9-(1) シフォン捜索網
「団長、皆!」
ホームの酒場にはイセルナを始め、クランの面々が既に集まっていた。
サフレらと共にその場に駆けつけたジークは、その焦りと心配の表情が並ぶさまを目の当
たりにする。
「おぅ、お前らか。……つーことは、ジーク達も知らないのか」
「ええ。俺も初耳ッスよ」
「シフォンさん、どうしたんでしょう?」
「そりゃあこっちが聞きたいよ」
ジーク達の姿を認めて、ダンはぼやいていた。という事は、彼がホームの何処かにいるの
ではないかという希望的観測は呆気なく崩れたと言える。
事情を聞こうにも皆が疑問の中で、互いに持ちうる情報は無いに等しいらしかった。
「妙だぜ。あいつはまめな性格してるからなぁ、遠出をするなら誰かに言伝を残している筈
なんだが……。イセルナ、お前も聞いてないんだよな?」
「ええ。依頼にしろ何にしろ、彼が遠出するような話は一言も来てないわ」
イセルナはあくまで冷静に答えていたが、そこから漏れる気配は有事に皆を率いる団長と
してのそれに満ちていた。
「……シフォンの身に、何かあったのやもしれぬな」
そして、彼女の肩に乗っていたブルートが皆を見渡して、
「我らが標的にされる理由。皆も見当がついているのだろう?」
そう怜悧な猛禽類の眼を細めて言う。
「……あの黒ずくめの連中か」
「くっ……。僕ではなく、シフォンさん──外堀から狩るつもりか」
「マスター……」
眉間に皺を寄せたジークの横で、サフレがぎゅっと拳を握り占めていた。
十中八九、発端であろう自分を責めているのだろう。そんな主に、マルタは心底心配そう
な表情で掛ける言葉をすぐに見つけられずにいたものの、そっと寄り添っている。
(チッ。単独行動に気付いた時点で諫めておくべきだったか。しかし、俺はともかく慎重な
性分のあいつが何で……?)
クラン中核メンバーの行方不明。その動揺で団員らはざわついている。
そんな中であって、副団長は一抹の後悔と疑念を抱き、
「落ち着いて、皆。とにかく探しに行きましょう。三班に分けるわ。私と来る者は街の西側
を、リンと来る者は東側を、ダン達はギルドと中心街をお願い。ハロルドと支援隊の皆はこ
こに残って情報整理と私達との連絡を。急ぐわよ」
『ういッス!!』
隣の団長は次の瞬間にはそう、皆を宥め指示を飛ばしていた。
緊張の中、団員らが重なった声で弾き起きて三班に分かれて散っていく。サフレとマルタ
はイセルナの、ジークはリンファの班に加わる。
「リンさん、もう動いて大丈夫なんスか?」
「ああ。おかげ様でね。完治とまではいかないが、もう十二分に戦えるさ。それよりも今は
シフォンが気掛かりだ。急ごう」
足早にホームを後にしていく三班。
ジークも当然その一人として酒場を出て行こうとしたのだが。
「に、兄さん。僕も」
「駄目だ。お前はハロルドさん達と……いや部屋にいろ。こいつは俺達クランの問題だ」
その後ろ姿を、おずおずとしたアルスが呼び止めようとする。
「で、でもっ……!」
「いいな?」
「……。うん」
しかしジークは弟の随行を許さなかった。
それはひとえにもしかしたら危険な事になるかもしれない事態に、一介の学生である彼を
巻き込むまいとした気持ちだった。
それでも、アルスは間を置いて頷きながらも不服さを隠さなかった。
──僕だって、仲間だよ。
まるでそう言いたいかのように。
「ジーク。そういう言い方は」
「いいんです。行きましょう、時間が惜しい」
「……。分かったよ」
だがそれでも、ジークはそんな無言の訴えを敢えて振り切るように振る舞っていた。
