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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-61.君の闘うべきこの世界(前編)
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61-(5) 剣聖(リオ)の一撃

 剣聖かれがホームに姿を見せたのは、その会見から七日が経った日の朝だった。

「……ジークはいるか?」

 開口一番。何の前触れもなく酒場の方へと現れ、スーッと扉を開けて。

 ようやく店も通常運転に戻り、足を運んでくれていた常連達があんぐりと口を開けて固ま

っていた。カウンターにいたハロルドやウェイター代わりの団員達も、目を丸くしてこの突

然の訪問に驚いている。

「え、ええ」

「部屋にいる筈ですけど……」

「呼んで来てくれ。それと、幹部達も一通り」

 わたわた。ハロルドが二・三度頷いたのを見るや否や、団員達は宿舎に向かって、或いは

街中に向かって駆け出して行った。

 店の中に彼が数歩入る。他の団員が「な、何か飲みますか?」と声を掛けたが、今日は客

じゃないと言って断り、そのままじっと皆が集まるのを待った。

「……よう。相変わらずの神出鬼没ぶりだな」

「そちらこそ手酷くやられたようだな。あれほど今奴らとぶつかればただでは済まないと言

ったろうに。尤も、傷自体は外ではなく内側からのもののようだが」

「……」

 依頼に出ていた仲間達も含め、半刻ほどで皆が集まった。ジークは帰還当初に比べれば随

分と回復しているように見えるが、それでも目に篭った力は満ち切っておらず、宿舎方面か

ら現れるにもレナやアルスの肩を借りていた。

「それで、今日はどのようなご用件でしょう? 団員から伝え聞いた内容からして大事なお

話だと思うのですが」

「ああ。そうなんだがな……。ジークがまだ本調子ではなさそうだ。日を改めてもいいが」

「いや、構わねえ。言ってくれ。部屋で腐ってても何にもならねぇしな。それに大体予想は

ついてる。この前話してた、俺達に足りないもの……だろう?」

 団長イセルナに問われ、しかしジークの様子を見て撤回しようとしたリオだったが、他ならぬジーク

自身がそれを促した。

 スッと目を細め、頷く。ジーク達一同の表情がにわかに緊張を帯びた。

「……今日の昼二大刻ディクロ、あの時話をした空き地まで来い。お前達と、特務軍に加わる者達を

連れてな」

 暫しの沈黙。やがてリオはさっと衣を翻すと帰りざま、そんな言葉を残した。

「お前達を、鍛えてやる」


 なので彼自身は文字通り、ジーク達に稽古をつけてやる心算で顔を見せたのだろう。

 だが人の噂というものは厄介なものだ。なまじ彼自身が“剣聖”などと呼ばれる当代最強

の剣士である点もこれに拍車を掛ける。

 要するに……集まり過ぎたのだ。


 あの“剣聖”から、直接教えて貰える!


