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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-66.御遣い達の輪舞曲(ロンド)
414/434

66-(3) 絶大の翼

「よぅしっ! 逆転大勝利~♪」

「うん。流石はイセルナさんだね」

 本棟地下の選手控え室。試合の様子を映す映像器から彼女の勝利を観、エトナやアルスは

それぞれに喜びと安堵の表情を浮かべていた。

 外からは、観客達の沸き立つ声がここからでも遠巻きに響いてくる。

 四人は地上の北棟リングへと続く上り坂──出口を見遣った。ややあってそこからは、鞘

にキャメルの身体から回収した得物サーベルを収めてゆったりと歩いて来る、件のイセルナ本人が姿

をみせる。

「お疲れさんッス、団長」

「……お疲れ様です」

「ありがと。ふぅ、何とか勝てたわねぇ……。貴方達も気を付けなさい? 今日の戦い、予

選とはまるでレベルが違うわよ」

 ジーク達に出迎えられて、そこで彼女はようやく本当の安堵を得たらしかった。室内に疎

らに置かれた椅子とテーブルにどさっと腰を下ろし、四人に囲まれながら、彼女は静かに汗

を拭い始める。

「次は、ミアちゃんね」

「はい」

「相手はユリシズ、だっけ? こっちも分かんねぇ事の多い奴だな」

「そうだねえ……。何ていうか、絶対に正体隠すぞーって感じで不気味だもん」

 呟き、そうジーク達は一斉にちらとその次の対戦相手の方を見る。

「……」

 仮面で素顔を隠した全身騎士鎧の人物、ユリシズはじっと部屋の片隅で微動だにせず自身

の試合の時を待っているようだった。無関心。こちらが視線を向けたのに、向こうは気付い

ているのかいないのか、まるで彫刻のようにそこから動こうとはしない。

「大丈夫かねぇ?」

「……関係ない。実戦だって、相手がよく分からないで戦うもの。ボクはボクの全力をぶつ

ければいい」

 尤も当のミアは、既に余分な思考を排して臨戦モードだったが。

 ディアモントにエイカー。残る室内の対戦相手ライバル達も、ちらとこちらの様子を窺っては黙し

てそれぞれのゴングの時を待っている。カツンと。そうしていると、ややあって係員の女性

が誘導の為に姿を現した。

「マーフィ選手、ユリシズ選手。もう暫くで第二試合が始まります。お二人とも通用ゲート

に控えておいてください」


『お待たせしました! 本選第二試合、選手両名の入場がこれにて完了です!』

 半刻ほどのリング整備を終えて、会場は再び張り詰めた緊張と興奮に包まれていた。地下

通路より上って来たミアとユリシズ。その双方がリングの上に間合いを取って立ち、実況役

のアナウンサーが場を盛り上げるが如くマイク越しに叫ぶ。

わたくしより右手に見えますのが、クラン・ブルートバードより出場のミア・マーフィ選手。予選

第二ブロックにて常連選手らを、更に同じクランの仲間をもその拳で一騎打ちの末破り、ここ

まで登り詰めてきた今大会注目のルーキーです!』

「……」

『そして左手に見えますのが、仮面と鎧で全身を覆った謎多き戦士・ユリシズ選手。予選第

七ブロックでは他のライバル達を寄せ付けぬ圧倒的な剣技で以って勝ち残った、こちらも今

大会が初出場の選手です!』

「……」

 煽られるがまま、ボルテージの上がっていく観客達。だがその一方で当の本人達はむしろ

酷く冷静で、且つ無言のままじっと相手の様子を窺っていた。

 ユリシズ──全身を騎士鎧で覆い、更に仮面も付けて徹底的に素性を隠した対戦相手。

 それほどに正体を隠さなければならない理由などあるのだろうか? ミアが長く細く深呼

吸をし、握り拳を持ち上げたまま思う。

 実は何処かの貴族? いや、ジークとアルスという王族れいがある。

 ならば“結社”の刺客か? 可能性はありそうだが、だからと言ってここまで包み隠すと

却って怪しまれそうなものだが。

(……落ち着け、ボク。誰であれ、勝ち進むのが今やるべき事……)