思わず窘めかけたリンファを制止するようにして、そう自分達の班を出発させしむ。
シフォンの姿を求めて、ジーク達クランの面々は暮れなずみの街を駆けた。
徐々に活動から休息、眠りへと移り変わっていく街並みの中、大人数が時に一挙に通りを
駆け抜け、時に散開して注意力の眼を撒き払う。
「シフォンさーん!」
「何処行っちゃたんですかー!」
少なくなってきた通行人からの聞き込みや、骨董屋や書店といった彼が好みそうな場所を
中心とした人海戦術。それでも当の本人の姿は見受けられない。
「ブルート、シフォンの気配はする?」
「……少なくともこの辺りでは感じ取れぬな」
「西側にはいらっしゃらないのでしょうか?」
「分からぬ。それに街の中にいるとも言い切れぬしな」
「やはり、僕の……」
「責めるのは後でゆっくりとね。今はそれよりも身体を動かしましょう?」
周囲に散って捜索網を広げていく団員らを見遣りながら、イセルナは不安げなこの新入り
二人を励まし、静かに微笑む。
「シフォン・ユーティリアさん、ですか?」
「おう。ここには来てないのか?」
「姿が……見えないの」
マーフィ親子らの班はギルドに飛び込むように足を運び、窓口の職員に問い詰めていた。
レギオンのギルドはその業種の性質上、基本的に昼夜を問わずに門戸を開いている。それ
でもラウンジに屯している冒険者らは昼間ほど多くなく、突然慌てて飛び込んできたダンら
に何事かと迷惑半分好奇心半分の視線を遣っている。
「……利用履歴は二週間前が最後のようですね。依頼の契約状況でも、該当する名は見られ
ません」
問われて少し面を喰らっていたが、同じクランのメンバーだとの証言とダンのカードの提
示を受けて、暫く照会作業を行った後、職員は目の前のディスプレイを何度か確認するよう
に眺めてから言った。
「そうか……。何処に行きやがったんだ、あいつ」
ダンはガシガシと髪を掻き毟った。
少なくとも、個人で受けた依頼でヘマをしたというシナリオは見当違いらしい。尤もそう
であれば、イセルナや自分にその契約の情報は伝わっていた筈だが。
「……その御仁とは、どんな人相だね?」
そんな時だった。
どうするか、中心街へ聞き込みに行こうかとしていたダンらに、ふと一人の老練めいた冒
険者が進み出て声を掛けてきたのだった。
顎鬚の白髪を撫でながら、振り向いてきたダンやミアらを見返している。
「ん? ああ、エルフの青年だ。まぁ実年齢は俺らなんかよりはずっと上だがな」
「確か……二百六十歳くらい。ヒューネス換算で見た目は二十五、六歳くらいだと思う」
「……ほう?」
すると彼は僅かに小首を傾げて眉根を上げた。
小さな呟き。その反応にダンらが眉間に皺を寄せると、何か記憶を手繰り寄せるかのよう
に言った。
「お主らの言う同じエルフかは知らんが、少々前に資料室でそんな青年を見かけたぞ。必死
に“楽園の眼”について資料を漁っておった。儂は諫めたのだがの」
「……エデンの眼を?」
その言葉にダンらはお互いの顔を見合わせた。
シフォンかもしれない。だが、それ以上にその取っていた行動が不思議でもあった。
(どういう事だ? あいつ、一体何を……)
だが思考で立ち止まっている暇などなかった。
「確証はねぇが、シフォンかもしれねぇな。この事、ハロルドに導話しておいてくれ。俺達
はこのまま中心街の方へ向かうぞ!」
ダンはコキッと首を揺らし、団員の一人に指示を飛ばして言う。
「シフォン! 何処だー!」
一方その頃、ジークやリンファもまた街の東側を駆けていた。
