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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-66.御遣い達の輪舞曲(ロンド)
413/434

66-(2) 人形のココロ

『──皆さん長らくお待たせしました! 地底武闘会マスコリーダ二日目、本選の始まりですっ!』

 予選とは打って変わって、本選は一戦ずつ北棟・第一リングで行われる。

 あくまでふるいだった昨日とは違い、有力選手が出揃うからに他ならないのだろう。高台

の実況席にて集音器マイクを握る女性アナウンサーの声にも、自ずと熱が入っている。

『先日、各ブロックを勝ち抜いてきた八人の猛者達。本選では彼らによる一対一のトーナメ

ント方式で戦って貰います。さぁ、一筋縄ではいかないライバル達を破り、明日の決勝戦に

進むのは一体誰なのか? 早速第一試合の選手に入場して貰いましょう!』

 オォォ……ッ! 沸き立つ観客達と共にこの彼女が合図をすると、派手な白煙の演出で以

って本棟方面の地下通路から二人が現れた。イセルナと、その対戦相手のキャメルである。

二人は互いに相手を見遣る事もなくゆっくりと石畳の道を歩き、リングの上に上がると、控

えていた審判によって規定の位置に間を取って立たされ、それを確認した彼がすたっと場を

去っていくのを黙して見送る。

被造人オートマタ、ね……。こういう場に出てくるって事は、ほぼ間違いなく戦闘用の子なのでしょう

けど)

 腰のサーベルに片手を乗せたまま、イセルナは先ずじっとこの対戦相手を観察していた。

 本棟ロビーでマルタが耳打ちしていた話。同族としての勘、共鳴シンパシーとでもいうのか。おそらく

その見立ては間違ってはいないのだろう。実際こうして、対峙してみて分かる。

 彼女は、ヒトにしては、どうにも溌剌とした感情に欠けているように思うのだ。

「よいか? キャメル。お前の全てを出し切り“蒼鳥”を倒せ。“紅猫”と“狼軍”を破っ

た時のようにな」

「……了解。マスター」

 だから次の瞬間、彼女に向けられた言葉と人物を見、なるほどと思った。

 見れば彼女の後ろ側──リングに最も近い位置の観客席、縁際の辺りに一人の老人が立っ

てそんな指示を送っている。イセルナは思い出していた。あの時、彼女の隣にいた人物だ。

(ただの付き添い、ではなかったみたいね……)

 ザラリ。長方形の盾の裏から抜いた剣を握り、キャメルがじっと構えを取り始めている。

イセルナはそっと目を細めた。

 今回武器はさほど重要ではない。問題はあの頭、ハーフヘルム。

 ダンとグノーシュをリングアウトにしたあの技は、おそらくこの兜の片目、宝玉部分に魔

導具としての本体があると思われる。

(クロムさんの目星では、転座の法リプレイスの魔導だと言っていたけれど……)

