64-(4) 武祭が始まる
「お~い、まだかー?」
「ちょっと待ってくれよ。地底層のチャンネルなんて滅多に観ないんだから……」
酒場『蒼染の鳥』。
大会一日目。留守番となった団員達は壁掛けの映像器の周りに集まっていた。皆が急かす
中、内一人が映像器の裏に回って色々と配線から何からと設定を変え直している。
「……これでよし。じゃあ、点けるよ」
リモコン片手にこの団員が後退る。ぐるりと囲んでその時を待つ団員達を、常連客らを、
カウンター席の内側でハロルドはグラスを拭いながら見遣っていた。リカルドも壁際に背を
預けてじっと目を凝らし、オズも年季の入った常連客達に交じってぱちくりと茜色のランプ
眼を瞬かせている。
『──さぁ皆さん、お待たせしました! 本年の地底武闘会、その前半戦が始まります! それ
では選手、入場っ!』
同じく打金の街ではセド・アリシア夫妻らが。
学院のユーディ研究室ではエマやシンシア、ルイス、フィデロ達が。
輝凪の街ではサウルらが、トナン王宮ではシノ・コーダス夫妻が。それぞれに自分達の居
場所でこの集大成の始まりを待っている。加えてヴァルドーのファルケン王を始め、各国の
王らも此度のジーク達の参戦を知り、玉座や執務室からやはりその動向を注視しようとして
いる。
魔都の高台、観客満員御礼のコロセウム。
四方に分かれる各ドームにて実況役のアナウンサー達が仰々しく叫んだ。同時に、これら
各リングへと延びる通路を隔てる大柵が唸りを上げて引き上げられ、今回の大会を戦い抜く
戦士達が次々に入場する。
『──』
北棟・第一ブロック。屈強な戦士達の中で一際存在感を放つ、竜族の戦士が嗤っていた。
東棟・第二ブロック。大柄な面々に交じり、ミアとサフレが神妙な面持ちで歩いている。
南棟・第三ブロック。血の気多い戦士らの中、静かに舌を舐めずる魔導師の青年がいる。
西棟・第四ブロック。少なからず周囲から警戒されつつ、ジークがその一歩を踏み出す。
『ここで簡単なルールを説明しておきましょう! 本日大会一日目は予選が行われます。計
八ブロックに振り分けられた選手達が、それぞれ最後の一人になるまで戦うバトルロイヤル
方式です。そしてここで勝ち残った八人が、翌日の本選にて激突します。こちらは予選とは
違ってトーナメント方式となっており、この一対一の戦いを最後まで勝ち残った選手が、栄
えある今年の優勝者となる訳です!』
『予選・本選共に、ダウンから三十細刻以上経つか、リングの外に出てしまった時点で失格
となります。さて今年は一体どんな猛者が勝ち上がってくるのでしょうか?』
おおお……! 既に熱気に包まれている観客達と、会場。
しかし今年はこれだけでは無かったのである。
例の如く、ざっと大会のルールを説明した後、実況役らは一旦一呼吸を置くとさも満を持
してと言わんばかりにその一言を解き放つ。
『更に更に! 今年の大会は一味違います! 何と今回は、あの大都消失事件を解決に導い
た立役者、冒険者クラン・ブルートバード──あのジーク・アルス両皇子、レノヴィン兄弟
も参戦だあっ!』
お……? オォォォォッ!!
ばんっ演台を叩き付けて告げられたその情報に、数拍の驚きを経て観客達が沸点を大きく
跳び越えるようにして叫んでいた。
何処だ? 何処だ!? 少なからぬ人々が辺りをきょろきょろと見渡して、入場してくる
選手達の中からそのメディアでしつこい程に見知った顔を捜そうとする。
「……余計な真似を。煙たがってた癖に、集客はしっかりやるんだな」
一方、そんな人々の熱狂を、当のジークは何処か冷めたように見上げていた。
ギリギリ。拳を握り、早くも槍を取り出し、ミアやサフレも既に臨戦態勢だ。
「頑張れよ、ジーク!」
「頑張ってね。本選で会いましょう」
背後、ちょうど本棟地下になる選手控え室で、ダンやイセルナ、後半戦に所属する仲間達
がそうエールを送ってくれていた。リングは四つあるが、あそこにはだだっ広い中に出場者
全員が収容されている。
「……ええ」
肩越しに軽く手を振り、ジークは応えていた。
だが正直、その内心は複雑だった。途中リオにその意図を聞いたとはいえ、あまりこうい
った趣向は好かない。
単純に二年の修行の成果、それを試せるという高揚感があった。
しかし一方で、戦いは、自分達の戦いは決して見世物なんかじゃないという反発もある。
相反する感情が自分の中で沸々としている事に、ジークは少々戸惑っていた。故に意識せ
ずとも表情は険しくなる。ガチャ、ガチャ。腰に下げた三刀と懐に差した三剣がただ静かに
主の歩に合わせて揺れている。
「……いよいよ、だな」
「ああ」
そんなジークを、ミアやサフレの姿を、観客席の一角に陣取っていたリオ達もまたつぶさ
に見つめていた。騒々しいほどに熱気溢れる周囲。だがクロムは、何時ものように、それで
いて何か思い煩うような面持ちをしている。
「リオ。本当に私は参加しなくても良かったのか? いざという時、ここからだけでは間に
合わなくなるかもしれないぞ?」
「それも含めて、だ。余程の事があれば俺達も動くが、基本俺達はあいつらの成長を確認す
ることに集中していればいい」
ちら。リオが席に腰掛けたまま隣のクロムを一瞥していた。
だがそれも僅かな間。再び彼は視線をリング上のジーク達に戻し、言う。
「それにお前は、公に出てしまうと色々言われるだろう?」
「……」
レナやステラ、宿のチェックインと荷物置きから合流したイヨ達がその後ろの一段高い席
に座っていた。双眼鏡を回し合い、ドキドキワクワクと試合の開始を今か今かと待ち侘び、
或いは心配している。マルタとクレア、リュカの三人は第二ブロック──ミア・サフレの観
戦担当だ。
『それでは選手各位、準備は宜しいでしょうか?』
「……では、二人の方を観て来よう」
「ああ。頼む」
相変わらずテンションの高い各リングの実況役が喋っていた。リング上でも審判と思しき
男らが殺気漂う戦士達の輪の外に立ち、構えるよう指示を出している。
ミアが静かに呼吸を整えていた。サフレがひゅんと槍を回して両手に握り、クロムがそう
言って一人席を立つ。
「……」
ジークは未だ抜かなかった。二刀を腰に差したまま、ゆっくりと腰を沈める他の選手達の
中でただじっと、待つ。
『それでは予選前半戦──開始ッ!』
実況席横の係員が、大きなドラを鳴らす。
刹那、四つのリング上の選手達が、一斉に雄叫びを上げて駆け出した。