64-(7) 華烈、咲く
「ジーク・レノヴィンっ!」
「覚悟ッ!」
西棟・第四ブロック。其処ではジークが、開戦直後から多くの選手達に狙われていた。
無理もなかろう。彼はあまりにも有名になり過ぎた。
これまでに重ねてきた──しかし十中八九彼の内心の労苦など知るまい──その実績。
この若き皇子を取れば、間違いなく名を挙げられる……。
そう目論む周りの選手達が、試合開始前から睨み付けように狙い定め、いざこうして開戦
のドラが鳴った瞬間大挙してジークに襲い掛かってきたのだ。
「……」
だがジークは物怖じしない。飛び込んで来る、優に十数人はいようかという者達の初撃の
山を、彼はざらりと抜き放った二刀ただそれだけで全て受け止めてみせていたのだった。
「なっ……!?」
「何て、膂力……!」
バチンッ。驚く彼らをそのまま力押しで弾き返し、逆手に抜かれた左手の蒼桜をくるりと
宙でひっくり返して順手に持ち直しながら、ジークは深く息を吸いつつ彼らを睥睨した。
(……とりあえず、気装の方から確かめてみるか)
考え、静かにオーラを練り始める。
先ずは集氣。魔力を取り込み、地の魔力量を溜める技術だ。
こんのッ──! 側面から大鎚を振りかざす戦士が迫る。だがジークはその動きなどとう
に承知の上で内心反復していた。
次は錬氣。体内の魔力をオーラとして練り上げ、武器や全身の様々な部位を強化する技術。
(腕に集中すれば、腕力)
ギンッ! ダルマ落としよろしく振り抜かれた男の一撃は、即座に錬氣で強化されたこの
ジークの左腕──遮るように突き出された蒼桜の刃によって止められる。
何……っ!? 明らかな体格差。しかし微動だにしない相手の膂力。
男は驚愕で次の行動にすら後れを取った。ジークはそれを、見逃さない。
(脚に集中すれば、脚力)
今度はオーラの中心を下半身へと移しながら、この大鎚を弾いて跳び上がる。
まるで舞うようだった。男の顔面側方に跳んだジークは飛び出した勢いのままぐるんと身
体を回転させ、そのまま落下するに任せて上から下へ、二刀でこの男の身体をざっくりと袈
裟懸けにして斬り捨てる。
「ガッ……?!」
どうっと倒れる男。されど着地もほどほどに周りの他の戦士達が必死の形相で襲い掛かろ
うとしていた。
突き出される剣、槍。振り出される矛、斧。
それらの軌道をジークは一瞬で読み取るとその隙間に身を収め、彼らが互いに自滅し合う
のもそこそこに地面を蹴りながら一閃を放つ。だばっと、刹那また十数人単位のライバル達
が血を撒き散らしながらリング上に散る。
「何をしてる!?」
「相手は剣士だ。射殺せ!」
そこへ更に今度は数名の銃使いと、詠唱を始める魔導師らが立ちはだかってきた。
一斉に向けられる銃口、放たれるオーラの篭もった弾丸。
続いてそれらを追い越すように炎や氷、風といった魔導の攻撃が飛んで来る。
(目に集中すれば、視力)
三つ目は見氣。両目にオーラを集中させ、普段は知覚しにくい流動する魔力の実体をつぶ
さに観察する技術。
駆けながら、途中で襲い掛かってくる戦士達を一人また一人と斬り捨てながら、ジークは
確かにこの無数の遠距離攻撃を観ていた。
……落ち着いて対処すれば何て事はない。銃弾ならば尾を引くオーラを、魔導ならば術者
から攻撃本体に伸びる魔流の軌道を読めば、ある程度どの辺りにどれくらいの速さで飛んで
来るのかが分かる。
「トナン流錬氣剣──八旋!」
飛び込んで来る弾丸を、攻撃魔導を、ジークは的確に直感的にかわしながら螺旋を描くよ
うに距離を詰め、一気に剣技を叩き込んだ。
ギャアッ──!? 八つ、九つ? 彼らの目にも留まらぬ流れるように迫ってくる斬りや
突きの連鎖が、直後彼らをそのねじ切る渦に巻き込むようにして斬り刻む。
『は……早い! あっという間に四十人近い選手がダウンしました! 尚もレノヴィン選手
の進撃は続きます!』
外野の、功名よりも確実に一人一人を潰そうと戦っていた他の戦士達が少なからず、唖然
としてこちらを見ているのが分かった。剣戟と歓声。されど当のジークには実況役のような
アナウンスは心地悪い。
(……ん?)
