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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-65.凛として力(こころ)咲く
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65-(7) 冬の教え

『……』

 西棟・第八ブロック。

 ここでも同じく数百人に及ぶ選手達がしのぎを削る中、その少なからぬ者達がある一人の

人物を討ち取ろうと取り囲んでいた。

「……」

 イセルナ・カートン。通称“蒼鳥”のイセルナ。

 今や知らぬ者はいなくなった冒険者クラン・ブルートバードの団長を務める女剣士だ。

 じりじりっ。戦士達がゆっくりと距離を詰めようとする。

 だがその額には既にじわりと脂汗が浮かび、各々顔色も宜しくない。

『さてさて? やはり格好の標的になってしまった、クラン・ブルートバード団長イセルナ

選手! 彼女を狙う選手達の数はこちらからの目算でざっと百人ほど。さぁ、このピンチを

どう乗り切るのかっ!?』

 遠巻き頭上の実況席では、そう男性アナウンサーが観客達を盛り上げながらそう戦いの状

況を伝えている。

 しかし、当のイセルナと向かい合うこの戦士達の抱く感慨はむしろ真逆であった。

(……正直、高を括っていた)

(見た目だけなら細身の、ただのべっぴんさんでしかねぇが)

(まだ何もしてないってのに、何て練り込まれたオーラ……!)

 剣戟と怒号が周囲で響く中、イセルナはまだ静かに風に吹かれて立っていた。

 それでも既に、全身には非常に濃いオーラを纏っている。ライバル達は正直、自分達で取

れると思ったその過信はんだんを後悔し始めていた。チャキリ。そして彼女が、ゆっくりと腰の剣に

手を掛ける。

『──っ!?』

 オォォンッ……! 抜き放ち、ヒュッと眼前で剣先を振ったその瞬間、場に彼女を中心と

した目に見えない波紋が駆け抜けていったように思えた。

 対峙していた者達は勿論、周りで各々戦っていたライバル達も思わず手を止めてこちらに

目を見張って。

 悪寒──しんと凍みる冷たさのような感触が身体を駆け抜けていった。

 そしてそれは何も彼女の周囲だけではない。リング上全域は勿論、一同を見下ろして観戦

する周囲の観客席、その前面フェンス寄りの一般人らにさえも、その畏怖を伴うような冷え

は伝わり、中にはこの気に中てられて気絶してしまう者達すら出る。

「……こ、この程度」

「こけおどしだ! やっちまえ!」

 おぉぉぉぉ! しかしずっと睨み合っている訳にもいかない。対峙するライバル達は互い

に目配せをし合いつつ、いよいよもってイセルナに挑みかかっていく。

 だが彼女は、この四方八方から攻めて来る彼らを巧みな剣捌きで返り討ちにしていった。

 正面からの斬り下ろしをサーベルの腹で流れるようにいなすと、そのままバランスを崩し

て脇腹に転がり込んでくるこの戦士を斬り伏せ、次いで二撃・三撃と左右背後からやって来

る彼らの動線にスッと差し込むようにして銀閃を払う。

 美しさすらあった。

 彼女自身は殆どその場から動いていないというのに、周りのライバル達は面白いほどに体

勢を崩し、斬られ、のたうち転がる。

『十、二十、三十……これは何とも華麗なる剣捌き! イセルナ選手、圧倒的な数の不利を

ものともせず、次々とライバル達を倒していくっ!』

「チッ……!」

「──!」

 そんな中、やや遠くから彼女を狙う銃使いがいた。殺気を読み取り、即座にイセルナは振

り向きざまにサーベルの刃を向けてこの飛んでくる弾丸を跳ね返す。

「小癪な」

 そして次の瞬間、彼女の頭上から持ち霊・ブルートが顕現した。

 しまっ──。この銃使いが慌てる。

 だが気付いた時にはもう時既に遅く、他の選手達も巻き込みながら、彼はブルートの冷気

を纏った飛翔をもろに受け、胸に凍て付いた裂傷を刻みながらぐらりと宙を舞って倒れた。

「ありがとう。ブルート」

「礼には及ばん。それより、そう意固地にならずとも我を使え。ルール上、持ち霊は本人の

武装という扱いになっているのだろう?」

「……」


 二年前、イセルナは伸び悩んでいた。リオとクロムによる修行が始まって三月、半年と時

が経ってゆくのに、彼女自身は中々覚醒の兆しが見られなかったからである。

『──イセルナ。お前は持ち霊の力に頼り過ぎている』

 黙々と、修行メニューはこなし続けていた。

 だがそれでも苦悩する内面を見抜いていたのか、ある時リオはそう彼女にとり、衝撃的な

忠告アドバイスを寄越してきたのである。

『もっと己の導力、オーラを鍛えろ。それにお前はなまじ頭も切れる。俺が見ているにお前

はそれ故、心の何処かで“工夫さえすれば勝てる”という驕りを持ってしまっているように

みえる』

 ショックだった。持ち霊と共に生まれ、生きる伴霊族ルソナとして、クランを纏める団長として、

いつの間にか抱いていたその矜持にザクッとのみが打ち込まれたかのようだった。

 ブルートは相棒であり、生まれた時から一緒の最も身近な“家族”だ。

 そんな彼と共に在ることが、自らの成長を妨げている……? 最初は正直言って半信半疑

だった。仮に言う通りだとしても、それは自分たち伴霊族ルソナという種族を根底から否定しにか

かっているかのような物言いだったからだ。

 ……それでも、イセルナはじっと耐えた。一時の感情で全てを失わせる事なく、今自分に

一番必要なものは何かと帰納しながら考えた。

 過ぎた“甘え”だったのであろうか?

