9-(3) 廃村の戦い(前編)
夜闇の中の廃村に数多の金属音が重なっていた。
黒衣──“結社”の兵らと、二つのクランの合同戦線。互いの得物同士がぶつかり合う。
「らぁっ!!」
一体、また一体と身体を捻り飛び交いながら、ジークは二刀を振るってオートマタの兵ら
を斬り伏せていく。
同じく円形の前線を崩さぬように、ダンやミア、リンファ、そしてフォローに入るバラク
達もまた、自分達を捕らえようと迫る黒衣の兵らを戦斧で薙ぎ払い、拳で殴り飛ばし、或い
は剣や槍で斬り伏せ貫き倒しては迎え撃つ。
『──……』
そんな前線のジーク達を、オートマタらの前線の後ろで銃剣を構えた黒衣の人兵らが狙お
うと銃口を向けるが。
「盟約の下、我に示せ──群生の樹手!」
「盟約の下、我に示せ──戒めの光鎖!」
次の瞬間アルスとレナの詠唱の声が重なっていた。
アルスの足元からは緑色の魔法陣が展開し、エトナの制御を伴って無数の樹木が触手のよ
うに伸びて兵らを縛り、レナがかざした掌に展開された金色の魔法陣からは、無数の光線が
放たれ、逃げようとした兵らを捉えるとぐるりと輪っか状に可変しその動きを封じ込める。
「ヒトの兵士達は任せて!」
「皆さん、援護します!」
「おう。ありがとよ」
オートマタはともかく、いくら結社の手の者とはいえヒトを斬るのは正直躊躇があった。
ジーク達は後方のアルスやレナ、支援隊らの補助をありがたく受けると、改めてワラワラ
と向かってくる傀儡兵らを斬り伏せ、撃ち倒してゆく。
だが……その数は一向に減る気配がなかった。
むしろ時間を経るごとに増えているような気がする。オートマタ故に多少の傷なら問題な
く動けるという事もあるのだろうが、思ったより向こうの余剰兵力は膨大であるらしい。
「ったく、キリがねぇな」
「アジトの真っ只中だからな。何処かに出撃口があると思うのだが……」
「しかしこう囲まれていては進むも退くもできませんよ?」
「元からそのつもりなんだろう……よッ! そう簡単に、奥まで進ませてはくれねぇさ」
突き出してくる鉤爪を刀身でいなし、半身を捻って二刀の一撃をお見舞いする。
それでも次々と立ち上がり、加勢が増えていく傀儡兵らにジーク達は流石に焦りを見せ始
めていた。
流れるような動きで斬り伏せていくリンファの剣の軌跡をなぞるように、起き上がりかけ
た彼らをサフレの槍が薙ぐ。
少々押されている気がする前線。
サフレが後方で丸く固まっている支援隊──いやマルタを見遣りながらそう焦りを零して
いると、ダンは言いながら戦斧を振り下ろして、また一体とオートマタを叩き斬っていた。
「……だが確かに、このままでは埒が明かないな。イセルナ」
「何かしら?」
するとそんなやり取りを聞いて、バラクが背を預けていたイセルナに声を掛けた。
サーベルを一振りし、迫ってきたオートマタを斬り伏せると、彼女は肩越しに反応する。
「お前ら、先に行け。ここで人形どもと遊ぶのが目的じゃないだろう?」
「それはそうだけど……大丈夫?」
「心配される筋合いはない。道を作ってやるから、先を急げ」
戦いの中であるのにあくまで穏やかな返答をする彼女に、バラクはふんと鼻を鳴らして哂
っていた。
そしてちらりと、キリエやロスタム、ヒューイら自身のクランの面々に視線を送る。
するとそれを合図に彼らは傀儡兵らを一旦弾き飛ばし、同時にジーク達を含むバラクの後
方に位置する面々が大きくわざと円陣を崩すように退いた。
ぐぐっと、バラクがマナを滾らせた酸毒爪甲の右腕を引く。
オートマタ達は、その動きを見て大技が来ると察知し後退しようとしたが……遅かった。
「──消え失せろッ!」
次の瞬間、バラクが大きく振り抜いた空間から真っ直ぐにごっそりと、強烈な酸の津波が
オートマタ達を飲み込んでいたのである。
身体を溶かされてもがく傀儡兵。
そんな同胞らを見て思わず動きを止めてしまう傀儡兵。
「行けッ!」
そうしてできた隙と突入口を、ジーク達は見逃さなかった。叫び促すバラクに視線で礼を
返すと、イセルナとブルート、彼女らが冷気を放ち作り出したの氷の道の上を安全地帯に、
ブルートバードの面々が一気に駆け抜けてゆく。
包囲網を抜けて、廃村の奥へ。
おそらくアジトの中枢はそこにある。
やがて隊伍を立て直す黒衣の一団らに、バラクらサンドゴディマの面々は、今度は凹レン
ズ型の陣形で以って対峙した。
脚甲を纏い、沈着冷静に白い髪を夜風に揺らしているキリエ。
六本腕それぞれに銃を握り、静かに目を細めているロスタム。
身の丈近い大矛を肩に担ぎ、戦いに嬉々としているヒューイ。
そんな血の気の多い部下達を従えて、バラクは魔導の手甲を握り締めると言い放つ。
「……さぁお前ら、存分に暴れろ。鼠の一匹もここを通すな」
一方、廃村最寄の街道の一角で。
「ひゃぁぁっ! な、何ですの、こいつらは!?」
乗ってきた馬車の一団と共に待機していたシンシア達もまた、夜闇に紛れた黒衣の一団か
らの襲撃に曝されていた。