 さて、先に厄介なあれを破壊しようにも出来るものか。その性質上、狙うには一苦労しそ

うではあるが……。

「頑張れ~! イセルナさ~ん!」

「俺やグノの仇、討ってくれよな!」

『それでは両選手、準備は宜しいでしょうか?』

 分かってるわよ……。観客席から聞こえてくる仲間達の声に苦笑わらい、されどすぐに実況役

の声を聞いて真剣な表情に戻り、彼女は抜刀の構えを取った。

 観客達がごくりと息を呑み込んでいる。キャメルが微動だにしない構えで相対している。

 人々にとり、間違いなく大一番だ。早速ブルートバードの長が登場。決勝進出に向け、予

選で大番狂わせを成したこの少女戦士と相見える格好となった。

『それでは本選第一試合、アドバール・キャメル対イセルナ・カートン、開始ッ!』

 轟。開戦のドラが鳴らされた瞬間、目にも留まらぬ速さで両者がぶつかった。

 轟。会場が震える、目には見えない寒さが人々の間を駆け抜けていく。《冬》の色装だ。

 だが当のキャメルはまるで物怖じしていない。開始直後のタイミングに地面を蹴り、抜刀

したイセルナのサーベルと激しく剣を交じらせている。

「……。ふっ!」

 刀身の大きさで勝る彼女の剣の縁をなぞるようにしながら、イセルナが動いた。相手の力

を巧みにいなし、鋭い一閃を叩き込むのだ。

 しかし相手も相手である。キャメルはこれを恐れもせず半身を捻りながら更に攻撃し、或

いは盾で受け止め且つイセルナの視界を塞ぐ。互いに入れ替わり立ち代わりしながら、二人

は激しく剣戟を散らせていく。


「……妙だな。あいつピンピンしてるぞ? ぼちぼちイセルナの雪が、身体に回り始める頃

合だと思うんだが」

「おそらく彼女には効果が薄い筈ですよ。彼女は被造人オートマタだ。それも、十中八九戦闘用の」

「何っ?」

 繰り広げられるその打ち合い。それを見ていてふと疑問を口にしたダンに、サフレがぽつ

りと言った。驚く彼やグノーシュに、マルタが思わず申し訳無さそうに苦笑いをする。

「その……ロビーで見かけた時に感じたんです。あ、私と同じだって。でもあまりあげつら

うのも悪いですし、マスターにはこっそり伝えたんですけど……」

「多分、イセルナさんの《冬》の侵食速度よりも、彼女のオートマタとしての自己修復能力

が勝っているのでしょう。戦闘用となれば、その辺りも当然強化してある筈だ」

「……なるほどな。ではあの老人が、彼女の創造主といった所か」

「ちょ……。それって卑怯じゃない? 再生能力とか、先ずヒトだと無理じゃん。ていうか

オートマタって大会に出ていいの?」

「問題ない。被造人オートマタは大会規定でも一種族としてカウントされていた筈だ。私も以前、此処

機人キジンの選手と戦った事がある」

 クロムの呟き。ステラの焦りと抗議の入り交ざり。

 だがリオは変わらず、席に座ったままじっとイセルナとこのオートマタの戦士との剣戟を

見守っていた。マジかよ……。ダンの静かに突っ込みに、伊達に当代最強と呼ばれるこの剣

豪は微動だにしない。

「そういうルールなら、仕方ないですね」

「いいのかなぁ……? 持ち霊もそうだけど、ぶっちゃけあった者勝ちみたくならない?」

「戦いとは常に平等な条件ではないさ。その意味では確かに、この剣闘大会はレベルが高い

と言える」

「尤もその創造主から力の供給を受けているなどとなれば、選手以外の助力となりルール違

反にはなるがな。だが見た所あのオートマタにそのような回路パスは診えん。そもそもあの興行主ウル・ラポーネ

がそんな抜け道を見逃すとは思えんしな」

「う~ん……」

「それよりも心配なのは、ダンとグノーシュさんを場外にしたあの技だよ。界魔導だっけ?

あの手のものは、使い方次第じゃかなりやり難くなるからね」


「ふふふ……無駄じゃ無駄じゃ。既にお前さんの能力は把握済みじゃよ。遅効性の毒程度で

キャメルを、儂の最高傑作を止める事など出来ん」

 事実、シフォンが口にしていた懸念は遠からず当たっていた。剣戟が続いている。だが相

手は魔力マナさえあれば疲れ知らずで、凡庸に在る恐怖心も持っていない。イセルナは少しずつ、

だが確実に押し返されていた。

 老人──キャメルの創造主マスター・アシモフはそう語りかけ、ほくそ笑んでいた。

 無論、こちらの《冬》が効いている様子がないのはとうに解っている。イセルナは次々に

打ち込まれるキャメルの剣撃を黙々と捌いていた。じっと、反撃の機会を窺う。

「──はぁッ!!」

 瞬間、彼女の懐に飛び込む。振るわれた剣をかわし、盾の裏と身体の間に入り込み、その

切っ先が首筋寸前まで届こうとする。

「……!?」

 だがその一閃は空を切っていた。次の瞬間イセルナの前からキャメルの姿が消え、同時に

背後から彼女が振り向きざまに斬り掛かってきていたのだ。

「っ──!」

 間一髪、イセルナはこれを姿勢を低くしてかわす。同時に下段からの切り上げをもう一度

打ち込みつつ、相手との距離を取り直す。

「ほう? 中々。流石は女だてらに団長を任されている訳ではないか。まだそれほどの動き

が出来るとはな」

「……」

 キャメルがざざっと両脚を踏ん張って顔を上げ、じっとこちらを見据えていた。イセルナ

もそっと、サーベルを正眼に構えて応じる。

(これが転座の法リプレイスね。理解したわ。互いの場所を入れ替える……厄介な魔導を仕込んでくれ

たじゃない。下手に攻め入っても、全てカウンターを取られる訳か……)

 ダンやグノーシュはこれにやられたのだ。場外に飛び込んだ直後、発動して場所を入れ替

えてやれば、相手のリングアウトの出来上がりとなる。それだけではない。本来の正当な使

い方を考えれば、あれはカウンターに特化した戦法を組み立てるのにとても適している。

(とにかく一旦攻め方を変えないと。この潮目、彼女は迎撃にシフトしてくる筈……)

 だがキャメルは、彼女のそんな冷静な判断の裏を突いてきた。

 いや、駆け引きを思考するだけの性質ではなかったのか。次の瞬間彼女は、再び距離を詰

めようと剣と盾を引っ下げて地面を蹴ってきたのである。

「……っ!? 拙い……」

「ふはははっ! そうだ、倒せ! “蒼鳥”を討ち取り、お前の力を世に知らしめるのだ!