 だが彼女はじっと、一度目を瞑って開くと、そんな思考を自身の内側から取り払った。

 少なくとも、今はまだ益体のないものだ。

 少なくとも……並々ならぬ強敵である事は、間違いない。

『準備は宜しいでしょうか? それでは第二試合、ミア・マーフィ対ユリシズ、開始っ!』

 故にミアは、開戦のドラが鳴った瞬間、逸早く地面を蹴っていた。

 速攻。石畳の上を駆け抜ける両拳には瞬発的に練った《盾》を。

 先ずは反応を見る。或いはこのまま短期決戦。

 ミアはそう思い、渾身の初撃を放ったのだが──。

「……」

 かわされた。両拳を連動させた飛び込みながらの掌底を、ユリシズはほんの僅かな動きだ

けで回避してみせたのだ。

「っ……!」

 目を見開き、ミアは空を切ったその先に着地する。左に、この騎士鎧の戦士がまだ腰に結

んだ大剣を抜く事もせずに立っている。

 ざわっ。にわかに感情がいきり立った。仮面で表情かおこそ見えないが、相手は十中八九余裕

のままにこちらの動きを観察しているようだった。

 歯を食い縛る。猫耳少女の、自尊心と闘争心が刺激される。

 ダンッ! 即座に石畳を踏んで半身を返し、猛烈な勢いで次々と打ち込まれる拳。

 しかしユリシズはその全てを一瞬の判断でかわし、極限まで最小限の動きでこれを捌き続

けていた。唖然と。観客達やアナウンサー、仲間達もがこれを目を点にして見つめている。

「……ミアちゃんの攻撃が、当たらない」

「ああ。強敵だなとは感じていたが、よもやここまでとは……」

「それだけじゃねえ」

 リンファの呟きをダンが引き継ぐ。

「……あの野郎。ミアの《盾》を完全に見切った上で、自分にも“盾”を張ってやがる」

 一見してみれば、ミアがひたすらに連打で以ってユリシズを押しているようにも見えた。

 だが当の二人の様子をよく見れば、それは完全な思い違いである事が分かる。相手がみせ

る圧倒的な見切り故に、彼女はそこからの反撃を恐れて攻撃し続けるしかなくなっていたの

だから。

「くぅ……っ! あぁぁぁーッ!!」

「……」

 雄叫びのまま。しかしユリシズは変わらずミアの霞むような拳の雨霰を全て紙一重の域で

かわし、じっと素顔の窺えぬ仮面越しに彼女を見ていた。

 ゆっくり、そっと垂れ下がった右手が腰に括り付けられた大剣の鞘と柄に伸びる。

 こんの……ッ! 何百回目とも分からぬ左の打ち払いの直後、ミアはさも痺れを切らした

ように霞む速さで目の前から消える。

『──ッ!?』

 人々は驚いた。だがそれは単にミアの目にも留まらぬ速さと身体能力だけではない。

 残像。たちまち背後に回って繰り出した彼女の、脳天を狙った蹴りが、確かにヒットした

と思った次の瞬間、ユリシズのこめかみ僅か数ミリの所で食い止められていたからだ。

「……。障壁」

 ミアの絶望した表情かおが映った。空中から放った自身の蹴りをユリシズは掌で受け止める事

もなく、ただ薄く身体の周りに張った障壁だけで防いでみせたのだ。

(何て錬度。後ろから攻めても、まるで判断力を失わな──いッ?!)

 だがそう戦慄する余裕も多くはなく、遂に次の瞬間ユリシズは剣を抜いていた。

 太刀筋は見えなかった。ただ何か恐ろしく鋭い一撃が来る。ミアはそれだけを殆ど直感的

に察知し、この障壁を足場代わりに蹴り返して大きく後ろに跳んだのだ。

 ユリシズの大剣。それが人々に認識された頃には、この彼の得物を大きく弧を描くように

持ち上げられ、そっと柄が両手の中へと握られていた。

 ……かわした筈だ。

 なのにミアは着地したその瞬間、身を守るように交差させた腕ごとざっくりと身体から血

が噴き出した事に目を丸くする。

「!? ミアちゃん!」

「ミアっ!」

「……」

 仲間達が、親友が父が呼んでいる。

 だがミアはそんな声に応えている余裕など無かった。斬られた。ただその結果だけが、遅

れて激痛となって身体を奔るさまだけを身に抱き、じっと苦悶の表情を浮かべる。

(……かわせなかった。あの真後ろの大勢から、ノーモンションで反撃。やっぱりこいつ、

只者じゃない……!)

