64-(5) 貫く意思の
「おぉぉぉぉっ!」
「はぁァァァーッ!」
開戦と同時に、各リング上で数百人単位の乱闘が始まった。そんな轟音に負けず劣らず、
観客達の声援も天井知らずに大きくなる。
あちこちで、剣と剣がぶつかった。選手達は試合開始直前までリング上を睥睨し、目の合
った相手に片っ端から挑んでいく。或いは斧、或いは槍。オーラを纏った身体と得物でもっ
てぶつかり合う。
だが何も、この混戦は一対一を推奨するものではない。予選開始直後から、生き残る為に
違った戦略を取る者はいくらでもいた。
一対一でぶつかる者達を強襲し、漁夫の利を得る者。元よりチームだったのか、一人ない
し少数に対し集団で襲い掛かっていく者。
剣と斧が克ち合う中、その背後を槍で貫く者がいた。敢えて戦線から一歩引き、二丁拳銃
で次々とライバルを撃っていく者もいる。──そんな銃使いを、側方から魔導師の炎が周り
の戦士達を巻き込みながら駆け抜ける。
「ふ~、ラッハァ!」
「げばっ!?」
『おーっと、また一人撃沈! 流石はクラン・クオーツパーティー団長“金剛石”のディア
モント。第一ブロックの台風の目となるか!?』
「食い殺せ、我が眷属達よ!」
「ひいっ!」
「ま、止め──」
『強烈ぅ~! 歴戦の猛者達が次々に爆発に巻き込まれていく! 迎心街きっての賞金稼ぎ
“狩人”エイカー。今回初参戦ながら、最初の予選突破者となるか!?』
そして、ジーク達以外の第一・第三ブロックでも、選手達の中で頭一つ抜きん出ようとし
ている者らがいた。
一人は鎖帷子を纏った大柄な竜族の戦士。そのオーラに包まれた右半身はまるでダイヤの
ように白く輝く結晶と化している。
もう一人は魔導師風の人族青年。次々とそのオーラを練った両手から生み出される狼型の
使い魔に噛み付かれる度、対峙するライバルは大きな爆発に呑み込まれる。
「つぅ……!」
「──」
「くそっ!」
「一繋ぎの槍──」
第二ブロック。サフレとミアが割り振られたリング上。
周りで多くの選手達がしのぎを削る中、二人もまたその首を狙われていた。ブルートバー
ドの団員。それだけで彼らにとっては勝ち取るだけの功名がある。
振り下ろされる剣、突き出される槍。しかしサフレはそれらを全て見切った上でかわして
いた。目にオーラの輝きがある。見氣だ。次々と襲い掛かる彼らの動線を縫うように左右へ
身を捌き、ぎゅうと縮めたその手槍を脇に引きつける。
「迅!」
瞬間、突き出され収縮を解き放たれた槍先が直線上のライバル達を吹き飛ばした。
目にも留まらぬ速さだった。サフレの手元にはただ元のサイズの槍と煙の残り香のような
オーラが漂い、ごっそりとすぐ隣が空っぽになった選手達が青褪めている。
「調子に!」
「乗るなよ!」
そこへ、別の銃使いと魔導師が仕掛けてきた。オーラを込めた弾丸と、雷の魔導がサフレ
に目掛けて飛んでいく。
「……」
だが彼は落ち着いて、二人を一瞥するとサッと襟元の楯なる外衣を広げて視界を遮るよう
に駆け出していた。「ぎゃっ?!」外見以上に大きく広がった魔導の布が銃弾や雷撃を弾き
返し、この二人を含め周囲の戦士達を散々に巻き込む。
「あ、危ねぇな、馬鹿野郎!」
「出しゃばるんじゃねえ。すっこんでろ!」
「何を! 束で掛かっても取れない癖して──」
喧々。元より団結など無い選手達は咎め、そして口論になり始めた。
「ぐっ!?」「おぶっ!」「ガッ……?!」
しかしそんな暇など、この戦いにはない。
次の瞬間、収められていく楯なる外衣を陰にしながら地面を蹴っていたサフレの流れるよう
な動作によって、穂先・石突・蹴り。多段の攻撃が彼らの顎や鳩尾へと打ち込まれ、倒れる。
「はあァーッ!!」
