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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-63.モラトリアムが終わる時
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63-(5) 正義の剣

 顕界ミドガルド南方、グナビア王国近郊の森。陽は山々の向こうへと移動し、辺りはすっかり暮れな

ずんでいる。

 率いる軍勢を一旦待機させたまま、ヒュウガは寡黙に携行端末の画面を観ていた。

 映っているのは何処かの建物──おそらく学院アカデミーの施設から出てくるアルスとその学友と思

しき面々だった。

 泣き腫らしたと見える目元ながら、その表情にはとても優しい笑みが咲いている。友人ら

も彼の肩に手を回し、共に笑いながら語らう。字幕にはこの度皇子が、魔導のベースライセ

ンスに合格したとの文言が添えてあった。

 加えて、次に映ったのはだだっ広い空き地。そこは段々に深く掘り込まれており、その中

に完成間近の飛行艇が鎮座している。

 映像はその土の坂道を降りていくジーク達の姿を捉えていた。やがて責任者らしき男女と

硬く握手を交わし、何やら話し込んでいる様子が映し出される。

 共に遠巻きに。皇子達──レノヴィン兄弟の近況を知らせる報道らしい。

(彼らもそろそろ、か……)

 端末を片手に、そうヒュウガは飄々とした笑みを崩さずに思考を過ぎらす。

 この二年、剣聖という抑止力の下で明け暮れていただろう彼らの修行も、そろそろ大詰め

を迎える頃だ。

 “結社”との戦い、討伐戦はこの先間違いなく本格化する。

 彼らがこの対結社特務軍の先鋒として実際に編入されるに至れば、奴らに関わる情勢は否

応なしに変化して事ゆくだろう。

(……もう少しの辛抱だ。俺達だけで踏ん張るのも、もう少し)

