63-(3) 夢の船
引き続き宴の準備は団員達に任せ、軽く昼食を済ませると、ジークはリュカやオズ、イセ
ルナ、ダンと共に街の郊外へと足を運んでいた。
降りていくのは広い敷地を段々に掘り込んだ地面。そこには一隻の大型飛行艇がほぼ完成
形の状態で鎮座している。
その周囲には高々と組み上げられた鉄骨の足場と多数の作業員。
途中、これまで通い詰めてすっかり顔見知りになった警備兵達からいつものように魔導具
による身体検査を受け、一旦下まで降りると、ジーク達は目的の人物を探してぐるりと辺り
を見渡す。
「レジーナさーん、エリウッドさーん」
「うん? あ、はーい」
見れば彼女は遥か頭上の足場、機体の底辺りの扉からギコッと顔を出し、分厚いゴーグル
を外しながら笑っていた。
作業着は使い込まれて油汚れがびっしり。他の技師達も似たようなものだ。
エリウッドも作業本部らしきテントから会釈をしながら出て来た。何人か部下達も一緒に
なってやって来る。
「こんにちは。すっかり形になりましたね」
「ええ。名付けて飛行艇ルフグラン号──でも、本当にいいんですか? イセルナ号とか、
カートン号とかにしなくて」
「……流石にちょっと恥ずかしいですから。そもそも設計から何からまで、レジーナさんが
手掛けた船でしょう?」
「もうこいつの名前はとうに世界中に広まってるからなあ。有名税は腹いっぱいだとよ」
呵々。イセルナの横でダンが笑い、ジーク達はレジーナやエリウッド、雇いの人足を含め
たルフグラン・カンパニーの技師ら一同と面会する。
秋晴れを眩しく見上げた先には、鎮座する巨大な飛行艇・ルフグラン号。
かつてレジーナがその技術の粋を集めて設計し、温めていた“夢の船”であり、イセルナ
が団長として自身のクランの母船として製造を依頼した一隻である。
「もうお昼は済ませたかもしれませんが……どうぞ。私達からの差し入れです」
「おお。ありがとうございますー。皆、キリのいい所で休憩するよ~!」
ういッス! 周囲の、足場のあちこちで作業している技師達が快活な返事を重ねた。
バスケットに入れてリュカが持って来たのは、よく冷えた麦茶入りの水筒が数本とサンド
ウィッチ。降りて来た面々を中心に、どちらもが次々に売れていく。汗を拭い、職人達の気
持ちのいい笑顔が辺りに満ちた。
「うん……美味しい。どうも毎回ありがとうございます。そちらも修行は順調ですか?」
「ああ。俺も、団長達も大体は色装をものに出来たよ。リオも想定以上の仕上がりだって言
ってたし」
麦茶を一緒になって飲みながらジークが言う。そんな返答にエリウッドも幾分増した微笑
を返していた。お互い、この二年が無駄にはなっていないと信じたいのだ。
「しっかし本当に造っちまうとはなあ。最初聞いた時はそんなの出来るのかって思ったもん
だけど……」
「ふふふ。あたし達の技術力を舐めちゃあいけないよ? 問題は資金だけだったんだ。でも
それもイセルナさんから──統務院から予算が下りるって形で解決したし」
暫しクレーンなどの大型機材の影でゆったりと涼を取る。ジークが改めてこの常識外れな
自分達の船を見上げて言うと、レジーナは嬉しそうに得意げにほくそ笑んだ。
「何処までも飛んでいける“夢の船”──それは要するに長期航海を可能にする船さ。前に
も話したと思うけど、あたしの設計にはその目的を達成する為に出来うるあらゆるものを詰
め込んである。“町を丸々一個造る”のもその一環さ」
ルフグラン号の全景は、強力な機関部を収める底部とその上に建つ操縦区、及び背後に広
がる居住スペースに大別される。
ざっくりと表現すれば鍋蓋のような広い底部の上に、四角い前者と円形のドームな後者が
乗っかっている形。このドームは平時その装甲を剥がすようにスライド、収納され、特注の