 半ば癖のようにオーラを全身に纏っていなければ、とうにこの身体は真っ二つになってい

ただろう。言い方を換えれば、それだけ攻守に気を配っていても、防ぎ切れなかった。

「──」

 しかしそうようやく荒ぶる血の気が鎮まってきたというのに、一度剣を抜いたユリシズの

攻撃は止まらなかった。次の瞬間、彼(?)は剣を振り上げたまま、猛烈な速さで地面を蹴

り迫ってくる。

 ミアは即座にこれをかわす事を諦めた。咄嗟に組んだ両手により大きな《盾》のオーラ球

を練り、防御しようとする。

「ガッ……?!」

 だが叶わなかったのである。霞む速さで打ち込まれた斬撃はズルリと彼女の《盾》へとめ

り込み、殆ど弾き返される抵抗を甘受する事なく、これを粉砕する。

「ァ……ッ」

 破片となって散っていく自身の力の象徴を視界に映しながら、ミアはそのまま続けざまに

放たれた横薙ぎを浅く受けた。されどその勢いを殺し切れ、ず大きく大きく後方に吹き飛ば

されて観客席の壁に叩き付けられた。

 場外失格──リングアウトだった。

『……あ、圧倒的ーッ!! ミア選手の開始直後からの猛攻かと思われた瞬間、あっという

間にユリシズ選手、ミア選手を一挙に逆転。叩き伏せたーッ! 勝負あり! 本選第二試合

の勝者は──』

 だが、まさにそんな時だったのだ。

 誰から見ても明らかなミアの敗北。実況役のアナウンサーもそれまでと言わんばかりに勝

者を宣言する言葉を紡ごうとしたのだが、次の瞬間、ユリシズはガチャリと鎧を鳴らしなが

らリング外に倒れるこの彼女の下へ歩いて行ったのである。

『あ、あのぅ……。ユリシズ選手?』

「……」

 故に、最初この場の誰もが怪訝こそせどその行動を思い描きもしなかった。

 ミア自身も、刻み込まれたダメージで朦朧となる意識の中、ぼうっと地べたから見下ろす

この仮面の騎士の姿を屈辱と折れつつある心のままで仰ぐしかない。

「……ミア・マーフィ、ブルートバード……。レノヴィンッ!!」

「っ!?」

 直後だった。ミアは確かにそう初めてユリシズが言葉を──どす黒い害意の声を聞き、彼

の背中に巨大な魔力マナの翼が顕れ羽ばたくのを見た。

 ざわっ……。周囲の観客達が何だと身を強張らせる。

 だがそんな中で、この時ほぼ唯一、この事態と彼の正体に気付いた人物がいたのだ。

「あれは……“天使エンゼル”?! 馬鹿な。何故奴がこんな場所にいる!?」

「え? えっ? クロム……?」

天使エンゼルだと? あれが、そうなのか」

「ああ。あの形而上の翼がその証だ」

「ケイジジョウ? ツバサ? 何だそれ?」

「神々──神格種ヘヴンズ直属の尖兵の事です。主神に絶対の忠誠を誓い、過去・現在・未来の全て

を捧げ、その配下となった人達です。でもそんな人、滅多な事では人前になんて出て来ない

筈で……」

「ああ、そうだ。本来奴らは神格種ヘヴンズの僕。単独でこんな、それも見世物の戦いになど参加する

筈がない」

 レナがあたふたと慌て、クロムが再びそう言葉を継いだ。

 即ち、明らかな異常事態である。ダン以下観客席の面々らがハッとなって再びリング外へ

と視線を向けた。ザラリ……。ユリシズは、今まさにその剣をミアに振り下ろそうと持ち上

げている所だった。

「……っ、あんにゃろう! ミアを殺すつもりか!?」

「逃げろミア! 今のお前が敵う相手ではない!」

 身を乗り出す仲間達。叫ぶ仲間達。遅れて上がる観客らの悲鳴。

 だがそのミアはもう満足に動く事すら出来ないでいた。滲む悔恨。ただ仰いだ視線の先に

はギラリとユリシズの刀身が輝く。

「おい、何やってる!? ここ開けろ!」

「このままじゃ、ミアさんが死んじゃう!」

「し、しかし……」

 地下の控え室で試合映像を見ていたジーク達も、通用ゲートに飛び出し詰め寄っていた。

しかし突然の事態が事態に、場の係員らもどうしたらいいのか分からないでいる。

「くそっ、この距離じゃ間に合わねぇ……。ミア、ミアっ、逃げろーッ!!」

「まさか神格種ヘヴンズの刺客が? くっ……!」

 父の半ば悲鳴。剣聖が駆け出し、抜き放とうとする剣。

『──』

 しかし……助けはそんな時に現れたのだ。

 地下控え室に続く出入口、ジーク達の間を猛烈な速さで駆け抜けていった冷気の塊。

 ユリシズの大剣がミアの首に振り落とされようとしたその寸前、イセルナが鬼神の形相で

これを受け止めていた。完全武装の飛翔態で足元に大きな地割れを作りながら、そんな彼女

の冷気の剣が、この天使の一撃から団員の少女を庇っている。

「イセ、ルナ……」

『団長!』

「……決着後の追撃は規定ルール違反よ。うちの団員かぞくに、何をしようとしてるのかしら?」

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