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ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- 〔上〕  作者: 長岡壱月
Tale-61.君の闘うべきこの世界(前編)
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61-(2) 怨声止むなし

「……停めてくれ」

「えっ?」

「おい。ジーク」

「停めてくれ。ちゃんと、話がしたい」

 だからこそジークは、そんな車外からの声量に居た堪れなくなった。

 気付けば現在地は梟響の街アウルベルツに入って暫く。西寄りの南端。

 ぽつりと告げ、戸惑う運転手やサフレ達の制止も聞かず、ジークは思わず緩んだスピード

に乗じて扉を開けると、ひらり外に着地する。

 ざわっ……。沿道に集まっていた人々は驚き、そして気持ち明らかに後退っていた。

「ま、待ちなさい、ジーク!」

「あんの、馬鹿……!」

 自分達を乗せる鋼車の一団がにわかにブレーキを踏み始め、事態に気付いた仲間達がそう

口々に呼び掛け、或いは舌打ちしながら駆け出していく。

「お、皇子?」

「な……何ですか。わ、我々を追い出そうとでも?」

「……」

 魔人メア反対の横断幕を掲げた一団がいた。他にもざっと見渡せば、文言に多少差はあれど、

似たような主張でスクラムを組んだ人々の群れが幾つか確認できる。

 身を硬くした彼らに、ジークは最初黙ったままだった。内心、第一声にすべき言葉がすぐ

には見つからなかったのだ。

「そうじゃない。ただ、あんまりデカい声は止めて欲しくてな……。周りの連中が怯えてる

だろ? 警戒する気持ちは分かってる。だから、文句があるなら俺に直接言いに来てくれ。

もう一度何でこうなったか、話せる範囲で説明するから……」

「説、明……?」

「そうじゃない! 俺達はそもそも魔人あいつを街に入れるなって言ってるんだ!」

「そうですよ! 分かってるんですか!? 奴は“結社”の魔人メアなんですよ?!」

 ざわっ……。しかし皆の前に降り立ったジークに、人々は詰め寄り出す。

 彼らは半ば怒号に近い不安をぶつけてきていた。

 経緯云々──理屈ではない。仮に改心したとしても、クロムが“結社”の一員、それも幹

部の一人であった事実は変わらない。そんな人間を易々と街に迎えるなど……彼らにとって

はあまりにもリスクが大き過ぎる。

「そうだそうだ! いくら皇子の意向だとしても、これだけは譲れねぇ!」

「もう懲り懲りなんだ! また奴らに狙われるなんて御免なんだよ!」

「私どももです。やっとこの前の襲撃から一段落ついたってのに……これじゃあ商売上がっ

たりだ!」

「俺だってカミさんに逃げられちまったんですよ? こんな危ない所に住んでいられない。

実家に帰らせていただきますって……。畜生ぉぉ~ッ!」

 明確なデモ隊だけでなく、気付けば次第にそうではない人々もまた、ジークを取り囲むよ

うになっていた。

 魔人メアへの差別感情だけではない。もっと個別の、これまでの“結社”絡みで受けた損害を、

彼らはここぞとばかりにジークに向けて訴えかけては詰め寄ってくる。

「あ、おい! 例の魔人メアが顔出したぞ!」

「何!?」

 故に彼らのリミッターは大いに外れていたのだ。

 ダンら仲間達が「戻るんだ、ジーク!」とこの人ごみの中を掻き分けていく中で、これを

心配そうに車内から覗いていたクロムの姿を、彼らが見つけてしまったのである。

「そこに居やがったか!」

「隠れてんじゃねぇ! この街から、出てけぇッ!」

「皇子に何を吹き込んだか知らねぇが、俺達は騙されねぇぞっ!」

 あちこちから石が飛んだ。ガツンガツンと、排斥の声と共に投げ付けられたそれが強固な

鋼車のボディに弾かれては周囲に転がる。

「こ、こら!」

「止めなさい!」

「ッ……。馬鹿野郎! いきなり銃を向ける奴があるか!」

 そして、沿道を警戒していたアトス兵がにわかにいきり立つ。ガチリと担いでいた銃の口

を向け、あわや武力衝突の一歩手前まで事態が進みかける。

 ジークは思わず制止すべく叫んでいた。自分に詰め寄る人々を半ば無意識に押し返すよう

にして身を乗り出す。

 強権だ! 横暴だ! 方々で非難の声が上がった。

 誰が言い出したかは分からない。だが事態が一層混迷してきたのは明らかだった。

 止めろぉ! 皇子達を助けなきゃ……! 次いでそんな詰め寄る人々に対抗する人々が現

