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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-66.御遣い達の輪舞曲(ロンド)
411/434

66-(0) 生ける伝説

 天上層の一つ、古界パンゲア某所。

 七星の一人“青龍公”ことディノグラード・フランシェス・セイオンは、とある人物からの呼び出し

を受け、此処ディノグラード公爵家本邸へと帰って来ていた。

 正真正銘、貴族の最上位。

 しかしこの一族は、竜族ドラグネスという事もあり、家名の大きさの割には質素倹約を旨としている。

今彼が歩く、長々と続く廊下は昼の陽だけを利用して少し薄暗いくらいであり、調度品も

時折花瓶に生けられた花や絵画がぽつんぽつんと現れるだけである。

「セイオンです。呼び出しに応じ、参上致しました」

『ああ。待っていたよ。入ってくれ』

 世間では黄色い声も含めて賞賛を掛けられ、仰がれる事の多いセイオン。

 だがそんな彼は、今この時、その生真面目な表情かおに一層の緊張を貼り付けて足を止めて

いた。突き当たりの大きめな扉をノックし、中から老人らしき声が返って来る。

「……失礼します」

 緊張を態度には出さず、しかし纏う雰囲気には否めず。

 セイオンは意を決してドアノブに手を掛けた。ギィッと年季の入った軋む音がし、彼は中

で自分を待っていたこの人物と対面する。

「──」

 ゆったりとした広間。そこにはロッキングチェアに座る、一人の竜族どうぞく男性が微笑んでいた。

 長い歳月を生きてきたと分かる、顔や手にびっしりと刻まれた皺。

 白地に藍や黒のギザギザ文様を裾に襟にあしらった、竜族伝統の着物。

 ディノグラード・ヨーハン。世間的には“勇者ヨーハン”と呼べば分かり易いだろう。

 そう、彼こそセイオンの母方の高祖父であり、かの志士十二聖の一人、その本人である。

 今年でおよそ千二百歳。平均千年の寿命である竜族ドラグネスの中にあっても彼はかなり長寿な部類

だ。千年前のゴルガニア戦役(解放戦争)を戦い、今日のディノグラード家の礎を築いた彼は

一族から“大爺様”と呼ばれ、今も強い影響力を持っている。

「よく来てくれた、セイオン。どうだい? そっちの仕事は順調か?」

「……はい、お陰様で。それで大爺様。緊急の用というのは、一体……?」

 それでも彼の生来の性格は穏やかで、先ずは久しぶりに顔を合わせた玄孫との雑談と洒落

込もうとする向きさえあった。

 うむ……。そんな年寄り心をいざ知らず、早速本題に入ろうとするセイオンに、ヨーハン

は一度軽く目を瞑ると、傍に控えていた付き人達を退出させた。

「これを見てくれ」

 リモコンを操作し、彼は壁に取り付けてある大型の映像器の電源を入れた。

 どうやらこれは録画した映像のようだ。画面にはちょうど、闘技場のような場所でジーク

が大歓声に迎えられながら、他の選手達と共に入場していく姿が見て取れる。

地底武闘会マスコリーダですね。どうやら剣聖リオがこの二年、彼らを鍛えた総決算を兼ねて出場させて

いると聞きました」

「らしいの。だがセイオン。今日お前を呼んだのはこの──レノヴィンではないのだ。少し

ばかり、早送りするぞ」

 セイオンの淡々とした受け答え。するとヨーハンは苦笑わらい、またリモコンを操作する。試合

開始前、緊迫して互いに身構える選手達の姿が映し出されている。加えて今か今かとその

瞬間ときを待ち、ボルテージが上がる観客席の人々も──。

「ここじゃ」

 はたと。ヨーハンはそんなとある一シーンで映像を止めた。

 ぐるり観客席を映していたフォーカス。そこにはリオとイヨら侍従関係者、そして金髪と

銀髪の少女──レナとステラがそれぞれ息を呑む様子で眼下に目を凝らしている様子が映り

込んでいる。

「……セイオン。お主はクラン・ブルートバードと縁があるそうじゃな?」

「はい。直接会ったのは皇国トナン擾乱の際くらいですが……」

「ならば聞きたいんじゃ。ここに映っておる、この鳥翼族ウィング・レイスの女子は何者なんじゃ?」

鳥翼ウィング……この金髪の少女ですね。確か、レナ・エルリッシュという名です。クラン幹部の

一人の養女だと、記憶していますが」

 セイオンは内心訝しまざるを得なかった。実際、答えるその目は静かに細められ、言葉尻

にも「それがどうした」がじわりと滲んでいる。

 何故レノヴィンではなく、このなのだ?

 大爺様は何故わざわざ自分を急ぎ呼び出してまで、そんな事を……?

「……そうか。それ以上の事は知らんのじゃな?」

「はい。この話も半分は又聞きですので」

「そうか……。ならばセイオン、至急この娘について詳しく調べて来てはくれんだろうか?

もし当人が承諾すれば、一度直接会いたい」

「……構いませんが。しかし大爺様、何だというのです? 確かに彼女はブルートバードの

一員ですが、貴方様がそこまで彼女に拘る理由は──」

「うむ……そうだの。まぁよい。元よりお前には話すつもりで呼んだのじゃ」

 近こう。促されて、セイオンは椅子に座ったままのヨーハンのすぐ前まで進み出た。

 先刻の人払いも然り、やはりあまり大っぴらには出来ない事情か……。

 それでもセイオンはこの時まだ分からなかった。想像もしなかった。解放戦争を戦い抜い

た程の英雄が、これほどまで拘り、焦る理由など。

「実はな……」

 若干ひそひそ声になり、ヨーハンが話し始める。

 セイオンは、それをあくまで真面目に傾聴しようとする。

「──ッ!?」

 紡がれた理由ことば

 故に次の瞬間、彼は予想外の事に言葉を失い、目を見開いたのである。

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