの中に歩いていってしまう。

「何だよ、感じ悪ぃなぁ。主席アルスと違って次席は随分と天狗だぜ」

「ま、高飛車なのはもう慣れたけどね。アルス君、エイルフィードさんに何かした?」

「何かって……。ううん、特に心当たりはないんだけど」

 そんな後ろ姿を、ぼうっと疑問符を浮かべて見遣る三人。

 だがそんな怪訝の思考も、直後にドーム内に鳴った講義開始のチャイムの音と、計ったよ

うに正確にその場に現れたエマら教員陣によって中断されることとなった。

「皆さん揃っていますね? それでは早速実習を始めましょう。先ずはこれを腕に。学生証

も提示して下さい。出席確認も済ませます」

 この講義──魔導解析論の講師であるエマがバラバラにピッチ内に散っていた生徒達を手

を叩いて呼び寄せると、彼女は傍に控えていた他の教師ら(作業着風な格好から察するにア

リーナ専任の職員と思われる)に合図をし、アルス達一人一人に乳白色の腕輪──魔導具を

配らせ始めた。

 言われるがまま腕に嵌め、皆がそこに刻まれた呪文ルーンを見ている。

「簡易なものですが、障壁生成用の魔導具です。いくら実習とはいえ、本当に魔導が直撃す

れば無事では済みませんからね」

 このように、安全面への配慮は万全が期されていた。

 原則、アリーナを利用する際はこの腕輪を装着することが義務付けられているのである。

「さて……。この講座では相手からの魔導に対してどう対処するのがより効果的かを学んで

貰っている訳ですが、今回初めての実習講義という事で、先ずは単純に攻撃魔導を放たれた

という想定からスタートしてみようと思っています。実際は術式の系統や置かれた環境など

もっと複雑な因子が絡むのですが……今はそういった部分は置いておきます」

 強く声を荒げる訳でもない、エマの切り出す言葉。

 それでもアルス達を含めた受講生らは一斉に静かになり、即席で並んだ集団のまま、彼女

の講釈の始まりに耳を傾けている。

「一応、軽く確認しておきましょうか。では、そこの貴方」

「は、はいっ」

「魔導における属性とその相反する関係を答えて下さい」

 暫く語った後、エマはビシリと生徒の一人にそう設問を出した。

「えっと……。焔と蒼、鳴と流、墳と天、魄と銕、聖と冥、意と虚。あと……刻と界です」

「よろしい」

 指名されたの男子は緊張している様子だったが、魔導師を志す者にとってこれくらいなら

まだ常識の範囲といえるものだ。

 特に詰まることもなく答えた彼に、彼女はそう言って頷く。

「基本的にこれら相反関係にある魔導同士は相殺し合う性質を持っています。但しこれは、

あくまで力が拮抗している場合です。実際には導力──術式への出力の強度などに差がある

ので、多くの場合力量の大きい側が押し勝つ形となります」

 魔導解析学はより効率的な魔導の行使を追及する、謂わば対策指南書としての位置付けに

ある。だからこそこの分野は実益に結びつき易く、理路整然としている。

「ですが、逆を言えば力ずくで押し切るのは効果的ではない、リスキーな選択だとも言えま

す。だからこそ、魔導を打ち合うにしてもより相手よりも優位に立ち回れるように多くの系

統の魔導を修めておくことが大きなアドバンテージとなります」

 生真面目な気質の彼女のような人間にとっては、これほど住み心地の良い学問世界はない

といってもいいのかもしれない。

「ですが……知っての通り、人が扱える魔導の系統には個々人の持つ“先天属性”によって

得手不得手が存在しています。故にただ弱点を突くだけではなく、自分の持ち味を最大限に

