9-(5) 魔性相対す
「ステラ……お前」
「もしかして、ついて来ていたの?」
思いもかけない援軍の登場に、ジークもレナも皆も驚きを隠せないでいた。
瘴気により滅んだ村に取り残された魔人の少女。
その烙印故に外の世界に怯え、長らくホームに閉じ篭った日々を送っていたのに……。
「ごめんね。でも、私だって心配で……」
だが彼女の方へと視点を変えれば、この行動力もあり得ない訳ではないのかもしれない。
救われた者にとって、その居場所や仲間達は精神的にとても大きな存在であろうから。
「謝るなって」
だからこそジーク達は、次の瞬間にはふっと優しい笑みを返していた。
それは戦況を変える加勢が来てくれたこと以上に、彼女自身が己の中の怯えと葛藤してで
も今回の出撃に紛れ、駆けつけて来てくれたことが嬉しかったからに他ならなくて。
「……よく来てくれた。これで、奴らをぶっとばせる」
ステラが頷き、はにかみを返すのを見届けてから。
彼女達を守るように再び前線を張り、得物を構えて、一同は再びダニエルらを見据える。
「何故です? 何故魔人が──“選ばれし者”である筈の貴方が彼らのような罪人どもに与
するのです?」
「同志? 違う。私はあんた達の仲間なんかじゃない」
ステラを──魔人を見てダニエルは確かにそう戸惑いを零した。
それはまるで、魔人という存在を信仰の対象としているかのように。
だが当のステラはきっぱりと彼の言葉を撥ね付けていた。
血色の両眼、魔人が興奮状態になると見られるその症状を呈したまま、彼女は言う。
「私は……死んだも同然だった。メアは魔獣の親戚みたいなもの。だからもうヒトとして見
られないって思ってた。でも……ジークは、ブルートバードの皆は、こんな私でも受け入れ
てくれた。生きてていいんだよって、言ってくれた」
それは出会いの時からずっと、自分の中に掻き抱いていた想いだったのだろう。
ジークが、仲間達が、肩越しにちらりとその感情に震える表情を見遣っている。
「だから私は生きる。こんな身体になったって。だからこそヒトを駒みたい使うあんた達の
事は許せないし、認めない。仲間を、ヒトの生命を弄ぶような奴は──大嫌いだ!!」
そして彼女が叫んだ瞬間、再び魔獣らが動いた。
一斉にダニエルらに──いやその背後の牢に向けて攻撃を仕掛け始めたのである。
防御結界が張ってあったものの、魔獣のパワーの前には為す術もない。
ぐわんと一瞬魔力が歪むような波紋を見せて、牢の鉄格子は次々と破壊されていった。
「大丈夫カ、ニーチャン?」
「!? 君達、まだ理性が……」
逸早く魔獣らによって解放されたのはシフォンだった。
不意に声を掛けられ驚く彼に、姿こそ怪物と化した彼らはフッと笑って答える。
「アア。アノ子ノ声ノオカゲデ正気ヲ取リ戻セタミタイナンダ」
「サァ早ク外ヘ。瘴気ガ迫ッテ来テイル」
「……ああ。ありがとう」
おそらくは魔獣の狂気を、その亜種たる魔人の彼女が制御したという事なのだろう。
シフォンは一度深く頷いてから、衰弱した身体を引き摺って、彼らにエスコートされるよ
うに牢の中から脱出を始めた。
「よしっ! これでシフォンの方は何とか……」
「皆さん、今の内に他の人達の救助を! さっきの様子からして、流れている術式を乱せば
結界の効力は弱まる筈です!」
「分かった。おい、魔導師連中は俺と来い、結界をぶち破るぞ!」
「僕らも加わります。マルタ、狂想曲を」
「はいっ!」
そしてジーク達も、この隙を逃がしはしなかった。
魔獣らの再度の一撃でダニエルらが体勢を崩されている隙を突いて、バラクらとアルス、
サフレ・マルタや支援隊の面々らが人々が囚われている牢へと駆け寄っていく。
「──……♪」
