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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-64.矛と盾と、爆ぜる成果(ちから)
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64-(6) 矛と盾

 時を少し前後して、コロセウム本棟ロビー。

 アリーナに入りそびれた人々に混じり、ブレアは一人この中央に下がっている映像器越し

に予選前半戦各ブロックの試合を眺めていた。

「……」

 内外で沸き立つ観客達の熱気。

 だが彼だけは、そんな人々の熱狂を遠巻きに、何処か冷めたようにして眺めていた。

『圧倒的ィー!! 前半戦早々に本選出場を決めたのは、第一ブロック“金剛石”のディア

モントぉ!』

『これで撃破百人目! エイカー選手、次々に並み居る強豪を打ち負かしています! 第三

ブロックの勝者は彼で決まりかーっ!?』

 映像器には、ブルートバードの面々以外にも他のブロックでの試合状況もリアルタイムで

伝えられていた。

 どうやら一人本選に進む選手が決まったらしい。竜族ドラグネス──最強の古種族。

 かつてはその裏切られた歴史から表舞台に出る事を戒めてきた者達だが、それでも時代は

良くも悪くも進んだのか、今ではこうして剣闘に出場するような、冒険者をやっているよう

な者も少なくなくなっている。

『ジーク選手、また一挙纏めてぶった斬りィ~! 二年前よりも格段に腕を上げている模様

です!』

 一方で、第四ブロックのジークも順調に勝ち進んでいるようだった。

 映像越しとはいえ、何となく自分と似た雰囲気を感じるのは、彼の横顔が少なからず気乗

りしない風で、あくまで迎撃という形で剣を振るっているように見えるからか。

(……皮肉なもんだよな。戦いまで娯楽にするだなんて)

