65-(4) 接近
時を前後して。コロセウム正面ゲート。
後半戦がいよいよ始まろうかとしていたその時、そこではとある一悶着が起こっていた。
「貴方がたを通す訳にはいきません。一体何が目的ですか」
「何がって言われてもねえ。皇子達の応援に……と言っても信じて貰えないんだろう?」
当然です。経路を塞ぐように警備兵が数人、この不審者らを食い止めていた。
先頭に立つのは長い布包みを背負った私服姿の青年が一人と、連れらしき者達が数名。
「……参ったな」
それは、他ならぬウゲツだった。
セラ・ウゲツ。かつて監獄島の一つギルニロックで副署長を務めていた人物だ。
だが二年前、そこに収監されていた元使徒クロムを巡り、ジーク達と共に“結社”を撃退
した功績を買われ、その後新生・正義の盾の副長官右席へと抜擢された。背後に控え、戸惑
っているのはその部下達である。
ぽりぽりと頬を掻き、さてどうしたものかとウゲツは考える。
確かに皇子達の応援という名目は、半分は本当で半分は嘘だ。その実は統務院の権限が及
ばない魔界へと出掛けた彼らを監視し、もしもの事があれば手を貸すようにと長官から密命
を受けたからだ。
なので、あくまで軍服には身を包まず、一般人という体で。
しかし署長と共に『四陣』抜擢された自分は、存外人々に顔を覚えられてしまっているら
しい。実際今こうして警備兵に見咎められ、入場すら果たせないでいる。
「あそこ、何かあったのか? 妙に物々しいけど……」
「さぁ?」
「ああ。何でも正義の盾が来てるらしいぜ」
「正義の盾? って事は統務院? 何で? 何で地上の奴らが俺達の祭りを邪魔するんだよ?」
「知るかよ……。でもやっぱアレかな? 今年はジーク皇子とアルス皇子が出場してるじゃ
ん? あいつらも気を遣ってるんじゃねーの?」
でも、だからって……。ウゲツの耳に、そう遠巻きに話している一般客らの声が届いた。
大よその所は巷でも既にお見通しか。まぁこれまで散々報道されてきたのだから仕方ない
と言えば仕方ない。だがそれ以上に、彼らが統務院というだけで半ば反射的に警戒心を表し
ているのが、ウゲツには心苦しかった。
(やはりかつての武力衝突が禍根を残しているんだな……)
その当時はまだ生まれてもいないが、軍人として世界政府の一員として最低限の教養くら
いは身につけているつもりだ。
だとすれば警備兵らの警戒ぶりも解る。特に此処は長らく宿現族達の縄張りだ。
歴史的な背景と種族としての性質。
その双方が合わさり、独立独歩な気概に拍車が掛かっているのは言うまでもなかろう。
「右席、どうしますか?」
「このままでは……」
「ああ。だが手荒な真似は止めてくれよ? そこは厳命されているからね」
最低限はと連れて来た部下達が指示を仰いでくる。
それでもウゲツは踏ん切りがつかなかった。国際問題になりかねない以上、力ずくで押し
通る訳にもいかない。
さて、どうしたものか……。
「何をしている? お前達」
だがちょうどそんな時だったのだ。遠く本棟の奥から漏れ聞こえてくる観客達のざわめき
を背景に、ウル・ラポーネ──現在の地底武闘会の興行主が取り巻きらと共に姿を見せた
のだ。
「お、オーナー!?」
「どうして此方に……」
「他の警備班から連絡が来た。正義の盾の若造がのこのこやって来たとな」
カツンカツンと靴音を鳴らし、慌てて敬礼するこの兵らの前を通り過ぎ、見遣る。
ごくりとウゲツは唾を飲んだ。
“首領”ラポーネ。
大会の興行主にして、四魔長の筆頭的存在……。
「ほう。本当に『四陣』の新入りの方か。お前がそうか」
「……はい。この度は混乱を招いてしまい申し訳ありません。ただ我々は、貴方がたの興行
を邪魔する訳でも、万魔連合に干渉するつもりでもございません」
「分かっとるよ。先日通達だけは来た。ジーク・レノヴィン達の警護だろう?」
睥睨される威圧感に踏ん張りながら、ウゲツは丁寧に答えた。
ふん。されどウルは相変わらず粗野な含み笑いを返す。通達だけ──その言葉尻からは受
け取りはしたが、歓迎はしていないというニュアンスが読み取れる。
「尤も、あまり心配は要らぬように思うがね。道中、配信映像はチェックしていただろう?
並みの使い手じゃあどのみち返り討ちだよ」
「ええ……」
その点に関しては激しく同意する。
本当、この二年で目覚しく成長されたものだ。
「まぁいい」
そしてふいっと、ウルがテンガロンハットを目深に被り直しながら踵を返した。ちらと肩
越しにこちらを見ながら、周りを固める取り巻き達を引き連れて言う。
「立ち話も何だ。ついて来い」