68-(2) 兄弟対決・序
『開戦の……ゴングっ!!』
ドラが鳴らされた直後、二人は動き出した。
地底武闘会決勝戦。リング上のジークは、すぐさま右手の蒼桜にオーラを込め、刀身が蒼
く光るのもそこそこに飛ぶ斬撃を放つ。
それを、アルスとエトナは予想していたかのように動いていた。
アルスは既に最初の詠唱を始めており、代わりにエトナが、この相棒を足元からバネ状に
巻きつけたゴムの木で支え、彼を撃ち出すようにして回避させる。
方向は右側。ジークから見れば左手──追撃の蒼桜を放つにはどうしても半身を返さなけ
ればならないポジショニングだ。二度目のゴムの木が、二人を逃がす。二撃三撃目の蒼桜が
これにやや遅れて吸い込まれ、轟と激しい炸裂音と共に中空へと散る。
(なるほど、ゴムの樹か。やっぱそう簡単には取らせてくれねぇか)
(相変わらず凄い威力だ。踏み込まれたら……終わる)
それでも双方は、何処か嬉しそうな、気難しそうな表情をみせていた。
次弾の蒼桜を溜めながら、ジークはフッとほくそ笑んでいる。エトナの援護を受け、弾き
出された勢いでリングの上を飛びながら、アルスは確認する。
「盟約の下、我に示せ──時の車輪!」
詠唱が完了した。紺色の魔法陣がアルスの身体を通り抜け、その移動力は通常の倍以上に
加速される。
ぐるりと旋回するように、着地しながら彼は更に呪文を唱え続けた。そんな弟にジークが
蒼桜で次々に迎撃を試みる。開始早々、二人の戦いは息もつかせぬ展開をみせていた。
(……白菊と蒼桜、予想通りだ。反魔導と遠距離攻撃が可能な剣。魔導師と戦う場合におい
て、これ以上最善な六華の組み合わせはない。対策は、練ってある)
(……な~んて事でも考えてるんだろうな。だがまぁ、あいつと頭の使い合いっこをしても
俺に勝ち目はねぇだろう。とにかく、俺は俺の戦い方で相手をぶっ倒すだけだ)
しかしその実、水面下で交わされているのは読み合い。
弟・アルスは兄がこの変則の二刀流を使うことを予め想定していたし、兄・ジークもそれ
は重々承知の上でこの決勝に臨んでいた。
濛。蒼桜がリングを穿った石埃の中から加速状態のアルスが飛び出していく。
その掌には既に次の詠唱が、緑色の魔法陣がサッと地面にかざした瞬間に現れる。
「盟約の下、我に示せ──怪樹の種弾!」
足元から、ぐねぐねとうねる巨大な花が迫り出してきた。そしてこの花が自身の花弁らを
捩るように砲塔状に変えると、そこから無数の種が高速で連射される。
「ぬんっ!」
しかしジークは、それを見氣も併せて捉え、巧みに二刀で叩き落しながら防いでいた。
蒼桜の刃にぶち当たった種は真っ二つにされ、白菊に触れた種は急速に破壊力を失う。
それでも弾数だけは多く、ジークの周りに、弾かれた方々に、種は足元の石畳へと次々に
めり込んでいく。
「アルス、エトナ! こんなもんか? お前らの本気ってのはよぉ!」
「……言うじゃない」
「挑発には乗らないよ。エトナ、引き続きサポートを。怪樹の種弾──連撃強化!」
決勝戦というだけあって、戦いは最初からハイレベルであるようだ。
ジークがリング上で吼えている。だがアルスはこれには答えず、ただ先ほどの怪樹を更に
十本二十本と兄を囲むようにして出現させている。《花》の色装だ。
「……中々、一撃が入りませんね」
「そりゃそうだろう。同じクランの仲間で、何よりこの世でたった二人の兄弟だ。多分外野
で観てる俺達よりずっと、あいつらは互いのやり方を知り尽くしてる」
観客席の一角で、仲間達もこれを見守っていた。そわそわと胸元に手を当てレナは心配そ
うに、出来れば早く終わって無事であって欲しいと願うように呟くが、ダンや他の皆はまだ
余裕をもって観戦しているようにみえる。
「ジークは《爆》のオーラ量で押していくパワータイプ、アルス君は持ち前の頭脳と《花》
の特性を使い分けるテクニックタイプ。ある意味、対極な戦闘スタイルだ」
「でも剣士と魔導師じゃあ圧倒的にジークの有利じゃない? 懐に入って一発叩かれれば終
わりなんだし」
「基本的にはね。でも、あの子がそれを解っていない筈はないわ。ジークが白菊を出してき
て動揺もしなかった所を見ると、事前にあの装備で攻めて来ることは予想してたみたい」
「な、なるほど……」
「だがディアモント戦でジーク様も学んでいる筈だ。長期戦になれば自分が不利になる。こ
の二年修行をしてきたとはいえ、やはり魔導師相手では導力勝負は分が悪いからな」
「敢えてパワーで早々に押し切る作戦か。いいね。漢はそうでなくっちゃな」
「オーラ量ハ、オ二人トモマダ余裕ガアルヨウデス。消費回数ハアルス殿ガ先ヲイッテイマ
スガ、マスターノ一撃ハコレヲ簡単ニ上回ッテシマイマスシ……」
「何だかジークも笑ってるし、まだ様子見なのかなぁ?」
「……。様子見、か」
仲間達が口々に呟いていた。問うて問われて答えていた。
オズが言い、クレアがう~んと口元を押さえて思案している。
それらをリオは一瞥だにせず、ただじっと眼下の試合に目を細めている。
「ちっ……。馬鹿の一つ覚えみたいに……」
アルスの《花》の色装が、何十本もの怪樹を出現させていた。
次から次へと、種の弾丸が飛んでくる。それをジークは即座に撃ち落し、蒼桜の斬撃を飛
ばして怪樹を破壊。しかし肝心のアルスにまでは攻撃は届かず、更にまだ加速の効果が続い
ている彼の攻勢はジークの手数を越えて衰えない。
「怪樹の種弾!」
「怪樹の種弾っ!」
「怪樹の種弾ッ!」
故に、やがてジークは訝しみ始めた。
次々と立ち位置を変え、その度に連撃強化された怪樹の種弾が雨霰のように撃ち込まれて
くる。
範囲強化では駄目なのか? 囲って撃てば、何処かからかダメージは通るのではと思うの
だが。それよりも強化のキャパシティを連撃に回し、自身の防壁としながら戦っているのに
は、何か理由が?