 ブレアは小さく哂う。それが彼の、先程からの冷めた目の理由だった。

 おかしいではないか。あれほど“結社”の脅威に怯え、平和を個々の安寧を願うのに、そ

の一方でこうして人々の側から戦いを求めるという構図がある。

 リアルとショーではまた違う、と言えばそれまでなのかもしれない。

 だが力が力として振るわれる以上、誰かが傷付き、時には死んでしまう可能性を孕むのは

変わらぬ事実である。

 尤もそれらを承知で生業とし、魔獣退治や傭兵、賞金稼ぎとして各地を渡り歩くのが彼ら

冒険者という者なのだが。

「……俺も随分、日和っちまったもんだ」

 自嘲。そう誰にともなく呟く。

 だが──ちょうどそんな時だった。

 カツン。ロビーの床の上を歩き、覚えのある気配が背後から近付いて来るのが分かる。

 今は益体の無い思考を排し、ブレアは後ろを振り返った。するとそこには、少し離れてこ

ちらを見ているクロムの姿がある。

「此処にいましたか」

「……アルス達は、まだ出番じゃないみたいなんでね」

 言って、彼が言葉少なく隣に歩いて来た。一緒になって並び、暫し天井から下がるこの映

像器越しに前半戦の模様を眺める。

「三人とも、今の所順調みたいですね」

「ええ。リオではありませんが、あの程度で敗れてしまってはこの先が思いやられます」

 クロム曰く、リオに代わってサフレとミアの見極めに行くのだという。その途中でイヨ達

に自分の姿が見えないのだが、探しておいて欲しいとも頼まれたとの事。

「そうですか……。まぁ気が向いたら戻りますよ。尤も、結果はぼちぼち出そうですけど」

「ええ」

 しかし──。クロムは一旦言葉を切った。一人になりたいというブレアの感傷に気付いて

いるのかいないのか、彼は映像器から視線を戻すと、その黒く真っ直ぐな瞳を向けて言う。

私の方こっちは一波乱ありそうだ。やはり、潰し合いになりそうです」


 どうっと最後のライバルが倒れ、リング上はミアとサフレの二人だけになった。

 予選第二ブロック。数多くの出場者で混戦を極めた此処も、いよいよその勝者が決まろう

としていた。

『さぁさぁ! この第二ブロックもいよいよクライマックスとなりましたァ! ご覧の通り

リング上に残るのはブルートバードの二人。本選に進むのは一体どちらなのかっ!?』

「……結局こうなったな。どうする? リオさんからの課題を考えれば、より確実な方が本

選に進むべきと考えるが」

「愚問。お父さんやグノーシュおじさんも言っていた。ボクは、手は抜かない」

 実況役が観客達を焚きつける中、サフレの言葉にミアは問答無用だった。ぎゅっと拳を握

り直し、カツンと「やれやれ」と苦笑する彼の方へと向く。

「マスター、頑張ってくださ~い!」

「ミアちゃんも、頑張って!」

「え。えっと……。ふ、二人とも頑張れ~!」

 オォォォォ! 割れるような歓声の中、マルタやリュカ、クレアもそれぞれに二人へ声援

を投げていた。リング上でたった二人、サフレとミアは槍を構え拳を握り、間合いを取って

対峙する。

一繋ぎの槍パイルドランス──」

 刹那、噴出するように湧き上がったオーラを己の中に畳み込み、サフレは槍を縮めた。

 同時にミアも、両拳に球形のオーラを纏わせて真っ直ぐに地面を蹴る。

迅突スラスト・スプリング!」

 目にも留まらぬ速さだった。並みの使い手ではこの初撃で沈んでいただろう。

 だがミアはこれを紙一重のタイミングでもっていなし、サフレの間合いへと拳を打ち込も

うとした。しかし彼も彼で、即座に槍を引き寄せて回収。二発目三発目の刺突を撃ち出し、

彼女の球形のオーラ──《盾》の拳と何度も激しくぶつかり合う。

(……近接戦闘では彼女に分がある。中から遠距離を維持しなければ)

(……懐に入り込めなければ勝負にならない。この槍を、何とかしないと)

