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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-66.御遣い達の輪舞曲(ロンド)
417/434

66-(6) 不完全な存在(もの)

「ジーク!」

 本棟のロビーに上がって来た時、そこには既に頼みを受け駆けつけたシフォンとサフレ、

マルタ、オズやクロムの姿があった。

 ジークとディアモント、ウゲツ隊及びウルの部下達はこの五人と合流する。

 ざわざわ……。辺りは避難誘導の列に並ぶ、不安で一杯の観客達でごった返していた。

「ああ、お前らか。……リオ達は?」

「今さっき控え室の方へ。ちょうど入れ違いだ。急いでミアちゃんの治療に加わる筈だよ」

「それでジーク。ユリシズの主の事だが……」

「ああ。ウゲツさんから話は聞いた。まだこの中にいるんだろ?」

 受け答えするシフォンと、早速本題に入るサフレ。ジークは皆を引き連れる格好で以って

頷いた。誰からともなく、ざっと四方八方でごった返す観客達という人ごみを見遣る。

「……拙いな。この混乱に乗じて外に出られれば、見つけるのは難しくなるぞ」

「ええ。ですが今は係員達の処理能力に賭けましょう。ラポーネ殿が一先ず全員を地下の避

難壕に移すよう指示しています。取りこぼしさえなければ、追い込んでいる筈ですが……」

 とにかく足取りを追って行くしかない。

 ジーク達は人ごみを掻き分け、先ずは受付──選手登録を担っていた窓口へと足を運ぶ事

にした。尤も今は状況が状況だけに、窓口内の職員らも不安と恐れでおろおろとしていたの

だが。

「──ユリシズ選手、ですか?」

「はい。確かにお一人ではなく、一人付き添いの方がいらっしゃいましたが……」

 不幸中の幸いであった。ジーク達が急ぎユリシズについて情報提供を呼びかけると、この

女性職員らはぱちくりと目を瞬いて記憶を手繰りながら、確かにそう言ったのだ。

「付き添い……」

「うむ。おそらくその者がユリシズの主神か、或いは配下の者だろう。それでお主よ。その

者の特徴などは覚えておらんか? 名乗ってはいたか?」

「いえ……。名乗りは、しませんでしたね。ただ比較的小柄で、眼鏡を掛けた大人しそうな

方だったような──」

 互いに顔を見合わせ、クロムが代表してより突っ込んで問うと、彼女は酷く緊張した様子

で視線をあちこちに移ろわせ、答えていた。

 同時にジーク達は一斉に周囲の人ごみへと視線を這わす。その人物は、一体何処だ?