散開して捜索網を広げつつ、円形を維持する。だが通りを進み、彼の行きそうな好みそう
なスポットを巡ってみても一向にその姿は見当たらない。
「……見つからないな」
「ええ。一体、何処に行ったんだか」
深刻そうに眉根を寄せているリンファに、腰の六刀を揺らしながらジークは頷いていた。
出発前、ホームでサフレが自身を責めているようだった。
だが……その重荷を感じるべきはむしろ自分の方なのだと思う。仮にこれが黒衣の一団に
よる反撃攻勢であるとすれば、その狙いのそもそもは自分──いや、腰に下げられたこの六
振りに他ならないからだ。
(……セージョーキ、だったか)
夕刻のマグダレン研究室で、あの厳つい魔導師はそう言った。
本来、一般人が持つことすら叶わぬレア物。対瘴気用の特殊な武具。
奴らが何故そんな自分すら知らなかった情報を知り、狙ってきたのか。
じわじわと、しかし確実に粘りつくような重量感を以って、ジークの全身に形容の難しい
悔しさや理不尽さがこみ上げてくる。
「──珍しいな。こんな時間に」
ちょうど、そんな時だった。
不意に聞き覚えのある声が道の向こう側から聞こえてきた。
ジークとリンファ、それと周りにいた団員ら数名と。
「ブルートバードのホウ・リンファとジーク・レノヴィン、ですね」
「ひゃはは! 何だ、おめぇらも宴会帰りかぁ?」
「ヒューイ。君は飲み過ぎだ……」
振り返ったその向こうから近付いて来たのは、冒険者クラン・サンドゴディマの面々。
「……。随分と慌てているようだが、一体何の騒ぎだ?」
そしてその頭領である、毒蛇のバラクことバラク・ノイマンの姿で。
時を前後して。
クランの宿舎内で、アルスはそわそわと歩き回っては、廊下から酒場──居残った団員ら
が動き回っている様を眺めていた。
「やっぱり、気になる?」
「うん……」
傍らのエトナがちらとその横顔を覗き込んでくる。
アルスは僅かな苦笑を漏らしながら、小さく頷いた。
兄には部屋に居ろ、学生の本分に集中していろと遠回しに言われた。渋った自分を制止す
る、巻き込みたくないという気持ちだったのは分かる。
(でも兄さん。こんな時に勉強に集中できる訳、ないじゃない……)
それでもアルスは机に向かってじっとしてる事などできなかった。
これは自分達クランの問題だ。そう兄は言った。
だが、それはちょっと違う。
何故ならもう、自分は冒険者でこそないが、クランの皆は仲間だと思っているから──。
「早く見つかるといいんだけど……」
「そうだね……」
また一歩。アルスは再びゆっくりと、手持ち無沙汰に廊下を歩き始める。
「──大丈夫だよ。シフォンさんはそんなやわな人じゃないもの」
「それはそうだけど……。心配だなぁ」
そうして何となしに歩いていた最中だった。
ふとアルスの耳に、進行方向の先から何かしらのやり取りが聞こえてきた。
(……? この声は)
惹かれるように直進し、ひょこりと顔を出す。
そこは廊下の中央階段傍にある小さなロビー空間。その一角にレナと、見慣れぬ銀髪の少
女が話し込んでいる姿があった。
「レナ、さん?」
『──ッ!?』
誰だろう。見かけた事のない人がいる。
アルスは一抹の疑問を抱きながらも、そうぽつりと声を掛けていた。
すると弾かれたようにレナと、そして銀髪の彼女──ステラがこちらの接近に気付いて振
り返ってくる。
虚を衝かれたようにちょっぴり驚いているレナ。だがそれよりもステラの様子の方が普通
ではないように、アルスには見えた。