 入れ替わり立ち代わり。幾度となくサフレの射出する槍に迫られ、それをかわしつつ幾度

となく拳を打ち込もうとし、二人は暫くリング上を縦横無尽に駆け回りながら攻防を繰り広

げた。

 ギィンッ! ミアの《盾》の拳がサフレの槍とぶつかり火花を散らし、されどギリギリの

所で接触点をずらし、彼女が地面を蹴る。それを彼は槍を引き戻しながら尚且つ、もう片方

の手の指に嵌めた魔導具で雷撃を放ち、妨害する。

 一旦二人が距離を取った。左手の指輪に魔力マナを込め、左手を添え、右手の五指を鷲掴みの

ように構えを取る。

『……』

 ちょうどそんな中で、リュカ達のいる席にクロムとブレアが合流してきた。

「──来い、石鱗の怪蛇ファヴニール!」

三猫さんびょう、必殺──!」

 次の瞬間、二人が大技をぶつけ合った。

 サフレは召喚系の魔導具から、全身が岩で出来た大蛇を。

 ミアは牙を剥く、巨大な猫のようなオーラの塊を。

 轟。二つの力がぶつかり、大きく爆ぜた。互いが互いに相手に組み付いて噛み付き、ひび

割れながらほぼ同時に四散していく。

 きゃあ……! 観客達は思わず手で庇を作って自らを庇っていた。数拍。リング上に残っ

ていたのは立ち込めるオーラの残滓で、尚もサフレとミアはお互いに対峙したまま気難しい

表情かおで向き合っている。

「……中々、決まりませんね」

「そうだな。お互いの色装が正反対な性質である事も影響しているのだろう」

「しかも実力はほぼ伯仲。こりゃあ僅差の戦いになるな」

「マスター……」

 クロム・ブレアを加えた観客席の仲間達が固唾を呑んで見守っていた。周りの人々も、同

じようにこの一騎打ちの行く末に目を離せない。

『──』

 そして、遂に二人は動いた。

 サフレは左腕を捲くり、手甲型の魔導具・三つ繋の環トリニティフォースの三つのスロットの真ん中に一繋ぎの槍パイルドランス

の指輪形態をセットした。

 ミアも今までにない程に膨大なオーラを練り込む。それらを、全身を大きく包んで余りあ

るそれを一気に右拳一つに集中させ、大きな大きな球形の《盾》を作る。

一繋ぎの槍パイルドランス──」

「……っ!」

剛突スラスト・ギガンツ!」

 発動と同時に、サフレの右腕に巨大な巻き取り式の錨が形成されていった。

 以前、大都消失事件でその外壁を守っていた巨人族トロルの信徒を粉砕した大技。それを今ここ

で、ミアに向かって撃ち放つ。

 地面を蹴る。だが彼女はその攻撃を避ける事はしなかった。

 勝負! あたかもそう言わんばかりに、真正面からこれを受けて立ち、その大きな《盾》

の拳をぶつけたのである。

「ぐっ……!?」

「っ、くっ……!」

 バリバリッ、お互いの全力全開の一撃がぶつかった。文字通り拮抗する。溢れ出す膨大な

エネルギーが観客席の人々まで届き、次々と気中りをすら引き起こす。

 マスター! ミアちゃん!

 仲間達も目を見開いてこの激突を見遣った。最初こそ、単純な質量で勝るサフレの巨大槍

がその射出の勢いのままミアを押し切っていくかのように見えた。

「……」

 だが、奔流の中、少しずつその状況は変わっていったのである。

 耐えるミア。その《盾》の拳が、少しずつ削られながらもじりじりっとサフレの槍を押し

返し始めていたのだった。


『或いは《盾》として発現するほどに“守りたい何か”がお前にはあるのか』


 目の前の巨大な攻撃あいてに、諦めそうになる。

 だがそんな時彼女の脳裏に過ぎったのは、リオの言葉。あの時自覚し、ほうっと頬を赤く

染めた時の自分自身。

 そうだ。ボクは強くなるって誓ったんだ。

 アルスにもうあんな哀しい笑顔をさせないように。

 彼が願う、ボクが願う、仲間達みんなの笑顔を……守るんだ。

「はあァァァァァーッ!!」

 そして、その振り絞った力は文字通り彼女の最後の一押しとなった。

 ミシッ! サフレのギカンツが切っ先から、徐々に軋みながらひしゃげていく。

 サフレは思わず目を見開いた。その間にも、ミアは雄叫びを上げながらメキメキとこの巨

大な射出機構を破壊しながら突き進んだのである。

「ぐっ……がぁッ!?」

 砕けた。ミアの踏ん張り、《盾》がサフレの《矛》を防ぎ切ったのである。

 バラバラに壊れたギカンツのパーツがリング上に散らばる。本来の形を失って次々に現出が解け、

どうっとサフレ自身も吹き飛ばされてリングの端へと倒れ込む。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」

 ミアも汗だくになってその場に立ち尽くしていた。拳を纏っていた球形のオーラは随分と

磨耗して、彼女が肩で息をするのに合わせてシュウシュウと霧散していく。

「……。参ったな、まさか壊されるなんて」

 リングの石畳の上で仰向けになり、サフレも大きく胸を上下させながら息を荒げていた。

 ざわざわ。リュカらを含めた観客達も、どうなったのかその結果を注視している。

「……君の勝ちだ。僕はもう、これ以上動けそうにない……」

 オォォッ?! 故に刹那、観客達は歓声を上げた。クロム達が小さく息をつく。唯一己が

主人である彼が負けた事がショックでしょぼんとするマルタを、リュカとクレアが優しく慰

めている。

『勝負ありーっ! 勝者はミア・マーフィ! 第二ブロック本選出場者はクラン・ブルート

バード所属、ミア・マーフィ選手ですっ!』

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