するとその最中にあって、尚もジークを狙おうと身構える者達がいた。
周囲から二波・三波。
じりじりと、その戦士や術師達は明らかに先程までの者達とは異質の、尋常ではない殺気
を纏っているように感じられる。
(もしかして、リオが言ってた紛れ込んでる刺客、か……?)
眉間に皺。だがそうだと仮定すれば辻褄は合う。
エントリーの際に彼が言及していた通り、おそらく奴らは“結社”の息が掛かっている者
達なのだろう。ならば遠慮は要らない。修行の成果を存分に発揮する時だ。
「ぐあっ!?」
「がはっ……!」
尚も四方八方から迫ってくる戦士達を捌きつつ、ジークはひゅっと紅梅の刃先を密かに最
寄の魔流へと絡めた。
見氣が無ければ知覚できないそれ。
ジークは絡めたこの魔力の束を放り投げるように刃先を小さく払いつつ、その糸先が自身
の背中に挿さる瞬間、クッと耐えるように表情を引き締める。
「──接続開始」
それは二年前、リュカの手を借りなければ使う事すらできなかった独自の強化術だ。
世界中、ありとあらゆる場所に漂う魔流──魔力の束を直接己の身体に挿し込む事で、
一時的ながらその導力を爆発的に高める事が出来る。
修行の末、ジークそれを独力で且つより負担に耐えられるよう自身を作り変えたのだ。
「……ッ!?」
「消えた……?」
故に、刺客達は総じてそう思ったことだろう。
大量のオーラを抱え込み、そのスペックを通常以上に引き上げたジークの動きは、彼らに
とってはまさに目にも留まらぬ速さだったのだ。
「ガ──ッ?!」
「げふっ!?」
故に、蹂躙される。
次の瞬間、刺客達は次々に何者かに──言わずもがな高速で立ち回るジークに攻撃され、
倒れていった。それでも彼らは一体何が起こったのか分からず、ただ狼狽する。
「ぎゃッ?!」
「っ、そこか!」「この野郎!」
しかしようやく同胞達を犠牲にし、動きに追いつこうとしたその時、ジークは次の手を打
っていた。また一人、斬り捨てた刺客の傍に残像を残しながら姿を見せ、されどその直後蒼
桜の斬撃をリングに叩き付けて濛々と土埃を舞い上がらせたのである。
「うわっ!?」
「チッ……。煙幕か」
舞い上がった土埃。果たしてそれは刺客達の視界を奪う為のものであった。
尤もそれは理由の一つに過ぎない。本当はもう一つ、ジークが自身の戦いを“見世物”に
したくないという思いがあったからなのだが。
「ぎゃあッ!!」
そして直後、また一人刺客が切り伏せられた。
何処だ? 彼らは必死になって周りを見渡すが、先程とは違って視界は舞い上がった土埃
で広く妨げられている。
「……まさか。断氣か」
そして悟る。いつの間にか、ジークの気配が視えなくなっている事に。
(断氣。オーラを閉じ込める技。……これは案外使えそうだな)
それまでの大きなオーラ量を全身で蓋をするように閉じ込め、ジークはあたふたと周りを
見渡している刺客達の隙を窺っていた。
閉じ込める。その意味では一応、見氣とも併用できる。今のように相手の数が多い場合に
はこうして確保撃破に持ち込む事も可能だろう。
「がっ?!」
「くそっ、また!」
「おい馬鹿止めろ! 見えない状況で無闇に攻撃を撃つんじゃない!」
まだ土埃は晴れない。その間に、刺客達は次々とジークの奇襲戦法に沈んでいった。
必死に見氣も併せて居場所を探る。だがそもそも彼が今抱え込んでいるオーラの量は視覚
で追い切れないほどの速さを生んでいるし、何よりこう視界が悪いと下手に得物を振り回せ
ば同士討ちの危険性を孕む。
『──』
そして……ややあって土埃が晴れた時、そこには何人もの倒れ伏した刺客達の姿があった。
黙々、ギラリと。
