67-(5) 金剛石のディアモント
『大変お待たせしました! 第四試合、ディアモント選手対ジーク選手、準備完了です!』
リング整備と暫くの休憩を挟んで。コロセウム北棟は再び活気付いていた。
実況役のアナウンサーと観客達が相互にボルテージを上げていくその眼下。そこには既に
例の如く噴き出す白煙の演出で登場し、リングの上に上がったジークとディアモントが互い
に距離を保って立っている。
頑張れ~! 観客席からステラが、控え目にはにかんでレナが、仲間達と共にエールを送
っていた。ジークは耳だけでそれを聞いている。
ザラリ……。紅梅と蒼桜、いつもの二刀を抜いて構えた。対してディアモントは変わらず
悠然と仁王立ちし、何が嬉しいのかニヤニヤと満面の笑みで口角を吊り上げている。
「……先ずは礼を言っとくよ。この前はありがとよ。お陰で、団長を助ける事が出来た」
「何、礼には及ばんさ。俺はあくまで此処に武を競いに来たのであって、場外で争うつもり
はない。お前と拳を交えられること──光栄に思う」
スッ。素早く複雑な手の動きを経て、ディアモントはゆっくりと両手を構えた。ジークは
じっとそれを観察する。お互い、準備は万端だ。
(拳。武器を隠し持ってる様子もなくてこの構え……。やっぱりミアやクロムと同じ、格闘
タイプか)
「ジーク選手、ディアモント選手、宜しいですか?」
僅かな間にも相手の特徴を推測する。するとそれまでリング上に立っていた審判がそう確
認をして来て、二人は殆ど同時に頷いた。
コクリと頷き返され、彼が一旦リングの外へと離れていく。
合図が伝達され、実況席のアナウンサーが近くの係員に指示を出す。
『では始めましょう! 本選第四試合、ディアモント・フーバー対ジーク・レノヴィン……
開始!』
ゴゥンッ。
係員らが大きなドラを鳴らした瞬間、二人は地面を蹴った。全身に錬氣を、オーラを纏っ
て力に変え、剣を拳を突き出さんとする。
「っ!?」
だが一瞬、ジークは相手のそれを見て目を見開いた。ディアモントを覆う彼のオーラが瞬
く間にガチガチと固形化していき、その拳を鱗のような装甲に強化したのだ。
オーラを込めた二刀と彼の拳がぶつかる。ミシミシと、両者の力が静かな押し合い圧し合
いを繰り返す。
「……それがお前の色装か」
「ご名答。変化型《晶》の色装。自身のオーラを自在に結晶化する能力だ。並大抵の攻撃で
は、俺に傷一つ付けることは出来ないぞ?」
弾き、再び切り結ぶ。
観客達がわざめく中で、二人は直後激しい打ち合いに変じた。硬く硬く強化した拳、或い
は視界の外からぐるっと落ちてくる蹴り。ジークはそれを刀身でガリガリと必死に受け止め
ていなしながら、何とか攻撃の糸口がないかを探っていく。
(厄介だな。要するにクロムと似たような能力か。全身を固められる前に、片をつけないと
いけねぇか……)
相手の突きを受け止め、その衝撃を利用して後ろに跳びながら、ジークは決めた。
やっぱり小細工は自分の性に合わない。相手も、そういう戦い方は望んじゃいない。
距離を取ろうとしたジークに、ディアモントが嗤いながら追い縋った。だがジークはその
挙動をしっかりと瞳に宿した上で、左腕を大きく振りかぶり、放つ。
「蒼桜……一分咲!」
「!?」
瞬間、文字通り爆発的な威力を孕んで膨らんだエネルギーが、一挙にディアモントに向か
って飛ばされた。
ジークの《爆》の色装。その強化を受けた飛ぶ斬撃である。
結果、前のめりになっていたディアモントはこれに真正面から位置する事になった。大き
く目を見開き、しかし咄嗟の判断で身体の前面大部分に《晶》を這わせ、この蒼い一撃を受
け止める。
『出たァーッ! ジーク選手の必殺技~!! ディアモント選手、真正面から受けて吹き飛
ばされるゥ!』
実況役のアナウンサーが叫ぶ。事実、一直線にリングを抉る蒼桜の威力は、これを防御し
たディアモントの身体をどんどんリングの外へと持っていこうとしていた。
「ぐっ……、ぬ、おぉぉぉぉぉぉーッ!!」
だが皆が次の瞬間、目を見張ったのだ。場外にされるギリギリの所で、何と彼はこの一撃
を耐え切ったのだった。
ボロ、ボロ。身体を覆った《晶》は大分剥がれてしまっていたが、それでもディアモント