(……あいつ、何か企んでやがるな)
だからはたして、そんな浮かんだ読みは当たったのである。
何百、何千発目の種弾。それらをまたジークが二刀で撃ち落した時、ちょうどアルス達は
ぐるりと自分の遠巻き外周を一周し終わっていたのである。
嫌な予感がする。ジークは思った。
そしてアルスはそんな兄の横顔を見据えように、だんっと相棒と共に、足元の石畳に手を
つけて叫んだのだ。
「これで──」
「終わりだ~っ!」
轟。次の瞬間、ジークの足元から無数の──それこそ怪樹だけではない、様々な植物が牙
を剥いて襲い掛かってきたのだった。
魄魔導。しかし単一の術式ではない。棘だらけの樹触、鉄球のような巨大な実、見るから
に食虫植物ですと言わんばかりのグロテスクな大花。それらが一斉に足元を突き破って襲い
掛かってきたのだ。
「……そうか。種の連発は、こいつらを仕込む為のものだったのか」
「ご名答。だから逃がさないよ? 駄目押しの、一発っ!」
「盟約の下、我に示せ──岩砲の台!」
迫る多数の植物軍団。そこへ更に、正面からアルスが岩石の大砲を放って退路を塞ぐ。
おぉぉ……! 観客達が興奮していた。実況役が叫んでいた。
「──」
だが、当のジークは微塵も臆さない。
蒼桜を肩に担ぎ、左手の白菊をゆっくり大きく掲げると、吼える。
「白菊……三分咲ッ!」
轟。それは視界を塗り潰す白い光だった。ジークは《爆》で強化した白菊の刃とオーラを
振り下ろすと、そのまま足元のリングへと突き刺した。
するとどうだろう。その破壊力にリングがひび割れ、光が溢れただけに留まらず、寸前に
まで迫っていた植物軍団も岩の砲弾も、一挙に塵のように掻き消されてしまったのである。
『…………』
会場の皆が唖然としていた。あれほどの大技が、たった一刺しの短刀で文字通りに無に還
ってしまったからだ。
反魔導……。樹の欠片がはらはらと散るリングの上でアルスが呟いた。
駄目だったか~……。その傍らでエトナがぽりぽりと髪を掻きつつ、この途轍もない量の
オーラを纏って四散させていったジークを見遣る。
「正直びっくりしたぜ。こういうやり方も出来るんだなあ。だが俺には、白菊がついてる。
範囲が小さいってのも、こう《爆》を使ってやれば補えるしな」
ジークは笑っていた。
苦笑いのような、弟の健闘を讃える、優しさのような。
「……遠慮しなくていいよ。言ってた通り、全力で来て。僕だって強くなりたいんだ。守ら
れるだけの仲間じゃなくて、守ることのできる魔導師に」
僕だって、その為の二年間だったんだ──。
だがアルスが言い、ぎこちない笑いのジークの表情がぴしりと止まった。
守る魔導師。会場に気持ち反響するその言葉に、観客席のブレアが無言のまま眉間に皺を
寄せている。
「……そうだったな。俺もお前も、あの日からずっと願っていたんだもんな」
それは、自分達だけに分かること。
幼い頃、故郷を襲った魔獣の群れ。自分達のせいで死なせてしまったマーロウさんと、今
でこそ取り戻せたものの、行方知れずになってしまった父。
ジークは一歩二歩と歩いて、大きく深呼吸をした。
ぐん。蒼桜の剣先で魔流を手繰り寄せ、それを慣れたように自らの身体へと受け入れる。
一瞬、注ぎ込まれるエネルギーの多さにその身体が跳ねた。増大したオーラが靄となる。
接続開始。大都消失事件の折、魔人すら退けた諸刃の強化術。
「悪かったな。じゃあぼちぼち……ギアを上げてくぞ」