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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-9.旧き者、拓かん者
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9-(4) 廃村の戦い(後編)

 ジークの一閃が、また一体傀儡兵を斬り伏せていた。

 包囲網を抜けても、黒衣の一団はワラワラと散発的に湧いては襲い掛かってきた。

 前線にジークやダン、ミアらが立って向かってくる彼らを薙ぎ倒し、その後ろにはアルス

やレナ、マルタといった支援向きの面々。そして殿にはリンファとイセルナ、サフレらがそ

れぞれに控えて対応する。

 抵抗が激しい。だがそれは即ちアジトの中枢が近いことを意味している。

 暫くして、ジーク達は廃村の奥、その広場らしき空間へと辿り着いていた。

「……何だ? 急に連中の姿が見えなくなった……」

「アジトが近いんだろう。下手に出入り口を守らせれば、僕らに中枢を教えてしまうような

ものだからな」

 ガランと。急に黒衣の兵士らの気配が遠退く。

 ジークは二刀を構えたまま眉根を寄せたが、その横を通りながらサフレは冷静な口調で辺

りを見回しつつその出入り口とやらを探そうとしている。

「でしょうね。皆、散開して怪しい所がないか調べてみましょう」

「だが油断はするなよ? 何処に奴らが潜んでいるか分からん。必ず複数人で行動しろ」

『ういッス!』

 そしてイセルナらの指示の下、ジーク達は周囲に点在する廃屋を一つ一つ調べ始めた。

 朽ち果てた元・民家や商店、集会場。

 点在する家屋は辛うじて何の建物だったかの判別はできたが、それでも一様に囲いとして

の役目は果たせそうになかった。

 何が、この村にあったのだろう? 