れた。事態を傍観していた、しかしその中でも正義感に駆られた人々だ。彼らはこの反対派

と次々に取っ組み合いになり、あちこちでお互いに押し合い圧し合いを繰り広げ始める。

「お、おい、止めろって……止めろ! こんな事、誰も望んじゃ──」

「すみませんな。皇子」

「ッ! あんたは確か……」

「南区の自治会長ですじゃ。すみませんな。若い衆がみっともなく」

「いや、それは……。元はと言えば俺の所為で……」

 市民同士の取っ組み合いが止まらない。守備隊も含め、警備の兵らが慌ててこれを引き剥

がしに掛かっている。

 そんな中で、ジークは一人の老人に呼び止められた。見覚えがある。自治会長の一人だ。

 仲間達がようやく人ごみを縫って合流してくる。一方クロムは、車内で警備兵らにこのま

ま中にと指示を受け、庇われている。

「……また、戦うのでしょう?」

 故に、小さく首を横に振るジークにこの老人は言った。ぽつりと半ば諦めが混じっている

ような声色だった。

「皆、不安なのですよ。何時になったら終わるのかと。平和に、暮らせるのかと」

『……』

 ちょうど、そんな時だったのだ。通りの向こう側──ホームのある方向から見覚えのある

人影らと幾つもの急く足音が聞こえてくる。

 イセルナ以下団員達だった。どうやら事態を知って駆けつけて来てくれたらしい。

「兄さん、大丈夫!?」

「いやはや、無茶をするねえ」

「……あそこにいるのが、クロムさん?」

「みたいだね。ジークのメッセージ映像に映ってたのと同じ人だし」

「皆さん、落ち着いてください! とにかく、一旦お互いに離れて!」

 なまじ冒険者──戦いに秀でた集団である。イセルナ達の登場により、場の混乱は多少な

ながら引き始めた。

 言われるがままに距離を取り直す反対派と擁護派、そして警備兵達。

 だがそれでも、反対派の面々が抱く不安・不満までは消えない。

「イセルナさん! 本気なんですか!?」

「結社ですよ? 魔人メアですよ? いくら俺達の味方になったとは言っても……」

「ただでさえ化け物なんだ。のうのうと生かしておくなんて──」

「……何よ。言わせておけば」

 今度はイセルナに詰め寄る。しかし次にそんな彼らを黙らせたのは──ステラだった。

 明らかに怒気を含んだ声。ステラ……? ジークや他の仲間達が、はたと彼女から不穏な

気配を感じ取る。

魔人メアは、皆死ななきゃいけないの……ッ!?」

 故に次の瞬間、一同は度肝を抜かれた。ステラがスッと片掌で数拍顔を覆うと、その両の

眼が血色の赤に染まっていたからだ。

「ステラ!?」

「え。お、おい」

「ステラちゃん……まさか」

「そうだよ。私も魔人メア。昔住んでた村が瘴気に呑まれてね。運が良かったのか悪かったのか、

私だけがこうして生き残った。そんな時ちょうどジーク達が村にやって来て、私を助けて

くれたの」

『──』

 告白だった。ジークやダンは「馬鹿野郎……」と呟き、親友であるレナやミアはこの友の

起こした決意に制止する事も出来ない。イセルナは肩に顕現したブルートと共にこれをじっ

と見つめ、周りの人々──少なからぬ時を一緒に過ごしてきた街の住民らは驚きの余り完全

に罵倒の言葉を失っている。

「今、私を裏切り者とか思った? だから嫌だったんだよ。イセルナさん達に保護されてか

ら何年かは、ずっと部屋に篭り切りだった。どうせ私の正体を知ったら皆掌を返すんだろう

って。……でも、それじゃあ守れない。折角私を生かしてくれた人達がピンチになっても、

私は何の恩返しも出来ない。だからある時、思い切って出てみたんだ。皆親切だったよね?

ブルートバードのメンバーだって話したら、昔からの友達みたいに接しくれた」

『……』

「厄介払いでしかないじゃない。私は認めないよ。魔人メアだから、魔獣だからって一括りで

全部殺していいだなんて理屈、私は認めない。クロムさんを追い出そうってなら、今ここで私

にも石を投げなよ。殺しなよ。……私達にだって、心はあるんだ!」

 くわっ。ステラが宣言する。投石を握っていた人々が少なからず、思わず後退ってそれを

落していた。

 カツン。唖然とする警備兵らをそっと押しのけ、クロムが鋼車から降りてくる。黙して、

この混乱から沈黙に変わった場を見渡している。

 ステラは眉間に皺を寄せたまま暫し凄みを利かせていた。小柄な身体。そしてやがて、彼

女は大きくは“同胞”である彼と、ゆっくりと視線を合わせて対面を果たす。

(……心。シフォンが攫われた時の事を言ってるのか)

