65-(0) 好発進
会場にいた者達全員の視界に、抱えきれないほどの紅が満ちた。
轟。ジークが上空から振り下ろした一撃は、まさしく文字通りリング上のライバル達を呑
みこみ、薙ぎ払う。
『……』
やがて強い強い紅が晴れ、観客達は絶句した。
リングは、その表面がまるで巨大な爪にでも引き裂かれたかのように深く抉れ、その周り
には累々と選手達が倒れていた。
白目を剥き、焼け焦げたように。
直前までジークと打ち合っていたハリー・ブレイドもその例に漏れない。ジークの放つそ
の桁違いの威力に逃げようとしていたのか、その身体はリング外の地面に転がっている。
「……」
ストン。脚をオーラで覆って強化しながら、ジークが独り着地した。二刀、紅梅に滾らせ
ていたオーラは既に解かれ、彼は自身が放ったその結果のさまを静かな深呼吸をつきながら
ぐるりと眺めている。
『……きょ、強烈ゥゥ!! なな何とジーク選手、上空からの大技で、残るライバル達を文
字通り一網打尽にしてしまったーっ!』
ハッと我に返った実況役のアナウンサーがここぞと叫び、次いで会場の観客達もようやく
何が起こったのか──彼がたったの一撃で勝負を決めてしまった事実を理解し、興奮のまま
総立ちを起こす。
「ははは。こりゃまた派手にやったなあ」
そんな一部始終を、本棟地下の選手控え室にいた仲間達もまた、映像器越しにしかと目撃
していた。呵々と、ダンがその筆頭宜しく上機嫌になって笑っている。
「良かった……。兄さん、これで本選ですね」
「ミアちゃんに続いて二人目だね。さて、何人くらい僕らは枠に入れるだろう……?」
「早速潰し合いになってしまったものね。私達の組み合わせだともっと激しくなりそうよ」
「しゃーねぇさ。むしろよかった。もし綺麗に一人ずつ各ブロックにってなってたら、それ
こそラポーネのオッサンから要らぬ贔屓を受けたとか何とか、疑って掛かられてたろうしな」
アルスやシフォン、イセルナが言う。だが応えるダンは存外思慮深かった。周囲の他の選
手達はまだ映像器を見上げて唖然としていたり、震えている。面倒見がいい分、その性格の
分、彼個人としても遠回しなしがらみは嫌うのだろう。
(つ、次は僕達か。だ、大丈夫かな……?)
見せつけられた戦いがものだけに、アルスは密かに緊張でガチガチに硬くなっていた。それ
を目の端で捉えた相棒がぽんぽんと肩を叩いて励ましている。
「前半戦が終了しましたー。リングの保守・復旧作業が済み次第後半戦に入りますので、第
五から第八ブロックの選手の皆さんは移動をお願いしまーす!」
そうしていると、上階から降りてきた係員がそう一同に呼び掛けてきた。アルス達が、そ
れまで震え動揺していた選手達が、ハッとなって一斉にこの彼女へと顔を向ける。
「……いよいよね」
「おう。ジークやミアだけにいい格好はさせられねぇぜ」
サァッとマントを翻すイセルナ、ポキポキと握り拳を鳴らすダン、後半ブロック組の面々
がにわかに闘気を纏い出す。
歩き出す、獲物を担ぐ。
ダン、グノーシュ、アルスとエトナ、リンファ、シフォン、そして……イセルナ。
『……』
腰に差した愛用のサーベル。一瞬半透明で姿を見せつつ、また消える相棒・ブルート。
面々、クランの大人達が歩き出した。
地底武闘会、その予選後半戦が迫る。