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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-62.君の闘うべきこの世界(後編)
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62-(0) まつろわぬ側

 梟響の街アウルベルツの一角に、逆コの字型をした元クラブハウスがある。

 そこは現在、街の有力冒険者クラン・サンドゴディマの拠点ホームになっている。

「ニュースッス! ニュースッスよ、ボス!」

 そのロビーで団長バラクと、キリエ・ロスタム以下団員達が確保してきた依頼書を整理し

ている所へ、遅れて戻って来たヒューイら数名が何やら興奮した様子で騒ぎ立ててくる。

「……騒々しい。何だ?」

「ええ、それなんですけどね? 何でも東通りの外れで、あの“剣聖”がブルートバードの

連中に直接指導してるそうなんッスよ。支部ギルドの周りでも持ち切りでしたよ。滅多にないチャ

ンスだって、他の冒険者どうぎょうしゃやら市民も集まってるそうで」

「……ほう?」

 赤毛に褐色の肌。クランの斬り込み隊長も務める、若き蛮牙族ヴァリアー青年の屈託のない笑み。

 しかし対するバラクは少し片眉を吊り上げてみせただけで、特にそれ以上の興味は示さな

かった。秘書──副団長キリエが随時整理して差し出す依頼書を、団長として一件一件目を

通していく。

「あ、あれ? それだけッスか? “蒼鳥”絡みの情報だから、ボスなら喰いつくだろうと

思ったんスけど……」

「お前は俺をどう見てるんだよ……。まぁそう身を乗り出さずに座れ。そっちも依頼、確保

しては来たんだろう?」

 ええ……。ヒューイ達は持っていた幾つかの依頼書をキリエに手渡し、めいめいに適当な

席に着いていった。

 肩透かしを喰らったような。

 彼の表情は不快感こそないが、そうきょとんとした気色をしていた。何となしポリポリと

頬を掻くこの三幹部の一人に、バラクはやや間を置いてから一瞥すると言う。

「合点がいった、それだけだ。何で消失事件絡みの襲撃が終わった後もこの街にいたのか。

元々腹づもりがあったんだろう。特務軍の事もある。レノヴィン達を、自らが鍛えてやる事

で助けようとしているのか……」

 ヒューイや団員達が目を瞬き、方々で「そうなの?」と言わんばかりに互いの顔を見合わ

せている。キリエはその間も黙々と依頼書を纏めて軽く机の端で叩き、ロスタムは愛銃達を

じっくり磨いてこのやり取りに耳を傾けている。

大都バベルロートの時は上手くいったからいいものの、次また“結社”と戦う時にも同じようにいくと

は限らないでしょうからね」

「ああ。雑兵どもはともかく、奴らの魔人メア連中はぶち当たると七星クラスに匹敵するだの何だの

と聞くしな。少なくとも今のままじゃ……いつ死んでもおかしくない」

 ならば先ず、特務軍に加わる事自体を止めさせようものだが……。おそらくレノヴィン達

を説得するのが無理だと判断したのだろう。

 バラクはロスタムの言葉に頷きながら、そうぼうっと頭の片隅で思考を過ぎらせていた。

 兄の公務──フォーザリア慰霊式とその後の監獄島での一件。

 弟の静養──清峰の町エバンスでの休暇が終わったこのタイミング。

 曲がりにも身内の情という奴か、剣聖は二人があの戦いから一段落を経るのを待っていた

のだと思われる。尤も兄弟共々、そういう星の下に生まれたのか現地でもトラブルには事欠

かなかったようだが。

 何より先日、彼らは人々の不安を押し切ってまで魔人メアクロムを自分達の仲間にすると宣言

したばかりだ。自身もああは言ってやったが、十中八九あれは残る“結社”達への挑戦として

受け取られているだろう。

 ……全く、次から次へと試練を背負い込む奴らだ。

 ざわざわ。団員達が複雑な表情をしていた。

 対岸の火事──とは思うまい。実際自分達も、過去三度連中と戦ったのだ。四度目がある

かもしれないという恐れ、ブルートバードばかりが台頭していくという不安・嫉妬。その意

味でも自分達の戦いはもうその内側から始まっている。

「ボス。俺達も……見に行かないんですか?」

 するとヒューイが、気持ち及び腰になる団員なかま達に気付かないままで言った。

 言うまでもなく剣聖リオ直々の稽古、その恩恵に与からないのか? だ。彼やまだ血の気の多い

団員達が、めいめいに反応を待っている。

「……行ってどうする? さっきも言ったが、おそらくその集まりとやらは特務軍の面子を

鍛える為のものだ。参加してない奴らは追い出されるだろうよ。そもそも、俺達はイセルナ

の傘下じゃねぇだろ。お前らはお前らの仕事に集中しろ」

「そ、それはそうッスけど……」

「でも。なあ?」「ああ……」

 バラクの答えならとうに決まっていた。

 だがそんな団長としての態度に、ヒューイら面々からはそこはかとなく不満が漏れる。

 臆病風に吹かれて──。大方そんな評を受けかねないとでも思っているのだろう。実際他

のクランの中には、レノヴィン達と“結社”との戦いに巻き込まれる事を良しとせず、彼ら

から距離を取る者達が街の人々と同じように存在する。

「……なら、今からでも参加表明すれば──」

「女々しいぞ。その話は、もうクラン全体として決定した事だろう?」

 団員の一人が言い掛けたその言葉を、バラクはぴしゃりと防いで黙らせた。

 そうだよな。だけど……。団員達の中でもその抱く印象・意見は、今もまだ双方に燻って

いるようだ。キリエが検め終わった依頼書を纏めて封筒に収めている。ロスタムも銃の手入

れを終えると唾広帽子を深く被り直し、ギシッと転寝と洒落込み始めている。

 血の気が滾るのは解るさ。

 だけども俺だって、てめぇら団員を預かる身として、考えなきゃならねぇ事はごまんとあ

るんだよ……。

「……だがまあ、かと言って大人しく引っ込んでますってほど、俺達は礼儀正しく出来ては

ねぇわな」

 だからこそ、彼は呟いた。

 バランスを取る、と言ってしまえば身も蓋もないが、それでも全くの「守り」に徹するの

が個人的に癪である事もまた事実だった。

「一応、何人か偵察役を遣れ。俺達と七星級、二つの力量を埋める為の何かを“剣聖”は知

ってる筈だ。そこぐらいは盗むぞ」

『へい!』

 ヒューイら若手の団員を中心に、にわかに面々が嬉々として動き始めた。実際に聞き及ん

だ稽古の話を皆で共有し、ばたばたと何人かが早速偵察に向かうべく出ていく。

(……まぁ、相手が相手だ。すぐに見つかっちまうのがオチだろうが……)

 期待半分諦め半分。バラクは椅子に腰掛けたままじっとその場を動かなかった。

 テーブルの上には一通り確認し終わった団員達の依頼書。とりあえず今日はこれらの仕事

を片付ける事に集中しよう。

 ざわざわ。少しずつ、ホーム内が何時もの空気に戻っていこうとしていた。

 キリエに依頼書を返されてそれぞれの現場に向かっていく団員達。不安や嫉妬に思い煩う

くらいなら、今出来ることを着実にこなして紛らわす方が良い。

(随分と遠い所に行っちまったもんだよなあ……。イセルナ)

 その横顔はあくまで厳かでも。

 冒険者“毒蛇”の内心は同じく、時の流れの無常さを想っていた。

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