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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-68.家族と仲間と、兄弟(ふたり)の未来
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68-(5) 兄弟対決・破急

『おぉっと! ジーク選手、何やら技を発動! 反撃開始かー!?』

 濛々とその絶対量が増したジークのオーラに、アルスは気持ちじりじりっと後退った。

 蒼桜をぶらりと手に下げて、兄がゆっくり一歩また一歩と近付いて来る。

 実況役のアナウンサーの煽り声が感覚の外側に在る。ぐっと身構え、アルスが唇を僅かに

開いた瞬間、ジークが霞むような速さで地面を蹴った。

「ぐっ……!」

 一瞬で。蒼桜の一閃が自分のすぐ目の前まで迫っていた。アルスは咄嗟にこれを障壁を張

って防御する。

 されど押し留められたのは一瞬。魔力マナを集めて板にしただけの防壁はあっさりとそのパワー

の前に砕かれ、蒼い軌跡は再びアルスの胴を薙ごうと迫る。

 それを、相棒エトナの樹手が妨げた。ジークの視界横からこの一撃を叩き込み、彼を弾き飛ばし

ながら彼女が言う。

「アルス、早く次の詠唱を!」

 うん……。頷き、アルスは切れかけながらも効力が残る時の車輪クロックアップの加速で大きく飛び退く

と呪文を唱え始めた。ジークがすぐにノックバックから復帰し、追い縋って来る。

「盟約の下、我に示せ──時の大輪クロックライズっ!」

 上位互換の加速呪文。身体に掛かる負荷は更に大きくなるが、その体感時間はこれまでよ

りもずっとスローモーションとなり、強化されたジークの身体能力を捌けるほどの視認能力

を生む。

 二重三重の紺の魔法陣が交わりながらアルスの身体を通り抜け、彼は深く屈んだ体勢から

更に距離と取り直した。ジークがようやく加速が上書きされた事に気付く。されど表情はそ

れほど驚きはなく、蒼桜と──白菊の蒼と白の光をそれぞれの刀身に輝かせ、そうはさせる

かと肉薄。接近戦に持ち込もうとする。

 髪先やローブ。致命傷ではないものの、アルスは少しずつ少しずつ、その切っ先に捉えら

れようとしていた。……特に白菊だ。この白いオーラが危ない。少しでもまともにこれに触

れてしまえば、この加速状態は一気に反魔導アンチスペルによって解除されてしまう。

「っ、エトナ!」

「分かってる。引き離さなきゃどーにもなんないよ!」

 相棒エトナが放つ樹手の鞭が雨霰とジークを襲い、しかし直撃には至らない。

 ジークは素早く身を捌きながらこれらを掻い潜り、時に白菊で樹手そのものを叩き切って

塵に還し、そうはさせぬと迫るのだ。

 コォォ……。蒼桜がまた蒼く蒼く輝く。

 来る。振りかぶられ、放たれた飛ぶ斬撃。だがそれをアルスは敢えてギリギリまで引きつ

けると、その威力の余波を利用して大きく跳び退いたのだった。

「盟約の下、我に示せ──群成す意糸ファル・ウィンヴル!」

 そして両の五指から橙色の魔法陣と共に呼び出したのは、例の無数の魔力マナの糸。

 アルスは中空のまま瞬く間にそれらを巨大なメス状に編み込み、兄の背後から延びるこの

魔力ストリームの束を切断したのである。

「!? しまっ……」

 瞬間、目に見えてごっそりと霧散するオーラ。そして思わず足を止めて肩越しに振り返っ

たその隙をまさに待っていたかと言わんばかりに、アルスのメスとエトナの樹手達が一挙に

彼へと迫った。

 ドゴッ。咄嗟の二刀で防ぎ切れない脇腹へと、二撃三撃と樹手の連打が叩き込まれる。

 思わずジークの目が白を剥いた。だがそれでも全身に込めた力は二刀は、振り下ろされた

魔力マナのメスを弾き返し、吹き飛ばされたその身体をぐっと踏ん張って何とかリング内へと押

し留める。

『入ったー! 兄弟による激しい攻防! アルス選手、ジーク選手に渾身の一発をお見舞い

したー!』

 実況役のアナウンサーが叫ぶ。観客達が再三に渡って沸き立つ。

 ジークはぎちっと唇を噛み締め、再びオーラを練り込もうとした。

 ……接続開始コネクトの攻略法も、対応済みか。

 参ったな。これじゃあ迂闊に強化しても食い破られちまう。だとすれば《爆》との併せ技

も慎重にならざるを得ない。

「──」

 だがこの時だけは、そんな数拍の思考が裏目に出た。はたと気付いた時には、フッと自分

の両側から巨大な影が迫っていたからである。

「盟約の下、我に示せ──噛撃する大地グランドバイト!」

 アルスの墳魔導だった。ジークの両側から、分割された分厚い岩が迫り出し、そのまま彼