驚きという類ではない。咄嗟にレナの陰に隠れ、緊張している様はまるで何かに、いや姿
を見られた事そのものに怯えているかのような……。
「ア、アルス君。居たんだ……」
「ええ。僕も探しに行きたかったんですけど、兄さんに止められてしまって。あの、そちら
の方は? 間違っていたらすみません。僕には見覚えがない方みたいなんですが」
「そ、そうね」「……」
ぎゅっと。レナのローブの裾を握り締めてステラは震えていた。
記憶忘れでもしたのだろうか。
アルスは何だか申し訳ないような、戸惑うような心境の中、苦笑で言葉を濁しているレナ
の様子に小首を傾げる。それは同時に目を細めて注視する事でもあり……。
「……ねぇ、アルス。もしかしてその子」
「うん。僕も今気付いた」
それまで傍らで漂っていたエトナが逡巡の後に切り出すのとほぼ同じタイミングで、アル
スもまたその事実に気付くこととなった。
「もしかしてさ、レナ。その子……魔人?」
ビクッと。擬音が本物になりそうなくらいの怯えだった。
アルスが訊ねるよりも早く、エトナが代わるようにそう言うと、レナは苦笑を濃くし、傍
らの当人は一層に怯え出す。
「……うん。そうだよ」
ステラが不安そうに見上げている。
だがレナは、少し間を置いてからできるだけ柔らかな表情と声色で答え始めた。
「ステラちゃんはね、以前に瘴気で滅んでしまった村に取り残されていた子なの。でもそれ
を、ジークさん達が保護してうちに連れて帰ってきたの。ジークさんが『同い年の弟がいる
んだ。放っておけない』って言って……」
「……。そうだったんですか」
語られたのは、かつての出会いとジークを見直したあの日の断片的記憶。
するとその話を聞いて、アルスはフッと笑顔をみせた。とても、優しい微笑みだった。
レナもアルスも、エトナも誰からとでもなく微笑んでいる。そんな三人の様子を、ステラ
当人だけはまだ面食らったような戸惑い気味の眼で見比べている。
「……私の事、怖がらないの?」
だからステラが心持ちレナの陰から身を出してきて問う言葉に、
「ええ。兄さんが助けた人なら、同じ屋根の下にいるなら、皆と同じ仲間じゃないですか」
「だよね~。そんなにビクビクしなくていいと思うよ? あ、私はアルスの持ち霊のエトゥ
ルリーナ。呼ぶ時はエトナでいいからね?」
「えっと、兄さん達からもう聞いていると思いますが、アルス・レノヴィンです。兄さんの
弟です。改めてよろしくお願いします」
アルス達は一切躊躇いなどなかった。
「う、うん……。こちらこそ」
「ふふっ。よかったね、ステラちゃん?」
「……うん。ホッとした」
新参者だからといって忌み嫌う事はない。
それが分かってようやくステラも怯えから開放されたようだった。微笑んで手を差し出し
てくるアルスらと、きゅっと握手を交わしてようやくの対面と相成る。
レナもその様子に満足し、安堵し、微笑んでいた。
そんな友にステラも小さく頷いている。魔人である事の負い目さえ除けてしまえば、普通
の女の子とそう変わりはしない。
(そっか……兄さんがメアを。そうだよね。こういう人達こそ、僕らが助けたい守りたいっ
て思ってきた人達なんだもん……)
エトナと顔を見合わせてアルスも笑う。
お互いに告げ合った訳ではないが、自分達兄弟の目指す願いが重なって、胸の奥がほっこ
りと心地良い温かみを貰えたような気がした。
「──おわっ。な、何だ、アルス達か」
「レナちゃんにステラちゃんも。そっか……ようやくご対面してたんだな」
そんな時だった。
ふと耳に届いてきた上階からの足音。