 団員達を“家族”と呼び、良くも悪くも馴れ合ってきたという意味だとしたら。

 今一度、自分は彼らを率い信頼に値する者として、再びクランと己を見つめ直さなければ

ならないのではないか……?

 その為に、色々無茶もした。ブルートなしで魔獣討伐いらいに臨み、普段では不必要なほどに

ダメージを受けてしまった事もある。

 その度に皆から心配された。何故ブルートを使わなかったのかと。

 だが結局、色装をマスターするまで自分は多くを語らなかった。あの時直接リオの言葉を

聞いたブルートやダン、限られた古参のメンバーにしか事情は伝えなかった。

 全ては色装の為。

 全ては充分な、充分過ぎる力をつけ、大切な仲間たち人々を守る為に……。


「──いくわよ、ブルート」

 そっと目を閉じて数秒。だが次の瞬間、イセルナはようやく相棒に呼び掛けていた。彼は

気持ちやれやれと笑い、蒼い輝きと共に彼女の剣に宿って長大な氷の剣となる。

 うっ……!? 大分減らされたライバル達が、思わず後退りしていた。

 これだけ数で攻めても落とせない。とてつもなく技が研ぎ澄まされていやがる……。

「ま、まだだ。まだ全滅はしちゃいねぇ」

「そうね。でも、もう勝負ならとっくについているのよ」

「何──?」

 だが直後、そっと言った彼女の言葉に、一同は文字通り凍り付いた。

 ガクン。まるでその言葉を待っていたかのように、彼らの身体から急に力が抜けていく。

 実際に対峙する彼らだけではなかった。その更に外側で戦っていた他のライバル達も、個

人差はあれ、まるで感染でもしたかのように力が抜け、次々と膝をついて満足に動けなくな

ってしまったのだ。

「な、何だ? これは……?」

「さ……寒い……」

「か、身体が、動かない……」

「ええ。よーく空を見てみなさい」

「空……?」

 指差され、彼らはゆっくりと天を仰いだ。

 一体どういう意味なのか? じっと曇りが増してきた空に目を凝らす。

「……。雪?」

 そして気付く。ごく細かいものだが、どうやらリングに淡く白く輝く雪──のようなもの

が降っていたのだ。

 しかしと思う。地理的にそれはあり得ないと地底層じもと出の者達は知っていた。

 確かに魔界パンデモニムを始め地底層の世界は年中薄暗く、気温も低めだ。

 だがそれでも降雪となる時期は限られている。多くはもっと北や海沿い。何より今はまだ

秋で雪が降るには早過ぎる。

「勝負ならとっくについているのよ。この雪は、貴方達の力を奪うわ」

『──』

 故に、戦慄した。他ならぬ目の前のイセルナがそうこの時期外れの雪の正体を明らかにし

たからである。

 色装か。ライバル達は悟った。確かによく見てみればこの雪はオーラと同じ気配がする。

 思い出す。とっくに。彼らの脳裏に、自分達が襲い掛かる寸前のイセルナの行動が蘇って

更に背筋が凍る思いがする。

 ──これが覚醒した、イセルナの色装だった。

 《冬》の色装。自身のオーラを粉雪のように振り撒き、周囲の者達の力を奪い取る遅効性

の凍え。対集団戦に大きな効果を発揮する変化型の一種だ。

 しかし当のイセルナは、正直を言うとこの能力はあまり好きではない。

 確かにクランの長として、この先“結社”という強大な敵と戦っていくであろう身として

戦術的にはとても有効なものかもしれないが、何というか……卑怯だなと思うのだ。

「ま、拙い。もう、身体が……」

 ライバル達の顔が引き攣っている。だがもう誰一人まともに逃げ動く事はできなかった。

 じわじわと、気付かぬ内に力を奪われていたのだ。氷剣を振りかぶり、ダンッとイセルナ

が彼らへ向かって地面を蹴る。

『ガッ──!?』

 一閃。透き通った青い軌跡を残し、ライバル達はその一撃の下に斬り伏せられていた。

『……しょ、勝負あり~! やはり彼女は強かった! 第八ブロック勝者はクラン・ブルー

トバード団長、イセルナ・カートン選手だ~ッ!』

 観客達が唖然とする。

 だがややあって次の瞬間、実況役のアナウンサーが彼女の勝利を叫び出す。彼らが大歓声

を上げる中そっと氷剣を解くと、彼女はフッと静かに微笑みながらその一角で自分に手を振

ってくれているマルタやサフレ、そして黙し頷くクロムを見上げる。


(──ん?)

 時を前後して。

 東棟の試合会場から独り本棟へ続く廊下を歩いていた第三ブロックの勝者・エイカーの前

に、はたと一人の“フードの男”が現れた。

 それに気付き、そっと足を止める。

 魔導師でありながら何処かチンピラを思わせる剣呑さを持つこの青年は、この自分に立ち

はだかる人物を前に、じろと睨みを利かせた。

「誰だ。てめぇ何処の組のモンだ」

「……そう警戒しなくていい。“狩人”エイカーだね? 君にちょっと、話があるんだ」


『──あ、圧倒的ィ! その他を寄せ付けない強さで、第七ブロック勝者はユリシズ選手に

決定ですっ!』

 一方で残るもう一つの後半戦も、早々に決着がついていた。

 旧時代を思わせるような全身鎧と幅広剣。素顔を隠した、金の飾り鶏冠のついた甲冑。

「……」

 実況役のアナウンサーが叫ぶ。

 累々と白目を剥き、鮮血を撒き散らして倒れ伏した数百人の選手達の中で、この騎士鎧の

戦士はただ一人、じっと寡黙に石畳の上に立っていたのだった。

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