 今では知る由もない過去への疑問を脳裏に過ぎらせつつ、ジーク達は幾つかのグループに

分かれてそんな廃屋の中を検めていく。

「……しっかし本当に何もないな。こんな所にアジトなんてあるのかよ」

「でもさっきまで黒ずくめの兵士さん達が湧いてたんですよ? 何もないとは思えません」

「そうなんだよなぁ……」

 だがそう簡単に手掛かりが見つかる事はなく。

 団員ら、そしてレナと一緒に廃屋を回っていたジークはガシガシと髪を掻きながら、そん

な行き詰まり感を前に眉根を寄せた思案顔になる。

「皆~、ちょっと来て~!」

 表から皆を呼ぶエトナの声が聞こえてきたのは、ちょうどそんな折だった。

 ジーク達が顔を出してみると、エトナが表に出て皆に手招きをし、全員を一旦集めている

最中のようだった。

 レナらと顔を見合わせ、ジーク達もその集合に加わる事にする。

「何か手掛かりでも見つかったのか?」

 そこは、他のそれと同じく朽ちた家屋──教会跡だった。

 既に中には皆が集まっており、何があったのか、その報告を待っていた。

「うん。これを見て」

 そんな皆の中心にいたのはアルスだった。

 ジーク達も合流し、そう問われると、アルスは皆に目の前のそれ──杖を手にした何者か

の像が安置された台を指差す。

「……彫像だな。これがどうかしたのか?」

「ええ。さっき辺りの家屋を一通り回ってみたんですけど、他にも似たような像が設置され

ていたんです。ここを含めて、十二体分」

「十二体……?」

 そういえば見かけたような、なかったような。

 互いの顔を見合わせる皆を眺めてから、アルスとエトナは続ける。

「妙なんですよね。これだけ劣化の激しい廃村なのに、この像達だけは比較的新しい」

「だからこれは、後から“結社”の連中が作った物なんじゃないかって考えたわけ」

「皆さん。ここにプレートがあるのが分かりますか?」

 示されて目を凝らしてみる。

 すると確かに、その一角に何かしらの文字を刻んだプレートが複数枚、台座と一体化した

枠の中に収まっているのが確認できた。

「……何て書いてあるんだ? 読めねぇぞ。つーかこれ、本当に文字か?」

 しかしその文字が何なのか、ジーク達にはまるで分からない。

「そりゃあ兄さん達には読めないよ。これは詠唱言語スペルランゲージ、魔導を使える人じゃないと知らない、

精霊族の言語だから」

「そのようだね。しかし……見る限り、特に意味のある文字列には見えないけれど」

「ええ。このままだったら」

 苦笑するアルスに、ハロルドら魔導の心得のある者らが目を凝らしていた。

 それでもプレートに刻まれた文字は特に何かの単語を成している訳でもないらしい。

 するとアルスは、ついっと再び台座の上の像を見上げる。

「さっきも言いましたが、この像は廃屋の中に十二体ありました。そしてそれぞれの像の位

置関係と像の姿から考えると……これは全て十二聖を象っているようなんです」

「十二聖って、志士十二聖か?」

「うん。そして、今この場に置かれている像──魔導師の青年の彫像は、他の像との位置関

係から考えて十二番目。つまり、その身を犠牲にして次代を繋いだ天才魔導師……」

 訥々と、台をプレートを撫でながら推理するアルス。

 その眼は知性を宿すそのもので。兄のジークですらただ時折目を瞬いてその様子を見守る

ことしかできずにいて。

「──“精霊王ユヴァン”」

 アルスは、言ってプレートの内の幾つかをぐっと奥へと押した。

 その押された精霊文字を辿ってゆけば、それは「ユヴァン」の名をなぞる綴り。

 するとどうだろう。次の瞬間、その操作に呼応するかのように、台の上の魔導師の像が何

かの機械仕掛けよろしく独りでに動き出し、九十度向きを変えたのである。

 同時に、すぐ横の石材の床タイルがスライドし、そこに地下への階段が出現する。