アルス達が振り返るのと、傍の階段から数名の団員らが降りてきたのは、ほぼ同時のこと
だった。
「あ、はい。本当ならもっと早く気付いてあげるべきだったのかもしれませんが……」
「いいって事よ。な、ステラちゃん?」
「うん。隠れてたのは、私の方だし」
一瞬人影があるのに驚いたようだったが、彼らはすぐにアルス達の姿を認め、加えてステ
ラがアルスとエトナに顔出しをしている事にも温かな安堵の眼差しを寄越してくれる。
「あの。どうかしたんですか?」
「ああ……そうそう、それなんだがな」
いい仲間達に恵まれたんだな。アルスはフッと笑うこの同年代の少女を見て、つくづく自
身の境遇も含めてそう思った。
そんな中で、レナが面々を代表して先程駆け下りて来ていた彼らに訊ねる。
団員らは、思い出したようにハッと表情を引き締め直し、言った。
「詳しくは知らないが、侵入者が出たらしいんだよ」
「皆が今、そいつらを取り押さえてる。これから俺達も加勢に行くんだ」
そのままアルス達は、現場に急行する団員らについて宿舎の階段を降りた。
アルス達との対面が事なきを得た安堵のままだったのか、ステラもレナの袖を取る形で同
行してきている。
現場は宿舎を出て中庭の隅、物置が並ぶ建物と建物に挟まれた死角のスペースだった。
「は、離しなさい! 私を誰だと……!」
そこで他の団員らに取り押さえられていたのは一人の少女だった。
淡い金髪の、強気な眼差しときゃんきゃんと喧しい叫び声。
その少し傍では、団員らに囲まれていても特に抵抗せず、どうしたものかと立ちぼうけて
いる大きいのと小さいのの二人組の姿。
「……シンシアさん?」
その三人には、見覚えがあった。思わずアルスは目を瞬きながら彼女らの名を口にする。
ピクリと。その少女・シンシアと、傍らの二人組たるゲドとキースははたと顔を上げてそ
の声に反応した。
「ん? 何だ? こいつらと知り合いなのか?」
「え、えぇ……。学院の同級生さんです。隣のお二人はそのお付きの方達です」
そこでようやく団員らはシンシア達へと警戒を解いてくれたらしい。
アルスが「大丈夫ですよ」と宥める格好で、彼女達は解放される。
それでも団員らに囲まれている状況は大して変わらない。
バツが悪そうに目を逸らしているシンシアに、アルスは小首を傾げていた。
「あの、一体どうしたんですか? 別に知らない仲じゃないんですから、正面から来てくれ
れば迎えましたのに」
「うっ。そ、それはぁ……」
しかしそれでも彼女は言いよどんでいた。
何故か頬が心なし赤くなっているような気がする。そしてそのまま言葉に窮していると、
ふむと何か思案した様子で従者の片割れたるキースが代弁を始めた。
「いやまぁ。例の入学式の日の件について、今度こそお嬢から直接謝らせようと思ってね。
ホーさんと二人して連れてきたんだ」
「だったら前みたいに、酒場の方に顔を出してくれれば……」
「まぁそれは……さ。何だか立て込んでたみたいだからよ」
「そ、そうですわ。だから他に入口がないか探していて……それで」
「? キース、話が違うではないか。今宵はアルス殿がシンシア様とではなく、別なラボに
所属したらしいという話を確かめ──」
「ひゃあぁぁぁっ!? だ、黙りなさいゲド! 今その話をしちゃ……!」
キースが言って、シンシアが何処かぎこちなく追随しようとする。
だがゲドはそんな二人を見てぽつりを呟き、首を傾げかけ──シンシアに制止される。
(ホーさん、察してやって下さいって。俺が口裏を合わせますから。ね?)