強化ガラス越しにコの字型の集合アパートが姿を現す。
「まぁ、流石に濃い霊海の中とか、次元航行中は閉じとかないといけないけどねえ」
予定ではこの食堂やジム、物資保管庫を併設した住居スペースに膨れ上がった団員達全員
を収める計画だ。イセルナの懸案とレジーナの夢、互いの利害の一致はかくして実際に結実
をみている。
「確か、次元装甲も装備されてるんですっけ?」
「ええ。特務軍の性質上、世界中を飛び回るでしょうし、必須ですから。天上層にも地底層
にも、設計上は問題なく行き来できる筈です。まぁ、何処ぞの誰かが凝り性から要らぬ装備
をつけようとして、一時予算がオーバーしそうにはなりましたが」
「うぅ~、いいじゃんか~……。ロマンだよ~、楽しい船旅にしたいじゃんか~……」
尤も某総責任者の趣味で、途中何度も無駄にクオリティの高い設備やスペックを注ぎ込も
うとしていたらしい。そんな相棒のしれっとした皮肉に、レジーナがちょっと涙目になりな
がら訴えかけている。
ロマン……。ちょっとジークは解る気がしたが、静かにイセルナが無言の笑顔を向けてく
るので黙っておく。
先ずは必要な装備から。こちらの機動力の為とはいえ、下ろした予算をがっつり使い切ら
れた統務院の役人達にはちょっぴり同情する。
「いよいよ、か」
「ええ。私達の船が──新しい拠点が出来るのね……」
「何時頃、完成スルノデスカ?」
「うーん……見ての通りハコ自体はほぼ完成してるんだけどねえ。もう少し内装工事と、肝
心の機関部の駆動テスト、それに航行許可申請とかの諸々の手続きがあるからまだ暫く時間
が掛かっちゃうと思うなあ」
指立て指折り。レジーナが一つ二つと残る工程を数えながら言った。
“夢の船”の完成までもう少しだ。調整さえ終われば、いよいよイセルナさんやジーク君
達を乗せて霊海の大海原へと飛び立って行ける。
……でも、それは即ち。
彼らが自分達が、いよいよ特務軍として戦地に赴く事を意味する訳で──。
「そうですか。では引き続きよろしくお願いします」
「頼りにしてるぜ。俺達は俺達で、リオさんから免許皆伝を貰わねぇと」
「……。ええ」
「そういえば。確か今日は、アルス君の合格発表じゃなかったっけ?」
「ええ、そうなんです。今日はその件で、エリウッドさん達も誘おうって来た訳で──」
休憩がてらルフグラン号の話題をしながら、そうして今日顔を出した本題へと。ジーク達
は彼らに、そのアルスが合格した事と、今夜合格祝いの宴を開く旨を伝えた。
「そりゃあ勿論。行かせて貰うよ」
「うん。戦いには直接参加出来る訳じゃない、裏方だけどね」
「何言ってるんスか。もう俺達、仲間ですよ」
そして答え、謙遜し、対してジークが笑う。
仲間、か……。エリウッドが、何よりレジーナがそっと目を細めて照れるような苦笑いを
している。
確かにオズの修理からフォーザリアの一件、大都消失事件へ駆けつけた事など奇妙な縁で
こうして互いに繋がった自分達だが、改めてそう言って貰えるのはとてもほっこりと嬉しく
て……くすぐったい。
依頼者と施工者。
これからの日々は、きっとそんなビジネスを越えた関係になっていくのだろう。
「じゃあ、俺達はこれで」
「祝賀会は二十大刻からです。お待ちしてますね」
「酒も料理もたんまりと用意させてるからよ、楽しみにしててくれや」
「ええ……」「また今夜~」
やがて両者は、そう笑い合って手を振って別れていく。一方はホームに戻り、もう一方は
改めてルフグラン号の最終調整に汗を流し始める。
『……』
再び土の坂を登っていくジーク達。
甲高く晩夏の下で鳴り響く金属音。
そんな彼らの様子を、数人の記者が掘り込みの淵から覗き込むように撮っていた。




