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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-10.道程より見渡せば
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10-(2) 彼女達の決心

(……うぅ。人がいっぱいいる……)

 目深に被ったフードの下から往来の姿と気配を覗く。

 ステラは、意を決してホームの外へと足を踏み出していた。

 昼間の通りをゆっくりと。

 しかし左右前後からは雑多な人の波が寄せては過ぎてゆき、その度にステラは胸の内から

ざわめいてくる不安や怯えと戦わざるを得ないでいた。

「……本当に大丈夫?」

「辛かったら休んでもいいんだよ? 無茶はしないで、ね?」

 そんな彼女の両脇を、ミアとレナの友人二人は守るようにして固め、歩みを共にする。

「……。大丈夫」

 だがステラはそれでも気丈に振る舞っていた。

 もしかしたら、周りの人達に自分が魔人メアだと気付かれるかもしれない。

 もしかしたら、その事実を知って皆は私を迫害に来るかもしれない。

 体が、心が、怯えてふらつきを隠せないでいた。

 にも拘わらず、両脇の友人達に支えて貰いながら、彼女は一歩また一歩と進んでいく。

(もう、私だけずっと閉じ篭っている訳には、いかないんだもん……)

 それが彼女を突き動かした理由だった。

 かつて行き場を失った自分を拾ってくれたジーク、クランの皆。

 そんな仲間が──シフォンさんが危ない。その報をレナやアルスと共に聞いた時、自分は

動いていた。こっそりと、廃村へ乗り込むべく用意された荷馬車に隠れて。

 しかし……あの時振り絞った勇気は、果たして良いものだったのだろうかと思う。

 シフォンさんを助けるはできた。でも、救えなかった生命もたくさんあった。

 瘴気の毒で息絶えてしまった人達、何よりも魔獣の姿のまま理性を保ったが故に人として

最期を迎えたいと願った彼らのことが今も脳裏に焼き付いて離れない。

 言ってしまえば後悔だった。

 あの時、魔獣と化したあの人達に「声」を掛けて踏み止まらせるべきではなかったのかも

しれないと。……自分は、かえって彼らの死を苦しいものにしたのではないのかと。

 廃村から帰って来てからずっと彼らの最期について考えていた。でも──。

(私なんかに比べれば、ジークの方が、イセルナさん達皆の方がずっと辛かった筈……)

 彼らに手を下したのは、安楽死を施したのは、自分ではなく仲間達。

 冒険者しょくぎょうがらの覚悟があるのかもしれない。

 でも、皆は悔しさや悲しさといった感情をぐっと押し殺して刃を振り下ろしていたのだ。

 ──自分は“遠い”と思った。同じ屋根の下に住んでいるのに、歩いている場所がまるで

違っているように思えた。

 今までなら、自分は冒険者じゃないから。そう部屋の中に逃げていたかもしれない。

 でも……もうそんな逃避に走るような口実を、彼女は許せなくなっていた。

(外に出る。少しでも、皆に追いつかなくっちゃ……)

 それがせめてもの、自分が犯した“過ち”に対する真摯な対応であり、自分なりの償いで

あると、ステラはそう決心を固めていたのである。

『…………』

 一方で、ミアもレナもそんな籠りがちだった友の変化に気付いていない訳がなかった。

 驚きはした。でも理由は分かる。

 廃村での、地下アジトでの“結社”との戦いがこの小さな身体に大きな苦悩を抱えた少女

を今まさに駆り立て始めているのだと悟っていた。

(ステラも、苦しんでる。ボクらの力が及ばなかったばかりに)

 父や仲間達には褒められているこの拳も、あの時は十二分に発揮できなかった。

(ステラちゃん、ごめんね……。私達の浄化術がもっと磨かれていれば、死んでしまった皆

さんの中にも助かった人がいたかもしれない)

 養父が冒険者に転身した。その成り行きのまま自分は迷いのまま支援隊に加わっている。

(──もっともっと、ボクは強くなりたい……)

(──お父さん。祈りだけでは駄目なの? 争いを止める為には、力が必要なの……?)