自身に目立ったダメージは無い。
『……た、耐えたーっ!? 何とディアモント選手、ジーク選手渾身の一発を身体一つで耐
え切ったーッ!!』
おぉぉぉぉ……っ! 観客達から驚愕と賛辞の声が上がる。だが当の本人達は尚も真剣そ
のものだった。ジークはスッと目を細めたもののすぐに残心を解き、ディアモントもニッと
笑みを浮かべて立っている。
「……やっぱ耐えたか。でもあんまデカくすると此処自体吹っ飛んじまうしな……」
「そうだな。だが、中々にいい一撃だった」
笑っている。しかしディアモントの内心は、その実少なからぬ驚きでざわついていた。
事前に予選の映像は観たが、恐ろしい少年だ。一分咲──おそらく最小限の出力。それで
すらこうして防御にオーラを集中させなければ危うかった。
これが“英雄”か。あまり高を括っていては掬われる。
しかし大よそは理解した。全力で、挑もう……。
「──!」
そして次の瞬間、ディアモントが更に強力にオーラを練り込んで地面を蹴った。ジークも
これを迎え撃つ。一打、二打、三打、四打。どれだけ堅牢であろうと、剣と拳ではその間合
いに必然の差が出る。
「ぐっ……!?」
だが、それが落とし穴だったのだ。流れるように繰り出されるディアモントの突きを二刀
を使ってかわし、いなしていく中、はたと彼が返した片方の手を手刀に変えると、そこに纏
っていたオーラがその伸びに呼応するように結晶化。短刀のようになってジークの胸元を切
り裂いたのだ。
「ジーク!?」「ジークさんっ!」
「マ、マスター!」
どばっと、鮮血が噴き出した。尚もこの機に乗じて迫って来るディアモントに、ジークは
咄嗟に目を見開き、右腕の紅梅にオーラを込め、紅く膨らんだ《爆》を叩き付ける。目の前
の石畳に大きな陥没ができ、濛々と土埃が上がり、二人は距離を取り直す。
「……はぁ、はぁ。なるほどな。そういう使い方も出来るのか。こりゃ厄介だ」
「お互い様さ。さて……次はどんな技を見せてくれるのかな?」
「──だ、大丈夫かなぁ? ジーク、一発貰っちゃったけど……」
「嗚呼、あんなに血が……。傷はどれくらいでしょうか……」
「生体反応、グリーンカライエローヘ。ダメージ、確認……」
観客席で、仲間達はそんな戦いの一部始終をしかと見ていた。ステラやレナ、オズが心配
や不安でおろおろし、眉を顰めるサフレやグノーシュ達、リオやクロムなどを見遣る。
ちょうどそんな頃に、ダンが皆に合流した。
アルスの試合、もう終わっちゃいましたよ──? 振り向いて自席から声を掛けるクレア
に、ダンは「すまん。遅くなった」と苦笑いをしている。イヨが、密かにそれを横目で見遣
って、眼鏡の奥の瞳を揺らめかせている。
「……傷一つで倒れるほど、彼はか弱くはないさ」
「ああ。だがあのディアモントという男……既に気付いているな。クオーツパーティの団長
だったか。ここまで勝ち上がってくるだけの事はある」
クロムのやや宥めるような言葉に対し、リオは半分誰にともなくといった様子でそう呟い
ていた。眼下のリングでは紅梅の一撃で陥没し、岩埃の上がった場でお互いに何やら語り掛
け、すぐにまたぶつかっていくジークとディアモントの姿がある。
「気付いている? 何がです?」
「能力の性質だ。ジークの《爆》は確かに凄まじい威力を引き出せるが、その反面マナを消
耗する事が前提の能力でもある。だがそれに対してディアモントの方はオーラを結晶化する
能力だろう? 言い換えれば使えば消えていくオーラを、ある程度その場で“保存”できる
んだ」
あっ……。マルタ以下、観客席の仲間達が彼の言わんとする事に気付き、思わず深刻に眉
を顰めた。つまりジークとディアモントでは、その能力の方向性がまるで逆であるという事
である。
「オーラの消費を前提とするジークと、保存を前提とするディアモント。二人の能力はその
性質を全く異にする。加えて奴の方が冒険者としての経験が多い。……この戦い、長期戦に
なればなるほどジークの不利だ。ディアモントも、それを理解した上で攻撃の威力よりも手
数を優先させている」
「そんな……」
リオのそんな分析に、レナが口元を押さえ絶句していた。