伸ばし活かせるよう状況に柔軟に対応することこそが最終的な効果力を決めると言えます。

では、そこの貴女」

「はいっ……」

「魔導における属性の親和関係を答えて下さい」

 今度は別の女子生徒が指名されていた。

 先の彼と同じくエマの怜悧な眼差しが恐いのか、彼女もまた緊張しているようだった。

「ええっと。焔と銕、蒼と流、鳴と天、墳と魄……聖と意に、冥と虚……。刻と界に対して

は純粋な親和関係はなかった……と思います」

「よろしい。ではこれらの親和関係同士の系統を何と呼称しますか? はい、貴方」

「え、えっと。火門、水門、風門、地門、光門、闇門、空門です」

「ご名答。またこれらの親和関係に加えて、個々の属性に対する準親和関係が各系統同士を

結び付けています。皆さんはもう門属図(属性同士の親和関係を線で結んだ図)を頭に叩き

込んでいると思いますので割愛しますが、特に刻属性と界属性はこの準親和性でのみ結びつ

いている為、全系統の中でも最も扱いが難しいとされています。……ちなみに、私の先天属

性はその片割れ、とき属性なのですが」

 エマからの質問の嵐に耐えしのぎ、その後何気なくぽつりと出た彼女の告白。

 生徒達はその事実を知り少なからずどよめいていた。

 刻属性は「時間」を、界属性は「空間」を司る魔導の系統だ。その特殊さ故に扱える人材

は他の系統に比べてぐっと少ない。皆が驚くのは無理もないことだった。

「……静かに。前置きはこのぐらいにしておきましょう。先ずいくつか私が実演をします。

レノヴィン君、こちらに来て貰えますか?」

「あ。はい」

 それでもエマはあくまでクールに振る舞うとざわめく彼らを静め、今度はアルスを呼んで

きた。好奇の眼。自分たち今年の新入生主席の登場。そんな皆の色々な感情のこもった視線

を全身に受けながら、アルスは小走りでエマの下へと向かう。

「それでは先程の知識を実践して貰おうと思います。レノヴィン君、貴方の先天属性は魄で

したね?」

「はい」「そうですよ。何たってこの私が──」

「今から私がみつち魔導と刻魔導を撃ちます。一発目は相反属性で相殺を、二発目は親和属性の

術式を使ってみて下さい」

 確認の為の開口一番に頷くアルスと、ふふんと胸を張ろうとするエトナ。

 だがエマはそんな樹木の精霊の言葉には耳を貸すことはなく、次の瞬間には“使う魔導を

宣言”した上でそんな指示を出してくる。

「……。はい、分かりました」

「むぅ……」

 むくれる中空のエトナに苦笑してから、アルスは再び頷いた。

 そしてそれを合図に両者はザッと距離を取った。ルイスやフィデロ、相変わらずの不機嫌

面なシンシアを含めた生徒達も心持ち距離を取り直している。

 エマがゆっくりと呪文を唱え始める。それをワンテンポ観察してから、アルスもまた同じ

ように一発目の詠唱を開始する。

「盟約の下、我に示せ──石礫の弾ストーンバレット

「盟約の下、我に示せ──風紡の矢ウィンドダート!」

 両者の掌に展開された魔法陣。

 エマの黒色のそれには地面から多数の石塊が引き寄せられ、飛ぶ。

 アルスの白色のそれには風が渦巻き矢のような螺旋となり、飛ぶ。

 二人が放った魔導は寸分の狂いもなく真正面からぶつかっていた。地と風、相反する二つ

の力はぶつかり合った次の瞬間、共に四散し消えていった。魔導同士の相殺だった。

 続いて、今度もエマがまた先んじて詠唱を始めていた。

 様子を見ていたエトナが半ば無意識に前へ出てこようとする。だがアルスはそれを片手で

押し留め、彼女に微笑んで頷くと、

(まぁこの腕輪があるし、先生も加減してくれているから大丈夫だとは思うけど……)