ハープ型の魔導具を取り出して、マルタが調べを奏で始めた。
聞く限りは、不協和音ばかりの奇怪な音色。だがその調べに乱されるかのように、周囲の
牢の結界達は不意にぐわんと魔力の揺らぎを波紋として見せたのだった。
「今です!」
その変化を目に映し、アルスが叫んだ。
そして次の瞬間、バラク達はそれを合図に一斉に鉄格子に攻撃を叩き込んでいった。
するとどうだろう。それまで武器を通さなかった筈の結界が押し負け、次々と鉄格子への
直撃を許したのである。
こうなればこちらのものだった。バラクらは錠を中心に攻撃を繰り返して鉄格子を破壊し
手枷を切り離すと、中に囚われていた人々を大急ぎで救出にかかる。
「レナ、皆さん。僕らは浄化を」
その傍で、ハロルドらは牢から牢へと漏れてくる瘴気を防ぐべく詠唱を始めていた。
エルリッシュ父娘と、支援隊の面々。何人分もの金色の魔法陣が展開される。
『盟約の下、我に示せ──聖浄の鳥籠!』
彼らから延びてゆく無数の光の金糸。
それらは重なり合って巨大な細かな目の網となり、漂ってくる瘴気を捉え、ジュワジュワ
と無色透明──本来のマナへと浄化させてゆく。
「こちらは大丈夫です! あとは連中の確保を!」
「ええ!」「うむ」
「おうよ。言われなくてもだ!」
形勢は、完全に逆転していた。
イセルナ、ダン、リンファのクランの中核メンバーとジークやミアら団員。そしてステラ
やシフォンを搬送してきた今は彼女によって制御された魔獣達。
すっかり配下の兵も削り取られたダニエルを、ジーク達はじりりと追い詰めようとする。
「くっ……! わ、私は“信徒”なのに、選ばれし者なのに……。こ、こんな所で敗れる訳
には……!」
だが彼はあくまで抵抗しようとした。
残った僅かな傀儡兵らを差し向け、ジーク達が迎撃する間を縫って詠唱を完成させる。
「盟約の下、我に示せ──審判の光雨!」
中空にかざした手、その先に金色の魔法陣が現れる。
するとそこから、無数の鋭い切っ先を持った光が雨霰と降り注いだ。
「うおぁッ!?」
決して充分とは言えないスペースに降り注ぎ、爆音と共に破壊され石畳の粉塵を上げる目
の前の光景。
「……ははっ!」
傀儡兵すら巻き込んでいても、ダニエルは乾いた笑い声を漏らしていた。
何としてでもこの場を生き延びる。
私は、こんな者達に負けることなど許され──。
「……は?」
だが、頭の中にイメージされた殲滅の光景は、そこにはなかった。
「随分と、無茶をするじゃない」
代わりに粉塵が晴れたその渦中には、ドーム型の障壁を展開して仲間達を守ったステラの
姿があった。笑おうとしていた顔が引き攣り、ダニエルは目を細めているこの魔人の少女の
威圧感に唖然とし、無意識の内に後退る。
それは恐怖だった。
いつもなら魔人らを“選ばれし者”──その身を以って瘴気を慰む御遣いとして信仰して
いる“結社”の人間も、その力を直接自分に向けられれば畏敬よりも肌を伝う感情が畏怖と
なるのは仕方ない事だったのかもしれない。
「ぬぅっ……!」
もう恐怖心に駆られる形で、ダニエルは再び詠唱を始める。
足元にはぐったりと動かなくなった傀儡の兵らが散らばっている。だがそれでも、ジーク
達は先の魔導を防御しようとした格好のまま、斬り込みには行かなかった。
いや、敢えて任せたのだ。
自分達の前に立ち、やや遅れて同じく静かに詠唱を始めるステラの後ろ姿を見守って。
『盟約の下、我に示せ──』
金色と紫色、二人の魔法陣が展開していた。
魔導の打ち合い。そしておそらくこの一撃が勝敗を決める。
「天印の光!」
「……黒闇の叫渦」
巨大な光の塊と、綯い交ぜに吹き荒れる暗闇の突風がぶつかり合った。
