62-(4) 猶予期間(モラトリアム)
『──彼らの編入を延ばせ?』
『ライネルト! 貴様、傭兵の分際で統務院の決定に楯突く気か!?』
導信網を利用し、大きな議事堂に議員らが、中空の映像群に各国の王や高官達が、それぞれ
陣取って険しい表情をしている。
彼らの視線の先には一人の人物がいた。
七星連合事務総長、ヨゼフ・ライネルト。その老練の元傭兵が今、映像越しに出席者達から
轟々の非難を浴びている。
『私とてこんな役目など不本意じゃよ。だが珍しく剣聖からの強い頼みでな。身内という点
を差し引いてもあ奴の見立てじゃ。今のまま戦場に遣るべきではないと判断しての請いなの
じゃろう』
ぶすりとした気難しい面。ヨゼフはそんな反応など十二分に想定内だったと言わんばかり
に応えていた。
嘆息。言葉通り、あくまで彼からの伝言を頼まれただけ。
それでも出席した王や議員達は動揺──内心の焦りを隠せない。
ヨゼフ翁及び“剣聖”曰く、レノヴィン達を対結社特務軍の主軸として編入するにはまだ
力不足だとの主張だった。
故に要求された。期間は二年。それまでに梟響の街に滞在中の“剣聖”が直々に彼らを
鍛え、いわゆる“色持ち”へと成長させるというのだ。
統務院にはそれまで、彼らの編入を猶予して欲しいという。
『本当に彼らの力がつくのなら歓迎はするが……』
『しかし“結社”どもは呑気に待ってなどくれんぞ!?』
『そうだ! それまでの期間、奴らと対決する兵力はどうする!?』
『兵ならたんまりと持っておろうが。正義の盾なり正義の剣なりを動かせば良かろう。どの
みち、共闘させる予定なのじゃろう?』
『……ぬぅ』
『それは、そうだが……』
だが王達は渋っていた。そもそもジーク達を特務軍に任命したのは、激化する“結社”と
の戦いにおいて、自分達の被るダメージを最小限に抑えたいという思惑に端を発するに他な
らない。
テロに屈する姿勢はみせられない。しかし現実として起こる被害と、人々の不満の矛先が
政権に向くのは何としてでも避けたい……。
どれだけ“世界の秩序”として強いメッセージを打ち出そうとも、その内面は少なからず
脆さを孕む。何よりも決して一枚岩ではない。
『……いち武人として断言しよう。この先、色持ちでない戦力では厳しい。何より無策のま
ま、ただ精神論だけでぶつかっても、損失はかさむばかりじゃ。それでも手前の面子を優先
するかの? お主らの部下達が報われぬわい』
『っ、貴様──!』
『僭越ながら。私も、ライネルト総長に賛成致します』
あくまで、敢えてその弱さに切り込んでいく。論破しようとする。
だがそこへ手を挙げ、怒れる王達を説得しに掛かったのは──議事堂に同席していたダグ
ラス及びヒュウガだった。
『確かに二年という空白は戦力の不足を否めないかもしれません。ですが約束通り“剣聖”
によってジーク皇子達が色持ちに変われば、大きく戦力は増強されるでしょう。それまでの
間なら、我々が埋めてみせます。元よりこれは、いち冒険者クランに任せてしまっていい問
題ではないのですから』
『右に同じく。長い目で見ても、こっちにとってもメリットは大きい筈ですよ? 皆様方が
期待するだけの成果が得られないどころか、彼らを早死に──折角の自発的な駒をみすみす
失わせてしまうリスクだって減ります。まぁ本当に“剣聖”が、約束の期間までに彼らを仕
上げてくれればの話ですけど』
『……それに、我々は結社についてあまりに知らなさ過ぎます。先日ご報告申しあげた、
デュゴー・スタンロイ両名を討ち取った“フードの男”についても然り。何故このような暴挙
を繰り返すのか、その理由が判ればより効果的な対策も取れましょう。ただ彼らと只管いたち
ごっこな戦闘を繰り返すよりは、もっと……』
『……』
王達は口を噤むように黙り込んでいた。
