64-(2) 盾の気患い
「……ブルートバードが、魔都に?」
時を前後して大都バベルロート。統務院直属警護軍・正義の盾本部。
かつての消失事件から二年が経ち、その復興も大分進んできたこの棟の一室で、ダグラス
は思わず目を見開きながら椅子を回してこちらを見ていた。
「はい。出航記録が残っています。どうやら“剣聖”は彼らを地底武闘会に出場させるよう
です」
相対するのは小脇に書類を抱え、あくまで冷静にこの執務室の扉をノックして入って来た
副官・エレンツァだった。抱えた書類から一枚、飛行艇の乗客リストを取り出し、残り共々
彼のデスクの上へと提出する。
暫しぱらぱらと報告書に目を通す。通して、ダグラスは心労で頭が痛くなった。
「そろそろ締めに入るとは聞いていたが……よりによって地底層か」
片手でわしゃっと頭を抱え、呟きながら苦虫を噛み締めたような表情をする。
自分もいち武人だ、知らない訳がない。
地底武闘会──それは毎年秋口、魔界最大の都市ラグナオーツで開催される大規模な武術
大会だ。かつては世界各地にある剣闘イベントの一つに過ぎなかったが、ラポーネ閥がその
運営権を得たのを切欠に、今や同市において一・二を争うビックイベントとなっている。
エレンツァが部下から報告を受け、上げてきた。
という事はこの情報は既に上層部にも伝わっていることだろう。きっと王達の少なからず
が発作のように慌てふためく筈だ。嗚呼、頭が痛い。
「全く……。修行が終わる前に皇子達にもしもの事があったらどうするんだ……」
あの食えない男の事だ。大方我々が渋い顔をするのが分かっていて、あちらでさっさと話
を進めたに違いない。いや、そもそも彼らの修行を一手に引き受けたのも、もしかしたらこ
の結びを当初から想定に入れての行動だったのかもしれない。
『そう、です。確かにいました。三人目の……男。芥子色のフードを被った魔導使いです。
あいつだ。あいつが、俺達を、滅茶苦茶に──ぁ、あぁァァァーッ!!』
現在、ヒュウガ達が中心となって進められている“結社”討伐戦。
現在、剣聖が皇子達を放り込もうとしている世界屈指のレベルである武術大会。
確かにより実戦らしい実戦として利用できるかもしれない。二年間の集大成として十二分
な舞台なのかもしれない。
だが相手は“結社”なのだ。手塩にかけて育てていた部下に再起不能な傷を負わせて易々
と聖浄器を奪い去った者達なのだ。
あんな経験は、出来ればもうしたくない。墓の前で嗚咽する彼らの親族に、私は一体何が
できたというのか。
「……。どうするんだ……」
誰にともなく、呟く。
そんな上司の姿を、エレンツァはただじっと見つめ、待っていた。
「長官」
「……ああ、すまない。そうだな。“剣聖”がいるのだ、そうそう大事には至らないとは信
じたいが……」
気持ちを切り替えるように呼吸を整え直し、思う。
問題は彼らの居場所がラグナオーツ──地底層であるという事だ。
自分たち王貴統務院は、あくまでこの地上・顕界の統治機構である。それより「下」に在
るあれらの世界群は万魔連合の支配領域だ。
だから拙い。もし万一の事があった時、自分達は下手に介入する事が出来ない。
内政干渉になってしまうからだ。そもそも歴史的に万魔連合と統務院は一度限りなく戦争
に近い交戦を経験している。加えて二年前の大都消失事件で招待した四魔長達を巻き込んで
しまい、上層部にも民らにも少なからぬ不信感を抱かせてしまっている。
そんな状況で大っぴらに介入を強行すれば──間違いなく政治問題になる。
「とはいえ、何もしない訳にはいかないな」
改めて深く息をつき、ダグラスはデスクの上の書類を眺めた。そして数拍思案し、棟内の
内線でとある場所へと導話を掛ける。
「……もしもし、私だ。セラ右席。急で悪いが君に一つ頼みたい事がある」