インパクトの瞬間、光の塊が弾けて無数に放射する光となる。だがそんな眩い光撃すら、
ステラの放った闇はいとも容易く飲み込むと、一斉にその勢いを押し返してゆく。
「そ、そんな……! 私の魔導が、こんなにあっさり……」
「当然よ。聖魔導と冥魔導は相反関係にある同士。互いにぶつかれば、あとは力の大小で優
劣が決まる。貴方は外道とはいえ人間、ステラちゃんはメア……。常人より遥かに高い導力
を持つ彼女に、貴方が勝てる理由なんてない」
自身の放った魔導が打ち破られていく。
その事実に目を丸くするダニエルに対して、イセルナは静かに呟いていた。
「ぎゃはっ!?」
やがて、ステラの冥魔導がダニエルのそれを完全に押し潰した。
途端に押し寄せる暗闇の突風。声なき者らの叫びにも似たその威力をまともに受け、彼は
激しく叩き付けられながら地面を転がる。
受身を取る余裕もなく、その身体は壁際へと押し遣られていた。
「ぬ、ぐっ……。逃」
「逃がすかよ」
しかしそれでも這いつくばって壁伝いに進もうとするその首元に、次の瞬間、ジークが刀
の切っ先を突きつけていた。
見上げてみれば、既にジークを中心に面々が自分を見下ろし取り囲んでいる。
「……年貢の納め時だぜ。似非神父」
ジークは抑えながらの怒りの下で言い放った。
頬に冷や汗を伝わらせながら、ごくりと息を呑むダニエル。
もう逃げられない。誰もがそう思った。
「……いえ。おさらばです!」
しかし次の瞬間、ダニエルはそう苦し紛れに哂うと、どんっと背後の壁を叩いていた。
すると不意にその壁の一部がぐるりと横回転し、彼の身体を壁の向こう側へと送り出す。
「なっ!?」
文字通りの、どんでん返し。
流石にジーク達は驚き、その壁に殺到した。
だが既に向こう側からロックを掛けられてしまったのか、同じように叩いてみても壁はも
う微動だにせず、回転することはなかった。
「くそぉっ! 待ちやがれっ! このまま逃げるなんざ、絶対許さ──」
「落ち着け。ジーク」
この卑怯者。
そうとでも言わんばかりに叫び、何度も拳を壁に叩きつけるジークの手を、ダンははしと
取って制していた。
「気持ちは分かる。俺達だって悔しいさ。だが……俺らが優先すべきことは別だろうが」
「そうね。今は深追いする事よりも、シフォンを、皆さんを助ける事の方が先でしょう?」
振り返ると、ダンとイセルナ──クランのトップ二人がそう自分に言い聞かせてくれてい
た。しかし彼女達もまた、同じく悔しさを堪えているのが分かる。
ジークは静かにぎゅっと拳を握り締め、唇を結んだ。
複雑そうな表情を浮かべるステラと、そんな彼女に寄り添うようにミアやリンファが立っ
ていた。その背後ではレナやハロルドの支援隊、そしてアルスらが慌しく、助け出した皆の
救護活動に当たっている。
「……分かり、ました」
そして暫くそんな皆の様子を見つめてから。
ジーク達は踵を返すと、加勢の為にゆっくりと仲間達の下へと歩いてゆく。
地下アジトを出て、ジーク達は犠牲者らの遺体を浄化し、廃村の一角に丁重に埋葬した。
即席の墓標らを前に、元神官のハロルドが失われた生命達へと祈りや言霊を捧げ、静かに
弔いの儀式を執っている。
本来なら一人一人遺族を探すべきなのだろうが、そんな余裕もネットワークもない。
そうしている間にも遺体は腐敗していくだろうし、何よりも……浄化を施したとはいえ、
身内だとはいえ、瘴気に中てられた遺体を引き取りたいと願い出る遺族がどれだけいるもの
か。哀しいかな正直分からないという点も大きかった。
「……これで一応の弔いは済みました。あとは、彼らが次の世で良き生に恵まれることを願
うばかりです」
やがてハロルドが皆にそう振り返っていた。