 ギュッと静かに拳を握り締めて、そっと苦しく感じる胸元に手を当てて。

 ミアは自身の力が及ばなかった悔しさから、更なる強さを欲し始めていた。

 レナは敬虔なクリシェンヌ教徒であるだけでは、人は救えないのだろうかと悩んでいた。

 黒いフードを被ったままのステラを真ん中に、ミアもレナも、三人は言葉少なげにそれぞ

れの苦悩に眉根を寄せつつ歩いていた。

 仲間みんなを、守りたい。元気で穏やかでいて欲しい。

 思い起こした最初のイメージは違っても、彼女達の描いた願いは間違いなく同じで──。

「ほらほら、退いた退いた!」

「ボサッとしてると轢かれるぞ~! 道を空けてくれ~!」

 だがそんな時だった。

 次の瞬間はたと三人の耳に届いたのは、複数の男達の忙しない張り上げられた声。

 何だろう? 三人は誰からともなく、思わず立ち止まる。

「退いた退いた~!」

 すると、ややあって目の前の石畳の上を数台の行列が駆けていった。

 金属製の車体に大きな歯車。窓から垣間見えた、身なりを整えた壮年男性を乗せたそれら

はどうやら馬ではなく、燃料を燃やして動いているらしい。車体の尻からは黒い煙が吐き出

されている。

 ──鋼車こうしゃ。機巧技術が生み出した、鋼の車だった。

 どうやら先の声の正体は、この車列が通る為の先払い達であるらしい。

 三人は勿論、周囲の往来が物珍しそうに、しかし轢かれるのは御免と言わんばかりに遠巻

きに道を空けて眺めていた。そんな光景の中、やがてこの鋼車の列は通りを横ると、あっと

いう間に遠くに姿を消してしまう。

 石畳の上に、モクモクと黒い煙が暫し漂っていた。

 だがそれも束の間のこと。突然の車列が通り過ぎた後いつもの雑踏が盛り返してくると、

人々は次の瞬間には何事もなかったように再び人の波を形成し始める。

「……鋼車なんて、珍しい」

「う、うん。何処のお偉いさんだろうね……?」

 レナ達は暫しぼうっと、先程までの思考を一緒に持っていかれたかのようにその場に立ち

尽くしていた。

 最初にぽつりと呟いたのはミア。それに続いて、戸惑いながらもレナが頷いて言う。

 魔導や機巧技術が発展しているとはいえ、基本的に一般庶民の交通手段は馬車が殆どだ。

 それなりの遠隔地、或いは別の大陸へ渡る必要がある際には流石に鉄道や飛行艇を利用す

るが、それでも現状としてそれらの運賃は決して庶民にとって安いとは言えない。

 だからこそ、鋼車や飛行艇などといった自家用機を所有するということは、その人物が貴

族・金持ちの類とほぼイコールであると考えて差し支えないのである。

「……。も、もしかしたらこの前の“結社”との件で領主が私達のことを調べてるのかも。

ど、どうしよう? 今度こそ見つかったら、私──」

「だ、大丈夫だよぉ。ステラちゃんの身柄はイセルナさんが責任を持って預かってくれてる

でしょ? きちんと手続きは取ってあるんだから平気だよ。ね?」

「うん。仮にそうだとしても今更だと思うし。それに、もし本当にステラを連れ去るってい

うなら……ボクが追い払う」

「あ、ありがとう。でも……穏便にだよ?」

 まさかと思い、ステラはぼそっと不安を口にしたが、レナもミアもその可能性は低いと大

丈夫だと彼女を宥めていた。

 お互いに言って、はたと沈黙の間が空く。

 ギクシャクというほどではないにせよ、どうにも互いに“守りたい”気持ちが空回ってい

るように思えて何だか妙で、何だかおかしくて。

『……ふふっ』

 くすりと。三人はちょっとだけ堪えて、ちょっとだけはにかむ。

「……。でも何で、あの人たちはアウルベルツに来たんだろ?」

「分からない。そもそも貴族達とボクらじゃ、生きている世界が違う」

「それはそうかもしれないけど……」

 そして互いに顔を見合わせると、彼女達は既に姿も見えなくなってしまった車列の行った

路地の先を、ぼんやりと眺めた。

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