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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-67.独りじゃない、一人じゃない
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67-(1) 天使、その後

 天使エンゼル・ユリシズの出現により、地底武闘会マスコリーダは一時中断に追い込まれざるを得なかった。

 だが肝心のユリシズと、その使役者と思われる神・レダリウスは、仕方なかったとはいえ

共に激戦と逃亡の末に死亡。彼らの動機や犯行ルートなど詳しい事は何一つ判らず、捜査は

急遽招集された万魔連合グリモワールと、彼らに激しい非難を以って身内の不祥事を明らかにするよう求

められた天上の神々──神託御座オラクルに委ねられた。

 当初これだけの事件が起こり、観客の安全確保の面からも、今年の大会はこのまま中止に

しようという声が少なくなかったという。

 だがそれを寸前で食い止めたのは、他ならぬ大会の興行主たるラポーネファミリーであった。

 ウル曰く、このまま余所者の武力に屈してしまえば大会そのもの存続に関わってしまう。

狙われたのがミア──クラン・ブルートバード、ひいてはレノヴィン兄弟であり、昨今の現

状から考えて“結社”に関わりのある者達の犯行である事は明らかである以上、尚のこと今

ここで屈するのは世界全体の損失だと訴えたのだ。加えて、本選出場者であるディアモント

とエイカーが、大会の続行を請願してきたのもこれを後押しした。

 故に、繰り返された関係者らの議論と調整の末、大会は中断から翌三日後、無事に再開さ

れることと相成ったのである。


「──ってな訳でな。残りの試合、何とか消化されそうだぜ」

 魔都ラグナオーツの一角にある総合病院。

 それぞれに深手を負ったイセルナとミアは、此処に搬送され入院していた。そんな二人の

養生する病室へ、ここ四日で起きた出来事を教えにダンがやって来ている。

「そう……。良かった。ボクの所為で大会が無くなっちゃったらどうしようかと思った」

「別にミアちゃんが悪い訳じゃないわよ。でも、ラポーネさんも思い切ったわね。周りを説

得するのは骨が折れたでしょうに」

「大方自分の興行を潰されるのが許せなかったんだろ。聞いた話じゃ“結社”への断固とし

た姿勢とか云々言ってやがったが、お偉いさんの理由ってのは案外馬鹿みたいな意地で出来

てるもんさ」

 頭に、胴に、腕に。ミアもイセルナも入院着の上から痛々しい包帯の白さが覗いていた。

自責と安堵。それぞれに見せた反応は違っていたが、少なくとも彼女達の奮闘が無駄になる

事はなさそうだ。

「そう言えばジーク達は? ダン一人?」

「ああ。あいつもアルスも試合だからな。皆先に行かせたよ。見舞いなら俺一人でも充分事

足りるだろ? どうせ一日二日で治る怪我じゃねぇんだ。大会が終わった後にでも改めて来

させりゃいいさ」

 ダンが口元に弧を描いて気丈を見せる。そうね……。包帯だらけのイセルナはそうフッと

弱々しい微笑を浮かべた。魔界パンデモニムの空は相変わらず昼間でも薄暗い。窓から差し込む光量は

それほど不足しているとは思わなかったが、それでも地上での暮らしが当たり前になっている

身だと、されど明るさ一つだけでも気を付けていなければ踏ん張り留まる心すら萎んでいっ

てしまうかもしれない。

「それで……。肝心の試合はどうなの?」

「ああ」

 ぱちくり。何度か瞬きをし、ミアが訊ねた。ダンもこの我が子に向き直り、言う。

「ただでさえ無理を押して再開してるから、日程やら何やらも変わってるぜ。先ず午前中に

残りの組み合わせ──アルスとエイカー、ジークとディアモントの試合がある。午後からは

決勝だ。あの羽野郎は正式に失格扱いになったそうだ。でも実際問題ミアはあいつにボコら

れてこんなだし、イセルナも食い止める為に戦ってボロボロだ。二人にゃ悪いが……」

「ええ。飛び出した時、覚悟はしてたわ」

「……仕方ない。ボクの力が足りなかった。それだけ」

 結局ダン達の申し出と大会本部の判断により、二人は負傷による棄権扱いとなった。故に

残った選手は四人。本選は、この残る面々から優勝者を選ぶ事になる。

 落ち着き払った様子でイセルナが言う。ミアも、ぎゅっと包帯塗れの拳を握りながらも、

そう自らに言い聞かせるように応じていた。

「そう自分を責めるな。あんなの、あの場で討ち取れた方がおかしかったんだって。正直俺

がイセルナの立ち位置だったら危なかったぞ? 頼みもしてねぇのに一人で背負い込むのは

お前の悪い癖だ。その為の、クランだろ?」

「……」

 全く、誰に似たんだか……。

 ダンにボフッと頭を撫で回されて、ミアはされるがままにじっと黙っていた。

 視線はそんな父を見上げている。表情は相変わらず中々表に出て来ないが、気持ちその瞳

には、信頼という言葉に類するであろう揺らめきが垣間見えていた。

「試合、私達も応援してるわね。皆にも大丈夫だから気に病まないでって伝えて?」

「映像器で観てる。ボクらの分も頑張ってって」

「ああ。もう後はあいつらだけだ。しっかり背中押してやんねぇとな」

 笑って、ダンはひらひらと手を振りながら踵を返した。あれだけの大事件だったが、幸い

二人とも命に別状は無くて安堵した。手を振り返し、じっと視線で見送ってくれる二人を背

に、ダンはそっと扉から出てその引き戸を後ろ手に閉めた。

(その為のクラン、か……)

 背中に扉のひんやりとした感触が伝わってくる。ダンはそう、自身の言葉を心の中で反芻

すると、スッと静かにその目を細めた。

(……イセルナ。お前の言う“家族”は、失敗したかもしれねぇぞ)

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