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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-67.独りじゃない、一人じゃない
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67-(0) 留守の間に魔に

 それはジーク達が魔都ラグナオーツへ発って数日後──地底武闘会マスコリーダの予選が行われたその日の夜の

出来事だった。

 ホームの酒場。とっぷりと夜も更け、店の扉に「CLOSED」の看板がぶら下がって数

刻が経った頃。明かりも殆ど点さないまま、ハロルドはカウンターの一角で一人静かに酒の

入ったグラスを傾けていた。

「……」

 眼鏡の奥が限られた光を反射して光る。黙したままの彼は、どうやら平素以上に人知れぬ

思案の中に沈んでいるようだった。


『お父さん。私も、皆と一緒に色装を学びたいの』

『……どうして? 私もクランの一員だよ? これから先、ジークさん達が本当に死んじゃ

うかもしれないのに……。私なら、聖魔導師わたしたちなら助けられる。その為の支援部門じゃないの?』

『もういいよ! お父さんが何て言っても私は教えて貰いに行く! 理由を聞いてもちゃん

と答えてくれないのに納得なんてできない! 私だって……守りたい!』


 脳裏に蘇るのは二年前の記憶。“剣聖”の圧倒的な力の一端を垣間見、ジーク君達がその

秘密に迫ろうとしていた頃だ。

 その場には自分も、養女むすめもいた。そして翌日、彼女は自分に彼らの二年の修行に加わらせ

て欲しいと頼んできた。

 ……認める訳にはいかなかった。首を縦に振ってしまえば、きっとこの子は自分の秘密に

近付いてしまうだろう。いや、既に剣聖リオやクロムは勘付いていたのかもしれない。彼が防衛

後もこの街に留まっていた時点で、自分達がサミットから持ち帰ってきた宿題が公になった

時点で、何となく予想はついていたのだ。その心算で、この街に来たのだと。

 レナは私の態度に酷く動揺し、そして遂には涙ながらに飛び出してしまった。

 私の頑ななそれに怒りを覚えたのだろうということは重々承知している。だが、ではどう

すればよかったのだ? あの子に色装に近付かれては、この十数年の逃亡が全くの水の泡に

なってしまうのに。

 だからあの子が頼んでくるよりも前、私は先立ってリオと秘密裏に面会した。何とかあの

子には、色装を教えないで欲しい……。

 しかし彼は私の申し出を断った。資格がある者ならば差別はしない。少しでもお前達の中

で高次に辿り着く者が増えれば、巡り巡って自分自身を守れることになる。


『……それに、隠し事をしたまま頼み事をしようという男を俺は信用しない。お前の言う娘

の為とは、本当に彼女の為なのか?』


 正直、あの場で聖魔導の錆にしてやろうかとさえ思った。

 やはり勘付かれている。持つ者だからこそ、私があの子に、イセルナ達に隠し通してきた

ものの存在を既に嗅ぎ取っているのだと思った。唇を噛み、帰るしかなかった。何事もなか

ったように皆と合流し、それまで変わらぬ──しかし変わっていかざるを得ない日常の中で

息を潜めるしなかった。

 結局レナはジーク君達と共に、リオとクロムの指導の下、色装の修行を始めてしまった。

普段は大人しくて争い事を嫌うような子なのに、いざという時は絶対に譲らない芯の強さを

持っている。改めて思った。あの子は私の実娘むすめではない。私の娘というよりは、このクラン

全体の娘であるのだなと思う。

 ……可笑しくなる。自らが惨めであるという思いに比例して。

 私はあまりに早い内に“諦め”という感情を学び過ぎた。だからこそ、旅の最中で出会っ

たイセルナ達の強い不屈の心に惹かれたというのに、今ここでその精神を娘が受け継いだ事

を呪おうとすらしている。

 話せなかった。話す訳には、いかなかった。

 少しでも綻びをみせれば、魔手は動き出すだろう。願いと誓いはあの日から変わらない。

あの子には、あの子自身の背負った“魂”など知らずに育って貰いたい。……親心であり、

彼らに対する復讐でもあった。目の前の平穏と、置き去りにしてきた過去が互い違いに私の

前に現れ、幾度となく身を引き裂かんばかりの闇を与えた。

 ……まだ、話すまい。口を開いていいのは、本当に気付かれて問い詰められ、切羽詰った

時だ。あの子とこのクランの闘いとは本来直接的な関係はない。私の落ち度で、貫けなかっ

た誓約で、その結束を掻き乱す事はしたくない。

 でも。

 それでも少なくとも、今の内に何とかしておかなければならない者はいる──。


「ここに居たのか、兄貴」

 ちょうど、そんな時だった。独りじっとグラスを傾けながら思考に沈んでいたハロルドの

横から、憎々しく聞き覚えのある声が聞こえた。

 リカルドだった。すっかり寝静まった宿舎の方から酒場こちらの裏口を通ってカツンと靴音を。

その服装は非番時のラフな私服ではなく、三柱円架を胸元にあしらった神官騎士の正装。

黒い衣が、深く更けた夜の闇色に音もなく溶けている。

「……」

 ハロルドはちらと目を遣り、じっとこの弟の姿を見ていた。

 とうに団員達みなは寝入ってしまった筈だ。なのに自分がここにいると気付き、皆に気付かれ

ぬよう起き抜け、この場に現れている……。

「そんなに睨むなよ。まるで人でも殺しそうな表情かおしてるぜ? 兄貴」

 フッ。弟はそう気取ったように苦笑いをしていた。

 仕事ではない場、親しい者にしか見せない地の性格の姿、語り口。兄貴、というその声が

妙に癇に障った。このクランで再会して以来、こいつがそうフランクに自分に話し掛けてく

る時というのは、大抵寧ろ重大な心積もりを抱えていると経験が告げている。

『……』

 暫く、二人はその場で黙り合っていた。

 数小刻スィクロか、一大刻ディクロか。

 体感的には一瞬にも永劫にも思えるようなそんなピリピリとした沈黙の末に、リカルドは

やがてスッとその気安い表情かおを顰め、目を細めると言ったのである。

「……来いよ。あんたに、話がある」

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