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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-65.凛として力(こころ)咲く
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65-(2) 仇(てき)の眼差し

 無数の魔流ストリームが刻一刻と虹色に変化し、縦横無尽に奔っていくその仄暗い天地は底すら見え

ない、静謐な空間。

 地底武闘会マスコリーダの様子はリアルタイムに世界中へと配信されているが、それは何も世俗の者達

だけに留まらない。これまで幾度となくジーク達と戦ってきた“結社”達も同じく、当たり

前のように回線に干渉してこれら映像にじっと目を凝らしていた。

「ほう。どうやら彼らも色装を覚えたようだな。ククク、次会う時が楽しみだ」

「余裕ぶっこいてる場合か? あいつら、徹底的に俺達とやり合う気だぞ。……クソッタレ

が。あんな目はもう大都バベルロートの時で充分だってのに……」

「そうね。“剣聖”が稽古をつけ始めた、その時点で只事じゃないのは分かってたけど」

 中空に浮かぶ淡紫の光球──“教主”を擁きながらその眼下で、ずらり左右に控える使徒

達が忌々しく、或いは嬉々として口を開いている。

 映像はちょうど、ジークがその《爆》の一撃で試合を終わらせたさまを映していた。

 宙に浮かぶ四角い映像ビジョンいっぱいに紅い光が満ち、やがて大きく抉り取られた石畳のリング

と累々の戦士達、そこに降り立ち深く息をついているジークの姿に変わる。

「ん~、凄まじい成長速度だネェ。師が良かったノカ、それだけ本人の潜在能力が高いもの

だったノカ……」

『両方だろう。若干後者の比重が大きいといった所か。……宜しくないな。七星の一角が護

るが故に迂闊に攻め込めなかったとはいえ、やはりもっと早く始末しておくべきだったか』

 ルギスが眼鏡を光らせて引き攣った笑いを浮かべる中、ぽつと“教主”が言った。

 もっと早く──。言わずもがな、二年前を指すのだろう。

 セシルとヒルダ、ヘルゼルがそれぞれ目を瞑ったまま眉間に皺を寄せ、或いはついっと遠

くを見るようにして視線を逸らしていた。

 監獄島ギルニロックでジーク達を殺しそびれた事を思い出しているのだろう。特に改めての追求は口に

されなかったが、三人とも少なからずの緊張をごくと喉に溜め込む。

『……』

 光球ゆえにどう見ているかは判然としない。

 だが“教主”自身は暫しじっと彼らを、部下達を見ていた。

 しかし責めない。最早それは今更であったし、何より自分達が目指すべきは大命成就──

大盟約コード”の消滅による「救世」である。そう判断し、レノヴィン一派の排除を二の次とした

のは他ならぬ自分自身だ。

 大会に潜り込ませた刺客達は、少なからずやられた。

 やはりもう信徒クラスでは太刀打ちできないか。尤も内心、始めから期待などしていなか

ったのだが。

『……それよりも、現在の作戦進捗はどうなっている? 聖浄器の奪還の件、予定よりも遅

れているようだが?』

「はい、それなのですがネェ。新生・正義の盾イージス正義の剣カリバーらの抵抗が想定以上に強く……。

落としはしたものの、遅れてやって来た彼らに反撃を喰らい壊滅した部隊も現在二百に迫ろ

うとしておりマス、ハイ」

「我らに太刀打ちできるレベルの者は限られておるのですがな。如何せん我らの身体は一つ

である故。随時ジーヴァと共に出撃はしておるのですが……」

「なので、信徒達には陥落よりも奪取を優先させています。聖浄器もくひょうを確保し次第、こちらに

転送するおくるよう厳命している最中です」

『……“第三極”は?』

「引き続き、間者を動員して内幕を探らせています。ですが中々奴も狡猾に隠れているよう

ですね。少なくとも彼らの中に──彼らを従えて地盤を固めているのは間違いないですが」

「ですがこっちも如何せん、ただそのままぶっ潰す訳にはいかない連中ですからね。頼みも

していないのに我々を支持してくれる、稀有な者達です。統務院を突き崩す為にも、いざと

いう時の肉壁ほけんとしても、出来る事なら“全摘出”は避けたい……」

『うむ。奴を始末できさえすればそれいいからな。だが場合によっては、それも積極的に選

択肢に加えねばらなくなるだろう』

 はっ……。ルギスやヴァハロ、ジーヴァ、フェニリアやセシルが各々に回答しつつ、そう

恭しく頭を垂れた。

 沈黙。気持ち“教主”がそっと空を仰いだように見えた。

 場の使徒達がやがて面を上げて、やはりじっと彼が発する次の言葉を待っている。

『あまり猶予はない。急げ。彼の話ではここ二年、観測値が想定よりも悪化しているのだそ

うだ。これは忌忌しき状態だ。出来るだけ早く、我らが大命を最終段階まで持っていかねば

ならない』

「はい。そうなると……レノヴィン達が特務軍に合流するのは、面倒ですね」

『そうだな。大会後の奴らの動きには留意せねばなるまい』

 ふいっと、改めて“教主”の光球が使徒達を見下ろした。

 分厚い硝子のような点々と浮かぶ足場の上で、彼らはその指示を待ち構えるように見る。

『大会に併せ“奴”も一つ手を打ったそうだ。だがもう少し……こちらも、刺客を増やした

方がよいかもしれぬ』

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