 ちょうどそんな時だった。王都へと偵察に遣っていた部下らが戻って来た。

 ガサッと足音がして一同が振り返る。「ヒュウガさん」基本傭兵上がりの彼らは上司を官

職名で呼ぶ事も、仰々しく敬礼をするでもなく、ただ淡々と迅速に成果を報告する。

「サージェ王は既に討ち死にしたようです。現在は王宮付近にて騎士団の残党が“結社”の

軍勢に抵抗中。ですが百もいません、陥落するのは時間の問題かと」

「そうか」

 端末を懐にしまいながら立ち上がる。やれやれ、また一つ落ちたか……。

 ヒュウガはそんな部下の絶望的状況ほうこくにも拘わらず顔色一つ変えず、すっくと立ち上がって

軍服を翻す。ガチャリと腰の剣が鳴り、周囲に控えていたグレンやライナ以下軍勢の面々が

不敵な笑みを浮かべて動き出した。

「行こうか。任務を遂行する」


 報告の通り、王都グナビアは最早陥落の一歩手前まで来ていた。

 城下は既に遺体以外に人の気配はなく、激しい交戦を経てそのあちこちが壊れている。

 ヒュウガは弟と妹、部下達を連れ一糸乱れず真っ直ぐに王宮へと向かった。ちょうど半壊

した防衛壁の傍、そこで残党と思しきボロボロの騎士団と遥かに数に勝る“結社”の軍勢ら

が睨み合っている。

「た、隊長」

「このままでは……」

「諦めるな! まだだ、まだやれる。陛下をお守り出来なかったまま、おめおめと死ねるも

のか。たとえ相討ちでも、ここで──」

「騎士道精神って奴かい? 止めておけ。無駄に死人を増やすだけだ。それに、君達程度の

力量じゃ、そのまま呑まれるのがオチだよ」

 じりじりと後退を余儀なくされ、しかしその誇りが敗北を認めさせない。

 だが残党のリーダー格が言い放とうとしたその瞬間、ヒュウガの何処か冷笑すら含む声が

彼らを留めた。

「!? その軍服、まさか正義の剣イージス……?」

「援軍が、来たのか?」

「くぅ。何で、何でもっと早く……?!」

「無茶言うなっつーの。こいつらが攻めてる国は片手だけじゃ効かないって事ぐらい知って

るだろ」

「この二年、転戦続きだもんねえ。こき使われるこっちの身にもなってよ。ホント」

 対峙する両者の側面を突くように、ヒュウガら三兄妹率いる正義の剣イージスの軍勢が進んでくる。

 その数およそ一千。

 だが彼らとグナビア残党を合わせても、この場の“結社”達のそれには及ばない。

「ほ、ほう。統務院から直々に援軍が来たか。だがもう遅い。サージェ王率いる本隊は我々

の手で壊滅させた。王器も手に入れた。お前達の、敗北だよ」

 “結社”達のリーダー格は、銃を背負った覆面の男だった。

 左右背後には同じく武装した信徒・信者級の構成員達。更には大小様々なオートマタ兵ら

が既に臨戦態勢で身構え、その中にぽつねんと、三体の黒騎士──右半身をより厳重な装甲

で覆った新型狂化霊装ヴェルセークが立っていた。

「そうだね。そっちの騎士クン達は、もう駄目だ」

「うん? 何を言っている……。味方だろう」

 だからこそ、怪訝に眉根を寄せるこのリーダー格に、ヒュウガは嗤った。ザラリと腰の長

剣を抜きながら、一人二歩三歩と進み出ようとする。

「動くな! こいつらが消し炭になるぞ!? こっちには狂化霊装ヴェルセークが三体もいるんだぞ!」

「みたいだね。でもそれ、大都でもまえにも殺ったし」

 ざわ。人間な方の“結社”達が思わず顔を引き攣らせていた。

 彼らもようやくはっきりと理解したらしい。

 こいつらは、この国を助けに来たんじゃない……。

「……ふ。自惚れるなよ。こいつらは新型だ。以前のプロトタイプとは違う。使徒様により

あらゆる面で強化された新兵器だ。お前らなんぞ──」

『……』

「や、殺れ! ヴェルセーク!」

 歩みを止めない。騎士団残党を助けようともしない。

 みるみる内に焦り、“結社”達のリーダー格はバッと片手を薙いで叫んだ。

 三体の内、二体がそのフルフェイスの──左側が大きなレンズなった眼を、或いはギチチ

と開いた掌に埋まる大きなレンズ球の照準をヒュウガ達に合わせ、眩い光のエネルギーを込

め始める。

「──」

 しかしこの眼から、掌から光線レーザーが放たれた瞬間、ヒュウガのすぐ眼前で攻撃は爆ぜた。

寸前、大剣を引っ下げたグレンが飛び込みこれらを一瞬で叩き返したのだ。

 濛。黒煙が上がる。リーダー格達や騎士団残党の面々が宙を仰ぎ、目を凝らす。

 その時だった。この黒煙を破るように何者かが──グレンが大剣を突き出しながら飛び出

し、二体の内左側の一体を、引き続いてライナがこの煙幕に乗じてその《磁》で片腕に集め

て造った巨大な鉄屑のドリルで右側の一体を、それぞれ強化された装甲云々などお構いなし

にぶつけて貫き、背後の兵ごとごっそりと吹き飛ばす。

「…………。は?」

 目の前で起こった事を理解するのに、リーダー格は数秒を要した。騎士団残党らも、文字

通り桁違いの戦闘能力に只々唖然とするばかりだ。

「ま、待て! 無駄だぞ? もうこの国の聖浄器は“教主”様の下へと送られた。もぬけの

殻なんだ! お前達がここを取り戻す意味など、とうに──」

「関係ないね」

 青褪め、慌ててリーダー格が言う。だがぴしゃりと、笑顔で、ヒュウガはこれを遮った。

ごっそりクレーターのように亡骸や残骸が転がる中を戻って来ながら、グレンとライナも興

味がなさそうに小さく嗤っている。

「小国とはいえ国一つを落とされた訳だからさ、統務院うえも深刻に捉えてるんだよ。そもそも

俺達が命じられたのは……お前達の殲滅だからね」

 ぞくり──。“結社”達が悪寒を抱えながら後退っていた。

 統務院直属懲罰軍。

 現行の対結社特務軍の中心を担う正義の剣カリバー

 抜き放った剣にオーラを漂わせ、周囲の赤い水分を蒐めながら、ヒュウガはそう好戦的な

笑みで、得物を抜き放つ部下達と共に、微笑わらう。

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