お前の勝利は儂の物、叡智の証明。我が魔導の優越性を、広く世界に焼き付けてやる!」

 転座の法リプレイスを織り交ぜた攻撃にシフトしながら、キャメルがイセルナに猛攻を開始する。その

さまを、アシモフは高笑いをして悦びとしていた。

 自身の魔導を誇示する為。

 そんな動機が周囲に明るみになり、同じオートマタ故にその情報を逸早く耳に届けていた

マルタは、自身の主とのあまり差に暗澹とした思いになる。

(このまま押されて端に遣られれば、ダン達と同じだわ。距離を……アルス君ほどではない

にせよ、彼女の魔導領域の外へ)

 ブルート! 矢継ぎ早に立ち位置を入れ替えられ、何度も受ける強襲を捌きながら、イセ

ルナはそう相棒の名を叫んだ。刹那ぶわっと吹き付ける冷気がキャメルを阻むと同時に、彼

女らは飛翔態となって空高くに舞い上がる。

『おおっと? ここでイセルナ選手、空中に逃げた! キャメル選手の消えるような技から

逃れる心算かー!?』

 実況役のアナウンサー、観客達。

 全てを眼下に置き去りにして、イセルナは高く高く跳んだ。

 分かっている。地上、リング上では回避距離にどうしても限界がある。再接近される事を

考えても、相手の魔導領域が予想を超える可能性を考えても、これがベストの選択の筈だと

思ったのだ。

「盟約の下、我に示せ──冷氷の剣雨フリーズランサー!」

 そして素早く詠唱を整え、彼女はじっと地上でこちらを見上げるキャメルに向かって魔導

を撃った。空中に現れた青い魔法陣から、無数の氷の刃が降り注ぐ。

「……」

 だが対するキャメルは、それでも臆する事なく平静と次の手を打ってきた。

 最初の着弾十数発。彼女は一つこれを剣で氷雨の外側に弾き、盾を身代わりにすると、次

の瞬間イセルナの見下ろす視界から消え去ったのである。

「!? 何処に──」

 言い切る、その前にイセルナへの剣閃が飛んで来た。咄嗟に彼女はこれをサーベルで受け

止め何が起こったのかを理解する。

 利用されたのだ。最初に高く弾き飛ばした氷の刃と自身を入れ替え、そこから次々にこち

らへ届くように転座の法リプレイスを連発して移動してきたのである。

「逃がさ、ない」

「……っ!」

 再び、激しい剣戟が二人の間で繰り広げられた。

 今度は空中。しかしキャメルはブルートと合体し浮遊しているイセルナと自身を何度も何

度も入れ替える事で高さをキープし、且つ身を捻って剣を振るってくる。

「ははは! 無駄だよ。標的を見定めたキャメルからは逃げられない!」

 アシモフが高笑いしている。イセルナはすぐにこの彼女のハーフヘルム──魔導具の本来

を破壊しようかと思ったが、諦めた。

 そんな手、既に織り込み済みだろう。

 ならばここは、やはり……。

「何て野郎だ。今度はイセルナと空中でドンパチやり始めやがったぞ」

「だ、大丈夫でしょうか? このままじゃあ、イセルナさん──」

「落ち着け、ミフネ。私が育てた者が、そう呆気なく終わりはしない」

「え? は……はい」

 仲間達の心配と、信頼。

 だがイセルナは既に思考の中に組み込んでいたのだ。空中でキャメルと打ち合いを続ける

中で、いつそれがベストなタイミングかを考えていたのだ。

転座の法リプレイス。確かに厄介だけど……中身が分かれば如何とでもなるわ」

「……強情を」

 ぶんっ、再三のイセルナの剣撃がキャメルを襲った。だがそれを、やはり彼女は位置を入

れ替える事で回避。即座にカウンターとして回し斬りを浴びせようとする。

「ッ!?」

「確かに雪状態の《冬》じゃ効かなかったけど……これならどうかしらね?」

 だがそうして視線をぐるりと反転させたその瞬間、イセルナは既にサーベルを投げていた

のである。遅効性の雪として降らせていた《冬》の力を、一挙に刀身に集めたその剣を。

「ガッ──?!」

 かわせなかった。即ちイセルナは入れ替えをされた瞬間、ほぼノーウェイトでこの剣を投

擲していた事になる。

 キャメルの身体にサーベルが突き刺さった。濛々と《冬》の冷気を一纏めにした力が、傷

口から急速に彼女の体内を侵していく。

「キャメルっ!?」

「……何も《冬》は雪を降らせるだけじゃないのよ。振り撒く方が常套というだけ」

 どうっ。身体の中から凍て付いたキャメルは、そのままリング上に落下した。

 動けない。体内のあちこちから行き場を失った氷が身体を突き破り、色彩を失った彼女の

頬に全身にその侵食を広げ続けている。

『おお……! こ、これは瞬く間の逆転劇ーっ! 本選第一試合、勝者は“蒼鳥”ことイセ

ルナ・カートン選手だー!』

 実況役のアナウンサーが盛り上がって叫び、観客達が理解に追いついて一際大きな歓声を

上げる。ストン……。遅れて当のイセルナが冷気の翼を動かしながら着地し、そっと相棒と

の融合を解いた。

「……」

 にこり。

 観客や仲間達が見守る中で一人、彼女はその穏やかな微笑を漏らし、振り撒く。

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