 何処から漏れたのか──いや、十中八九あの時酒場や近所を通っていた人々から──話に

尾ひれがつき、いざジーク達が約束の空き地へやって来た時には、そのお零れに預かろうと

目論む余所の冒険者達や、更に無関係な野次馬まで集まっている始末。

「……俺は特務軍に加わる者、と言った筈だが」

「分かってるよ。俺だって今ちょうど呆れてるとこだ」

 がやがや。兜の緒を締めて足を運んだというのに、何とも気の抜ける光景だった。

 時間きっちりにやって来たリオが、そう苦情を隠す事なく言う。ジークも、頭をガシガシ

と掻きながらあからさまにため息をついてみせていた。

「駄目ですよー。関係者でない方は帰ってくださーい!」

「特務軍に加わっている、ないし加わる予定の人だけ残ってくださーい!」

 なので、団員達により早急に人払いが行われた。

 ぶー。ケチー。時折そんな緊張感のない反応が返って来たが、一々相手にしていては始ま

らないのでさっさと追い出す事にする。

「……これで揃ったな?」

 そしてリオの前にはジーク達クラン・ブルートバードの面々と、団員選考会や大都の事件

の後にやって来て傘下に入った冒険者達が残った。

 空き地にずらりと並ぶ面々。その一人一人を、彼は品定めするようにゆっくりと見渡す。

「兄さん。本当に平気?」

「大丈夫だ。このままじゃ、駄目だからな。少なくともリオはその原因を知ってる」

「……」

 クランの冒険者という区分けを厳密に適用すれば、そうでない者達も混じってはいるか。

 アルスとエトナ、レナやステラ、リュカにレジーナ、エリウッド、或いはクロム。

「では早速始めよう。先ずはお前達をふるいに掛ける」

 まだ先日のダメージを残す兄とそれを心配する弟を無言で一瞥し、リオが動いた。

 篩。面々がその言葉の意味に身を強張らせる。そんな皆に、リオは全員自分の視界に入る

位置に移動しろと命じた。

「──」

 それが終わった、直後だった。突然リオが何も言わずにオーラを練ったかと思うと、次の

瞬間、彼はそれをジーク達に向けて解き放ったのである。

『……ッ!?』

 轟。ジークには、これがとんでもない威圧感のように感じられた。

 重い。そしてこの感触には覚えがある。

 あの時だ。クロムとフォーザリアでやり合った時の彼の一拳一蹴、或いは南方の村でヴァ

ハロと撃ち合った時のとんでもなく重い攻撃力。

 つぅっと嫌な汗が伝うのが分かった。加えてリオのこれは重いだけじゃない。

 何というか、刃のような……冷たく鋭い何かが肌の寸前を駆け抜けて行った、ような。

「そこまで。では、合格者を発表する」

 立っていられなかった。ガクッと膝が震え、ジークは思わず両手で必死に足を押さえる。

 見れば周りの少なからずが同じような症状に見舞われてるらしかった。

 寒気を感じ身じろいだ者、それだけでは足らず尻餅をついたり涙目になった者。或いは何

も気付かず、頭に疑問符を浮かべて彼らを見渡している者。

「ジーク、アルス、イセルナ──……そこの二人とその右後ろ、その左から三人目──」

 そうしている間にも、リオは淡々と“合格者”なる者を指名していた。

 どうやらアルスなど厳密にはメンバーでない面子も含め、クランの仲間達は一通り合格し

たようである。だがその一方で、文字通り篩に掛けられ指名されないままの者達も半分近く

存在した。

 ……気の所為だろうか。

 総じてそんな不合格者は、先程の威圧感に気付かなかった者達ばかりのような……?

「おい、ちょっと待て!」

 ちょうどそんな時だった。志願者の一人──いかにも冒険者といった装備の、黒豹の獣人

が、尚も合格者を指差すリオに物言いを突き付けたのである。

「何で俺が不合格なんだ? 納得いかねぇ。適当にやってるんじゃねぇだろうな?」

「そうだそうだ!」

「せめて基準とか、そういうものを知らせとかねぇと不公平だろ!」

「……皆平等だと言った覚えはないぞ。それに基準ならある。俺のオーラを気取れたか気取

れなかったか、それだけだ。気付かなかったお前達に、少なくとも現段階で素質はない」

 何ィ!?

 この黒豹系獣人と、更にその物言いに乗じた人族ヒューネス蛮牙族ヴァリアーの冒険者二人が加わり、彼

らはこのリオの発言に反発した。

 おい、リオ……。ジークや仲間達は少し心配になった。

 彼のつっけんどんな言い方は従来からのものではあるが、流石にこの三人の言うようにい

きなり過ぎやしないか?

 ざらり。腰の剣や、肩に背負った長銃などの得物が彼らから抜き放たれる。

 これは拙いと思った。相手が相手なので後れを取る事は先ずないだろうが、特にクランと

して正式に催した場でもないのでこのまま負傷者など出ては色々と面倒になる。

「……。そこまで言うなら、チャンスをやろう」

 あくまで冷淡と。合格者を数えていたリオがはたと手を止めて言う。

「俺に一撃でも入れてみせろ。それが出来れば、特別に枠に入れてやる」

「! 本当か!?」

「よ、よし。やってやろうじゃねえか……」

 ああ。にわかに喜ぶ三人に、リオは短く肯定した。

 だが当代最強の剣士に、そう簡単に一撃など入れられるものなのだろうか……?

「ジーク」

「ん? おわっ!?」

 その直後だったのだ。可哀相に。内心胸の端でそう思っていたジークに、次の瞬間、リオ

はひょいっと自分の腰から鞘ごと太刀を抜くと、これを彼に投げ寄越してきたのである。

「……ちょうどいい実験台だ。よく見ておけ」

「えっ?」

 リオが得物を自ら放り投げた事ですっかり得意になったのだろう。不服の三人はこれを絶

好のチャンスとみて一斉に彼に襲い掛かろうとしていた。

 頭に浮かんだ小さな疑問符。

 だがそれはすぐさま、目の前の彼に迫る危機への警鐘さけびへと変わる。

「リオ!」

「叔父さん!」

 しかし、結論から言えばやはり心配など無用だったのだ。

 剣聖仕留めたり! 飛び込む三人が間合いに入り、その三つの得物が大きく振りかざされ

たその瞬間、リオはヴンッとオーラを込めた左腕を薙ぐと、振り向きざまに空裂く斬撃を描

いたのである。

『──』

 その光景に、一同は目を見張った。暫くそれが現実だと信じられなかった。

 切り裂かれていたのだ。ただの手刀。それだけなのに、リオが描いたその軌跡に巻き込ま

れた三人と、ずっと背後にあった大きな廃屋がその引かれた一閃の通りに真っ二つに切り裂

かれていたからだ。

 武器も防具も、まるで意味を成さない。三人はその手刀の斬撃を受け、血飛沫を撒き散ら

しながら白目を剥いて宙を舞っていた。

 どうっ。轟々。一度スローモーションになったかのような世界が元に戻り、彼らが地面に

倒れるのとほぼ同時に後ろの廃屋が崩れ去れる。

 皆、目が飛び出るほど呆然としていた。

 斬った。剣も使わずに、斬った……。ジーク達の理解が及んだのは、何秒も経ってようや

くそんな段階であった。

「……。これが、この先お前達が修めるべき力だ」

 倒れ込んだ、崩壊した不服三人組と廃屋。

 それらを背景にして、リオはそう、一人ゆたりと向き直ると言ったのだった。

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