 だがこちらが二十人強の人数いるにしても、探す対象はその何千倍何万倍である。到底目

だけで、そんな曖昧な情報だけで目的の男を特定できる筈もない。

『──』

 しかし奇しくも、そこで或る仲間のこれまでの経歴が状況を一転させたのだった。

 ウゲツである。ジーク達と共々、大量の人波の中からその主神とやらを必死に探していた

彼だったが、その中ではたと、明らかにこちらに警戒を配りながら気配を殺そうとしている

人物の姿を認めたのである。

「いました、あそこです! Bゲートのすぐ前、黒眼鏡の書生!」

「なっ……。本当か!?」

「おい、そこのあんちゃん。待てやゴラァ!」

 正解だったのか、それともディアモントのそんな荒々しい呼び掛けに怯えたのか。

 直後、この男──書生風の青年は突如として逃げ出した。何だ? と戸惑い、立ち止まる

人々を無理くりに押しのけ、大慌てで本棟の外へと逃げようとする。

「させるかッ!」

 故にシフォンが弓を取った。

 コォォと魔力マナの矢を番えると、照準はやや中空。いわゆる曲射の軌道で撃ち放つと、その

矢は精密無比、まるで吸い込まれるかのようにこの青年の進行方向すぐ直前へと落下する。

「ひゃっ!?」

「ナイスだ、シフォン!」

「どっ……せいッ!」

 そしてその僅かな隙を縫い、ジークとディアモントがこの青年に飛び掛った。どうっと頭

上から顔面を鷲掴みにし、手足を取り、二人掛かりでがっちりと押さえ込む。

「むぐっ……! は、離せ……」

「お前がご主人様じゃなかったらな。でなきゃ、いきなり逃げる道理はねぇだろ」

 改めて騒然とする人ごみを掻き分け、クロム以下残りの仲間達も追いついて来た。確認の

為、先の女性職員もサフレが連れてきている。

「こ、この方です! ユリシズ……選手と一緒にお見えになって、実際に登録手続きをなさ

ったのは」

 確定だった。ふるふると震えながら証言する彼女に、青年の瞳が絶望に変わる。

 ディアモントとジーク、取り押さえる二人の眼力と込める腕力が更に強くなった。

 じたばた。それでもこの青年は、何とか逃げ出そうと必死だった。

「おいお前、一体何モンだ? ユリシズの親玉なんだよな? 今すぐ奴を止めろ!」

「な、何の事かな? わ、私はただの観光客だ。そんな奴など知ら──痛ででででっ!?」

「しらばっくれるなよ。悪いが俺は名乗りもしない野郎より、真面目に仕事してる姉ちゃん

の方が信用できる性質でね」

 それでも、あくまで口を割ろうとはしない青年。ディアモントが後頭部を握り込む手に力

を込め、ミシミシと本当に彼の頭を潰してしまおうかという程に痛めつける。

「無駄だ。神格種ヘヴンズだとすれば、だからこそ、そいつは自らを名乗りはしない。移ろう通常の

肉体を捨て、信仰によって存在を維持する彼らにとり、真名とは信仰と直結する拠り所だ

からな」

 そんな中でクロムは言った。元僧侶の、具体的且つ冷静な分析だった。

 でもよぉ……。ジーク達が困った表情かおをする。実際そんな彼の指摘が図星だったのか、

青年の瞳は動揺でぐらぐらと揺らいでいる。

 ウゲツの元獄吏の観察眼に狂いはなかった。

 しかし当の本人が要求に応じなければ、結局イセルナのピンチを救う事も出来ない。

『──全世界の信仰者の皆さん。ご覧になられていますでしょうか? そこに取り押さえら

れているのが、書と追憶の神・レダリウスその人であります』

 だが……そんな時だったのだ。突如ロビー、いやコロセウム全域に館内放送が流れ始め、

何処か聞き覚えのある少年の声がジーク達は勿論、この場に居合わせた全ての人々の耳に確

と届く。

『信仰者の皆さん。どうやらレダリウス神は“結社”と結び、レノヴィン一派を亡き者にし

ようとしているようです。こんな暴挙が許されるのでしょうか? ただ神の都合というだけ

で、もしかすれば明日は貴方達すらその主神に始末されるのかもしれないのですよ?』

 思わず見上げる。天井に点々と備え付けられているスピーカーに加え、どうやら今この場

の様子を、誰かが監視用の映像機で中継でもしているらしい。

「──おい。これは一体何だ? 儂はこんな指示、出しておらんぞ」

「は、はい。それなのですが……」

「今確認に向かわせていますが、どうやら放送ブースに部外者が侵入したようで……」

 戸惑うウルと部下達。

 しかし現場のジーク達もまた、その思いは同じだった。

 これは、どういう事だ? 自分達の一部始終が映し出されている?

 一体、何の為に……?

『レノヴィン一派は現状、彼ら“結社”に対する大きな抑止力です。それを安易に奪い、再

び彼らにこの世界を牛耳られるような事があれば、もう穏やかに書にまみれることすら満足

に叶わないのではありませんか?』

 混迷する地底武闘会マスコリーダの一部始終に、そんなまた新たな一幕が全世界に向けて発信されて

いた。

 映像はジーク達がレダリウスを取り押さえ、尋問する様子。

 音声はこの謎の少年が訴える、同神の信者へのメッセージ。

 何だぁ……? ぽかんとジークやディアモント達が怪訝に頭上からのこの音声を見上げて

いる中で、ややあってその当の青年──書と追憶の神・レダリウスが突如として発狂し始め

たのだった。

「ま、待ってくれ! 私の所為ではない、ただ代役を頼まれただけだ! 信徒達よ、違うの

だ。私は、私はただ──!」

 しかしどういう事だろう。次の瞬間、彼の身体はフゥっと少しずつ光の粒子になりながら

透け始めたのである。

 ひっ……?! さもそれを、彼は酷く恐れたようだった。

 ジーク達が目の前のその光景に思わず言葉も出ず、眉を顰める。その間にもレダリウスの

身体はどんどん透けていき、粒子となって散っていき、とうとうその姿形が維持できない程

に崩壊していってしまう。

「違う……違うんだ。私は……私は、消滅ししにたくない……ッ!」

 最期の一言。

 だがその願いは叶わず、とうとうレダリウスの身体は肉片一つ残らず消えてしまった。残

ったのは、ただその黒の薄眼鏡と、纏っていた書生風の着物だけである。

「……何だ、これ?」

「消えちまったぞ?」

「ああ、消滅したきえたんだ。言ったろう? 神格種ヘヴンズは不死でこそあるがそれは人々の“信仰”に

よって維持されている。おそらくあの放送が全世界に配信された事で、充分なそれ

を失ってしまったのだろう」

「……」

 もう取り押さえる必要もなくなったという事か。衣と眼鏡だけになったレダリウスをそっ

と持ち上げ、ジーク達は暫しじっと目を細めている。


「──やらせないよ。楽園エデンの眼」

 ざわめく人々、コロセウム。

 その一角、館内の放送管制室にて、彼はぐったりと気を失って倒れる職員らを余所に一人

制御卓のマイクに手を這わせて呟いていた。

「レノヴィン達は……僕の獲物だ」

 そっとフードを捲る。

 そこには胸から首、左頬に掛けて火傷のような傷跡を残し、二年前よりも一層邪悪にほく

そ笑む元使徒・ヘイトの素顔があったのだった。

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