67-(6) 灰色真景
目を覚ました時には、その風景が広がっていた。
少し気味が悪いくらい静かで殺風景な灰色の世界。足元は浅い湖面で、同じ灰色に溶けて
いく空の向こうには点々と、無機質で中小様々な塔らしきものが建っている。
ふぅ……。ジークは静かに呼吸を整えた。服装は先程までのものだが、戦いで傷付いた血
汚れなどは一切なく、何よりいつも腰に差している六華の姿がない。
当然だ。
此処はその六華たちの深層世界なのだから。
「おい、俺だ! いるんだろう? 出て来てくれ!」
まるでそれまで何度も繰り返してきたかのように、ジークは中空を向いて呼び掛けた。
しぃんと声が反響もあまりせずに掻き消えていく。だが、それから程なくしてコウッと、
彼の周りに六つの──それぞれぼやけて違った色をした光が現れる。
「……あらあら。また来られたんですか?」
紅い光。それはやがて人型を取り、線目のほわほわとした赤髪の女性へと変化する。
「まぁ、ぼちぼち呼ばれるかなとは思ってたよ。ひひ、残念だったな。紅」
蒼い光。それはやがて人型を取り、勝気でボーイッシュな青髪の女性へと変化する。
「あまり嬉しそうにするんじゃないよ。僕達は、本来彼らのような人間とは相対するべき者
なんだ」
「う~ん、でもぉ。もう何回も来てるんだし、今更よねー」
「……ヤナギには賛成だけど、厳然たる事実」
「ぬぅっ」
そして緑の光、金の光、白の光。それらはやがて人型を取り、見るからに生真面目そうな
緑髪の青年に、ふわふわと毛先のロールした妖艶な金髪の年上女性に、朴訥で感情に乏しい
白いぼさぼさ髪の少女にそれぞれ変化した。
ちゃぷちゃぷ。彼らは湖面を渡り、それぞれの方向からかくして現れた。更にこの五人を
統率するように遠く正面から黒い光が──線目な黒髪の偉丈夫が歩いて来て、言う。
「仕方あるまい。今の我々の持ち主は、この少年なのだ。我々を知り、失うものを知っても
尚、その力を欲するというのなら……もう私は彼を止めぬ」
「……」
六人。六華の本数と同じ。
彼らの前に、ジークは神妙な面持ちで立っていた。再び、その絶大な力を借り受ける為に
立っていた。
──二年前、リオは自分に言った。色装を習得するのに併せ、六華と語らえと。
最初は何の事かよく分からなかった。剣と話すと言ったって、どうすれば……?
だがすぐに糸口ならば思い出す。そうだ。そもそも自分が六華を、護皇六華という聖浄器
を使うようになったのは、サフレとの戦いでリンさんが傷付いて気が動転し、訳も分からぬ
内に此処に迷い込んだからだった。
つまり語らえとは、この六華の精たちともっと仲良くなれという事ではないか?
……いや。
結論から言えば、彼らは六華の“精”などではない。正真正銘、六華にされた“人”なの
だから。学院のマグダレン教員やリュカ姉、アルスなどに何度も教えを請い、読み慣れない
文献に片っ端からぶつかっていく中で、自分はようやくその真実に気付いたのだ──。
「力を貸してくれ。今、勝たなきゃいけない相手がいる」
真っ直ぐに彼らを見据えてジークは言った。青年と少女──緑柳と白菊がまだ露骨に嫌そ
うな表情をみせたが、代わりにひょいっと、青髪の女性・蒼桜がジークの前に跳んで立った。
「オッケー、待ってましたよっと……。でもいいのかい? あんまりあたし達を頼り過ぎる
と、あんた……死ぬよ?」
「……知ってる。それでも力が欲しいんだ。もう二度と負けちゃいけない。負けられない」
繰り返された問答。だがジークは飽きる事なく答え返す。
そもそもこうして剣を取ったのも、自分に力が無かったからだ。どれだけ平穏な人々の中
に生きていても、その理想に耽溺していても、力が無ければそんなものは簡単に壊される。
悪意があろうとなかろうと、いつだって蹂躙されるのは弱き者だ。
それに……ここでディアモントに負ければ、この後の決勝戦はアルスとあいつになる。
兄として、それだけは防いでやりたかった。弟の力を信じていない訳ではないが、やはり
魔導師と戦士では直接戦闘における向き不向きが大き過ぎる。
あの竜族には、自分が打ち克ちたかった。
“結社”のヴァハロ、まだ使徒だった頃のクロム。彼らと共通した部分を持つ彼に勝つ事
は、きっと今後の戦いの予行演習にもなるだろう。
「ふふっ。相変わらず変なとこで真面目だなぁ」
なのに知ってか知らずか、当の蒼桜はけらけらと笑っていた。始めからからかう心算で訊
いたらしい。だがジークはこうしたやり取りはもう慣れっこなのか、ピクリとも表情を変え
ず、ただじっと彼女の顔を見返している。
「オーケー、オーケー。じゃ、あたしが出るよ。他に立候補はいないね?」
一応他の五人にも確認してみるが、誰も手を挙げる者はいなかった。嬉々。しかしその瞳
の奥には飲み込まれそうな闇を宿し、彼女はスッとこちらに手を差し出す。
「行こうか、少年。……しっかり背負いな」
「ああ」
がしり。
そんな彼女の手を、ジークはしっかりと握り返して──。