一方でミアも、功名心から襲い掛かってくる大人数の戦士達を相手に一騎当千の活躍をみ
せていた。
相手の力をいなし、利用して入り込み、打ち込む。
たった一人の猫耳少女の前に、戦士達は次から次へと倒されていた。顔に傷跡のある男が
大斧を振り下ろすが、これもミアは右掌底でサッといなすと同時に彼の懐へと入り込み、左
の肘鉄がその顔面へと吸い込まれる。
大いに凹んでぐらりと後方へ倒れていく。そんな彼女の背後を、また別の数人が取って襲
い掛かろうとした。
しかしミアは肩越しにその動きを一瞥すると、この斧男の顔面を片手で鷲掴みにして地面
に叩き付けると踏み台にし、彼らの斜め側面から鋭い蹴りを打ち込んだ。まるでしなるよう
に逆立ちした彼女の脚が彼らの顔面に吸い込まれる。どうどうっと、結果白目を剥いた彼ら
はリングの上に転がり、彼女を取り囲んでいた戦士達は思わず一人また一人とたじろぐ。
「な、なんて奴だ。これだけ束になっても掠りすらしねぇ……」
「流石は副団長“紅猫”の一人娘ってか。丸腰だからって甘く見過ぎた……」
だがそんな時だったのである。
ズンッと、そう攻めあぐねていた彼らの背後に、新たに二人の人影がこの場へと近付いて
来た。それを実況席のアナウンサーが見て身を乗り出し、叫ぶ。
『おおっと、ここで大会常連組の登場だー! 一昨年の一撃五十人抜きは今もラグナオーツ
市民の語り草、ハンマー・スミス!』
「ふん。だらしのない奴らだ、退いていろ」
『その変幻自在の投剣は回避困難! “戯剣”使い、ピエール・ド・シャルハン!』
「ほほう? 可愛らしい仔猫ちゃんじゃないか。ククク……切り刻み甲斐がありそうだ」
一人は浅黒く隆々とした身体の、巨大な鎖鉄球を引きずった大男だった。
一人は対照的にひょろりとし、しかし猟奇的な笑みが不気味な二刀の曲剣を持つ男。
粗方襲ってくる敵を捌き終えたサフレとミアも、それぞれに並んでこの新しい刺客と黙し
て相対していた。実況役の紹介ボイスもあり、観客達のボルテージも更に上がっている。
──練習用の石人形に、鋭く大きな穴が空いた。
サフレは自身が放つ事ができたその一撃に驚き、オーラがくゆる己の手槍を目を見開いて
見つめている。
『ふむ。どうやらこれが君の色装のようだな。《矛》──オーラに刺突を付与する性質か。
リオと同系統のものだな』
修行を見てくれていたクロムからの一言。だがサフレはそんな朗報がもたらされたにも拘
わらず、暫し覚醒した自身の能力にじっと思案をしていた。
『……地味じゃ、ないだろうか?』
『もっとジークのような、か?』
『……。ああ』
知識として解ってはいる。だが正直力を得ても不安だった。
修行が始まってからもう一年以上。クランメンバーの中には既に覚醒し、その鍛錬へと軸
を移した者も少なくない。
しかしクロムは一度軽く目を瞑ったものの、淡々とした表情を変える事はなかった。それ
でも、投げかける言葉はその歳月の中で確実に“仲間”のそれへと変わりつつある。
『色装とは魂の形、性質を反映したものだ。それを恣意的に変える事はできない。私は良い
と思うぞ? 研ぎ澄まされた槍の如く貫く意思、強さの象徴──リオと同様、自身の得物に
ぴったりの力じゃないか』
『……随分と臭い台詞を吐く』
『要は工夫次第さ。自分の、自分だけの力で何が出来るのか。他人を羨むより先ず、それを
考えるべきだ。補完し合えるからこその仲間、なんじゃないのか?』
『……』
──彼女が練ったオーラがその姿を得た時、流石のリオもついと片眉を吊り上げた。
ミアだった。実直にただ只管実践と瞑想を繰り返し、当初とは比べ物にならない程の錬度
となったそのオーラは、遂に彼女だけの形を獲得するに至る。
『ほう……。これは珍しい』
『? そうなの?』
