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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-10.道程より見渡せば
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10-(1) ある青年の旅路

「──ええ。検査結果を見る限り、大きな怪我もマナへの侵食も見られませんでした。処置

としては栄養剤の点滴と何よりも静養。体力さえ回復すれば、一週間ほどで退院できるかと

思います」

 廃村での“結社”との対決から数日。

 ジーク達は依頼の合間を縫い、大事を取って入院しているシフォンを見舞っていた。

 病室を訪れると、ちょうど回診に来ていた医師らと出くわし、彼の状態についての説明を

受けることができた。

「そうですか。良かった……」

「しかし、妙な病状でしたね。まるで長い間、身動きが取れなかったような」

「あ、はは……。まぁ冒険者こんなしょうばいですしね。ちょっとヘマったんですよ」

「ふむ……? ですが無理は禁物ですよ? 健康あってこその我が身なのですから」

 その中で医師は運び込まれたシフォンらの様子に小首を傾げていたが、イセルナもダンも

素直に仔細を話すことはしなかった。やり合った相手が相手という事もあり、下手に情報を

漏らしてしまうのは得策ではないと判断した為だ。

 幸い医師は苦笑いで誤魔化すダンらを追求するつもりはなかったようで、そう彼は医者と

しての忠告の言葉を残すに留めていた。

「では、お大事に」

 そしてややあって、医師らは去っていった。

 個室に残されたジーク達と病室の主となっているシフォン。

「……すまないね。こう皆で来なくとも良かったのに。依頼に支障が出るんじゃないか?」

 点滴に繋がれ、ベッドに下半身を潜らせ座った格好で、そう彼はフッと静かな苦笑を漏ら

して呟く。

「気にすんな。こっちはちゃんと回してるぜ?」

「早くよくなって下さいよ? シフォンさんは俺たち遊撃隊のリーダーなんですから」

「おいおい。そこはゆっくり休んで下さいだろ? 急かしてどーすんだよ」

 だが対する仲間達はにこやかだった。

 迷惑を掛けた。その自責の念を抱いているらしい彼をそれとなく宥め、励まし、どわっと

時に笑ってすらみせる。

「これ、皆で選んだ本です。入院中は退屈でしょうから。イセルナさんやお父さん、アルス

君達の意見を聞いてシフォンさんの好きそうな魔導書や歴史書、あと小説も」

「それと果物も少々。医師から止められていなければいいんだが」

 そしてレナ、リンファが代表して見舞いの品を差し出した。

「……ああ。ありがとう」

 静かに、ぐっと感情を堪えたような目尻で、今度はシフォンが微笑み返した。

 ベッドのすぐ傍の棚にその暇潰し用の書籍を収め、新鮮な果物の入った籠を上に置く。

「痛まない内に食べちゃわないといけないですね。宜しければ剥いておきましょうか?」

「いや、また後でいい。自分でやっておくよ。……リハビリにもなる」

「分かりました~」

 その横では、元気そうで何よりとホッと一息をついているサフレと甲斐甲斐しく世話を焼

こうとするマルタの姿がある。

 言って彼女は進み出ようとしたが、シフォンはやんわりと止めていた。

 食べる事に焦らないというよりも仲間達に手間を取らせる事がまだ申し訳なかったのかも

しれない。

 それから暫しの間、イセルナ達はシフォンと他愛ない雑談を交わした。

 クラン依頼の進捗状況。廃村の一件で囚われていた人々は、無事守備隊の保護の下、元い

た住所へと送り届け始められたこと。そして近々、正式にあそこに埋葬された犠牲者らを弔

うべく慰霊の儀式が執り行われる話が進んでいること。

「……そうか。これで少しは皆も浮かばれてくれるといいな……」

 シフォンはホッと、心底安堵しているようだった。

 自分も囚われていた一人だったのに、他の皆を心配していた。

 イセルナ達はそんな少々“他人優先”な仲間ともの姿を見て苦笑し、微笑みを返す。

「──じゃあ、そろそろ私達は帰るわね?」

「ああ。穴を開けてしまってすまないが、よろしく頼む」

「だから気にすんなって~。今のお前の仕事はしっかり休むこった。いいな?」

「……そうだね。ではその言葉に甘えて専念させてもらおうか」

「ええ、そうして下さい。私達冒険者は何よりも身体が資本なんですから」

「……それじゃあね? また時間を見て様子を見に来るわ」

 とはいえ、大人数で長いもよくない。