「……これって、隠し階段?」

「おおっ! やったな、アルス」

 ジーク達は一斉に歓声を上げていた。

 兄がよくやったと褒めると、アルスは静かに笑い、何処か恥ずかしそうにそっと頬を赤く

染める。傍らのエトナも、我が事のようにふふんと胸を張っていた。

「おそらくこれが、アジトへの入口なんだと思います」

「なるほどな。十二ヶ所もあれば、あれだけ人形どもが湧いてきた経路にも説明がつく」

「……行きましょう。皆、くれぐれも気を付けて」

 イセルナのトーンを落とした真剣な声色に、団員ら一同はしっかりと頷く。


 ハロルドの魔導が、エトナが纏う緑色のオーラが、薄暗い地下への階段を進む皆を照らす

灯り代わりとなってくれた。

 じめっと、薄暗い足元に注意しながらジーク達は階段を降りていく。

 するとやがて一行は、地下の広い空間に出ていた。

「……ここは」

 ハロルドが、レナが、魔導の灯りを照らして周囲を確認し始める。

 視覚情報は断片的だったが、どうやらここは円形の広間であるらしい。

「──皆?」

「その声……シフォンか!?」

 そして、薄闇の中から聞こえてきたのは、間違いなく捜していた友の声。

 ジークが思わず目を凝らしながら声を上げる。

 ハロルドが灯りを声のする方向へ向けてみると、そこには牢の中で鎖に繋がれたシフォン

の姿が確認できた。更に左右の周りにも牢は幾つも設けられており、それらの中にも、人々

がぐったりとして囚われているのが見える。

 どうやら円形の内部の外周に沿うように牢屋が並んでいるらしい。

「待ってろよ、今助けに……!」

「ま、待つんだ。これは」

 ジークは居ても立ってもいられず、その姿を目の当たりにした瞬間、シフォンらを救い出

そうとずんと一歩を踏み出そうとしていた。

 だがそんな友の、仲間らの歩みを、何故かシフォンは止めようとする。

 次の瞬間だった。

 ガシャンと、突如として背後に鉄格子が降りてきたのだ。

 そして思わず振り返った皆のその動きに合わせるように、不意に室内の照明が点灯する。

「……お待ちしていましたよ、ジーク・レノヴィン。そしてその御仲間の皆さん」

 そして今度は前方、別の通路の方から声がした。

 向き直ると、そこには神父風の男──ダニエルが、黒衣の兵士や傀儡兵らを伴ってジーク

達の前へとゆたりと歩いてくる姿があって。

 反射的にザワッと、警戒心を隠さない一同の身構えた様子に、ダニエルはフッと哂った。

「ようこそ、我がアジトへ。……私どもは貴方達を歓迎しますよ」

「歓迎だ? 笑わせんな」

「全くだ。……お前が、マルタを」

 ジークはくすりともせず、今にも刀を抜き放ちそうになっていた。

 それを隣に立ったサフレが制止するも、彼自身もまた、自分達を嵌めた張本人を前にして

沸き立つ怒りにぐっと眉根を寄せる。

「そうだぜ。大体、こんな鉄格子くらい錬氣でぶっ壊せば……」

 その背後で団員の一人が剣にマナを伝わせ、退路を封じに掛かってきた鉄格子を壊そうと

していた。

 大振りに振り下ろされた斬撃。

 だが刃が鉄格子に触れようとした次の瞬間、バチッと目に見えない奔流が彼を押し退けた

である。よろめき、目を瞬かせる団員、仲間達。

「これは……まさか防御結界? 駄目ですっ、物理的な攻撃じゃあ壊せません!」

「何ぃ!?」

「じゃ、じゃあ本当に俺達、退けなくなったのか……?」

「ふふ。言ったでしょう? 私どもは“歓迎”しますとね」

 この団員らも、鉄格子に張られた結界を見抜いたアルスも、ジーク達も一同は再びこの目

の前のリーダー格を睨み付けた。

 彼ら越しの向こう側、牢の中ではそんな仲間達を心配そうに見守る、衰弱したシフォンの

姿が見て取れる。

(こいつは参ったな……。この分だとおそらく、シフォン達の方にも結界が張ってあるか)

