67-(8) 頂のゴング
時を前後して。万魔連合の会合。
高く円筒状に延びる天井の中空に、同大集団の長である四魔長を始め、傘下ファミリーの
幹部クラス達がずらりと映像越しに顔を揃える。
その中でウルは、現在も試合続行中のコロセウム本部の一室でこの会議を仕切っていた。
周りに政務の部下達を控えさせ、リング上で戦うジークとディアモントの映像を横目にしな
がら、正式に提出された文書に目を通している。
「神託御座からは……やはり目立った回答は無しか」
呟く。とはいえ、こうなる事は何となく分かっていた。
外交ルートを通じて抗議し、真偽を問うたが、天上の神格種達からの回答は知らず存ぜず。
少なくとも神託御座としてこのような襲撃を命じたという事実は、当然だが無いという。
それでも……映像越しに見る各ファミリーの代表達は、明らかに不満そうな表情をしていた。
たとえそうでも、彼らの眷属である天使が実際に自分達の興行を妨害したのだから当然
の反応であろう。
『やっぱだんまりか……。相変わらず連中は“下々”と関わるのが嫌いだねぇ』
『最早病気のレベルよね。下手に関与して力の源を失うのを避けるとは言っても、結局あの
場で一人消滅したのに』
『レノヴィン君お手柄だったね~。……あれ? でももしかして、逆に恨まれる?』
セキエイにミザリー、リリザベート。残りの四魔長も彼に続いた。終始ピリピリとした雰
囲気の中にあって、彼女だけは相変わらずのおっとりマイペースだ。
「いや。あの者達の行動は寧ろ後の禍根を最小限に抑えてくれたと儂は思う。あの時あの場
でユリシズと神レダリウス、どちらかでも取り逃がしていれば神託御座は今以上に態度を硬
化させ、保身に走っていただろう」
ウルは言う。
そうだ。全てが解決した訳ではないとはいえ、少なくとも彼らに向けられた──その巻き
添えを食った自分達に襲い掛かった“刺客”は、速やかに排除されなければならない。それ
で仮に神託御座との関係が悪化しようとも、内心ウル自身は構わないとさえ考えていた。
非があるのは──麻痺しているのはあっちだ。
向こうも今頃は大いに混乱しているのだろうと予想するが、こと武力による威圧に関して
は、先に折れた方が全て持っていかれるなのである。
『にしたってよぉ、爺さん。大会を続けるってーのはちぃとゴリ押しなんじゃねぇか?』
『そ、そうです。首領』
『先日から我々の下にも、不安や中止を訴える声が続々……』
神々は当てにならない──。その点では四魔長も傘下の幹部達も概ね一致していた。
だからこそ、話題は現在再開されている地底武闘会に移る。セキエイは半ば揺さ振りを掛
けるように、気遣うように言葉を向けていたのだが、他の者はそれをウルの強権に対する非
難の切欠としたいらしい。
「……では屈するか? それで得られるものと失われるものを計れ。ユリシズが暴走を始め
たタイミングと、そこから推測される潜入した目的。十中八九、奴らは“結社”の手の者か
或いはそれに与する第三極といった所だろう。それは即ち“結社”は神の力すらもその末席
に加えているということ。大方今回の一件は自分達からそれを暗に臭わせ、件の特務軍に対
する牽制とでもしたいのだろうな。ついでに一人や二人、レノヴィン一派も始末できていれ
ば上々といった所か」
『……』
ふんと鼻で哂い、口に出したウル。傘下の幹部達は皆、ぐうの音も出ずに押し黙った。
その読みはやはり間違っていないのだろう。だからこそ彼は大会の再開を決行した。もし
自分達が結社の起こす事件に萎縮すれば、地底層だけに限らず世界中にその判断に流れて
いく先例を作ってしまうことになる。
……それに、既に事は起きてしまったのだ。今頃この一件件は正義の盾の長が一人、セラ
・ウゲツが統務院にも持ち帰って地上各国に伝わっているだろう。尤もウルはそこまで公言
する必要性も、メリットも感じなかったため、その情報に関しては結局何一つ言及しなかっ
たのだが。
『まぁ……そうだがよぉ』
『進んでも地獄、退いても地獄、か……』
『くそっ、レノヴィンめ。こっちにまで厄介事を持ち込んで来やがって』
『う~ん……。どっちにしても“結社”は色々してくるって事だよねぇ。嫌だなぁ』
『……』
ガシガシとその赤髪を掻き、セキエイがごちる。各ファミリーの幹部達も今更ながら、自
分達がこの世界が置かれた状況に歯痒さを禁じ得ず、或いはジーク達への呪詛を吐く。
そうした面々のざわつきの中で、ミザリーは思った。思い出す。
一国の王すら影で操ってしまうほどの組織力と狡猾さ。義妹の国は大丈夫だろうか。
(神格種までも……。“楽園の眼”。一体どれだけ根深い組織だというの……?)