 イセルナの一言を切欠に、一同は頃合をみて暇することにした。

 最後に二言三言やり取りを交わし、面々は連れ立って病室を後にしていく。

「……」

 はたと、室内が静かになった。

 廊下を行く足音や外で鳴く鳥の囀りが聞こえる以外、これといって何がある訳でもない。

「……。シフォン」

 いや一人だけいた。

 ぽつねんと、壁際にジークだけが独り、ベッドの上のシフォンを見遣ったまま残っていた

のである。

 シフォンも、ジークも暫くお互いをじっと見つめ見遣っていた。

 仲間だから……何よりも懇意にする友同士だから。分かるものがある。

「……なぁ、シフォン。どうしてお前はあんな無茶をしたんだ?」

 やがてぽつり呟くジーク。

 だが、その言葉は質問というよりは確認に近いニュアンスだったように思える。

「俺の所為なのか? 俺が、いや俺の刀が“結社”に狙われたから、お前はっ」

 それは自責の念に他ならない。

 そもそもの発端は自分にあるとジークはずっと内心で思っていた。

 “結社”の手の者を通じてサフレと戦う羽目になり、今でこそ傷は癒えているがリンファ

を負傷させてしまった。

 その時点で責任は自分にあると思っていたのに、更に今度はシフォンを──友を敵地に向

かわせ、囚われの身とさせてしまうという結果も招いた。

「……俺がいたからお前も、リンさんも」

 やはり、全ての発端は──。

「それは違う。ジークの所為なんかじゃないよ」

「ッ!? でもっ……!」

 だがそれでもシフォンは静かに微笑んでいた。正直、哀しい苦笑にも見えたけれど。

 ジークが顔をしかめて己を責めようとする。するとベッドの上の友は、じっと目を細めて

その出掛かった言葉を無言のままに堰き止めていた。

「確かに切欠はジークが“楽園エデンの眼”と交戦したことなのかもしれない。だけどそれを理由

に君を責めるつもりはないよ。僕も、リンファも、勿論皆もね。そもそも僕だって彼女だっ

て、自分の意思で決めて……守ろうとした。それだけなんだから」

「……」

 シフォンは言う。だがそれでもジークは黙したものの、不服な様子、悔しさを噛み締める様

を収め切ることはできないでいるようだった。

「……。ジーク」

 だからこそ彼は、

「少し、昔話をしようか」

 僅かに眉根を寄せた友にフッと微笑の一瞥を寄越すと、何処か遠くを眺めるように視線を

移して持ち上げ、ゆっくりと語り始める。


 昔々、とある妖精族エルフの里に一人の青年がいた。

 彼は子供の頃から好奇心旺盛で、時折里にやって来る旅人や商人と積極的に交わっては未

だ見ぬセカイに想いを馳せる日々を送っていた。

 ……そうだね。エルフにしては珍しかったと思う。知っていることだろうけど、一般的に

エルフは閉鎖的な種族だ。由緒ある古種族の一員として、その古くからの伝統と格式を重ん

じ、秩序あることを何よりも尊ぶと言われている。

 だからこそ、彼が周りの同胞達から白い眼で見られるようになったのは、時間の問題でも

あったんだ。……当の本人は若さ故か、そうした“空気”を読めずにいたのだけどね。

 でも、彼がその事に気付いた時にはもう遅かった。

 その日も彼は気の合う仲間の若いエルフらと共に外出から帰ってきた。

 だけど……そこで目の当たりにしたのは、いつもの平和な里じゃなかったんだ。

 攻めて来たんだよ。オートマタの兵士を中心とした“楽園エデンの眼”の軍勢がね。

 どうして? 彼は思ったよ。

 自分はともかく、里は常に腕利きの戦士や術者らが詰めていた。そう易々と里の守りが破

られるとは考え難い。

 でもね……答えは単純だった。

 奴らは予め手の者を送り込んでおいたんだ。

 そしてその者とは、襲撃の数日前に行き倒れ、彼らによって保護されてきた行商人達──

いや、そんな装いで皆を騙して里に潜入していた連中のスパイだったんだ。

 青年は怨嗟を叫んだよ。

 あちこちの家が火を掛けられ、逃げ惑う里の仲間を次々に殺された。

 そんな連中の中に自分達が助けた筈の商人──“結社”の尖兵達の顔を見た時は、我を忘

れて飛び掛っていた。

 だけど、敵う筈もなかった。安穏と理想論だけを抱いて鍛錬もろくにしてこなかった遊び

人の寄せ集めじゃあ、日常の如く殺戮を繰り返す“結社”の力になんて及ぶ訳がなかった。

 彼らは言ったよ。

『セカイを掻き乱す罪人全てに、天罰を』……とね。

 一夜明けた里は、酷い有様だった。

 それでも幸か不幸か、生き残っていた者達は居たけれど、むしろそれが連中の狙いだった

んじゃないかと後々になって思えるほどだった。

 ──この疫病神め!