 加えそんな最中だった。ジークがこの突然に起こした彼女の告白からかつての一件を思い

出していると、すすっとレナが控え目に皆の前へと進み出ていく。

「あ、あの」

 後ろにステラやクロムを。彼女は養父ハロルドやイセルナ、クランの皆に伺いを立てるように視線を向

けてから切り出した。

「わ、私からもお願いします。もしかしたらこれからもご迷惑をお掛けするかもしれません

が、迎え入れてくれませんか……? 少なくとも、ステラちゃんが今まで皆さんに危害を加

えた事は無かった筈です。実際魔人メアでも、皆さんは一緒に過ごしてきたじゃないですか。

信じて……みませんか? わ、私も今日が初対面なので詳しい人となりまでは知りませんけど、

ジークさんが色々無茶をしてでも連れて来た人です。だから、きっと大丈夫だと思います。

“結社”を抜けてでも味方になってくれたんです。信じて……みませんか?」

『……』

 ざわざわ。黙りこくっていた人々が、少しずつ戸惑いの声を取り戻してはお互いの顔を見

合わせていた。じっと頭を下げる彼女に、彼らは当惑する。

「レナちゃん……」

「そりゃあ、ステラちゃんは、悪い子じゃなかったけど……」

「──ったく。これだから平和ボケは」

 そんな最中だった。返答に窮する人々を、さも吐き捨てるように聞き覚えのある声が一蹴

したのは。

 人々が、ジーク達がその声の方向を見遣る。

 蛇尾族ラミアスの偉丈夫と、彼を中心とした冒険者の一団。

 冒険者“毒蛇”のバラクと、クラン・サンドゴディマの面々だった。

「お前……」

「な、何だよ。あんたまで魔人メアの肩を持とうってのか?」

「別に。だがまぁ、気楽な商売だよなぁと思ってさ? 常識ある庶民様ってのはよ」

「ぬっ」「てめぇ……」

 睥睨。それは明らかに挑発的な言い方だった。

 場に居た人々、特に反対派の者達がにわかに殺気を帯びる。

 だがそれでも所詮は素人、本職であるバラクが向け返すそれには到底及ばない。

「……危ない事は他人に任せて、自分達は遠くから石を投げてればいい。これほど楽な仕事

はねぇなあと思ってさ?」

「ッ! こんの──」

「や、止めとけ!」

「相手はマジモンの冒険者だぞ!? 喧嘩して勝てる訳ないって!」

 一人血気盛んな若者が飛び掛かろうとしたが、同胞や、或いは擁護派の人々がこれを押さ

えに掛かっていた。じたばた。そんな彼らを、バラクはただ淡々と見下ろしている。

(……こいつ、一体何のつもりだ?)

 そんなさまに、仲間達は勿論、ジークは内心で大いに混乱していた。

 まさか、自分達に加勢してくるなんて。

 シフォンの時や、街への襲撃騒ぎでは共闘してきたものの、個人的な印象ではどうにも油

断ならない商売敵だとばかり思っていたのだが……。

「よく考えてもみろ」

 なのに、更にバラクは言う。この場に集まった人々に、まるで諭しつつも突き放すかのよ

うな口調だった。

「“結社”云々を除いたとしても相手は魔人メアだ。こいつも反発が来るとは重々承知しては

いただろうよ。なのに許そうと決めた。仲間に迎えようとしてる。ここにいる誰よりも奴らと

前線で戦い続けてきたにも拘わらずだ。食い止めようとしたからじゃねぇのか? 少しでも

殺し殺されの、憎しみの連鎖を断ち切ろうと踏ん張ってるからじゃねえのか?」

『……』

「解ってねえのはてめぇらだよ。そんなに石を投げたいなら実際に戦ってからにしろ。腹も

括らねぇで、容易く手前の都合を押し付けんじゃねーよ」

 一蹴。人々はすっかりバラクによってぐうの音も出ずに黙らせれていた。

 大きく一様に項垂れる。

 だがそれは、何故か当のジーク本人も含まれていて……。

「……」

 そしてすれ違いざま、彼は部下達を引き連れながらポンとその肩を叩いてきた。

 しかしジーク達は何も返せなかった。礼の一つも言えなかった。


 ただじっと、呆然と。

 一行はその場で、ただ彼らが立ち去るのを見送るしかなかったのである。

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