指揮系統的には部下の、指令官からの諫言。だが少しでも終わりの見えない戦いを終わら
せる事が出来るのなら……。その点では、彼らの訴えは政治的利害とも一致する。
『……止むを得ん、か』
ややあって、映像の向こうのハウゼン王がゆたりと首肯する。
会議は、そんな盟主筆頭の意思を切欠にして、この猶予期間を容認する方向へと向かって
いった。
『──』
廊下を、軍服を纏ったダグラスとヒュウガが歩いている。
二人は黙っていた。粛々と、飄々と。互いに肩を並べて統務院の二大戦力同士が会議後の
静寂の中を進んでいる。
「……ヒュウガ。貴様、どんな手を使った?」
そんな空気を破ったのはダグラスだった。横目を遣り、このもう一人の司令長官を睨む。
ただそれは怒りというよりは、ある種の不快感・不全感に似た感情であるようにみえる。
「さて? 何の事だか……」
「とぼけるな」
カツンカツンと二人分の靴音を鳴らしながら、ダグラスの語気が少し強くなった。
一方で当のヒュウガは、相変わらずの人を食ったような微笑である。
気持ちダグラスが半身を入れて進路を塞ぐようになった。それに合わせて、ヒュウガの歩
みも少しばかりブレーキが掛けられる。
「私の引責についてだ。本来なら、大都の一件で私は長官の任を解かれてもおかしくない。
結社が狙っていると分かっていて、それでも防げなかった。警備責任者としての非は私にある。
……なのに下されたのは厳重注意のみだ。辞任を口にする事すら出来なかった。しかしそれ
でも王や議員達は“不満”げだった。何かしら水を差されていたとしか思えん」
「……。ちょっと先立って説明しただけだよ。今の、俺達の現状を改めて、ね」
やれやれ。ヒュウガはそうわざとらしく、肩を竦めてみせると言った。止まりかけていた
歩みが再開される。眉を顰めたダグラスがこれについて歩き出すのを、彼は視界の端に捉え
ながら言った。
「辞めて何になるのさ? あんたが辞めて情況が好転するかい? 精々あの戦いでの成果が
一つ増えたと結社を調子付かせるだけさ」
「……」
否定はしない。ダグラスはぐうの音も出なかった。
だがな、ヒュウガ。政治とはそんな割り切ってしまえるほど功利的なようで、功利的では
ないんだよ……。
「だから事前に説いたまださ。他に信用に足る、能力の高い人材がいるかってね。七星と彼
が使徒達を食い止めてくれたからこそ、貴方達は無事逃げることが出来た。その事実をもう
忘れたのですか? ともね」
だが根っからの軍属である自分とは違い、彼は元々長く傭兵だったのだ。こちらの価値観
を押し付けた所で無意味だろう。そんな諫言を迷いなく叩き込んでいたらしい事もそうだ。
この男──兄妹達には武力はあっても、心よりの忠誠というものは無い。
「だってそうだろう? あんたほど上に従順で、且つ下に慕われている人材はない」
「……買い被りだよ」
カツカツ。二人は長い廊下を歩いていた。まだ大都は再建途中だが、こういう自分達の中
枢への贅だけは、やはりと言うべきか惜しまないらしい。
「お前だって、部下達を統率しているのは同じじゃないか」
「うちはそっちほど“真面目”な奴らじゃないからね。大体、俺達は守るってより寧ろ焚き
つける側な訳だし」
自嘲なのか、諦観なのか。ダグラスはやはりこの男は底が読めないと思った。
ともあれ自分が現在の任を解かれる事はないようだ。しかしその一方、あの会議で自分達
に課された条件というものがある。
「……それにしても。戦力の強化、か」
故にダグラスは若干の気恥ずかしさも相まって、そう話題を変える。
それが王達から示された、留任の条件だった。
来たる“結社”との決戦に備え、正義の盾と正義の剣を増員すること。ブルートバードの
二年間の空白を埋める、その決定に伴い、それぞれに司令官級の人材を登用すべしという
もの。
「探さないといけないね」
「ああ。彼らに対抗できるだけの、人材を」