『──さぁさぁ皆さん、大変長らくお待たせしました! 地底武闘会、決勝戦ですっ! 今
年は奇しくも兄弟対決──皆さまご存知、レノヴィン兄弟による戦いと相成りました。さぁ、
本年度の優勝者となるのは、一体どちらなのかっ!?』
たっぷりと昼休みを挟み、コロセウムの北棟・第一リングは再び満員御礼となっていた。
実況役の男性アナウンサーは既にハイテンション。集音器を通して叫ばれ煽られるその言
葉に、観客席を埋め尽くす人々は既に興奮状態だ。
「二人とも~、頑張れ~!」
「が、頑張って。で、でも、無茶はしないで……」
「マスター、アルス殿。後武運ヲ」
「いよいよ決勝かあ。さぁて、一体どちらが勝つのやら……」
同じく仲間達も、その一角で試合開始の時を待っていた。
声援、不安、期待。或いはそれぞれの思惑による沈黙など。この数日の間に起こったあら
ゆるものが、きっとこの戦いの後には大きく表面化するのだろう。
ジークとアルス。兄弟二人はじっと向き合いリングの上に立っている。
「……その、兄さん。身体の方は大丈夫なの?」
「そうだよ~。ディアモントとの試合、かなり暴れ回ったらしいじゃない」
「ああ。平気平気。一回寝たし、たらふく食ったし、霊石も何個か使って体調ならばっちり
だ。……まぁ、レナには泣かれながら治療されたけどな」
「あはは……」
午前中の激戦を心配した弟達に、ジークは努めて笑っていた。両腕を組んで余裕といった
風にその場に立っている。アルスは苦笑いを零した。安堵せども、その激戦となった理由の
一端が予想できてしまっているからこそ、心からは笑えない。
「お前こそ……いいのか? 今なら降りてもいいんだぞ? もうリオから出された優勝って
いう課題はクリアしたようなもんだしな」
「兄さんは優しいね。でも降りない。僕は兄さんと戦ってみたい。最後まで、自分の全力を
尽くしたいんだ」
……そっか。小さく嘆息をつくジーク、微笑むアルス。気遣いは無用らしかった。この弟
の向けてくる笑みと決意は本物である。
「なら、俺も本気でヤるぜ? 簡単に折れてくれるなよ?」
ザラリ。懐と腰から、それぞれ白菊と蒼桜を抜いた。普段とは違う、左手の短刀と右手の
太刀の二刀流だ。
アルスがエトナが身構えた。軽く握った拳を口元の前に出して隠すようにする。二人の間
に立っていた審判がこれらを見て、リングから下がる。合図が伝達され、実況役のアナウン
サーががしりと集音器を握り直すと訊ねた。
『どうやら準備が整ったようです。両選手、宜しいですね?』
二人は向き直らずに身構え、黙っている。身体全体で示すイエスだ。ごくり……。観客席
の人々が、仲間達が固唾を呑んで見守った。あちこちから撮られる映像機越しに、戦いの始
まりは世界各地に配信されている。
アナウンサーが大きく息を吸った。係員らが吊り下げられたドラに向かって撥を振るう。
ジークとアルスはぐっと両脚に力を込め、その瞬間から同時に動いた。
『それでは決勝戦、アルス・レノヴィン対ジーク・レノヴィン。開戦の……ゴングっ!!』