哀しみ、悔しさ。そうした想いが入り混じった静かな苦笑。
そしてそれは、ジーク達も、助けられた者達もまた同じく抱いていた想いでもある。
「……すまなかった。僕の所為で皆をこんな目に遭わせてしまって」
「謝るなって。水臭いこと言うなよ、仲間じゃねぇか」
「そうですよ。シフォンさんも皆さんも、助けられて良かったです」
「ああ……。だから私達からも礼を言わせてくれ」
「ありがとうよ。あそこに繋がれたままだったら、きっと俺達全員が死んでいた筈だ」
シフォンは責任を感じていたのか、ぽつりと呟いて頭を下げていた。
しかしそんな弱った彼に肩を貸していたジークが何ともないと答えると、アルスや助け出
され生き残った人々からも慰みと礼の言葉が返ってくる。
仲間達は静かに笑っていた。シフォンが戻ってきた。それだけで充分だと言うように。
「……うん。こちらこそ、ありがとう」
暫くぼうっとそんな皆を眺めていた彼だったが、やがてゆっくりと表情を緩ませると、控
えめな返事を漏らして再び小さく頭を下げる。
「だが、当の主犯格には逃げられたんだぞ? よかったのか?」
その一方で、サンドゴディマの面々を束ねるバラクは淡々とその事実を逃さなかった。
「そうね。でも私達の目的はシフォンを捜し出す事だったから。……相手は統務院ですら手
を焼いている組織なんだもの。正直、私達だけじゃあ手に負えないわよ。とりあえずは、皆
さんを送り届けてから、街の守備隊に届け出ておくという所かしらね」
「ああ、そうだな。妥当な判断だろう」
寸前で逃がしたジークや、利用されていたサフレらは彼のその言葉にしかめ面を見せてい
たが、当人はそんな視線を歯牙にも掛けず、イセルナの応答に頷いてから空を仰ぐ。
「……。問題は、こいつらだな」
言いながら見上げた視線。
夜空を背景に立つのは、先刻まで味方についてくれていた魔獣──囚われの人々だった。
ジーク達もまた、彼の視線に追随するように、姿こそ異形だがまだ心はヒトのそれを保っ
ているこの彼らを複雑な表情で見遣って押し黙る。
死んでしまったのなら弔う事はできる。
だが、魔獣をヒトに戻す術など存在しない……。
「……悩ム事ナンテナイサ」
「殺シテクレ」
「えっ……!?」
しかし当の彼らは、確かにそう告げた。
ステラが銀髪を揺らし、明らかな動揺を見せる。ジーク達も、身を乗り出したり無言で眉
根を寄せたりと様々だったが、一様に躊躇いを零していた。
「そんな……。だって皆、こうやって普通に話せて……」
「アア。オ嬢チャンノオカゲデ、心マデ怪物ニナラズニハ済ンダヨ」
「ダケドサ、自分達ニモ……分カルンダ。コノ正気モ、長クハ続カナイッテコトクライ」
「それ、は……」
ステラは俯いて返答に窮する。だがそれは彼らの言葉の肯定に他ならなかった。
動揺で瞳を揺らしながら、ジークはアルスら魔導を使える仲間達に振り返ったが、その憂
いを認めるように、弟達は心底悔しそうな表情で力なく頷いている。
「だ、駄目だよっ! せっかく生きてるのに!」
「仕方ネェサ。モウ……ヒトニハ戻レハシナインダロウ?」
「タトエアンタ達ハ見逃シテクレテモ、魔獣ッテノハイズレ狩リ殺サレル。ソレハ俺達ガヒ
トダッタ頃カラズット、冒険者ニ丸投ゲシテキタ事ナンダカラサ……」
「頼ムヨ。ダッタラセメテ、アンタ達ノ手デ終ワラセテ欲シイ。……完全ニ魔獣ニナッチマ
ウ前ニ、セメテ人トシテ死ナセテクレ」
それでも魔獣達はそう頭を下げて懇願してきた。
そんな死の覚悟を決めた彼らに、ステラは大粒の涙を瞳に溜めて、ふるふると言葉が出ず
に首を横に振っている。
「……分かった」
だが、仲間達はその願いを受け入れようとした。
ぼろぼろと涙を零すステラの肩をぽんと叩きながら、ダンがジークが、皆が真剣な面持ち