 向き直って指示された通りに二発目の呪文を唱え出す。

「時をたゆたう紺霊よ。汝、その囚われぬ流れにて全てを掌握し給え。我は仇なす者の時を

掴まんと望む者……」

 そっとアルスに手をかざし、エマが呪文を紡ぐ。

 その掌には紺色の魔法陣。そう多くをお目にかかれない刻魔導発現の瞬間。

「盟約の下、我に示せ──時の把紋クロノク

「盟約の下、我に示せ──撓の樹手ジュロム!」

 二発目。今度は紺色と緑色の魔法陣が相対した。

 アルスの足元から伸び、加速してゆく触手のような樹木が一本。だが、対するエマからは

何か目に見えるものが放たれた様子はない。しかし……。

「ッ!」

 変化はすぐに起きた。

 何か、目に見えない振動が中空を通り過ぎ樹木の触手と貫いた次の瞬間、触手の動きがピ

タリと止まったのである。

 ざわっと小さくどよめく生徒達。するとエマはそんな皆を僅かに一瞥すると、くいっと指

先を折り曲げ、伸ばす。するとどうだろう。それがまるで合図だったかのように、樹木の触

手がアルスに向かって加速し始めたのだ。

 刻魔導。それは時間に作用し、そのベクトルを自在に変える。

 故に初級術式ですらこのように相手の魔導を“逆再生”する事ができるのである。

 樹木の触手の矛先が変わった。

 迷いなく、いやエマの制御によりアルスの放った魔導は他でもないアルス自身に向かい、

腕輪から自動的に発動した障壁に弾かれて爆ぜ消えたのだった。

「ア、アルス!?」

「……大丈夫。これが『親和属性による増幅効果』なんですよね?」

 跳ね返ってきた自身の魔導の勢いで尻餅をついたものの、アルス自身に怪我はなかった。

エトナが思わず心配するが、当のアルス自身は最初の指示の時点でエマの意図が分かってい

たらしく、すっくと立ち上がると少々先回りして疑問系の確認を口にする。

「ええ、その通り。話が早くて助かります」

 エマはコクと頷いていた。一応アルスが無事なのを視認すると、きびきびとした動きでこ

の撃ち合いを見守っていた生徒達に向き直って言う。

「理解できましたか? これが魔導の相反属性同士の相殺と、親和属性による自身の術効果

の増幅です。先程も補足はしましたが、相手との力量差やその場の状況、何よりも放ってく

る術式の種類によって対応は違ってきますが、基本的にこの二つの手法を如何に上手くノウ

ハウとして組み込めるかが実践的な魔導解析の骨子となります」

 まだポカンとしている者が多い生徒達。

 それでもエマはパンパンと手を叩き、彼らを次のステップへと促した。

「では、今度は皆さんも実践してみましょう。三人一組を作ってお互いに充分な距離を保っ

て下さい。内二人が実際に魔導を撃ち合い、残りの一人がグループを囲むように障壁を張り

フォローに入ること。それと安全面には万全の体勢を期していますが、あまり強力な魔導は

放たないように。相手を怪我させる事が目的ではありませんからね。では……始め!」

 そして最後のその一言で、生徒達は弾かれるように動き始めた。

 それぞれが手近に三人組を作り、ドーム状のアリーナ内にいくつもの障壁のドームを張っ

ていく。中には気が早いのか、早速撃ち合いを試しだす者達も見られた。

「お手本ご苦労さま」

「俺達も組もうぜ~」

「あ、うん。行こっか」

 そんな中アルスも、ルイスとフィデロに誘われてその障壁ドームの一角を成す事になる。

「よーし、じゃあ始めるぞ。あ、俺の先天属性は鳴な」

「僕は天だよ。フィデロ、馬鹿力は出さないようにね?」

「分かってるって。んじゃ……」

 ルイスが障壁を張って見守る中、向き合ったアルスとフィデロが詠唱を開始した。

 掌の水色と中空に現れた黄色。二色の魔法陣が展開される。

「盟約の下、我に示せ──雷撃の落ライトニングッ!」

「盟約の下、我に示せ──流水の撃ウォーターシュート

 アルスの頭上から真っ直ぐに落ちてきた一条の雷。だがアルスはたっぷりと余裕を以って

それに反応し、頭上へ掲げた掌の魔法陣から凝縮された水流を放っていた。

 上空でぶつかり、相殺された両者の魔導。だが……やや水流の方が電撃を押しているよう

にも見えた。

「まだまだぁ! もう一丁!」

 それでもフィデロは豪快に笑っていた。片腕をぐんと後ろに振り被り、次の詠唱に掛かり

始める。アルスもまた、再び彼の掌から展開される黄色の魔法陣を確認すると対抗する為の

詠唱に移ってゆく。

「盟約の下、我に示せ──雷剣の閃サンダーブレイドッ!」

「盟約の下、我に示せ──水泡の護衣バブルコーティング

 次にフィデロが放ったのは、魔法陣から延びた長剣状の電撃。

 彼はそれをバッドの如く振り抜くとアルスを薙ごうとする。

 だがその一撃がヒットし、腕輪の障壁が作動するよりも速く、アルスの全身を泡の防壁が

包み、雷剣の衝撃を受け止めていた。