 財産も家族も失って、里の者達は一斉に青年らを責めたよ。

 青年らは所謂“開拓派”的な思想に依っていた。本人達はそんな自覚には乏しかったのだ

けど。でも元よりそんな彼らを嫌っていた皆、特に長老クラスの面々は強く責め立てた。

 ……遅かったんだ。気付くのも、改めるのも、何もかも。

 もう里に居場所はなかった。

 唯一、叔父さん夫婦は味方してくれたけど、その厚意は気持ちだけ受け取ることにした。

 これ以上里に留まり続ければ、彼らすら皆は「敵」と見なすだろう。

 だから、青年達は里を出る決意をしたんだ。


 ……ああ。そうだね。事実上の追放だったんだと思う。

 それから彼らは、古界パンゲアをぐるりと旅して回った。

 でも既に近隣のエルフの集落にも噂は届いてしまっていて、居場所なんてなかった。他の

古種族の街でも、自分達が“結社”に目を付けられた者だと知ると殆ど例外なく距離を置い

て疫病神扱いだった。

 どれくらいだったかな。だから彼らは地上界──顕界ミドガルドに降りる事にした。

 かつて憧れた場所。外のセカイ。ここなら、自分達の居場所も見つかるかもしれないと淡

い期待を抱いてね。

 だけど……結果的にはそう上手く事は運ばなかった。

 ジーク達生まれ以ってのミドガルドの住人には当然の景色だけど、彼らは初めて地上に降

りた時、強い衝撃を受けたんだよ。

 轟音を上げる機械の音、乱発される魔導。精霊達が……あちこちで酷使されていた。

 遅過ぎたのかもしれない。でもそこで、ようやく“幻想”は砕けたんだ。

 里で聞き及んでいた「豊かさ」は、決して万能のものなんかじゃなかった。多くの犠牲を

払いながら、それでも突き進む事で得られるものなんだってね。

 そしてそんな現実が、遂にはそれまで行動を共にしていた青年らの袂すらも分かつことに

なったんだ。

 一人、また一人、青年の前から仲間が離れていった。

 こんな筈じゃなかったという後悔や怨嗟の声だったり、自然を食い散らかす「繁栄」の姿

に対する憤りだったり。……その度に喧嘩して、その度に誰かがいなくなって。

 遂には、青年は独りっきりになってしまった。

 共に地上に降りてきた仲間達の行く末は、とうとう分からなかった。

 意を決して里に戻ったのかもしれない。もっと別の場所で落ち着いたのかもしれない。

 或いは、もしかしたら……地上の有様に憤って“結社”に身を落としたのかもしれない。

 ……うん。青年も随分と苦しんだよ。このまま色んな後悔や怒りを“開拓派”にぶつける

無法者になってしまおうかとさえ思った。

 でもね? ようやく「救い」の手が青年を救い上げたんだ。

 冒険者──荒くれ者の汚名を着せられながらも、自分達の仕事が人々を守っているとの自

負を、誇りを胸に戦い続ける、そんな小さなチームに青年は拾われたんだ。

 眩しかったよ。自分も、かつてはこうやって理想に燃えていたんだって思い返せて。それ

をただ甘い言葉を吐くだけで終わらせずに貫ける「強さ」が羨ましくて。

 そして何よりも……彼らは居場所をくれたんだ。

