64-(0) 集大成へ
「……マスコ、リーダ?」
リオの投げかけたその一言が、宴の余韻に浸っていた場の面々をサァッと現実へと引き戻
していた。
皆が目を瞬き、或いは互いに顔を見合わせる。
中にはダンやイセルナ、グノーシュ、リカルド──冒険者として先輩な面々が言葉はなく
とも「ああ、あれか」と言わんばかりに視線を上に、思い出すような仕草をしていたが、皆
を代表してジークがこのフレーズを反復する。
「“地底武闘会”──魔界の都ラグナオーツで毎年この時期に開催されている総合武術大会
だ。非合法なものを除けば、俺の知る限り数も質も世界で一・二を争う大会だ。お前達のこの
二年の成果を、あそこで見極めたいと思う」
ざわ……。皆が、団員達が息を呑み、緊張するのが分かった。
夢見心地はもう終わりだ。さもそのように、酒で朱に染まった彼らの表情が引き締まる。
「誰でも構わない。優勝してみせろ。それくらいでないと“結社”という規格外の敵と渡り
合うには命がいくらあっても足りないからな」
「それは、そうッスけど……」
「だ、大丈夫かな? そりゃあ俺達も二年前に比べて大分強くはなったと思うけど……」
「その辺は実際かち合ってみねぇと分からんさ。でもまさか俺達全員でって訳にはいかねぇ
よな? なまじ有名になっちまってる。余計に混雑するし、迷惑になるんじゃねぇか?」
「それに、人数だけを投入すればいいというものではないわ。目的が優勝なら、遅かれ早か
れ仲間同士で潰し合う事になるものね」
「ああ。だから参加メンバーは絞ってもらう。ジークやお前達──クランの中核メンバーが
出場すればいい。他の面子は、また後日個別に見極める」
加えて設定されたハードルはいきなり高いように思えた。団員達に不安の声が漏れる。
それでもダンやイセルナ、皆のリーダーの疑問に、リオは予め用意していたかのようにそ
う答える。少数精鋭。それは無用な混乱を避けるだけではなく、単純に数で攻め立てて確率
を上げるような姑息を許さぬという意味合いもあるのだろう。
「……どうする? 無理にとは言わんが」
言って、されどリオは静かに腕を組んでジーク達を睥睨していた。それまでの愉しみが嘘
のようにテーブルに残った料理の皿や酒、壁周りの飾りが何処となくちょこんと遠く置き去
りにされて佇んでいる。
『──』
団員達は互いに顔を見合わせていた。それはおそらく、戸惑いという感情だ。
何となく誰もが解っている。きっとこれは修行の終わり、モラトリアムの終わり。今宵の
宴すら遠い日の思い出になっていくもの。
少なからぬ者がイセルナやダン、幹部メンバー達を見ていた。
恐れていないと言えば嘘になる。だけども彼らが往くと決めるのなら、自分達は何処まで
もついていくつもりだ。
「……ああ。勿論、行くよ」
そんな中で、最初に返事を口にしたのはジークだった。
不安が過ぎっていたのは始めの内だけ。皆がハッと視線を向けたその横顔は、何処か不敵
な笑みすら作ろうとしているかのように見える。
「団長、副団長。出場して、いいよな?」
「ええ。他でもない貴方がそう望むなら」
「大体ここまでお膳立てされておいて逃げる俺達だと思ったか? 存分に暴れようぜ!」
応ッ! イセルナの、ダンの呵々とした笑いに団員達は一斉に声を上げた。
不安はある。だけども皆、やっぱり本質は冒険者なのだ。
「……了解した」
フッ。少しだけ、ほんの少しだけ嗤ったような気がした。
やれやれ。調子づく面々に苦笑するシフォンやハロルドを横目に、そうリオはじっと腕を
組んだままの姿で瞳を閉じたのだった。