ただその中に一人、ジークだけがコートを揺らしながら、二刀を手に下げて佇んでいる。
『……こ、これは凄まじい事になっております! ジーク選手、またもや自身に迫る挑戦者
を薙ぎ倒し──』
「ほう。面白い技を使うんだな、お前は」
だがそんな多くの面々が驚き言葉を失う中で、一人の戦士が何処か嬉しそうに嗤いながら
進み出ていた。
分厚い鎧に身長大の重剣を持つ大男。
赤い髪と褐色の肌という事は……蛮牙族か。
「魔流を挿して導力を底上げか……。そのドーピング、身を滅ぼすぞ?」
しかしジークは答えない。ただ肩越しにじろっと彼を睨み、ゆっくりと向き直り、この新
たな挑戦者と暫し間合いを取り合って身構える。
『おっと、今度の相手はハリー・ブレイド選手のようです! これまで数多くの大型魔獣を
屠ってきたその剣を、ジーク選手は如何に攻略するのでしょうか?』
実況役のアナウンス。じりじりっと、二人は構わず初撃の瞬間を計っていた。
風が吹く。その次の瞬間、両者はほぼ同時に地面を蹴り、互いの武器を激しく激突させ始
めた。
「オラオラオラオラァ! ははは、いいぞいいぞ! 若いのに大した腕だ。俺とここまで打
ち合える奴は久しぶりだぜ!」
「……そりゃどうも。だがオッサン、そんな余裕こいてていいのかよ」
うん? 傍目からには文字通り霞むような斬撃の打ち合いの中で、そうジークは言った。
この大男──ハリーが一瞬怪訝な表情をする。だが彼はそれを単なる若さ故の負け惜しみ
と捉えたのか、また呵々と笑ってその重剣を薙ぎ払う。
「ふっ──」
しかし、結果的にそれは驕りだったのだろう。
ジークはその瞬間、大きく跳んでこの刀身を踏み台にするように高く高く跳び上がった。
ハリー本人も、他の選手や観客達も、彼のこの跳躍に思わず目を見開いて天を仰ぐ。
「と、飛んだ!?」
「錬氣の応用だな。一瞬で脚力に全振りしたか」
「でも、あんな高く跳んだら狙い撃ちにされちゃいませんか?」
「そ、そうですよ! あわわ。ジーク様……」
「……」
観客席にいたレナやステラ、イヨがこれを隙をみせた事にならないかと心配する。しかし
対するリオは、ただ淡々と解説したまま、この高く跳んだジークの姿を見上げたまま慰みの
一つも言わない。
『──こ、これが、俺の……色装……??』
修行を始めてから半年が経とうとしていた頃だった。その日ジークは、偶然にもいつもと
は明らかに違う一撃を放つ事に成功する。
『半覚醒、だな。今の感触をよーく覚えておけ。どうやらお前のそれは、かなりピーキーな
代物らしい』
目の前で文字通り、辺りの地面ごと粉微塵になった訓練用人形の残骸がある。
自身の放った力に動揺するジークの傍で、リオはそうアドバイスしていた。その眼には既
に、彼が一体どんな魂の形を持って生まれてきたのかの結論が出ていた。
『……おそらくは《爆》の色装、強化型の一種だろう。これは自己強化──自身のオーラを
何倍にも高める事ができる性質だ。これを利用すれば圧倒的な火力で敵を叩き潰すといった
戦い方ができるだろう』
『圧倒的な、火力……。なるほど、パワー重視って訳か』
『ああ。桁外れの馬鹿力とも言う』
ガクッ! 思わずジークは前のめりに倒れそうになった。しかし当のリオは、そんなこち
らをじっと見下ろしたまま至極真面目な表情をしている。
『あまり調子づかないように、という事だ。よく考えてもみろ。この手の色装は途轍もない
パワーを発揮できる反面、簡単に自身の導力の限界を越えてしまう危険性を孕む。使い方を
誤れば即自滅だ。激情は敵だけでなく己を滅ぼす力にもなる。お前の先の師匠──“竜帝”
クラウスは、やはり先見の眼を持っていたようだな』