 故郷を追われ、信じていた筈の仲間も去ってしまった彼に、皆はやっと落ち着ける居場所

をくれた。……安息の日々を、くれたんだ。


「──だから、ジーク。僕と君は似ているんだよ」

 はたとそんな言葉が向けられて、ジークはハッと我に返ってぼやけ始めていた意識の焦点

をシフォンへと向け直す。

 彼はとある青年の昔話だと語った。

 しかし流石のジークでも分かっていた。……これは、他ならぬシフォン自身の過去だと。

 何と返せばいいのか。いや、それにだから自分に似ているとはどういう意味だ?

 眉根を寄せ、疑問の言葉の代わりに視線を向けるそんなジークにシフォンは言う。

「……以前、アルス君から聞いたんだ。ジークも、守りたい人を守り切れずに故郷を飛び出

してきたんだってね。だからなのかな? こうして僕らは仲良くできている」

「……。かもしれねぇな」

 あいつ、余計な事を。

 ジークは内心舌打ちをしそうになって思ったが、それよりもシフォンが素直にそんなこっ

恥ずかしい台詞を吐くものだから意識はついついその照れ隠しに回ってしまう。

 束の間、ほんの数十秒間だけ、お互いの表情が緩む。

 だが次の瞬間にはシフォンは微笑の中に、強い決意を瞳に込めて語っていた。

「僕は、ただ守りたかったんだ。狙われていたジークは勿論、僕にクラン・ブルートバード

という居場所をくれた皆を。だから……たとえ一人でだけでも、今度こそ奴らの思うままに

させたくなかった」

「……そうか」

 ベッドに座った格好ながら、シフォンは深く深く頭を下げていた。すまなかったと。

 そんな友の姿を真正面から見据え、暫しジークは黙り込み、それだけを呟く。

「やっと事情は分かったよ。いいから顔を上げてくれ」

 言われて、ゆっくりと。

 シフォンは再び頭を上げた。それでも、映る瞳は告白を果たした清々しさというよりは友

が次に何を言ってくるのか、そんな不安の色が濃かったように思う。

「……なぁ、シフォン」

 だからこそ、ジークは正直に、今度はもやつく自分の胸の内を打ち明ける。

「皆が大事なのは何もお前だけじゃねぇんだぜ? 一人で特攻なんて真似、もうしてくれる

な。俺達の為だっていっても、それでお前がいなくなっちまったら……悲しいんだぞ」

 ハッと弾かれたように、シフォンの表情が静かな驚きに染まった。

 やれやれ、とんだお人好しだよ……。ジークはフッと口元で笑った。

「……ま。でも、ありがとうな」

 でもだからこそ、次に口にしていたのは叱責などではなく、感謝のそれで。

「……ああ。こちらこそ……」

 シフォンもまた、思わず掌で目頭を押さえながらか細く答える。

(ふぅ……。やれやれ、だな?)

(そうね。これでもう大丈夫でしょう)

 そして病室の外──扉越しに、そんな二人のやり取りに耳を済ませて。

 イセルナやダンら見舞いに来ていた面々もまた、ホッと密かな安堵と共に胸を撫で下ろし

ていたのだった。

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