(ふむ……? 相分かった)
またきゃんきゃんと喚き出すこの主を横目に見遣って。
キースとゲドはお互いにアイコンタクトを交わしてから、先程から頭に疑問符を浮かべて
いるアルス達に繕うように向き直る。
「ま、そういう訳で余計な面倒掛けてすまなかったな。……どうやら今日はタイミングが悪
かったらしいし」
「いえいえ。とんでもない」
キースとアルスが、互いにコクリと小さく頭を下げ合っていた。
顎に手を当て思案しているゲドの横で、シンシアはエトナと無言の火花を散らしている。
「……それで。今夜は一体どうしたというのだ? 表の慌てようは只事ではないようだが」
だがそんな中でも、ゲドはあくまで一介の戦士として冷静だった。
一先ず侵入者騒ぎの誤解も解けた所で、今度は彼らからの質問が飛んでくる。
「えと。それは……」
思わずアルス達は顔を見合わせ、戸惑った。
知り合いとはいえ、彼らは部外者だ。自分達の判断で勝手に話してしまっていいものか。
皆がそんな懸念に阻止され、答えに窮していた。ちょうどそんな時だった。
「行方不明になっているんですよ。うちのクランのメンバーが、ね」
顔を上げて視線を向ける。
すると酒場の裏口の方から、ハロルドと数人の支援隊のメンバーらがこちらに近付いてく
るのが見えた。
シンシアは「えっ」と短く驚きを漏らし、従者二人組は冒険者としてのその深刻さをすぐ
に把握したのか無言のまま眉根を寄せる。
話しても大丈夫なのかというアルス達の視線からの問いに「構わないよ」と頷くようにし
て、ハロルドは続けた。
「シフォン──うちの創立メンバーの一人のエルフの青年でしてね。ここ暫く、音信不通の
状態になっているんです。今団員総出で捜し回っているのですが……」
「エルフの……? ああ、あの温厚そうな……」
「? キース、何故貴方が知っていますの?」
「えっ。あ、いや……。俺達もこの街の冒険者みたいなもんですし。ね、ホーさん?」
「……うむ。エルフには珍しい、ヒトに友好的な若者であったな」
今度はゲドが、思わずあの謝罪に訪れた夜を思い出しボロを出し掛けたキースをフォロー
していた。幸いかシンシアはそれ以上は追求せず、興味の眼を既にハロルドに向けている。
「そうでしたの……。すみませんわね。そんな夜に訪ねてしまって」
「いえいえ。謝る事はないですよ。それに、さっき一つ情報が入ってきましてね」
「……情報?」
眼鏡の奥の瞳を細め、ハロルドが言う。
アルス達がその言葉に反応を示すと、彼は一呼吸を置き、できるだけ平常心を保とうとす
るかのように言った。
「ダンから導話があったんですよ。ギルドの資料室でそれらしいエルフが資料を読み漁って
いるのを見た奴を見つけた……とね。しかもその内容が“楽園の眼”関連のものばかりだっ
たそうです」
「楽園の、眼……?」
その飛び出したフレーズにアルスは勿論、場の皆に緊張が走った。
シフォン本人だという確証ではないかもしれない。だが奴らといえば、関わり合い自体が
危険視されている、世界を股に駆けるテロリスト集団として有名だ。
もし、シフォンがその毒牙に掛かっていたとしたら……?
クランの仲間として、不安にならない訳がなかった。
「ま、マズイんじゃねぇか? いくらシフォンさんでも“結社”に目を付けられたら……」
「ああ……。でも何で標的がシフォンさんなんだ? 偶々、なのか?」
「知るかよ。だけど何かに巻き込まれた可能性は高くなったかもな。ハロルドさん、この事
は団長達には」
「ええ。先程イセルナやリンファさん、他の捜索班にも連絡を飛ばしました。程なくすれば
皆一度こちらに戻ってくる筈です」
ざわめき出す面々。ハロルドが淡々と、しかし内心の焦りや悔しさを押し込めながらそう
状況報告を付け加えている。
(シフォンさん……)
アルスもまた、そんな心配の念に駆られる一人だった。
同じく不安げに傍らを漂う相棒や、緊張した面持ちのレナ・ステラを横目に見遣り、事態
の思った以上の深刻さを憂う。
「……エデンの眼、か」
だが、そんな最中だった。
少しばかり蚊帳の外になりつつあったシンシアと従者二人。そんな中で、ふとキースが顎
に手を当てると、記憶の何処かを手繰り寄せるように呟いたのである。
「どうかしたの?」
「ええ。いやまぁ、今回の件に噛んでるかは分かりませんがね……」
シンシアを始めとして、皆がそう呟くキースの次の言葉に意識と視線を向けていた。
神妙な面持ち。一応の前置きをしつつも、彼は、
「……奴らのアジトが一つ、街の外にあるんスよ。もしかたらエルフの兄ちゃんは、そこに
居るのかもしれない」
そう、自身の密偵業からの情報を口にしたのだった。