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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-66.御遣い達の輪舞曲(ロンド)
416/434

66-(5) 蒼氷変化

(……ジーク達は、行ったわね)

 場所を戻り、第一リング場外。

 ブルートの氷と冷気を纏うイセルナは、天使ユリシズの両手掴みの剣圧に徐々に押され始

めていた。それでも当面の目的は果たせたろう。ミアは何とか離脱させる事ができた。

 問題は──自分自身ここからだ。

「イセルナ・カートン、ブルートバード……。レノヴィンッ!!」

 一層ユリシズの力押しが強まった。仮面の下からは、先ほどからうわ言のようにそんな台

詞と狂気じみた害意を感じる。

『イセルナ。この者、天使エンゼルだ。圧縮魔力ストリームの翼がその証拠だ」

神格種ヘヴンズの下僕ね。以前ハロルドから、聞いた事が……あるわっ!」

 ガキンッ!! 長く或いはさほど長い時間ではなく、両者の剣が弾き合い、互いの距離を

大きく取り直させた。ユリシズは土の上、イセルナは途中空中で観客席の壁を蹴って方向転

換し、一旦リングの上へと着地する。

「皆さん逃げてください! これはもう試合ではありません!」

「緊急事態です、緊急事態です! 係員の指示に従い、至急避難を!」

 どうやら周囲の観客席では既に避難が始まっているようだ。ウルも興行主として人として

然るべき判断力は持ち合わせているようだ。尤も、目の前で天使の顕現こんなこうけいを見せられて腰を抜

かさない市民がいるとも思えないが。

(これで奴の標的はほぼ確実に私へ向いた筈。殆ど乱入だけど……仕方ないわよね)

 ジャキリ。再び氷迸るサーベルを構える。

 こちらの目論見通り、ユリシズは大剣を払いながら真っ直ぐこちらへ上がって来た。相変

わらず仮面で素性は窺えず、只々こちらへの──レノヴィン関係者へのまるで刷り込まれた

かのような殺意ばかりを感じる。

(……あのうわ言、やはり始めから私達を狙っていたとみるべきね。という事は“結社”の

刺客? でもそうだとしたら、敵に“神”がいる事になるけど……)

 だがそう眉を潜めて思案するイセルナに、当のユリシズは悠長ではなかった。

 ブンッと霞むように地面を蹴る。次の呼吸の時には既に、こちらのすぐ目前まで剣を振り

上げて迫って来ていた。

「くっ……!」

 左右上下、また斜め左右左右。一繋ぎ同然に見える怒涛の剣撃に、さしものイセルナも防

戦一方にならざるを得なかった。何時ものように巧み美麗には捌き切れない。次々と斬撃を

打ち込まれるにつれ、ビシリビシリッと彼女のあちこちから裂傷が走る。

「イセルナ! 翼を狙え! 奴ら天使エンゼルにとってあれは唯一無二の力の源だ!」

 そんな時、観客席からクロムが叫んでくるのが聞こえた。

 必死に攻撃を防ぎながら後退する中、ちらと見遣れば、リオが今にも剣を抜こうと構えて

いる後ろで、他の仲間達が急ぎその場を立ち去ろうとしているのが見える。

「そう言われてもね……。この暴れん坊からどう羽を毟れっていうのよ……」

 理屈は分かる、知っている。

 だがイセルナは到底、今の状態でその弱点を突けるとは思えなかった。そうしている間に

もユリシズからの猛攻で服は裂け、皮膚が抉られ、痛みと出血が氷の澄青を塗り替える。

 そもそも、初撃の時点で《冬》と共に突っ込んでいるのだ。なのに奴が衰えていく様子は

まるで見られない。

 おそらくこれもその天使の翼のせいなのだろう。キャメルの時と同じく、治癒速度がこち

らの《冬》の冷気よりも勝っている。或いはこうしているだけで感じる膨大なエネルギー量

が、氷すら吹き飛ばす熱量として篭もっているのか。

『イセルナ!』

 まだまだ未熟だなと思った。しかしその時、他ならぬ相棒ブルートが叱咤するように内側から呼び

掛けてくる。

「……そうね。此処で止められなければ、奴はまたミアちゃんやジーク達を狙うのよね」

 だからリオやクロム、避難途中の観客がそれを見た時、一体何のつもりだと思った。

 怪訝に見つめる。ユリシズも思わず足を止め、じっと姿勢を気持ち低めにする。イセルナ

とブルートが、一旦その融合を解いたのだ。

『──』

 だがそれも束の間、深く深呼吸をした直後、二人はまた融合する。

 されど変化したその姿は、これまで見てきた飛翔態とは明らかに異なっていた。

 象徴的な冷気の翼が、粒子と化して周りに漂っていく。翼はそれにつれ小さくなり、代わ

りにイセルナの身体をより分厚く堅固で刺々しい氷の鎧が覆う。

「……そうよね。あの頃からいつだって、神様は残酷だった」

 轟。一閃。

 そう呟き、斧のように半月状の氷刃を纏った得物とより堅固になった霊装を振り払うと、

彼女は自身の周りにズンと大きな亀裂を、陥没クレーターを作り出したのだった。

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