「大方“結社”の手勢でしょうね。何せすぐそこにアジトがある訳ですし」
「なぁに。心配なさるな、シンシア様。私どもがおる」
運転手らと共に馬車の中へと身を隠して慌て惑い、きゃんきゃんと声を上げるシンシア。
その主の声に若干面倒くさそうな声色を返しながら、キースは手品のようにサッと両手に
何本ものナイフを取り出してみせると錬氣を込める。その傍らの地面を蹴り、ゲドが得物の
大槌を振り上げ黒衣の兵らに飛び掛っていく。
「この程度の敵襲、何なるものぞ!」
叫びながら振り抜かれた大槌。
そのインパクトの瞬間、目に見えない衝撃波が黒衣の兵らを吹き飛ばした。
震撃の鎚。ゲドの扱う鎚型の魔導具である。
次いで、吹き飛ばされ隊伍を崩された彼らに、シンシアらの警護の為に事前に宛がわれて
いた二つのクランの冒険者達が追撃に掛かる。
「ふははは! 貧弱貧弱ゥ!」
それでも幾人かのオートマタらは馬車へと迫ろうとしたが、それらは皆カルヴィンの豪腕
と鉄色の焔によって阻まれ、駆逐されていた。
だが……それでも兵力の差は如何ともし難かった。
こちらが戦えるのはせいぜい十数名程度。しかし“結社”の手の者達は傀儡兵を主力とし
て次から次へと夜闇の中から現れてくる。
「うっ!?」「がぁっ!」
前線のオートマタが数の力で押し、遠距離から人兵が銃で狙う。
だがその陣形を許さぬように、彼らの額に手に、次々と正確無比なナイフが飛んでくる。
構えた銃を思わず緩めて短い悲鳴を上げ、ぐらりと揺らめく黒衣の兵士達。
「──……」
その背後に、キースが音も無く忍び寄っていた。
瞬間、次々と跳ねられ、或いは両腕で捻り折られる首。
彼らが反撃攻勢に出る間もなく、その場があっという間に絶命した人兵らの墓場と化す。
(……これで、結社の人間の方は片付いたみたいだな)
べっとりと血のついたバタフライナイフを片手に、キースはそんな即席な骸の山を見下ろ
していた。
少し離れた、馬車の近くでは未だオートマタらがクランの冒険者達やゲドの大槌に吹き飛
ばされては何度となく立ち上がり、襲い掛かろうとしているのが見える。
──やはり人間じゃない分、あいつらも“殺し”に忠実なんだな。
倒れた兵士の服の袖でナイフを拭ってしまいながら、キースは何とも言えない胸糞悪さを
覚えていた。
自分のように暗部を渡る人間は何時の時代もいる。
そしてそうした者を使う側は、より余計な私情を持たない“人形”を欲しがる。
自分達の命令に忠実な、戦闘用オートマタ。或いはキジン。これほど都合のよい存在はな
いのだろう。だからこそ自分はこうも静かに苛立っている……。
(……さてと。密偵は密偵らしく、奴らの出所を押さえ──)
小さく舌打ちを一つ。それでもキースはそんな“要らぬ”感情を抑え、再び夜闇に紛れて
行動を開始しようとする。
ちょうど、そんな時だった。
「深闇に潜み解ける紫霊よ。汝、その姿顕し静謐を妨ぐ者らを蹂躙し給え。我は、闇すら友
とし仇討つことを望む者……」
それは魔導の詠唱だった。
不意に馬車の一つから紫色の光が輝き、大きく魔法陣が展開される。
遠巻きのキースもオートマタらも、彼らを相手にしていたゲド達やシンシアも、何事かと
その光の方向に思わず目を遣っている。
「盟約の下、我に示せ──陰影の眷属」
そして詠唱が完成した次の瞬間、魔法陣から何かの黒い群れが一斉に飛び出してきた。
キースは目を凝らす。
またオートマタ達か? いや違う。あれは……影?
結論から言えば、それらはキース達の味方だった。
何者からか現れた影の軍勢。下半身から黒い靄のような軌跡を残しながら、その無数の眷
属達は一斉にオートマタらに突撃し、その身体を破壊し始めたのである。
容赦なく黒い凶刃で以って壊されていく傀儡兵たち。それでも立ち上がろうとする者も少
なくなかったが、それらにすら影の眷属らは追い打ちを掛けるように群がり、徹底的に粉微
塵にしていったのだった。
(……。何なんだ?)
やがて、敵の気配が止んだ。
ポカンとしているゲド達に、キースも夜闇の中から恐る恐る小走りで近寄ると合流する。
「あれって、魔導……だよな?」
「シンシア嬢。もしかしてあんたが加勢してくれたのかい?」
「ち、違いますわ……。私はずっとここにいましてよ」
ゆらゆらと中空を漂い、やがて夜闇に紛れて消えていく影達。
待機兼護衛の冒険者らが問うたが、馬車からこっそりと顔を出すだけのシンシアは自身の
魔導ではないと言い切っていた。
「そうよの。我らの得意とするのは火門の魔導。闇門ではない」
「じゃあ、誰が……?」
腕を組み言うカルヴィンは、じっと先程魔法陣が見えた馬車の方を凝視していた。
キース達を始め、皆の視線が一様に合流し、そこにいるであろう何者かを待つ形になる。
「……うぅ」
それからたっぷりと数分。
何やら躊躇いと葛藤があったらしく、やがてこそ~っとその馬車から姿を見せたのは。
「えっと……。皆、大丈夫?」
銀色の髪に黒いローブを纏ったウィザードの少女──引き篭もりな筈のステラその人で。