 ジークは鞘に手を掛けたまま、内心で焦りを感じていた。

 結界自体はアルスを始め魔導を使える仲間が何とかしてくれるかもしれない。だが、そん

な暇をこの似非神父どもが許すとは到底思えなかった。

 しかもこのまま奴らと戦えば、牢の中のシフォンに、囚われた人々にそのとばっちりが降

り掛かる可能性がある……。

 明らかに「敵」が目の前に現れたのにすぐに攻撃できなかったのは、そのためだった。

「少々予定は狂いましたが、手間が省けました。取引をしましょう、ジーク・レノヴィン」

「取引だ?」

「ええ。簡単な事ですよ。貴方の剣六本を私どもに差し出してさえ下されば、そこの御仲間

は解放致しましょう」

 するとダニエルはそう持ち掛けてきた。謂わば、人質交換。

「……断わる。人攫いと交渉する理由なんざねぇよ」 

 だが、ジークは睨む眼をより深めただけでその言葉をあっさりと跳ね返す。

「よく言った、ジーク」

「ええ。私達はシフォンを助けに来たのだもの。貴方達の口車に乗る為に来たんじゃない」

「その通りだ。もう騙されはしない。シフォンさんも、周りの者達も……皆、解き放つ」

「ははっ、元からそのつもりだがなぁ? ……てめぇらまとめて、ぶっ倒してやんよ!」

 それが合図だった。

 “結社”に媚びる必要はない。一同は今度こそ臨戦態勢を取って得物を抜き放った。

 牢の中のシフォンも、正直そんな仲間達にホッとしたように苦笑している。

「……愚かな。所詮罪人の片棒は罪人、ですか」

 しかしダニエルはそんなジーク達をむしろ侮蔑の眼で見ていた。

 何やら魔導具らしき腕を嵌めた左手をそっと持ち上げ、パチンと指鳴らしを一つ。

 変化は、その瞬間だった。

「──ひっ!?」

 ダニエルのその合図と同時に、牢の一つ、円形に沿って並ぶ牢屋の一番遠い端の天井から

突如としてどす黒いオーラが噴き出し始める。

「あれは……!」

 その正体は、冒険者でなくても明らかだった。

 素人にも見えるほどの高濃度の瘴気。その死の毒素が、鉄格子の結界によって実質の密室

となっている牢の中に充満し出したのである。

 手枷に繋がれ動けない牢の端の囚われ人。

 そんな彼を、瘴気は漂い、もがき苦しむ様子など微塵に気にする筈もなく蹂躙し──やが

て絶命させてしまう。

「……ふむ。一人目は失敗ですね」

 だがそんな様子をダニエルは平然とした様子で横目に眺めていた。

 端が満杯になると、壁の一角の通気口が自動で開き、隣の牢へと瘴気が移動してゆく。

 阿鼻叫喚の図だった。

 次々と牢に囚われた人々のもがき苦しむ声が重なっては、絶命して消えてゆく。

 しかしその一方で、中にはそのまま魔獣へと変異してしまう者もいた。

 醜悪な容貌をした巨人の魔獣・ジャイアント、下半身が蜘蛛で上半身が爛れた人の姿をし

たアラクネー、最早ヒトの姿すらなくなった肉塊と触手と無数の眼球から成るルーパー。

 牢の中で、死人と死せずに魔と成り果てた者らが混在する。

「大体四割という所ですか……。まぁ上々でしょう」

「ッ! こんのぉッ!!」

 怒りの沸点が振り切っていた。

 ジークは激情に任せてダニエルに飛び掛ろうとするが、すぐに彼を守るように黒衣の兵士

達が間に入り、十数人掛かりでそのがむしゃらな斬撃を受け止める。

 滾るジークの殺気の眼。

 だがダニエルはそんな彼の姿すら、侮蔑するように見下して哂う。

「光栄に思うことですね。世界を掻き乱す罪人を、我らは魔獣かんしょうざいとして転生させているのです

よ? これは我ら結社の、人々への慈悲なのです」

「ふざける、な……ッ!!」

 ジークは無理やり力押しで黒衣の兵士らを突破しようとしていた。

 イセルナらもまた、何とか瘴気に当てられていく人々を救おうと動こうとするが、その行

く手を同じく黒衣の兵士らに妨げられる。

「こんなの……こんなの、酷過ぎるよ……」

 アルスは、泣きそうになっていた。

 なまじ魔導師としての知識があるからなのだろう。この人為的な“魔獣製造”の一部始終

を目の当たりにするには、彼もエトナも、あまりに優し過ぎた。

 レナやマルタは思わず口元に手を当て、ミアやサフレも胸糞悪く眉間に皺を寄せている。

「こん、のぉ!!」

 何とかジーク達は突破しようとした。

 だが黒衣の兵士らが傀儡兵らが邪魔をして、思うように助けに向かえない。

「……神の裁きを受けなさい。罪人同士の粛清を!」

 そしてダニエルが掌に藍色の魔法陣を展開させると、変異したばかりの魔獣達が空間転送

されジーク達の前に立ちはだかった。

 血色の双眸を光らせ、狂気の息をついている元・人間達。

 流石にすぐに剣を向けることを躊躇ったジーク達に、ダニエルはにんまりをほくそ笑む。

「さぁ、浄化の遣い達よ。今こそ我らの信仰の敵を──」

 だが……それまでだった。

「どわっ!?」

 意気揚々と命令を下した筈のダニエル。

 しかし次の瞬間、魔獣の攻撃の矛先は、何故かそんな彼らに向けられていたのだった。

 隊伍を崩され、黒衣の兵士もまとめて薙ぎ払われる“結社”の面々ら。

「……な、何だぁ?」

 やられるとばかり思っていたジーク達も、急に背を向け振り返って彼らに襲い掛かり始め

た魔獣らをただポカンと見遣ることしかできない。

「な、何故だ? 何故制御が利かない!? 魔導具の術式は完璧な」

「無駄だよ。その程度じゃ、私の方が強いから」

 左手に嵌めた魔導具(魔獣を操る為の代物だったらしい)にマナを込め直し、何度も手駒

にしようと試みるダニエル。

 だがそんな焦りの声を、抑揚の低い声色が遮っていた。

 ダニエルら、そしてジーク達もその声のした方向──背後の鉄格子の向こうを見遣る。

 すると聞こえてきたのはコツコツと近付いて来る複数人の足音と、揺らめき漂う、紫色を

したマナのオーラで。

 その人影は鉄格子の前に立つと、そっと手をかざした。途端に結界の魔力が乱れる。

「──!」

 そしてその結界の弱体化を逃さず、別の巨躯の一薙ぎが鉄格子を破壊して吹き飛ばした。

 目を見開くジーク達。

 それは何も塞がれていた鉄格子をあっさり壊してくれた事ではなくて。

「……やれやれ。外道だとは聞いていたが、ここまでやるとはな」

「ヒャッハー! 俺、参上!」

「……五月蝿いよ。耳元で騒がないでくれ」

「遅れてすみません。表の人形達を片付けるのに、少々手間取っていました」

 それは何も一歩を踏み出し、姿を見せたのがバラクとその部下らだったからではなくて。

「よかった……。何とか、追いつけたみたい」

「お、お前。何でここに……?」

 それはバラクらと共に姿を見せ、照明の中に現れた銀髪の少女だったからで。

「遅くなってごめん。でも、もう大丈夫。……助けに来たよ」

 魔人メアの証である血色の眼を発現させたまま。

 彼女は、ステラは驚く仲間達にそう呼び掛け、静かに微笑んでいたのだった。

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