 迸る雷のエネルギー。だがそれすらも受け流すように、ややあってフィデロの放った雷剣

は弾き飛んだ飛沫と共に掻き消されていた。

「……やるなアルス。流石だぜ」

「あ、はは。ありがとう……かな」

「というかさ。アルス君、防御呪文は今日は範囲外じゃないの?」

「あっ」「何だよ~、素か? 素なのかよぉ?」

 破られたのに嬉しそうに笑うフィデロ。

 だがルイスがぽつっと指摘したアルスのポカミスで、更に彼は可笑しそうに笑っていた。

 そんな屈託のない友に、アルスもまた苦笑交じりに、だが間違いなく居心地良さげに微笑

みを返す。

「…………」

 一方シンシアは、遠巻きにそんな様子を見遣っていた。

 じっと不機嫌面のまま見ているのは、柔らかな苦笑を漏らしているアルスの表情。

 無言。そんな姿に、彼女はギッと密かに唇を噛む。

「め、盟約の下、我に示せ────冷氷の刃アイスニードル!」

 するとそんな隙を気付いていたのかいなかったのか、シンシアと向かい合っていた女子生

徒が少々おっかなびっくりなまま詠唱を完成させ、掌の青い魔法陣から鋭い氷の棘を飛ばし

てくる。

「……炎熱の弾ファイアボール

 だがシンシアはそんな一撃すら意に介さぬと言わんばかりにサッと片手を振ると、一瞬で

飛んできた氷の棘を跡形も無く焼き払ってしまっていた。

 同時に勢いを失くさなかった炎の球が、対面するこの女子生徒を直撃する。

 きゃあと短い悲鳴と自動展開された障壁。それでも彼女はシンシアの放った迎撃の威力に

耐え切ることができず、そのままドスンと尻餅をついてしまう。

「あぅ……」

「……全く。詠唱の際に雑念を混じらせては術の質に粗が出ますわよ? これは訓練ですか

ら今は大したことはなくても、本当の実戦なら貴女、とっくに黒焦げでしてよ?」

「そうですね……。す、すみません」

「私に謝らないで下さいな。次はもっと集中するのですよ?」

 シンシアは肩をすくめてため息をつきながらも、颯爽と彼女に近付き、さも自然と言わん

ばかりに手を差し伸べていた。

 バツが悪いらしく苦笑して平謝りする女子生徒。

(……。やはり私に相応しいレベルの同窓生というのはそういるものではありませんわね)

 そんな彼女を、シンシアは再びやんわりと窘めるとそっと嘆息をつく。

「──はい、そこまでです。皆さん一旦集合して下さい」

 そうしていると不意にエマが皆の注意を引くように手を叩いて告げた。

 撃ち合い練習の手を止め、障壁を消し、アルス達生徒が再び集まってくる。彼女は面々が

揃ったのをざっと見渡し確認すると、言った。

「少しはどういうものか体感しましたね? 座学だけでは修め切れないのが魔導です。今後

ともこのような実習は続けますから、各自復習を怠らないように。では、今度はもう少し次

のステップに進んでみましょう。……レノヴィン君、こちらへ」

「はい……」

 あれ? また呼ばれた。そんな当人の小さな躊躇い。

 新入生主席ってのも大変だな。そんな生徒達の静かな苦笑とやっかみ。

 アルスは呼ばれて、再びエマの前に進み出た。無意識に手首の腕輪を撫でている。先の実

演で説明もなく相棒を攻撃されたのが快くなかったらしく、彼の頭上に漂っているエトナは

無言ながらも先程より間違いなくむくれていた。

「先程は予めどの系統の魔導を使うか伝え合った上で撃ち合って貰いました。ですが本当の

実践場面では勿論、そんな悠長なことはますあり得ません。ですので、今度はお互いに自由

に系統を選んで撃ち合ってみましょう。タイミングも互いの間合いも自由、より実戦に近い

形式です。ではレノヴィン君、先程のように私と──」

「待って下さいな。ユーディ先生」

 だが、そんな次のステップへと進もうとしていた彼女達を引き止める声が上がった。

 アルスがエマが、皆が一斉に向けた視線の先にいたのは、他ならぬシンシアで。

「……何でしょう?」

 気の強い彼女の人となりを多少なりとも知り始めていた生徒らが面と向かって口出せる筈

もなく、数拍の後、エマが皆を代表する形で彼女の次の言葉を促していた。

 するとキッと睨み付けるような、強い眼差しがアルスに向けられる。アルス当人は頭に疑

問符を浮かべ、エトナやフィデロは警戒の構えでその横顔を睨み返している。

「ユーディ先生。そのアルス・レノヴィンとの実戦、私に譲っては下さいませんか?」

 途端にざわつく生徒達。エマは黙したまま目を細めていた。

 そしてそんな中で、当人であるにも拘わらずいまいち状況が呑み込めずにポカンとしてい

るアルスに、シンシアはびしりと指差して振り向くと、

「私と勝負しなさい、アルス・レノヴィン! ここであの時の決着をつけますわよ」

 そう強気全開に言い放ったのだった。

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