『……』
そう言われてじっと手を見る。ジークは自身の中に眠るその色装が、ただ単に薔薇色のもの
ではない事を知らしめさせられた。
激情。リオはそう言った。色装は魂の形だと云う。
だとすれば、俺は──。
『とにかく、能動的に引き出せるようになれば、特にその制御を重点的に鍛えろ。すぐに限
界を越えてしまわぬよう、導力もな。八割……それ以上は出すな。いいな?』
『……ああ』
コクリ。深く刻み込むようにジークはしかと頷く。
それでもリオは寡黙な表情を崩さなかった。では少し休め。そう言って衣を翻すと自身も
別の仲間達の方へと歩き出す。
(偶然と言うには出来過ぎている。“英雄”と同系統の素質、か……)
「──色装」
高く高く中空に跳んだまま、ジークは静かにそう力を込めた。
眼下にはハリー以下、リング上に生き残っている選手達が一様にこちらを見上げている。
その瞬間だった。ボウッと、ジークの纏うオーラにそれまでのものとは明らかに異質な、
燃え盛るような激しさが加わり出す。
大きく彼は振り上げた。右手に握った紅梅。その紅いオーラが、みるみる内に巨大な刀身
状のオーラとなって燃え上がり、肥大化する。
「な……!?」
「何だありゃあ?!」
会場全体が騒然としていた。無理もない。それほどジークが振りかざした錬氣の剣は巨大
だったのだ。軽く彼自身を押し潰すほど、リング全てを巻き込んで余りあるほどの膨大な力
の奔流が紅い輝きを放ちながら轟々と燃え続ける。
「あ、あれって……」
「うん。ジークの色装だよ!」
「はわぁ……。相変わらずとんでもない大きさですね……」
レナ達が、仲間達が騒然とする人々の中で唯一興奮していた。
本棟地下の控え室、別ブロックの観客席やロビー。観戦する世界中の人々。誰も彼もが、
この途轍もない力の顕現に度肝を抜かれている。
「嘘……だろ……?」
「無理だ……。あんな馬鹿でかい攻撃、かわせる訳がねぇ……!」
逃げろォォォ!! リング上の選手達がややあって、我先にと逃げ始めていた。そこには
つい先刻まで彼と剣戟を交えていたハリーも、顔を引き攣らせながらじりじりっと後退し始
めている。
「……いけ。ジーク」
「……爆ぜろ、紅梅」
轟。観客席の一角でリオが呟き、遥か中空でジークが己が得物に呼び掛けていた。紅い輝き
は一層強さを増し、彼が落下し始めるその只中で、一挙に秘めたる力を遺憾なく叩き付ける。
「──三分咲ッ!」
轟。次の瞬間、リング上に膨大な量とエネルギーの紅が満ちた。まるで小さな点のように
逃げ惑う選手達の姿を、オーラは瞬く間に吹き飛ばしていく。
「……」
轟。コロセウムに紅い紅い光が満ちた。観客達や実況役のアナウンサーも目を見開き、度
肝を抜かれてすっかり言葉を失ってしまっている。
(これが俺の力……俺の、色装……)
中空からゆっくりと落ちていく。
ジークはそんな眼下の圧倒的な光景に事実恐怖さえした。
戦いは見世物なんかじゃない。ただ只管に、大切な人達を守り抜く為に起こる悲劇なのだ
と考えていた。
(本当に俺は、誰かを守れるんだろうか? 本当に俺の力は、世界を“平和”にする為の力
なんだろうか……?)
大きく自身が起こした風に煽られる。
そして今全身を包むのは、戦いを勝ち抜いた達成感ではなく、その操るには大き過ぎると
感じてならない不安である。
『……きょ、強烈ゥゥ!! なな何とジーク選手、上空からの大技で、残るライバル達を文
字通り一網打尽にしてしまったーっ!』
そしてここぞとばかりに畳み掛け、叫ぶ実況役のアナウンサー。
かくして武祭は始まり、きっと幾つもの波乱をその中に内包する。