眼下のリングでは引き続きジークとディアモントが打ち合いを続け、しかし手刀やオーラ
を飛ばしながら結晶化させて放つ散弾など、刻々と間合いを切り替えていく彼の攻勢に、基
本刀の間合い以上でも以下でもないジークは次第に苦戦していった。
《爆》を使えば実質の間合いを伸ばす事も可能だ。だが、何よりジーク本人がその乱発が
却って自分を追い詰めるものだと自覚している。
(──しくじった。俺は、とんでもない読み違えをしてたんだ)
ジークはつい先刻までの自分を悔やむ。一見すればそうだが、彼とクロムではその能力の
本質は全く別のものだったのだ。
クロムはオーラに重量を付与するだけ。ディアモントはオーラそのものを固めてしまう。
前者は防御力が故に攻撃力があった。だが奴は、それとは逆に、攻撃力を追求してこその
この硬さなのだと思い知る。
飛んでくる結晶弾の雨霰を二刀で叩き落し、幾つかを打ち漏らして身体を掠めてもジーク
は再び距離を詰めて駆け出していた。それを見て、ディアモントも射撃を止めながら尚且つ
オーラを両手に蓄え、拳でも短刀でもすぐに取り出せるような体勢を取る。
「……接続開始!」
駆けながら手首のスナップで紅梅に魔流を引っ掛け、ジークはその大量のマナを自分の身
体に注ぎ込んだ。
ドクンッ! 変わらず瞬間身体に走る負荷は大きいが、それでも二年間の修行で自分の導
力も大分上がった。十回から十五回くらいまでなら、耐えられる。
「ぬっ──?」
突然跳ね上がったこのオーラ量にディアモントは目を見開いたが、それでも歴戦の戦士で
あるからか、すぐに彼は目の前の攻撃に立ち向かう冷静さを発揮した。オーラが瞬く間に結
晶化し、ジークの鋭い一撃も何層にも覆い被さったそれで防いでみせる。
「……ああ、部下達から聞い肉体強化の技だな。だが、その本質がオーラの強化であるなら
ば、同じ事っ!」
大柄とは思えない身体の柔らかさで、ディアモントは刃状に結晶化した片足を蹴り上げ、
一度ジークを引き離した。
頬を刃が掠め、ずざざっと石畳の上を踏ん張るジーク。再び地面を蹴った。およそ常人に
は捉え切れない速度。だがそれを、ディアモントは冷静に確実に気配で追い、四方八方から
数度のフェイントを挟んできた彼の一閃を──受け止める。
「っ……!?」
竜の手だった。竜人態。ディアモントの両手が、次の瞬間竜族本来の姿を顕していた。
ビクともしない力に防がれながら、ジークは歯を食い縛って顰める。はは。ディアモント
は笑い、もう片方の竜の手で薙ぎ払う。
ジークは避けた。再び大きく飛び退いて距離を取った。息を切らす。小さな細かい傷が互
いのあちこちに走っている。ディアモントは実に嬉しそうだった。スゥゥ……と、両の竜の
手を封じ直し、彼はジークに語りかける。
「やはり末恐ろしい才能だ。統務院が目を付けるだけの事はある。余計な横槍など要らん。
部下達はことごとく敗退してしまったが、お前と戦えただけで、今年この大会に出た意味は
大いにあった!」
「……そりゃどうも。って、部下? お前も団体で出場してたのか」
「うん? 何だ、知らなかったのか。各ブロックでお前達に随分と可愛がって貰った筈なん
だがな」
「……。あ~……」
そういう事か。一々顔など覚えてはいないが、どうやら本選に勝ち上がってくるまでに彼
の仲間達もばっさばっさと倒していたらしい。……特に自分の場合、最後は《爆》で一人残
らず薙ぎ払ってしまったため、そりゃ覚えてないわなぁと思う。
「……ふぅ」
大きく息をつく。何だか、ジークは急に馬鹿馬鹿しくなった。
悪い癖だ。つい熱くなってしまう。一旦呼吸を整えて落ち着き、彼はそっと右手の紅梅を
鞘にしまい込んだ。
「? どうした。降参か? お前は二刀流なんだろう?」
「ああ。でも流石に二本同時はキツいんだよ。色々持ってかれるモンが多いからさ」
何を……? 観客席の人々と仲間達を含め、ディアモントは眉根を寄せて頭に疑問符を浮
かべていた。しかし当のジークはといえば大真面目で、ゆっくりと残った左手の蒼桜を水平
に持ち上げ右手をそっとこの腕に添えると、言う。
「……正直、こいつまで使うつもりは無かったんだがなあ。仕方ねぇか。あんた、バラバラ
になっても恨んでくれるなよ?」