で一歩彼らの前へと進み出てくる。
「みん、な……?」
「……察してあげて。ステラちゃん」
「このまま彼らを解き放っても、待っているのは……人々の忌避と迫害です」
イセルナらはゆっくりと振り向くステラを横目に一瞥すると、静かにそう諭していた。
その横顔は、何処までも真剣で……辛くて哀しそうで、悔しそうで。
だからこそステラはそれ以上何も言えなかった。視線を移した先のレナやミア、マルタら
友らも同じく苦渋の決断にじっと耐え忍んでいる様が見て取れた。
「アリガトウナ」「頼ンダヨ」
「……ああ」
彼らが──魔獣達がそっと身を屈め、首を差し出してくる。
首を跳ねれてしまえば、魔獣であっても大抵は息の根を止められるから。
「……。すまなかった」
ダンとイセルナを中心に。
ジーク達は自分の中のざわつく感情を堪えながら、ゆっくりと武器を抜き放って──。
「──はぁっ、はぁっ! はぁっ……!!」
地下アジトから逃走路を抜けて、ダニエルは一人廃村郊外の森の中を走っていた。
何度か振り返ってみる。どうやら追いかけては来ていないようだ。
激しく息切れする身体を休ませるべく、彼は肩で大きく呼吸を整えながら両膝に手をつき
その場にへたり込んだ。
(とんだ誤算だった。まさか、彼らにメア様が味方しているなど……。兵らに調べさせた情
報にはなかったのに……)
あの邪魔さえなければ。ダニエルは思った。
ショックだった。何よりも、自分達“結社”の者にとって魔人とは瘴気を緩衝する人の盾
であり尊ぶべき存在なのである。そんな魔人当人が、自分に攻撃を向けてきたのだ。
個人的には彼らに敗れた事よりも、その所為で“信仰”が揺るがされたことの方が衝撃が
大きかったと言ってもいい。
「だがまだだ……。ようやく“信徒”の号を得られたのに、このままで終わる訳には」
「だよねえ?」
そんな時だった。
ダメージでボロボロになった服の汚れを拭いながら呟いたその声に、返答があったのだ。
思わずハッと我に返り、ダニエルはその声のした方向──夜闇に溶ける森林の中に目を遣
り目を凝らす。
「やあ。散々だったみたいだね」
「ざまぁねぇな」「あはは。ボロボロ~♪」
やがて夜闇に紛れて姿を見せたのは、三人の人影だった。
一人は隆々とした体格の、いかにも荒っぽそうな大男。
一人は継ぎ接ぎだらけのパペットを抱えた、一見すると幼い少女。
そして一人は、青紫のマントを纏ったキザな言動の青年で。
「おぉ……! これはこれは“使徒”様方ではありませんか。わざわざ御足労を頂かれたな
ど、何と申し訳ない……」
するとダニエルは彼らの姿を見るや否や、傅くように大仰に駆け寄って跪いていた。
アジトでジーク達に見せた余裕など何処へやら。
その様はまさに従属する者のそれで……。
「あぁもう、纏わりつくなっての。堅苦しい」
「ふふ。まぁいいじゃないか。信徒達を束ねるのも僕らの仕事だよ?」
大男は面倒臭そうに顔をしかめていたが、青年はむしろそんなダニエルを微笑ましく──
いや、嘲笑に近い表情で見下ろしていた。
ばさりとマントを翻し、青年はそのまま跪く彼の前にしゃがみ込む。
「……信徒ダニエル。さっきこのままでは終わりたくない、そう言ったね?」
「は、はいっ! 勿論で御座います!」
期待の眼差し。ダニエルは道が開けた、そんな解釈してバッと顔を上げていた。
だがむしろ、対する青年の微笑みは不気味な“悪意”に類するものだった。
彼はそっと自身の掌を持ち上げ、このすがり付いてくる狂信の徒へと告げる。
「ならば君に新たな任務を与えよう。……“最期”の任務を、ね」
そう呟いたその掌からは、濛々とどす黒いオーラが立ち上っていた。