を勢いよく挟んでしまったのだった。

 ざわっ……。観客達がその一撃に目を丸くする。実況役のアナウンサーも『こ、これは強

烈ゥ~ッ! ジーク選手、岩の中に閉じ込められたーッ!』と身を乗り出して叫んでいる。

 仲間達が眉を潜め、そわそわと胸に手を当て、見守っている。

 だがリオやクロムは逸早くそれに気付いていた。ビシッ。ジークを閉じ込めた筈の大岩が

少しずつ、全体に加速度的にひび割れを起こしていく。

「ぬ……おぉぉぉぉーッ!!」

 何と弾き返したのだ。ジークは《爆》のオーラで、自身を押さえ込もうとしたこの墳魔導

を力ずくで押し返したのだった。

『や、破りました! ジーク選手、絶対絶命のピンチを何と力ずくで押し破ったァ!』

「……ほ、ホントに弾いちゃった。どんだけパワーあんのよ……」

「兄さんだからね。こんなものじゃあ、ないよ」

 ずんっ。滾らせたオーラを纏い、ジークは再び前に踏み出した。

 構えた二刀。対峙するアルス(とエトナ)。

 残念だったな。蒼桜を振りかぶり、ジークは試合を決めようとして──。

「……っ!? 何だ? 力、が……」

 しかし、ちょうどそんな時だったのだ。突如はたっと彼の全身から力が抜け、ジークは思

わずガクリと膝をついた。蒼桜が、白菊が手から零れ落ちた。身体中のオーラがどんどん消

えていく。

 一体、何が……?

「掛かったね。自分の身体、よく見てみてよ」

「? 何……?」

 確信して、アルスが言った。ジークが眉根を寄せて改めて自分の身体を検めてみる。

 するとどうだろう。そこにはあちこちにぶくぶくと現在進行形で膨れ、成長していく種が

くっ付いていた。更にそれらは見る見るうちに発芽して伸び、ジークの全身に巻き付きなが

ら蔦で覆っていく。

吸精の蔓ドレインヴァインだよ。さっきの岩に連撃プラスしておいたんだ。これで兄さんは力を出せば出すほど、

その力を吸い取られる事になる」

 ……なるほど。その為のあの墳魔導だった訳か。

 ジークは奪われる力に耐えながら、苦笑する。全身に巻き付いた蔦は、そうしている間に

も彼の魔力マナを吸収しては成長していく。

 更にアルスは中空に呪文ルーンを書き付け、使い魔──隣人たちスピリッツを呼び出した。彼らはわらわら

と効果の切れた白菊と蒼桜に組み付き、これらをジークから奪い取る。そして慌てて取り戻

そうともがき始めた兄を前に、アルスは続けた。

「兄さんはパワーファイターだ。その同じ土俵で戦ったって、僕に勝ち目はない。だから僕

らは初めから、如何にしてその力を削ぐかを考えていたんだ」

 曰く、自分と兄では全く能力の性質も、戦い方も違うと解っていた。

 だからこそ、自分は自分が出来る精一杯のやり方で勝ちにいこうと思った。非力な分、手

数と速さ、そして知恵を総動員しなければ勝てない相手だと重々承知していたから……。

「……やっぱ、お前はすげぇな。お前だってちゃーんと成長してるんだ」

 観客達や実況役のアナウンサー、仲間達が見守る中、しかしそんな状況でもジークは苦々

しくも笑っていた。賛辞だった。自分をこうまで追い詰めてくる、たった一人の弟への惜し

みない賛辞である。

 でも──。ジークはゆっくりと起き上がりながら呟いた。ズムム……。尚も吸精の蔓は彼

魔力マナを吸い取っていたが、それでもジークは嗤っていた。

「だからこそ、俺も簡単には負けてはやれねぇんだよ!」

 轟ッ。刹那ジークはこの状況下にあって、更にオーラを滾らせたのだ。

 まさに《爆》。瞬間的に込めた大量のオーラは、膨張する勢いそのままに全身のヴァイン

を引き剥がしに掛かる。

「ちょっ!? まだ動けるの?!」

「そう言ってるじゃないか。エトナ、援護を!」

 これに驚いたのはエトナとアルスだ。

 相棒の驚愕に、アルスはすぐさま迎撃体勢を整える。加速状態のままで大きく飛び退き、

エトナに樹手の攻撃をして貰いながら、次の──最後の詠唱に取り掛かる。

 ジークは駆け出していた。新たに腰の紅梅を抜き放つと、怯える隣人たちスピリッツを跳び越え、

ヴァインをオーラで弾き剥がしつつ、水平に持ち上げたその刀身を紅い輝きに染めていく。

 アルスは焦り、眉間に皺を寄せていた。

 草花が、彼の足元から迫り出しより集まる。右手と緑色の魔法陣に収束し、巨大な植物の

鞭となってこの樹手の群れを掻い潜ってくる兄を迎え撃つ。

「盟約の下、我に示せ──大樹の腕ガイアブランチ!」

「どっ……せいッ!」

 両者兄弟、互いの渾身の一撃がぶつかった。

 必死・嬉々。

 会場全体にその力の余波が迸る中、二人はそれぞれの表情で叫び、吼える。

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