『ああ。おそらく《盾》の色装で間違いないだろう。強化型の一種だ。オーラの外側に強い
反発力を、内側に包容力を持つ二面性のある色装だ。見ろ。お前のオーラの内側と外側で、
地面の削れ方が違う』
促されて見れば、確かにミアが練るオーラの外周を縫うように、土がじりじりと抉れてい
こうとしているのが見て取れた。
なのにオーラの内側、彼女の身体近くには全くそのような気配がない。寧ろ不思議と、心
落ち着くような感覚すらある。
『ボクの……色装……』
『ああ。勤勉さの賜物だな。或いは《盾》として発現するほどに“守りたい何か”がお前に
はあるのか』
『……』
真顔で言われる。数拍の沈黙の後、彼女の頬が若干赤くなる。
自覚はあった。瞑想を、修行を繰り返す中、想っていた事がある。
アルスだった。一度は守ろうとして倒れ、自ら危険を冒してまで心配されてしまった苦い
経験がある。こんな怪力女でもちゃんと一人の女の子として扱ってくれる、そんな心優しい
あの笑顔を守りたい。彼が守りたいと願うこの仲間達を何としてでも守りたい──。
『……あまり俺が口酸っぱく助言する必要はなさそうだな。引き続き鍛錬を続けろ。尤も、
あまり一つの念に寄り掛かり過ぎてもいざという時に脆くなってしまうリスクはあるが』
『……はい』
「俺の色は《鎚》、打撃を加える能力だ。練れば練るほど、俺の相棒は無敵になる!」
「逃げられないよ……。さぁ、美しく鮮血して見せてくれ!」
全身に大量のオーラを纏い、スミスが高速で鎖鉄球を振り回し始めた。シャルハンも曲刀
を手に、コートの下から更に多数のオーラを纏った曲刀を空中へと投げ放つ。
『……』
サフレが一瞬で槍を込めたオーラごと縮め、ミアが静かに呼吸を整えて立つ。
スミスの鉄球が、シャルハンの《傀》の色装で遠隔操作された曲刀達が襲い掛かる。二刀
を交差させて、シャルハン自身も獲物の柔肌向かって突っ込んでくる。
「一繋ぎの槍──迅突!」
「ふっ──!」
だが拮抗は、そんなほんの一瞬でしかなかったのだ。
サフレの放った槍とスミスの放った鉄球。両者はそのインパクトの瞬間こそかち合ったよ
うに見えたが、次の瞬間にはあっという間に鉄球の側がオーラを湛える槍先に砕かれ、貫か
れ、驚きで目を見張ったスミスを直後そのままリング外の壁へと叩き付けて巨大なヒビ割れ
を刻んだ。
ミアに向かい、四方八方から襲い掛かったシャルハンの投擲曲刀。
だがそれらは彼女がオーラを練り、瞬間彼女を覆うように硝子のような球体になったその
表面にぶち当たると一切の例外なく粉々に砕けた。「へっ……?」シャルハン自身の二刀も
同じ。結果彼女に対して前のめりな格好になったその顔面は、直後この球形のオーラを拳に
移した彼女の一撃によって地面に叩きつけられたのだった。
不細工に白目を剥き、歯も砕けて血を撒き散らし、この優男は丸く凹んだ地面の中心で防
御一つできぬまま轟沈する事になる。
『…………』
他の選手達が、観客達が暫しこの結果に呆然としていた。
大会の常連、ややもすれば本選出場もありうる選手を、この若き二人はあっさりと倒して
しまったのだから。
『……な、何という事でしょう! 一撃、一撃です! フォンティン選手、マーフィ選手、
この二人を瞬殺したーっ!!』
おぉぉぉぉぉぉぉッ! だがややあって実況役の叫びによって、観客達のボルテージに再
びが火が点る。
鳴り響く轟音のような歓声。方々からの、二人やブルートバードの名を呼ぶ声。
だがサフレもミアも、元サイズの槍を引き寄せながら拳を引きながら、あくまで狙いは残
る選手達へと向いている。
「ひっ──!?」
『凄いぞ、凄いぞクラン・ブルートバード! まさしく本年の台風の目になりそうだッ!』